Lv.22

もし会えていたとしたら








 翌日。ラーガの部屋にやってきた三人は、そこにラーガの弟子であるルナの姿を見た。
 ルナの気持ちは既に定まっている。たとえ目の前にいる勇者が、隣にいる魔法使いのことを好きだったとしても、もう迷わない。
 自分の気持ちを押し殺して、この人と共に行くと決めた。
「アレス殿、紹介しよう」
 ルナは一礼する。
「このダーマで最高の術師、『奇跡の賢者』こと、ルナじゃ」
「よろしくお願いします、アレス様」
 優雅に一礼する。ここで線を引く。自分は彼に思われることはない。ただの上司と部下。ただの仲間。ただの協力者。
「え、でも、ルナって、僕より二つ年下じゃ」
「はい、そうですが、何か?」
 にっこりと笑う。十五の自分に向かって十二と言ったのはつい昨日のことだ。
「そんな小さい子を連れていくなんて。僕が旅立ったのも十六、去年なんですよ」
「ならばこの子の方が旅では先輩じゃな。この子は最果てのムオルからダーマまで徒歩で、十歳のときにたった一人で来た。それから半年で賢者の魔法を全て掌握した。呼び名の通りまさに『奇跡の賢者』じゃよ。言っておくが、このダーマでルナ以上の力を持つものはおらん。我らダーマの八賢者ですらな」
「そんな、でも」
「言っておくけどな、アレス。その嬢ちゃん、本気で強いぜ」
 ヴァイスが助け舟を出す。
「何しろ、魔法勝負でフレイを倒したほどだからな」
「本当に? フレイが?」
「……本当」
 フレイは無表情でルナを見ていたが、やがてぺこりと頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、フレイさん」
 と挨拶したものの、心中は複雑だ。何しろ勇者が愛している女性がこの人物なのだから。
 確かに美人だ。印象的で、胸も大きいし、自分のような地味な存在とは似ても似つかない。
(仕方ないよなあ)
 これだけの美人が隣にいて、アレスが何とも思わないはずがない。しかもこの無表情の美人魔法使いは、アレスにだけは笑顔を見せるのだ。
 自分の使命は勇者のサポート。そして魔王バラモスを倒すこと。それだけだ。
「このルナにはダーマの知識全てを伝授している。魔王バラモスを倒すために育てた子じゃ」
 その表現にアレスがむっとする。
「この子の気持ちを無視してですか?」
「だと思うかね」
 だが逆にダーマの老賢者も表情が歪む。
「この子は最初から勇者のサポートをしたいとダーマを訪れた者じゃ。そして、その力が高いゆえに、魔王バラモスについて教え聞かせ、そして本人が望むままにバラモスを倒す知恵と技、力を身につけた。全て本人が望んだこと。ダーマが強制したことなど一度もない」
「すみませんでした。早計でした」
 素直にアレスが頭を下げる。別にラーガもそれで気を悪くしたわけではない。ただ誤解されたままでいてほしくはない、ということだ。
「まだ子供で頼りないところがあるかもしれません」
 ルナは少し困った様子で言う。
「ですが、私は勇者様にお供し、魔王バラモスを倒すことだけを考えて修行してきました。どうぞ、お連れください」
 そこまで紳士に言われたのではさすがにアレスも断りづらい。しかも魔法使いとしては優秀なフレイを負かせたというのだから、能力は申し分ない。
「分かりました。賢者ということは回復魔法の力もあるわけですし、ご助力お願いします」
「私は勇者様に仕えるためにおります。遠慮は無用に願います」
「分かった。ルナと呼んでいいんだね」
「はい、アレス様」
「ルナも僕のことはアレスと呼んでいいよ」
「いいえ。私は勇者様に付き従うもの。いうなれば、部下です」
 不用意に近づいては、相手に自分の気持ちが伝わってしまうかもしれない。
「私はアレス様の部下です。どんなことでもご命令ください」
「ひゅう。こんな可愛いお嬢ちゃんが部下だってよ、アレス」
「お前は黙ってろ、ヴァイス」
 アレスは困ったような表情だったが、やがて頷く。
「じゃあ、頼むよ」
「はい。よろしくお願いいたします」
 これで、自分の運命は決まった。
 これからどうなるかは分からないが、まずは勇者と共に行動する。その先は、それから考える。
 いずれにしても、魔王バラモスを倒さないことには何も始まらないのだから。
「ではクラウスのところへ向かうとしよう。オーブの捜索状況も分かるからの」
 ラーガが自ら立って出ようとする。その前にルナが小走りに扉に近づいて開く。
「すまんの」
「いえ」
 しばらくラーガには会えなくなる。今までずっと面倒を見てくれていた自分の師匠。
 魔王バラモスを倒すまで、もう簡単には会えなくなる。
「こっちじゃ」
 ラーガに連れられて一行は東の塔へやってくる。
 賢者クラウスは『光の賢者』とも呼ばれる。かつて彼がギラの魔法を使ったときに暴走が起こり、ベギラゴンが発動した。そのときの光量があまりに大きかったので、その出来事にちなんだ呼び名になっている。
 それからギラの魔法を専門に研究しているのだが、最近はオーブ探索の方に力が入り、あまり魔法の研究が進んでいなかった。
「入るぞ、クラウス」
「これは、ラーガ師」
 クラウスはまだ三十代と八賢者の中でも最も若い。ただ、賢者最年少はルナにわたってしまったが。
「オーブのことについて話を聞きにきた」
「はい。何のことについてでしょうか」
「実はダーマにオーブがあるということが判明した」
 その瞬間、クラウスの顔に緊張が走ったのを勇者たちは見逃さなかった。
「まあ、だいたいの場所が特定できる便利なアイテムがあるんだ。山彦の笛っていうんだけどよ」
 ヴァイスが相手を睨みつけながら言う。
「この部屋にあるそうなんだよ、クラウスさん」
「は、はあ?」
「オーブの重要性はわかってるはずだ。あるなら出してくれるとありがたいんだがな」
「ちょ、ちょっと待ってください。私が持ってるっていうんですか」
「それ以外の意味に聞こえたかい、クラウスさんよ」
 誰もヴァイスを止めない。ラーガもルナも、相手の狼狽ぶりを見て確信している。
 クラウスはオーブを隠し持っている。ラーガに報告もしないでだ。
「残念じゃよ、クラウス」
「ら、ラーガ師」
「この任務がどれほど大切なものか、とく聞かせたはずじゃ。そのお主が何故、そのようなことを」
「誤解です、ラーガ師! お疑いならば、この部屋をいくらでも調べてください!」
「この部屋をいくら調べても無意味でしょう」
 ルナが冷めた目で相手を見る。
「オーブは、クラウス師が今も肌身離さず持っているのですから」
 クラウスはさすがに驚愕で何も言えなくなる。
「クラウス。今ならまだ間に合う。まず、オーブを出してもらおうか」
 彼はゆっくりと頷いてから、懐から丸い宝玉を取り出した。
「イエローオーブか。これをいつ手に入れた?」
「半年前です」
「半年か。いったい何故隠していた」
「分かりません。ですが、このオーブを手に入れたこと、誰にも話したくなかったのです」
「オーブの魔力に取り付かれたってとこだろうな」
 ヴァイスがひょいとオーブを取り上げてアレスに放り投げる。
「なっ! なんという扱いをする!」
「何言ってんだよ。ありゃたかが石コロだ。ラーミアの祭壇に捧げて終わりのな」
「ふざけたことを!」
「ふざけちゃいねえよ。あれを綺麗な宝石か何かだと見間違えてるから取り付かれてるっていうんだ。あれは宝石じゃねえ。供物だ。神に捧げるものを人間が隠し持っても無駄なんだよ」
 アレスはその宝玉をしまうと、小さく頷く。
「あと三つだな」
「クラウス。正直に申せ。今まで集めた情報の中で、あと信憑性のあるオーブの在り処はどこじゃ」
 だがここにきて観念したか、クラウスは正直に答える。
「イシスのピラミッド。テドン。ジパング。サマンオサ王家。海賊ブランカ。幽霊船。エジンベア王家。ネクロゴンドの神殿。文献から読み取れるオーブの記述がある場所でまだ調査が未終了なのはそれだけです」
「ふむ。ルナ、お主が行ける場所がいくつかあるの」
「はい。イシス、ランシール、ジパング、サマンオサ、エジンベアです。さすがにテドンまでは行ったことがありません。あと、幽霊船と海賊の屋敷も」
「それにネクロゴンドな。ネクロゴンドにあったら終わりだろ。そこに行くためにオーブ探してんだからよ」
「そうだね。ネクロゴンドについては考えないようにしよう。じゃあ、どこから行こうか」
「なあに、適当にやりゃいいんだよ。いっそクジでも作るか?」
 まあ、アテがないのならどこからでも同じだろう。確かにそれでもいいのかもしれない。
「じゃあせっかくだから、ルナに聞こうか。ルナならどこがいいと思う?」
 言われてから少し考える。
「アレス様はどこにも行く必要はありません」
 きっぱりとルナが答える。
「え?」
「その山彦の笛があれば、オーブのありかが分かるんですよね?」
「ああ」
「私にも使えるのでしたら、それを私が持って、まず私が行くことができるすべての場所にルーラで移動し、手当たり次第に吹いてきます。そこで反応があったところを随時調べればいいと思います」
「おお、そりゃ名案」
 ヴァイスが手を叩く。確かに一つずつ調べて回るよりずっと効率がいい。
「でも、ルナにばかり迷惑をかけるわけには」
「アレス様。勘違いなさらないでください。私はアレス様の部下であり、皆さんの仲間です。ルーラで街を移動するだけで負担になるようでしたら、私はアレス様についていくなどと申し上げることはいたしません。会ったばかりでまだ私の力を判断できないのは分かります。でも、どうか、私を信頼してください。私も信頼に応えられるよう、全力を尽くします」
 アレスの気持ちが分からないでもない。このダーマに来るなり、突然オーブ探しを横からさらわれたような気になってしまうだろうし、そもそも自分より二つも年下の女の子に全てを任せきるような感じが勇者として許せないのだろう。
「私を仲間と認めてくださるのでしたら、ここはお任せください。大丈夫です。独断専行は愚の骨頂、反応があるかないかだけを調べて今日中に戻ってきますから」
 それこそルーラでの移動時間と笛を吹く時間を考慮しても、自分がいける場所を全て回ったとしてもさほど時間がかかるとは思えない。
「分かった。そこまで言うならルナに頼むとするよ」
「ありがとうございます。では笛をよろしいですか」
「ああ、もう見たことはあったよね。これ」
 アレスが荷物袋から笛を取り出す。
「これがオーブ。グリーンとブルー、それに今手に入れたイエローで三つ」
 コト、と音を立ててオーブがテーブルに置かれる。クラウスが目の色を変えたのを見て、ヴァイスが賢者の襟首を捕まえて外に叩き出した。
「まずそのまま吹いてごらん」
「はい」
 最初に口をつけるとき、かすかに緊張した。が、感情は割り切って笛を吹く。
 笛の音の後、すぐに自分の耳に山彦のように音が跳ね返ってくる。
「これは、吹いた人にしか音は返ってこないんだ」
「なるほど」
「でも、この三つのオーブを袋に入れて持つ」
 アレスが丁寧にオーブをしまって手渡す。
「これで吹いてごらん」
「はい」
 もう一度笛を吹く。だが今度は全く反応がない。
「自分が持っているとまったく反応しないんだ」
 そうしないと自分が持っているオーブに毎回反応してしまう。なるほど、よくできている。
「分かりました。まずは自分の行けるところに全部行ってみます。アレス様たちはここでしばらくお休みください」
「うん。でも、やっぱり僕も一緒に行こうか」
 魅力的な誘いだった。だが、やはり機動力という点では自分が一人で行動した方がいいのは間違いない。
「お申し出は嬉しいですけど、効率を優先した方がいいと思います」
「分かった。じゃあ、頼むよ、ルナ」
 ルナはしっかりと頷く。
「お任せください。私はこういうときのために世界中の町村にルーラで移動できるようにしていたのですから」
 幼い頃から行ったことのない場所へラーガに連れて行かれ、いつでもルーラができるようになっていた。
 もちろん勇者の故郷であるアリアハンにも行ったことがある。オルテガの実家といわれる場所も知っているし、近くまで行ったことがある。
(もし)
 少し目を閉じて考える。
(もし、そのときに私があなたと知り合っていたら、どうなっていたのでしょう)
 もしフレイより先に彼と出会えていたら──いや、その仮定は無意味なものだ。
「それでは、行ってまいります。夜には戻ってきますので」
 ルナはクラウスの部屋を出る。そこにはヴァイスと、捕らえられたクラウスの姿。
「頼むぜ、嬢ちゃん」
「はい。ヴァイスさんもアレス様のこと、よろしくお願いします」
「俺には様がつかないんだな」
「はい。賢者は勇者様に仕える存在ですから」
 特別扱いをするのは勇者だけ。そう明確に線を引く。
「それだけかい?」
「は?」
「いや、それだけだっていうんならいいのさ。あまり、余計なことは考えない方がいいぜ」
 この人は。
 自分の気持ちに気づいたのだろうか。
「よく分かりませんけど、ご忠告ありがとうございます」
「なに、ちょっと年上のお兄さんの小言だと思ってくれりゃいいさ」
 もう一度頭を下げてから彼女は塔を降りる。
 そして空の見える場所までやってきて深呼吸した。
(いよいよですね)
 ルナはゆっくりと魔法の絵柄を思い描く。
「ルーラ」
 彼女は、飛んだ。






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