Lv.15

悟りを求めて旅立つ者たち








 一週間の世界旅行を終えたルナは、次の日のラーガによる特訓で、自分の魔法力が格段に上がっていることに気づいた。魔法力もそうだが、マジックポイントの最大値が伸びている。今までなら中級魔法を数回放てば自分の魔法力はつきていたのに、今は十回以上は放てる。
「お主は毎日修行しすぎだったんじゃよ」
 ラーガが笑って言う。
「修行のしすぎ、ですか?」
「そう。確かに人間は眠れば回復する生き物じゃ。だが一度の睡眠で回復する量には限度というものがある。お主はこの二ヶ月、ひたすら魔法を使い続けた。だからマジックポイントの最大値が上がっていても、その最大値まで回復しきれていなかったのじゃよ」
「じゃあ、ラーガ師が私を一週間、あちこちの国に連れていってくださったのは、ただ単にルーラで行ける場所を増やすことだけが目的だったわけではなく」
「そう。お主のマジックポイントの回復を考えてのことじゃよ。時間を無駄に使うのは賢者としてあるまじき行為。だからこそ回復の機会を使ってあちこち飛び回ったわけじゃ」
 そこまで考えていたとは本当に恐れ入る。放任主義でやられているのかとも思ったが、考えてみればたったの二ヶ月ちょっとで上級魔法まで使えるようになっているのだ。ラーガの指導のたまものというものだろう。
 というわけで、この日はこれまでの魔法の復習もかねて、中級魔法を使えるだけ使いきって、魔法力が切れたところで終了とすることにした。
「しかし、本当にこれだけ使えるとは恐れ入る」
「ナディア師のおかげです」
「うむ。あいつが教師として優れているのは分かっていたことじゃが、ここまで育ててくれるとはのう」
 ラーガが頷きながら言う。そこまで言われたならナディアも教師冥利につきるというものだろう。
「どのみち今日は上級魔法の訓練にはならん。まず回復したマジックポイント分だけ、とにかく魔法を打ち込んできなさい」
「分かりました」
 そうして攻撃魔法を中心に、ひたすら魔法を放ち続ける。メラミ、ヒャダルコ、ヒャダイン、イオラ、ベギラマ、バギマと、全て順調に唱えることができた。それも、格段にスピードが上がっている。いろいろな経験を重ねるうちに、随分と力が上がったものだと実感する。
「上級魔法を覚えて、下級・中級魔法が楽になったかの」
「自分では分かりませんが、そうかもしれません」
「では、次の魔法を覚えるとさらに楽になるかもしれんの」
 マジックポイントが尽きかけたところで手渡されたのは、上級魔法『メラゾーマ』の魔法書だった。
「レオンの奴にバイキルトを先に教えさせようとも考えたのじゃが、優先順位からすると先にこっちじゃろ」
 上級魔法の攻撃魔法が使える。それだけで賢者の価値はいっそう高まる。そしてそれだけの魔法が使いこなせるようになったルナを賢者と認定することに、もはや誰からも不満は出るまい。
「レムオルを使えるようになったお主だから分かると思うが、上級魔法は出口が大事じゃ」
「はい」
「リレミトやルーラは図形をイメージしやすいから、他のルートに魔力が漏れていくことは少ない。だが、それ以外の魔法についてはそんなに簡単にいくわけではない。このメラゾーマで上級魔法のなんたるかを学んでもらう」
「分かりました」
「パスルートは六九二。さすがのお主でも一日二日でこれを丸暗記するのは難しかろう。中級魔法の全てと同じだけの時間をかけなければできないのが上級魔法じゃ」
「はい」
「だがあえてお主には五日でこれを仕上げてもらおう。さもなくば、他の魔法はパスルート数が四桁に到達するからの、とても数年で上級魔法を全て覚えるのは無理じゃ」
 その覚悟はとうにできている。それに期限があった方が真剣味が増すというものだ。
「よろしくお願いします」
「うむ。では、この本の丸暗記に入れ」
 そうして渡された魔法書『メラゾーマ』は今までの本よりも厚さが倍になっていた。それだけ専門的な内容が多くなる、ということだ。
「行ってまいります」
「うむ。では、五日後にな」
 かつてメラゾーマを最短で覚えたのは賢者リュカ。期間は三週間。
 さすがに五日というのはやりすぎだっただろうか。いや、彼女ならそれくらい軽くクリアしてくれるのではないだろうか。
 まあ、別にできなくてもかまわない。
 彼女がそれだけやる気をみせてくれればいい。
「レムオルとメラゾーマでは、何が決定的に違うか」
 ルナがいなくなった部屋にラーガは呟く。
「それは、出口の数じゃよ」






 それから残りの半日、ルナはまず精読して、パスルートを全て手書きしていく。この作業をしなければ自分はあまり物覚えがよくならない。
 書いた紙には通し番号をつけて、間違えないようにする。
 パスルートは第一セクションから確認し、続けて第七セクションからも確認する。
 それらパスルートの確認が一通り終わったら、メラゾーマにおける過去のパスルートを確認する。メラゾーマのように複雑な魔法は、パスルートが簡易になるように過去何度も調査されてきた。もともとは五千もあったパスルートのうち、不要なものをどんどん取り除いていくことで、パスルートを現状の数まで減らしているのだ。
 つまり、いくつかのパスルートは魔力が通っていても問題ないことになる。だが、全く無関係なところにほんのわずかでも魔力が通ると、その時点で効果は発動しなくなる。それは単なるメラであり、メラミだ。メラゾーマではない。
 人間一人を焼き尽くすほどの業火、メラゾーマ。あまりに危険な魔法なので、ダーマでは対人使用は絶対厳禁とされている。まあ、上級魔法はいずれにしても一般の使用が認められていないが。
 一日がかりで全て読破したところで、もうすっかり夜も更けていた。
 そんな折、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「はい」
「ソウだ。今日はいるんだな」
 久しぶりに聞いた気がする声。ルナは少し嬉しくなって扉を開けた。
「お久しぶりです、ソウ」
「ああ。なんか十日近くいなかっただろ、お前。気になっててさ」
 その十日の間に、心なしかソウが少したくましくなったような気がする。それは単なる実力の問題ではなく、何というか戦士としての自信がそこに見える。
「何か、いいことがあったのですか?」
「あ、うん、まあ。よく分かったな」
「ソウの雰囲気が、いつもと違っていたからです」
「そっか。俺、この間の勝ち抜き戦で青年の部に入れてもらえてさ。そこで四人抜き。あと一人で五人だったんだけど、さすがに体力の限界だった」
「すごいです」
「少年の部じゃもう相手になんないからさ。さっさと成人の部まで行けるようにがんばってる」
「ソウならできます」
「お前にそう言われると本当にできそうだから困る」
 へへっ、とソウは笑った。
「食事まだだろ? 食べに行こうぜ」
「はい。ちょうどそのつもりでした。勉強も終わったところだったので」
「何の勉強だ?」
「メラゾーマを」
「うえ、もう上級魔法かよ。中級魔法全マスターってのは聞いてたけど、やっぱすげえな」
「ありがとうございます」
「あんまり無理しすぎんなよ」
「はい。自分の体調は考えながらやっているつもりです。それに、この数日は休暇もかねていましたから」
 もっとも、ラーガが無理に休暇を作らなければ休むことはなかっただろう。たゆまぬ努力。それは良いことではあるが、やりすぎは毒なのだ。
「んじゃ行くか。何か食べたいものあるか?」
「そうですね、最近肉料理が少なかったので」
「オーケー。お前も今はまだいいけど、これから五年経ってもその体型じゃ寂しいもんな」
 瞬間、ソウの体を寒い何かが襲う。何事か、と思うとルナが薄笑みを浮かべている。が、目は全く笑っていない。
「……これから成長するんですよ? 私まだ十歳ですから」
「あ、ああ。分かってる。分かってるって」
「そうですか? 私にはソウが分かっているようには思えません」
「その怖い顔をやめてくれ」
「私は別に怒っていませんよ? ただ、ソウの間違いを正してあげたいと思っているだけです」
 なぜか彼女の手から電流が、ぱりっ、と流れる。
「悪かった。俺が間違ってた。謝る。この通り」
「──なら、今回のことは聞き逃してあげましょう」
 そうして空気が軽くなる。その重圧から解かれたソウの体は、いつしか汗だくになっていた。
 絶対にこいつだけは怒らせまい、とソウは固く心に誓った。






 さて、五日が経過する。
 さしものルナも、このメラゾーマには手こずっていた。一応頭には入れたが、自信はない。
 リレミトが五一二、メラゾーマが六九二。確かに量はさほど変わらないが、この二つの魔法では大きな違いがある。
 たとえば五つの記号を順番通りに覚えるとする。『☆◎▽×○』と。それを一瞬で覚えることは不可能。必ず数秒の時間を必要とする。だが『STUDY』ならば誰もが一瞬で覚えられる。それは一つの単語を成しているからだ。説明するまでもなく、前者がメラゾーマ、後者がリレミトである。
 パスルートを映像で思い描くことができれば簡単だ。ある意味、リレミトやルーラがレムオルより簡単なのは、この映像を一瞬で思い描くことができるからだ。だが、映像のないもの、単なる記号の羅列にしかすぎないものは簡単ではない。そこには思考が必要になり、魔法の構築時間が莫大になる。
 ルナはいつもの日課をすませてからラーガの下へ向かった。成果が出せないのは非常に申し訳ないと思いながら。
「ほう、いつもより顔色が優れぬが、やはり覚えられなんだか」
「はい」
 素直に認める。唱えるだけならば、発動するだけならばなんとかなる。だがそれは中級魔法のときのように瞬時に使えるというレベルではない。試行錯誤の結果だ。
「まずやってみるとしようかの。隣の部屋へ」
 そうして連れられた先でルナはメラゾーマを唱える。
 第一セクションから第二セクション、第三、第四と流していく。ここまではさほど問題ない。そして第五、第六と流し、最後に六九二本に分かれる第七セクション──
「メラゾーマ」
 巨大な炎が上がる。だがラーガの前でその魔法はかきけされた。
「たいしたものだ。使えるのではないか」
「何秒かかりましたか」
「四十秒くらいかの。充分じゃよ。メラゾーマをたったの五日で使えるようになるとは」
「ですが、これではまだ実戦で使える魔法にはなりません」
「それは次の話じゃ。まずは使えること、これが前進というものじゃよ。だいたい」
 ラーガは咳払いをして言う。
「五日で魔法を放てるようになったのはお主が初めてで、おそらく金輪際抜かれることなどなかろう。今までの最短記録はリュカの三週間じゃからな」
「あのリュカ様で、三週間?」
「そうじゃ。優秀な男じゃったが、さすがに最初の上級魔法は苦労していた」
 ラーガはそう言ってから「じゃが」と逆説の接続詞を続ける。
「お主の言うとおり、まだ時間は短縮せねばなるまいな。せめて十秒を切らなければ使いものになるまい」
「はい」
「というわけで、魔法を完全に使いこなせなかった罰ゲームじゃ」
「罰ゲームですか?」
「そう。お主はこれから二人の人物を伴い、ダーマの北にあるガルナの塔に赴く」
「ガルナの塔」
「そこである一冊の本を見つけて読むことを命ずる。それが終わるまでここに戻ることは許さん」
「はい」
「本の名前は悟りの書。かつてリュカが書き残したものじゃ」
 リュカの、本。
 いつになく体が震えた。いったいそこにはどんなことが書かれてあるのか。
「賢者を目指す者や上級魔法を覚えようとする者にはあの本が最適でな」
「分かりました。すぐに向かいます」
「うむ。魔法訓練場にナディアがいるはずだ。同行者については既に説明してある。好きなときに向かうがいい」
「分かりました」
 そうしてルナは一礼して部屋を出た。
 それからすぐに自分の部屋に戻り、旅の荷物をまとめる。
 賢者リュカの本、悟りの書。
 そんなものが、このダーマのすぐ近くにある。
 見たい。
 読みたい。
 そう思うだけで、彼女の足取りは自然と軽く、速くなっていた。
「ナディア師!」
 声まで上ずっている。自分でも興奮しているのに驚く。
「久しぶりね。元気そうでなによりだわ」
 ナディアはすっかり成長した教え子を見て微笑む。あらかじめラーガから連絡を受けていたこともあり、彼女がここに来た理由をすぐに理解した。
「ガルナに行くのね。ラーガ師から話は聞いてるわ」
「はい。それで、同行者が二人いると聞いたのですが」
「ええ。もう呼んでおいたわ。そこにいるわよ」
 そうして入口の辺りを示す。そこに同じように旅支度を終えている男女の姿。
「よう、ルナ」
「ソウ! あなたが同行者ですか。心強いです。それに──」
 隣にいる女性に目を移す。その女性はこのパーティがひどく不満なのか、あまりこちらを見ようとしない。
「お久しぶりです、ディアナさん」
 この間、理由もなくルナにつっかかってきた大魔導師志望の少女だった。
「ふん」
 挨拶されたディアナは鼻を鳴らした。
「別にあなたと馴れ合うつもりなんてありませんわよ。ラーガ師があなたに同行して、悟りの書を読んでこなければ学園から追放するなんて脅してくるので、仕方なくついていくだけなんですからね。誤解しないでくださいませ」
 つーん、と目を背けて見ようともしない。だがルナは全くひるまない、というより相手の態度を気にせずに話しかけた。
「ディアナさんに聞きたいことがあったんです」
「何よ」
「さっきメラゾーマを使ってみたんですけど、どうしても構築に四十秒もかかってしまうんです。どうすれば時間を短縮できるのかな、教えてほしいんです」
「は?」
 何を突然言い出すのか、この天然少女は。
「いえ、この間、ディアナさんが上級魔法のなんたるかが知りたかったらおいでなさい、と言ってましたよね? だから」
「あのねえ。私だってメラゾーマを唱えるのには十秒ちょっとかかりますのよ?」
「でも十秒で唱えられるんですね。すごいです」
「まあ、それはたゆまぬ努力のたまものですけれど。でも、時間を縮めるのは本当にトレーニングの積み重ねですわ。できるだけ早くパスルートを思い浮かべる。そのためには何度も何度もイメージトレーニングをしなければなりませんの」
「やっぱり、積み重ねなんですね。ありがとうございます」
「どういたしまして……って、何を馴れ合ってますのよ!」
 ぷんぷんと怒ってからディアナは「行きますわよ!」と荷物を持って歩き始めた。
「どうなさったんでしょう?」
 ソウを見て尋ねる。だがソウは笑うだけで「さあ」と答えた。






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