Lv.16

力を合わせ、心を合わせる








 ガルナの塔はダーマの北にそびえ立つ五階建てのツインタワーである。
 昔の学園の生徒たちが建築技術の訓練にと作り上げて、そのまま放置されてしまったというのがその由来だが、さすがに学園の技術の粋が使われているだけのことはあり、さまざまな仕掛けがなされている。
 まず移動方法がおかしい。完全に壁でブロックごとに遮断されており、高価な旅の扉をあちこちに置き、自分の居場所が分からなくなるという作り。
 通路が少なく、部屋と部屋とが隣接し、しかも部屋の形が長方形ではなく微妙に台形になってたりしていて、単純な配置になっていなかったりする。
 隠し部屋、隠し通路の数は尋常ではない。いったいどう考えればこんな作りの塔を考え出すことができるのか。
「って、俺にばかりモンスター退治させてんじゃねえ!」
 五体目のモンスターを退治した時点でソウが呻く。そんなソウにベホイミをかけていたルナがびくっと反応する。
「何をおっしゃってますの。野蛮な仕事は殿方の任務でしょう?」
「火の魔法で援護するくらいしろって言ってんだよ。ルナだって援護魔法くらいかけてくれてんだぞ」
「あなたたちと馴れ合うつもりはないと言ったはずです」
 つーん、とそっぽを向く。まったくどうしてこの二人を同行者にしたのか、ラーガの考えていることはよく分からない。
「ディアナさん。私もがんばりますから、一緒にがんばりましょう」
「ふん、私の力が必要なら最初からそうおっしゃい」
「ディアナさんの力が必要です」
「仕方がありませんわね」
 瞬時に、ディアナは魔法を構築する。
「メラミ!」
 そして、物陰に隠れていたモンスターを一体、燃え上がらせた。
「さ、先に行きましょう。マッピング、よろしくお願いしますわ」
「はい」
 なんだかんだいって、ディアナもこの二人の力を認めざるをえなかった。
 ここまでモンスターを倒しておきながら息が上がってもいない少年剣士と、中級魔法を何でも使える賢者の卵。
 自分の価値はこの攻撃魔法だけ。ならば、一番の見せ所までとっておかなければ足手まといになってしまう。
(この私が足手まといなんて)
 だが、それだけの力がこの二人にあるのは分かる。そして、同年齢でこの二人にぎりぎりついていけるのが自分しかいないことも。
「それで、次はどうなさいますの?」
 またしても旅の扉。今度は三つ。
「では、左から」
「殿方からどうぞ」
「ってまた俺かよ! さっきも出てった先、いきなりモンスターだったんだぞ!」
「そんな危険なところに私たちか弱い乙女を放り込むんですの?」
 そう言われてはソウが行かざるをえない。ディアナはともかく、ルナが先に行って袋叩きにされるのはごめんだ。
「分かったよ、ったく!」
 ソウがその扉に飛び込む。続けてルナとディアナも飛び込む。






 そんな感じで、一日が過ぎた。交代で仮眠を取ることにし、最初にルナが見張りをすることにした。一応大きな広間を選び、周りの扉には鍵をかけてある。モンスターが入り込んでくることはないだろう。
「ねえ、少しいいかしら」
 まだ起きていたのか、ディアナが話しかけてくる。
「はい。でも、早く寝ないと見張りが大変ですよ?」
「分かってるわよ。でも、あなたに確認したいことがありますの」
 ディアナの質問に、はい、と答える。
「今日の戦闘、あなたは一度も攻撃魔法を使いませんでしたけど、どうしてですの?」
 確かに今日の戦闘では、ボミオスやピオリム、スカラやルカニといった、補助魔法しか使っていない。
「ソウなら、私が魔法を使わなくても倒してくれると思いました」
「それだけ?」
「いえ。補助魔法はうまくタイミングを合わせないと効果が発動しません。そのタイミングを測る練習をしていたんです」
 この娘は。
 どこまでも実戦ということを考えて、一番自分に必要なことをしているのだ。
 パーティ戦闘で一番大切なのは連携。むやみやたらと巨大な魔法を使うのではなく、いかにこのチームで犠牲を少なく、楽に勝てるかを考えること。それが大事。
「あなた、いいまとめ役になれそうね」
「ありがとうございます。でも、いざとなったらディアナさんが魔法で助けてくれますから」
「私は馴れ合うつもりはないと言ったわよね?」
「でも、ディアナさんは困っている人を見たら助けずにはいられない性格です」
 見抜かれている。
 確かに自分にはそうしたところがある。ただ不器用でそれを表現することがうまくないが。
「あなたが何を言ったところで、ほだされたりなんかしないんですからね」
「私は最初にお会いしたときから、優れた方だな、と思っていました」
 にっこりと笑いながら言うルナに、思わず顔が火照る。
「魔法が使えることもそうですけど、周りのことを見ようとする意識の高さ。ディアナさんもいいまとめ役になれると思いますよ」
「私の性格でそれは無理ですわ。他人と衝突することしかできませんもの」
「だからラーガ師は、この三人でパーティを組ませたんじゃないでしょうか」
 少しでもディアナが他人とうまくつきあえるようにするために。
「……考えすぎですわ」
「ラーガ師は一つの効果を求めるためだけに仕掛けを作られているわけではありません。第二、第三の効果をきちんと狙っています」
 ルーラで連れまわされたときがそうだ。単にルーラの移動ポイントを増やすためだけではなく、自分の魔力回復という二つ目の効果を狙っていた。さらには魔法の修行ができなかったということから早く次の魔法を覚えたいという衝動まで起こった。一石三鳥だ。
「私の知る限り、ダーマの同年代で一番の戦士はソウ、一番の魔法使いはディアナさんです」
 ためらうことなく言い切る。その恥ずかしい台詞にディアナの方が火照る。
「ラーガ師はきっと、私たちにいろいろなことを求められていると思います。私はディアナさんと一緒にこうして旅ができて安心できますし、嬉しいです」
「あなた、どこまでお人よしなのよ」
 はあ、とディアナはため息をついた。
「あなたをライバル視しているのが馬鹿みたいじゃない」
「ライバル? どうしてですか?」
「だって、同じ魔法を極めようとしているのよ?」
「だとしたら競い合うのも大事ですけど、協力した方がいいじゃないですか」
 正論だ。
 競争と協力が進化、発展につながる。そう言ったのは『氷の賢者』タイロンだった。
「私は今よりもっと魔法を覚えて、誰よりも強くなりたい」
 胸のお守りを握りながら言う。
「だから、ディアナさんが協力してくれると嬉しいです」
「変な子」
 だが、話していて分かる。この典型的な『いい子』は、相手が誰であろうとその毒気を抜くことができるのだ。
 自分がこうして、相手を認めてしまっているのだから。
「分かったわよ。何ができるかはわからないけど、私にできることがあったらしてあげるわよ。でも、言っておくけど馴れ合うんじゃないわよ。私も強くなりたいんだから、協力するだけなんですからね」
「はい。ありがとうございます」
 ふん、と言い残してからディアナは眠りにつこうとした。だが、今の会話があまりに──認めるのは本当に癪なのだが──嬉しかったから、興奮してしばらくは眠れなさそうだった。






 翌日、三人はさらに塔を上っていく。が、ツインタワーの東塔、西塔のどちらにも目的のものは全く見当たらなかった。
「マッピングの状況はどうなんですの?」
 手書きの紙に書かれた地図を三人で見る。
「二階と三階があまり埋まってないな」
「そうですわね。真ん中がぽっかりと」
「この辺りはちょうど、四階の吊橋の下あたりですね」
 ツインタワーを結ぶ吊橋。その下がちょうど、自分たちがまだ到達していない空間だ。
「飛び降りてみろってことかな」
「吊橋があるのも不自然ですものね」
 戦士と魔法使いが怖いことを言っている。
「……本気ですか?」
 さすがに飛び降りるのは勘弁してほしい。そんなところから飛び降りたら死ぬ。確実に死ぬ。
「まずは状況見てみようぜ。それが一番早い」
「そうですわね」
 二人が先に階段を下りていく。はあ、とため息をついてルナもそれに続く。
 四階に戻った彼らの目の前に、突如モンスターの姿。
「す、す、スカイドラゴン!」
 既に敵はこちらを認識しているらしく、既に魔法の詠唱に入っている。
「こいつのベギラマはやっか──」
「ニフラム!」
 だが、それより早くルナのニフラムが、スカイドラゴンを光の彼方へと消し去る。ふう、と彼女は冷や汗をぬぐった。
「危ないところでした」
「今の魔法、ニフラム?」
「はい。スカイドラゴンには効くと聞いていましたから」
「すごいですわね。たとえ効くとはいっても、そう簡単に効果が発動できるものでもないわ」
 ニフラムはパスルートに正しく魔法を通すことも大事だが、モンスターがちゃんと光の中に消えてくれるかどうかは術者の力量にもかかわってくる。
 無論、一切そうした魔法が効かないモンスターもいるし、効きやすいのも効きにくいのもいる。スカイドラゴンはどちらかといえば、ニフラムが効きづらい方に入るはずだった。
「よく勉強してらっしゃるのね」
「ガルナの塔のモンスターのことはずっと前から調べてありました。もしかしたら修行と称して連れていかれることもあるんじゃないかと思って」
 どんなときでも事前準備を怠らない。それが賢者の心得だ。
 だから魔法の修行はもちろん積んでいたが、どんなときでも自分はそれ以外の勉強をおろそかにしない。国、地形、モンスター、社会経済、勉強することは山ほどある。賢者とはさまざまな知識を手にいれ、それを利用できる者のことをいうのだ。知識のない賢者ほど無駄な存在はない。
「と言ってる間にも」
 続いてやってきたのは痺れアゲハの大群。さすがの数量にソウが顔を引きつらせる。
「あれだけいたら俺でもどうにもならないぜ」
「大丈夫よ。この私がいるのですから」
 そう言ってディアナはお返しとばかりに魔法の構築を始める。
「初公開」
 両手に力をこめて放つ。
「ベギラゴン!」
 まばゆいばかりの閃光がその痺れアゲハの群れを襲う。一瞬で黒こげとなったアゲハたちが、ぼたぼたと床に落ちていく。
「と、こんな感じですわ。まだ詠唱時間に難がありますけれど、あれくらいのスピードなら問題ないですわね」
「すごいです。ベギラゴンです」
 ルナが感心してディアナを見つめた。
「たいしたことありませんわよ。だってまだ二十秒もかかっていますのよ。ナディアさんならもっと簡単に唱えられるんでしょうし」
「それでも上級魔法です。私はまだ少しも勉強していない魔法です」
「あなたはそれ以上に魔法を覚えてるからいいでしょう」
 確かにこの二ヶ月、信じられないほどの魔法を覚えた人間の言う台詞ではない。
「でも、ベギラゴンってパスルート四桁ですよね」
「一七三三本。ホント、こんなのさらっと唱えられるナディアはちょっと異常だと思いますわね」
「でもディアナさんも唱えられるんですから、すごいです」
「あなたならもっと早く唱えられるでしょ、きっと」
 ──と、いつの間にか仲良くなっている二人の姿にソウが首をかしげる。
「さてと、それじゃそろそろ行くかい?」
 ソウが先に歩き出す。その部屋を出たところはツインタワーを結ぶ吊橋だ。
 高いところは意味もなく怖い。ルナは自分でも弱点が少ないと思っているが、これはもうだめだ。だいたいこの吊橋はひどく揺れるのだ。その点、どうしてソウやディアナが苦もなく進んでいけるのか不思議だ。
「どうかしら?」
「ん、まあ見た感じ、やっぱり飛び降りられそうだな」
「嫌です」
「でも、ここから行かないと他に道もなさそうですわね」
「そうなるな。まあ、怪我するような高さでもないだろ。五メートルくらいか?」
「嫌です」
「五メートルはさすがに怪我するわよ。まあ、ここからロープ垂らせば、それを伝って降りるのは可能よね」
「だな。念のため持ってきておいてよかった」
「嫌です」
「じゃ、準備しましょうか」
「オーケイ。そっち、縛っておいてくれ。緩くしたら落ちるからしっかりな」
「嫌です」
「いいわよ。こっち完了」
「お、しっかりできてるな。よし、こっちも完了。それっ、と」
「嫌です」
「じゃ、誰から行く?」
「ま、ここは先に俺が行って大丈夫なところ見せてやるよ。なんかさっきからうるさいの一人いるし」
 完全無視。ルナは血の涙を流した。
 そしてするすると簡単に降りていくソウを見て、やはり鍛えている人は違うのだな、と思った。 「さ、あなたの番ですわよ」
「私は最後でいいです」
「何言ってるの。あなたを最後にしたらいつまで経っても終わらないでしょ。はい手袋つけて、しっかりロープ握って」
「ひどいです、ディアナさん。悪魔です。鬼です。モンスターです。人の所業とは思えません。この世には正義も真実も希望もないんですか」
「さっさと行きなさい」
 いつまでもごねていると、ロープどころか突き落とされかねない様子だった。ルナは泣きながらロープにしがみつく。
「いいですわよ、ソウ」
「りょーかい。いつでもいいぜ」
 何を示し合わせたのかは分からないが、二人が何か連絡を取り合う。
「いい? 何があってもその手を離したらいけませんわよ」
「え? え? え?」
「えいっ」
 どん、とディアナが突き飛ばす。足が吊橋から離れる。だが、ロープにしがみついているだけのはずなのに、ルナの体は落下しない。
 そこからゆっくりと降下を始めた。そろそろと五メートルの高さを降りていく。
 吊橋の下にもう一本、ロープが垂れ下がっているのを見た。
(滑車の原理?)
 吊橋そのものを滑車に見立て、ロープの片側を自分が、もう片側を誰かが引っ張ればつりあいが生じる。ロープにしがみついていれば落ちない。
 当然、支えているのは先に下についているソウだ。
 じりじりと下がっていって、ようやくあと一メートルというところまでくる。
「そのままじっとしてろよ。あと少しだからって、手離すなよ。そう思ってるときが一番危険なんだ」
 もちろん離すつもりは毛頭ない。そして、ようやく自分の足が床についた。
「到着。ご苦労さん」
「……怖かったです」
「天才少女にも苦手はあったか」
「こんなことができる人はどこか間違ってます。人として不自然です。スカイドラゴンが化けているに違いありません」
「ひどい言われようだな」
 だがそんなことを言っている間にもディアナがするすると降りてくる。
「随分と広い空間ね。で、次は?」
「ああ。多分、アレ」
 ソウがその空間の中央部を指差した。
「多分、あの穴からさらに下の階に飛び降りるんだと思う」
 それを聞いたルナは、その場で卒倒した。






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