Lv.23

これからはじまる私の戦い








 ルナはまずバハラタに飛んだ。
 まず反応がありそうな場所としていくつかの地名があがったが、当のダーマにオーブがあったくらいだ。世界のどこにあるかなど分かりはしない。自分で行けるところは全部行く。そのつもりだった。
 バハラタからアッサラーム、イシス、ロマリア、カザーブと飛んで、ポルトガ、エジンベア。だがこのあたりには全く反応がないので、さらに大きく飛ぶ。ランシール、アリアハン、サマンオサ、そしてムオルに一度戻ってみてから、ジパング──
「聞こえた」
 最後の最後にやってきた場所で反応があった。ジパング。ここにオーブがある。思わず胸のお守りを握っていた。
 さすがに世界中を回って全く手掛かりなしでは帰りづらかった。一個だけでも反応があっただけありがたい。
(ジパングか)
 ソウの生まれ故郷。そして、ヤマタノオロチに生贄を差し出してなんとか生き延びている国。
(それは解決して差し上げる方がいいのでしょうけど)
 全ての判断は勇者だ。まずは全員でここに来て、情報を集めてからの話になる。
 最優先はオーブ。それを忘れてはならない。
「ルーラ」
 ダーマに近いこのジパングで日が暮れかけたこのとき、彼女は最後の跳躍を行った。






「ただいま戻りました」
 勇者たちは応接室で待っていた。途中で待ち疲れたのか、フレイがうとうとと眠りに落ちていた。
「お帰り、ルナ」
「はい。いくつかの町村を飛び回りました。結果をご報告いたします」
 まず自分が跳躍した町村とその結果を伝える。
「イシスのピラミッド、ランシールの地球のへそまで確認することはできませんでした」
「うん、それは後回しにして、まずはジパングの件を片付けよう」
 間違いなくオーブが存在する場所。そこが最優先。
「ジパングってあれだろ、ヤマタノオロチとかいう化け物がいるところ」
「はい。年に一人、若い女性を生贄として求めているということです」
「そいつは許せねえな。若い美人の女性を生贄にするたあとんでもない」
「ヴァイス。誰も美人とは言ってない」
 アレスがため息まじりに言う。おそらくこの二人はいつもこんなやり取りをしてここまで来たのだろう。
「ヴァイスさんはソウのことを覚えていますか?」
「ソウ? ってーと、街中で因縁つけてきたあのガキか」
「私の友人です」
 別に怒っているわけではない。ただ、自分の友人をいつまでもそうやって呼ばれたくはない。
「そりゃ失礼。で?」
 全然失礼と思っていない様子のヴァイスだが、表情は変えずに続ける。
「彼がジパングの出身で、ヤマタノオロチを倒すための力を手に入れるためにダーマで修行しているんです」
「なるほどな」
 ヴァイスが指をパチンとならした。
「嬢ちゃん、ジパングに行くついでにそいつも連れてってヤマタノオロチ退治、とかって思ってるわけか」
「それができればいいとは思っています。ですが、目的はあくまでもオーブ。簡単に手に入るならそれにこしたことはありません。ただ、もしもオーブを持っているのがジパングの王だとしたら、当然手に入れるには譲っていただくか、盗み出すかのどちらかになります」
「交換条件ってわけか。オーブをもらうかわりにヤマタノオロチを倒してやる、と」
 アレスも少し考えるようだった。こうしてみんなで意見を言い合って、最終的に結論を下すのが勇者の役割だ。
「もしそれでいけるってんなら俺は構わないぜ。オーブ集めが最大の目的だからな。ついでに世のため人のため美人の女性のためとあれば大歓迎だ」
「美人の女性はともかく、ヤマタノオロチを放っておけないのは事実だ」
 アレスも頷く。
「僕らがバラモスを倒すのはこの世界に平和を取り戻すためだ。たとえバラモスを倒しても、ヤマタノオロチなんていうモンスターに苦しめられていたのなら意味がない」
「じゃ、ジパングに行くってことでいいのか?」
「行くのは最初から決まっているさ。オーブがあるのははっきりしている。問題はどこにあるか、誰が持っているか、それを調べないといけないっていうことだ」
「オーケィ。だったら道案内が必要ってわけだよな」
 ヴァイスが笑ってルナを見る。なるほど、と彼女も頷いた。
「ソウを連れていっていい、ということですね?」
「リーダーがOKって言えばな。どうなんだ?」
「道案内はほしいな。それに、たとえ戦力にはならなくても自分の身は自分で守れるくらいの力はあるんだろう。このダーマで一番の使い手なら」
「ありがとうございます。ソウに伝えてもいいでしょうか」
「ああ。ルナも今日はあちこち移動して疲れただろうから、一晩ゆっくり休んで明日ジパングへ移動しよう」
「分かりました。それでは、失礼いたします」
 ルナはすぐに一礼するとソウのところへ向かうことにした。既に日も暮れており、急いで会っておかなければ明日までに準備ができない。
 ソウの部屋につき、一度手を上げてからためらう。それからもう一度意を決してノックすると、すぐに彼が顔を見せた。
「なんだ、まだ出発してなかったのか」
 昨日のことなど何もなかったかのようにいつもの様子だ。
(本気だったのかな)
 急がなければならないとはいえ、それなりに緊張はしていた。
「明日、行くことにしました」
「そうか」
「それで、実は行き先はジパングになりました」
 もちろんソウの表情には困惑の色が浮かんでいる。それをわざわざ伝えに来る理由。
「オロチを倒すのか?」
「そうなるかもしれません。それで、もしよかったら、ソウにも来てほしいんです」
「俺が?」
 表情は声ほど意外という様子はない。ジパングと言われた時点である程度想像していたということなのだろう。
「ソウは自分でオロチを倒したいとは思いませんか」
「当たり前だろ。そのためにここで修行してるんだからな。ただ、勇者たちはいいのかよ、俺なんかがついていって」
「はい。ジパングでの案内役も兼ねて、来ていただけると助かるということです」
「戦力としては数えられてないんだろう?」
「自分の身が守れるなら、と言っていました」
 つまり、敵を倒す戦力ではないが、邪魔にはならない、ということなのだろう。
「俺の実力なんてそんなもんか」
「この年齢での一、二年の差は大きいです。ソウだって、いずれはアレス様やヴァイスのように強くなることができます」
「オロチを倒す機会は一回しかないんだよ」
 はあ、とソウはため息をつく。
「分かった。いずれにしても俺も行く。どうせこのダーマにいたってやれることはもうないし、今年の儀式までにはジパングに戻らなきゃいけなかったしな」
「ありがとうございます」
「何時にどこに行けばいい?」
「そうですね、明日の朝八時頃にダーマの入口で」
「分かった、準備していく。いろいろと手続きもしないといけないし」
「はい。ありがとうございます」
「ああ。じゃ、急がないといけないから、お前も戻れよ」
「はい。それでは、また明日」
 ルナがいなくなると、ソウは盛大にため息をつく。
「あいつ、俺が告白したこと忘れてやがるのか」
 昨日の今日で平気で顔を出せるあたり、そこまで本気ととらえられなかったのか。
(ま、いずれにしても俺に望みがないのは分かってるけどな)
 だが、初恋の相手に頼まれた以上、全力を尽くすのが男というものだ。
 それに勇者たちについていけば、いろいろと教わることも多いだろう。強くなるためには強い相手と一緒にいるのがいい。
 もうダーマでは自分の力は伸びない。ここには自分より強い相手はいない。
 それならば。
(まあ、勇者にはかなわないとしても、あのすかした野郎には絶対一泡吹かせてやる)
 目標ができれば後は解決するだけだ。
 ソウはすぐに行動を開始した。半日で全ての準備を整えるのは簡単ではない。






 そして、翌日。
 ダーマの門にルナとソウ、そしてアレス、ヴァイス、フレイが集まっていた。
 それを見送るのは門番のジュナと、賢者ラーガ。そして教官のナディアだ。ディアナの見送りがなかったのが残念だった。
「いろいろお世話になりました、ラーガ師、ナディア師。それにジュナさんも」
「うむ。ワシの知識は全てお主に伝えた。そしてこれが最後の教えとなる。かつてリュカにも言ったことじゃ」
「はい」
 他のメンバーもその会話をじっくりと聞いている。
「よいか。賢者とはただ魔法を使うだけのものではない。全ての知を司るものじゃ」
「はい」
「だが、その知恵も知識も、己が万全の状態でなければ使いようがない。よいか、賢者たるもの、常に『己を殺せ』。この意味が分かるな?」
「はい」
「よろしい。それさえ常に心がけていれば、お主は最高の賢者じゃよ」
 そして近づいてきて、ラーガは手を伸ばし、ルナの頭の上に手を置いた。
「随分、背が高くなったな」
「ラーガ師」
「お主がここに来たときは、まだこんなに小さかった。本当に、大きくなった」
「ラーガ師……」
 思わず感情がこみあげる。が、瞬時に頬を打たれた。
「言ったばかりであろう?」
 ラーガに手でぶたれたのは、これが初めてだった。
 だが、ラーガはこの別れの時すら、自分の成長を考えてくれている。
『己を殺せ』
 それは、全ての感情を封殺し、きわめて理論的に生きろという教えだ。
「はい。いたらぬ点の多かったこと、まことに申し訳ありません」
「なに、そこで完全に感情を制御されたのでは、なんと薄情な娘かと叱っておるところじゃよ」
 それはラーガなりの冗談だったのか。
「いってまいります」
「うむ。ダーマの力が必要になったらすぐに来るがいい。我らダーマはお主と勇者殿の味方じゃからの」
「ナディア師も、ありがとうございました」
「私も、エジンベアに用があるならいつでも連絡なさい。何とか顔を立ててあげるわ」
「ジュナさんも、ありがとうございました」
「おお。お前さんと一緒にいるのは楽しかったぜ。ソウのこともよろしく頼むな」
「逆だろ、そりゃ」
 ソウが悪態をつく。ジュナは肩をすくめた。
「それでは、いきます」
 ルナは四人を自分の魔法指定の範囲内に収めると、魔法を唱えた。
「ルーラ!」
 そして五人はジパングへと飛ぶ。
 それを見送った三人は、しばらくの間そこにたたずんでいたが、やがてラーガが首をかしげた。
「さて、戻るかの」
「はい」
「お疲れ様でした」
 ジュナは門番の仕事をそのまま続ける。ラーガとナディアは今日も知の探求に赴く。
 なんのことはない。いつもの日常。
 それなのに。
 ルナがもう、いない。
「不思議なものよの」
 ラーガがぽつりと言う。
「あの娘が来てからというもの、なぜか心が躍っておった。孫娘ができたようでな。ほっほっ……」
「ラーガ師」
「ま、今日くらいは見逃せ。年寄りは感傷深くなるものじゃ」
 ナディアは少し距離を置いてからかるく一礼した。






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