Lv.19

戦士と魔女とそれから勇者








 その日、私用で朝からダーマ市内を駆け回っていたソウは、朝も早い段階から揉め事にかかわってしまった。ダーマではよくあることといえばそれまでなのだが、旅行者がダーマ市民に絡むというものだ。だからこそ自衛のための組織が必要になるのだし、いつも一緒にいるジュナなどはその仕事を率先して行っている。
 ただ、今回は勝手が違った。一目で分かった。金髪碧眼の長身の男。一七五ある自分より高い。そして無駄な筋肉がどこにも見当たらない。しかも武器が槍。いや、剣でも斧でも使えるのだろうが、リーチの長い武器が好きなのだろう。二メートル以上あるものを背中にくくりつけている。
 絡まれているのは女性。どうやらナンパのようだった。問題が起こりそうにないのなら見逃すこともあるのだが、今回は違った。
 その女性がもしもルナだったらどうしたか、と考えたのだ。無論、全力で助ける。
「そこまでにしな」
 ソウはその男に向かって言った。
「あ?」
「相手が嫌がってるぜ。ナンパは断られたら引くのが礼儀だろ?」
 その隙に女の子が逃げ出していく。これで彼女に問題は起こるまい。
「あ、逃げられた。んだよ、せっかくあと少しで落とせそうだったのに」
 それはない。明らかに相手の顔が嫌がっていた。
「自意識過剰」
「んだとコラ」
「ここはダーマだ。お前みたいなふざけた旅行者が多いとこっちも困る。分からないようならその体で分かってもらうしかない」
「へーえ」
 しめた、とでもいうかのような男の表情。やはり武力には自信があるようだ。
「この俺様と戦って勝てるつもりなのかよ」
 相手が槍を構えながら言う。その構えだけ見ても素人ではないのは分かる。強い。だが。
「一応これでも、ダーマでは顔が知られててね」
 ソウもまた剣を抜いた。怪我をさせるつもりはないが、こうなった以上引くわけにはいかない。
 ソウは十二歳のとき、既に少年の部では誰も敵がいなくなり、青年の部への特別参加が認められていた。だが、その青年の部でも十三歳には優勝。十四歳のときに成年の部に参加し、十五歳でついに成年の部でも総合優勝した。
 つまり、ソウは現在このダーマで最も強い戦士だと認められたのだ。
 今年十六歳。もうすぐ行われる今年の大会を二年連続で優勝して、いよいよジパングへ帰るつもりだった。
「じゃ、お手並み拝見といくか」
 金髪の男が笑って近づく。速い。
(だが、見切れないほどじゃない)
 これくらいの使い手ならば何度も手合わせしてきた。ダーマにも槍を専門とする者はいるし、たくさんの武人がここを訪れる。だが、この一年間で自分を負かせた戦士はいない。
「くらえ!」
 槍を回避して間合いをつめようとする。が、既にその槍が引かれて、攻撃体勢に入っている。
(なに?)
 速い。速すぎる。
 瞬時に繰り出された槍にわき腹を突かれる。かわしきれなかった。
 血が流れ出す。
「おっと、手加減したのにこれかよ。威勢がいいだけじゃ駄目だぜ、おぼっちゃん」
 ふふん、と金髪の男が見下して笑う。
(なんて強さだ)
 だが、まだ冷静さを失ったわけではない。
 自分にはまだ必殺の技が残っているし、自分も本気でかかっているわけではない。この程度のかすり傷なら戦闘に支障が出るほどでもない。
「こっちも手加減してたんだ。だが、それだけの腕前ならその必要はなさそうだな」
 そう返答すると男が楽しそうに笑った。
「はは、いいぜ、それなら本気とやらを見せてみろよ」
 ソウは答えずに気を溜める。そして、一気に駆け込んだ。
「速い!」
 金髪の男が驚いて槍を繰り出す。だが、それより速くソウは相手の背後を取るように動く。槍も円を描いて追うが、届かない。
 剣閃がその男に襲いかかる。紙一重でなんとかかわした男に、さらに追い討ちをかける。
「魔法剣!」
 一歩、さらに踏み込む。
「メラ!」
 その剣に炎がともる。そして、相手の鎧にその剣を叩きつける。
「がっ!」
 爆発的な衝撃が相手を吹き飛ばす。やれやれ、梃子摺った。
「決着はついたな」
「何言ってやがる」
 だが、三メートルは吹き飛ばされたはずの男はあっさりと立ち上がってきた。
「驚いたな。まさか魔法剣なんて使う奴がいたなんてな」
「諦めて降参するつもりはない、ということか」
「当たり前だろ。お前みたいな坊やに負けてられるかっての」
 そう言って男は槍を正面に構える。
「行くぜ、死ぬなよ」
 次の瞬間、槍の穂先が目の前を掠めた。咄嗟にかわしたが、それが精一杯だった。
 槍の柄が、自分の体を叩いていた。
「魔法槍──」
 しかもそこで、驚愕の言葉が聞こえてきた。
 今、この男は、何をしようとしている?
「──イオラ」
 その槍が接したところが、巨大な爆発を生んだ。
「おっと、やりすぎちまったか」
 爆発の衝撃で完全に気を失ったソウの襟首をつかんで男があたりを見回す。
「ま、死なせるわけにもいかねえだろ。大学まで行けば回復魔法使えるやつの一人や二人いてくれるだろうな」
 そのまま男はソウの体を引きずりながら大学に向かった。






 一方、その大学でもとんでもない事態が生じていた。
 突如現れた『道場破り』の前に、教官役のナディアが完全敗北していたのだ。
「あなた、何者?」
「……」
 だが、その美少女は全く答えない。
 真紅のウェーブヘア。その目まで紅く、強い意思を感じさせる。だが、年齢はまだ若く、ルナやディアナより一、二年上というくらいだろう。
「でも、このダーマにはあなたより強い術者が何人もいるの。私を倒せたからって甘く見ないことね」
「……どこ」
 ぽつりと呟く。その強い術者がどこにいるのか、と尋ねたのだろう。
「ここにいますわ」
 そして遅れてやってきたのはディアナ=フィットであった。
 この五年でディアナは美少女から美女へと見事に進化していた。物腰には気品が漂い、だからといって子供のころのような背伸びした様子がなく、自信に満ち溢れた様子があった。金色の縦ロールは相変わらずだ。

「ダーマを倒そうとしている女魔導師がいるって聞いたから来てみたのですけれど、ナディア、あなた、負けたのですか?」
 ナディアは答えない。確かに自分ではかなわなかった。だが、ディアナの力量ならば。
「その子は火の魔法が得意みたいよ。あなたと同じでね」
「そうですの。でも、同じ、なんていう言葉を使わないでくださいませ」
 ディアナは喧嘩腰で言う。
「私の火の魔法はダーマの賢者より強力ですのよ。大魔導師たる私の前に、同じなんていう者がどこにおりまして?」
 ディアナもまた、ガルナの塔で修行し、魔法使いの魔法はほぼ全てマスターしている。上級魔法にしても全て唱えられる。無論、総合的な魔法の力ということではルナにはかなわない。その彼女が唯一ルナに勝てるもの。それが火の魔法である。
「勝負の方法は?」
 真紅の少女は首をかしげる。言っている意味が分からない、ということだろう。
「降参したり、戦闘不能になったら負け。それだけよ」
 ナディアが説明する。分かったわ、とディアナが答えた。
「それじゃ、簡単に終わらせるわ。いくわよ」
 ディアナは呪文を唱えた。そして真紅の少女もまた同様に唱える。
 危険度ナンバーワン、死者すら出る可能性がある火の魔法最強奥義。
『メラゾーマ!』
 巨大な火炎がお互いの間を疾走する。この威力の魔法が直撃すれば死亡は間違いない。もっとも、同じ威力の魔法だからこそ、相殺されて最終的に強い方が残ることになる。
 ディアナは完全なメラゾーマを放った。火の魔法とは相性がいい。これだけは唯一ルナに勝利できる魔法だ。
 だが。
 相手が得意だといったのは伊達ではない。その火炎はお互いを食い合い、そして、ディアナの魔法を完全に消滅させて、なおディアナに迫ってくる。
「うそ」
 その魔法の直撃を、ディアナが受けた。
 もちろん自分の魔法でほとんど相殺されていたから、即死にいたるほどではない。だが、確実に魔法ダメージを受けたし、服や、自慢の髪までがあちこちこげついている。
「……この、私が?」
 信じられない。
 火の魔法ではダーマどころか、この世界のどこにも自分にかなうものなどいないと思っていた。いや、実際どれだけ確かめてもそうだった。自分を上回る『火の術者』はどこにもいなかった。
 それなのに、目の前の紅い少女は自分をはるかに凌駕して、しかも平然としている。
「……どこ」
 しかも、この女は、自分のことなど歯牙にもかけていない。さらにもっと強い相手を求めている。
「ルナなら、もうすぐ戻ってきますわ」
 ディアナが屈辱的な返事をした。
「ルナには勝てませんわ。たとえあなたでも」
「……そう。楽しみ」
 だが表情は全く変わらない。時間を潰しているかのような様子。
 彼女にとってこのダーマは、ただの暇つぶしの場所でしかないのか?
 悔しい。
 この女が何者かなどどうでもいい。
 ただ、自分が今まで積み上げてきたものが、根底から覆されたようで、奮い立つ気力すら起こらない。
(あなたならなんとかしてくださいますわよね、ルナ)
 彼女が認めた唯一の相手ならば何とかしてくれる。そう願った。






 ルナは丘の上であった青年、アレスと共にダーマまで戻ってきた。
 いつもはランニングで戻ってくるのだが、今はアレスが一緒にいる。おそらく走っても大丈夫なのだろうが、それでも案内役としては歩いていくのが礼儀だろうと思った。
 黒い髪と黒い瞳。そしておそろしくバランスのとれた体つき。超一流の戦士であるのは間違いない。見ただけで分かる。この人は、ダーマで一番強いソウを上回る。
 五年前、初めて会ったときにラーガは言った。
『自分が仕えるべき勇者は、見た瞬間に分かる』
 分かってしまった。
 この人だ。
 間違いない。この人が、魔王バラモスを倒すことができる勇者、その人。
 そして、もう一つ。
 この人の形質が、全て自分の幼いころの憧れと重なる。
 この人は、あの方の。
「おうかがいしてもよろしいですか」
「あ、うん。ごめん、ちょっと考え事してて」
「いえ。アレス様はダーマへはどのようなご用事でしたか?」
「ちょっと探し物をしていてね。ある人にダーマの賢者様にお会いしたら分かるって教えられたものだから」
「ダーマに賢者は何人もいらっしゃいますけど、どうしましょうか」
「あ、そうか。えーと、どうしようかな」
 アレスは右手を顎にそえて考えた。
「その中でも一番偉い人に会うのがいいと思うんだけど」
「それならラーガ師ですね。では、そこまでご案内いたします」
「でも、そんな普通に会わせてもらえるものなの?」
 アレスはきょとんとしてルナを見つめる。
「はい。私はラーガ師の弟子ですから、お連れすることは可能です」
「へえ」
 アレスはまじまじとルナを見つめてくる。恥ずかしい。夢にまで見た勇者様に見つめられている。こんなトレーニングウェアじゃなくて、ちゃんとした賢者の服装にしてくるんだった。もっとお化粧しておくんだった。恥ずかしい恥ずかしい。
「じゃあルナは、賢者の卵っていうところかな?」
 とっくの昔に賢者なのだが、今はとりあえず黙っておくことにした。まずはラーガ師に引き合わせてからだ。
「そんなところです」
「じゃあ、その歳で魔法も使えるんだ」
「はい。いくつかは」
「すごいね。そんなに若いのに」
 ぴたりと立ち止まる。いったい自分は何歳に見られているのだろうか。
「失礼ですが」
「なに?」
「私は何歳に見えますか?」
「え? えーと、十二くらい?」
 もしかするとその年齢は、見た目よりも少し年上に言ってくれたのだろうか。だとすると少し、いやかなりショックなのだが。
「十五です」
「え!? 僕と二つしか違わないの!?」
 逆にアレスの方が驚いている。さすがにこれはショックだった。
 確かに身長だって高い方ではないし、胸だってディアナみたいに豊かとは言いがたい。でも、だからといって、三つも、三つも歳を違わなくたって。いや、彼はそれでも高く見積もったはず。だったら本当は何歳だと思ったのだろう。
 顔を真っ赤にしていたらしく、アレスは「ごめんなさい」と謝ってきた。
「いえ、私が怒るようなことでもありませんでした。失礼しました」
 ぺこりと逆に頭を下げる。
(でも、許してあげます)
 あなたが私の待ち焦がれていた勇者様だから。
 あなたに会う日を願って、ずっとこのダーマで力を蓄えていたのだから。
「今回だけですけどね」
「え、なに?」
「何でもありません。さあ、もうダーマの入口です」
 二人は少し和やかなムードになってダーマの入口をくぐった。






次へ

もどる