Lv.25

歪みの中でも歪まずに生きる








 それからミドウ・ヨシカズは客人に向かって一礼した。
「お初にお目にかかります。私はミドウ・ヨシカズ。この国の外相を務めさせてもらっている者です。愚息がお世話になりました」
「いえ、こちらこそ突然の訪問をお許しください。僕は──」
「存じております。アリアハンの勇者、オルテガ殿の息子、アレス殿ですな」
 ミドウは悠然と構えて言う。懐の深い人物だった。
「ご存知ですか。僕のことはあまり他国には知られていないと思っていましたが」
「ええ、一目で分かりました。何しろ私はあなたの父上、オルテガ殿とは既知でしてな」
 どうぞ、と改めて席を促されて一同は再び座りなおした。ミドウも空いている椅子に座る。
「父さんを知っているんですか」
「ええ。あれはもう十年……いえ、オロチの出る一年前のことですから、十一年前になりますか。ちょうどミドウ家の先代が亡くなったばかりで、私が若くして家督を継ぎまして、いろいろと問題を抱えていたときにお父上が尋ねてこられたのです。年齢が近いこともあって、我々はたちまち仲良くなりましてな」
「そうだったんですか」
「あのときお父上からあなたのことは聞いておりました、アレス殿」
「アレスでいいです」
「いえ。私はオルテガ殿から多大な援助をしていただきました。息子であるあなたにお返しするのは人としての道義です。私にできることなら、どのようなことでもいたしましょう」
 ヴァイスがひゅうと口笛を吹くが、それをフレイが睨みつけて黙らせる。
「もちろんアレス殿がここへ来られたのは、それなりの理由があってのこととお見受けします」
「はい。実は僕たちは、父が果たせなかったことを成そうとしています」
「バラモス討伐、ですかな」
「それも聞いていましたか」
「さすがにこのご時勢、バラモスのことは既に各国の首脳陣はよく分かっております。ただ十一年前だと全くといっていいほど知られていなかったでしょうな。ネクロゴンドにバラモスと呼ばれるモンスターが現れたと、私もオルテガ殿から聞いて初めて知りました。ただ、そのバラモスというモンスター、凄まじい力の持ち主、魔王という名にふさわしいと」
「ええ。どういう相手かはわかりませんが、僕たちはそのバラモスを倒したいと思っています」
「オルテガ殿はバラモスと戦う前に亡くなったのでしたな。とても良い方でした。私はあの方にどれだけご恩返しをしてもまだ足りない。本当に、心から感謝をしているのです」
 改めて座りながら頭を下げるミドウ。
「やめてください。僕が何かをしたわけではないんですから」
「いえ。ミドウ家の者は、この後何代にわたってもオルテガ殿の一族にご恩返しをしなければなりません。それだけのことをオルテガ殿はしてくださった」
「初耳だぜ、父さん」
 ソウが口を挟む。するとミドウは苦笑して首をかしげた。
「お前には話す前にダーマに旅立たれてしまったからな」
「じゃあ姉さんは知ってるのかよ」
「もちろん。何しろ、私の命に関わることだもの」
 命に関わるとは、また随分大事だった。
「お恥ずかしい話になりますが」
「いえ、僕も父がどのようなことをしたのか気になりますから」
「ではかいつまんで。実は娘のヤヨイは当時まだ六歳かそこらだったのですが、実はそのとき、対抗勢力に誘拐されたことがありまして」
「誘拐?」
「ええ。ミドウ家は私の父の代から徐々に宮廷で発言力を大きくしていたのですが、私が家督を継いだと同時に、私を追い落とそうとして娘を誘拐したのですよ」
「ひどい」
 ルナが顔をしかめる。
「そのとき、誘拐犯から娘を助けてくれたのがオルテガ殿なのです」
「そうだったんですか」
「当時はまだソウタを養子にしていたわけでもありません。私にとって唯一の子でした。生き甲斐といってもよかった。命の恩は命で返すとよくいいますが、このご恩は何代にも渡って返さねばならないものと心しているのです」
「そうでしたか」
 アレスは父親の武勇伝に心を打たれた様子だったが、それと同時にルナもまた特別な目でヤヨイを見ていた。
 何しろルナもまた、オルテガによって命を助けられている。自分と同類であるという意識は否応にも生じてしまう。
「だからこそオルテガ殿の息子とあれば、私もヤヨイも、そしてソウタもこの命をかけてお返しするつもりです」
 ソウはそれを聞いて、改めてアレスに向き直っていた。
「何でも言ってください。俺、姉さんの命を助けてくれたオルテガ様には、どんなご恩返しでもします」
「僕は父さんじゃないんだけど」
 アレスは苦笑した。
「でも、ありがとうございます。お言葉に甘えていくつかお願いがあります」
「なんなりと」
「まず、僕らがこのジパングを訪れたのは」
 アレスは懐からイエローオーブを取り出す。
「これと色違いのものを探しているからなんです」
「これはまた、随分と美しいですな。水晶……ではないようですが」
「オーブといって、世界を救うために必要な道具です」
「世界を救う?」
「はい。バラモスを倒そうにも、ネクロゴンドは険しい崖の上。行く方法がありません。でもこのオーブがあればバラモスのいる場所へ乗り込むことができるのです」
「なるほど。そのためにこれを探せばいいというのですね」
「そうです。ジパングにあるのは間違いありません。ただ、正確な場所までは分からないので、何とか見つけたいんです」
 ミドウは頷いて答えた。
「これほど美しい宝石です。まずジパングの宝物庫にあるかどうかですな。それでなければ、おそらく有力貴族が抱えていると思います。あるとすればおそらく、三氏のいずれかとは思いますが」
「三氏?」
「ええ。この国を支える氏族です」
 言われてアレスも思い出したようにうなずく。
「ああ、さっきソウから聞きました。確か、スオウ、モリヤ、トモエでしたっけ」
「ええ。大王の宝物であれば、説得すれば譲っていただくことも可能でしょう。それにトモエ家も大王に協力的な家。あれば譲ってもらえるのは大丈夫かと思います。ですが、スオウとモリヤは簡単には協力してくれないかもしれませんな」
「モリヤが協力するはずないだろ」
 ソウが吐き捨てるように言う。
「ソウタ、確かにその通りだが、言い方に気をつけなさい」
「分かってるよ」
 だがソウは聞く気がないというようにそっぽを向く。
「モリヤ家というのは何かあるんですか」
「まあ、いろいろと。それにスオウ家は大王家に抵抗できる唯一の氏族ですからな。現大臣も大王の命令を素直に聞く男でもありませんから」
「誰が持っているかがまず分からないといけないわけですね」
 アレスは考えるようにしてからルナを見てくる。いい考えはないか、ということなのだろう。
「いずれにしても、まずジパングの王宮にあるものかどうか、確認するのが先ですね。もしなければ今度は三氏にあたってみるということで」
 現状で打てる手はそれしかない。まずは方向性をきちんを出しておくことが必要だ。
「分かりました。私は明日、登庁いたしますので、そこでヒミコ陛下にお目通りを願いましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「ええ。今日はゆっくりなさってください、初めて来られたのでしたらいろいろお疲れでしょう」
「いや、そうでもないです。来るときは仲間のルーラでしたし、まだジパング全体を見回ったわけでもないですから。それに、もう一つこのジパングでやっておきたいことがあるんです」
「もう一つですか」
「ええ。この国を脅かす怪物、ヤマタノオロチの討伐です」
 それを聞くとミドウは顔をしかめた。
「オロチ討伐ですか」
 明らかに問題があるという表情だ。
「何か問題がありましたか」
「そうですな。少なくともこの国は今、オロチ討伐を願う者は、生贄の被害者の家族しかおりますまい。いえ、その家族たちですら、この国の空気に何も言えない状態です。むしろ積極的に生贄を受け入れる家族すらいるくらいですからな」
 それを聞いた一同は目を見合わせる。
「どういう意味だよ」
 ソウが意気込んで聞く。
「言葉通りだ。ヒミコ陛下はオロチへの生贄について完全に制度化された。生贄に選ばれた者の家には充分な補償金が出される。無論、人の命を金銭に代えられるとは思っていない。だが、ジパング全体の繁栄のためとあればそうせざるをえない」
「ジパングの繁栄って、人を犠牲にしてるんだぞ!」
「分かっている。だが、オロチが来てから飢饉が出ていないのも事実だし、ヒミコ陛下のお告げもオロチが豊穣をもたらすと言っている。お前が国を去った六年前ならいざしらず、今のジパングからオロチを取り除くのは難しい」
「そんな」
「今オロチを倒せば、今年の冬に餓死者は何千人という単位で出るだろう。何の準備もせず、その危険を冒してまで討伐するわけにはいかん」
「じゃあ、それをずっと先延ばしにするのかよ。今のままじゃ人がどんどん増えて、そこでオロチがいなくなったら犠牲はもっと多くなるだろ!?」
「そのために今、いろいろと手を打っている。国もさかんに開墾を行わせている。最低でも二十万石、飢饉になってもそれだけの穀物が準備できるようにならない限り、オロチ討伐は自らの首を絞めるのと同じだ。いいか、ソウタ。我々とてこの状況を放置しているわけでも楽観視しているわけでもない。早急に打てる手を打ち、オロチを倒しても困ることのないように入念に準備をしているのだ」
「そんな悠長なこと言ってる場合かよ! 今年がどういう年か、父さんは知っているだろ!」
 突然始まった親子喧嘩に一同が顔を見合わせる。
「今年が何か?」
 アレスが促すとソウが吐き捨てるように言う。
「オロチへの生贄は十八歳の女って決まってるんです。今年は姉さんが十八になるんです。姉さんが生贄にされる可能性がある。だから俺は、今年絶対にオロチを倒さなきゃいけないと思って、ダーマで修行したんです」
 全員がヤヨイを見た。だがヤヨイは苦笑するだけだ。
「大丈夫よ、ソウタ」
「でも!」
「大丈夫なのよ。少なくとも私は。今年の生贄はもう決まっているから」
「──え?」
「まあ、今年の生贄もそれはそれで大変なことなのだがな」
 ふう、とミドウがため息をつく。
「誰が!?」
「イヨ殿下だ」
 その名前に鋭く反応したのがルナだ。もちろんルナは各国の王家の系譜は全て頭の中に入っている。
「そんな、まさか」
「あなたはご存知か」
「はい。イヨ殿下は、今のヒミコ陛下の姪にあたられる人物です」
「そう。ヒミコ陛下の弟、カズサ殿下の一人娘、イヨ殿下。言うなれば、ジパングの大王位を継ぐことができる唯一の人物です」
 それが、生贄。
「まじかよ」
「冗談で言える話ではないな」
「だいたいイヨ殿下っていえばまだ十四かそこらじゃなかったか?」
「その通りだ。だから京全体で問題になっている。何故今までは十八歳だったのに、今年は十四歳なのか、と」
「質問、いいかい」
 ヴァイスが手を上げて話を止める。
「なんだか生贄がどうやって決まるのかが分からないんだけど」
「なるほど、失礼しました。確かにジパング人でなければそのようなことはご存知ないでしょうな」
 ヨシカズは一度言葉を区切ってから説明を始める。
「生贄はお告げによって決められます」
「お告げ?」
「はい。ヒミコ陛下は占いで神や物の怪などの言葉を聞くことができるのです。オロチへの生贄もそれで決められます」
「お告げはどうやって?」
「宮殿の奥にある『儀式の間』にヒミコ陛下がお一人で入られます。そこでオロチが指名する娘の名前を聞くのです」
「オロチから直接?」
「いえ、オロチは西の山に棲んでおりますので、そこから思念を飛ばしているものと思いますが」
 話を聞いてアレスとヴァイスが視線を交わし、頷く。
「何か?」
「いや何、単にうさんくさいと思っただけさ」
「それは、ヒミコ陛下の占いが、ということですか」
「そりゃそうだろ。お告げと称して自分で好き勝手に指名することだってできるだろうぜ」
「自分の姪でも、ですか」
 さすがにミドウの表情が険しくなる。
「たとえばの話さ。考え方はいろいろある。たとえば大王家が目障りな奴がいたとして、オロチに交渉してその子を指名してもらうようにしたとか、まあそれも単に一例にすぎないけどな。今聞いた限りのシステムだったら、その指名には絶対何か裏があるとみていいと思うぜ。ここに来たばかりの俺たちには、誰のシナリオかなんて想像もつかないけどな」
 むう、とミドウはうなる。
「まあ、その占いとやらも当たるのかどうか確かめたわけでもないからな」
「なるほど、お疑いはごもっとも」
 ミドウは頷く。
「怒らないのかい?」
「他国から来られた方はたいがいそういう疑念を抱かれます。ですがこのジパングに来られた方はだいたい納得してお帰りいただいておりますよ」
「占いを?」
「ええ。それこそヒミコ陛下が他国の方を占ってさしあげることが多いですから。そうすると『初めて話したのにどうして分かっているのだ』とそれはもう、皆さん同じ反応をされます。何しろヒミコ陛下は、まず会って最初に、あなたの悩みはこれこれですね、と言うことから始まりますから」
「そりゃ楽しみだ。だったら俺らも占ってもらうといいんだろ」
 にやりとヴァイスは笑った。
「それこそ、オーブの在り処、とか」
「それは名案だな」
 アレスも頷く。
「なるほど。では明日の登庁時に一緒に行くとしましょうか。そうすれば納得していただけるでしょう」
 ミドウは自信たっぷりに言う。それだけ自分の国の女王を信じているということか。
「では今日はこちらでゆっくりお休みください。まだ日も高い。ジパングはもう見て回られましたか」
「いいえ、まずこちらに案内してもらったので」
「なるほど。それでしたらぐるりと見て回ってくるのもいいでしょう。特に一条の方は三氏の館もありますし、場所の確認がてらジパング見物でもいかがですか。ソウタは案内してさしあげるように」
「分かってる」
 ソウはぶっきらぼうに言う。
「何だったらヤヨイも行ってきたらどうだ。せっかく弟に会えたのだから、いろいろと話したいこともあるだろう」
「いえ、私はお客様のお食事の準備をしますから」
「そうか。ならソウタ、お客様に失礼のないように」
「ああ」
 そうして、一同は立ち上がると、ミドウの屋敷を出た。






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