Lv.27
正義、必ずしも正ならんや
一通り三氏の館を見た一同は、日が暮れる前にミドウの屋敷へと戻ってきていた。
話をしていく中でもいろいろと分かったことはあるが、いずれにしても明日のヒミコとの会談をもって今後の方針を決めることになる。
問題は二つ。オーブとオロチ。これをどうするかだ。
もしオロチを倒すかわりにオーブをいただくというのなら話は簡単だった。だが、今までの話を総合すれば、オーブを譲ってもらうことこそ問題ないとしても、オロチを倒すのは待ってほしいということだろう。
しかもオロチを放置しておけば、この国の跡継ぎであるイヨが危険だという。
それは確かにジパングの問題なのかもしれない。ソウの姉に危険がないと判断された時点で、アレスたちには差し迫った問題とはいえなくなった。だが、目の前で人が殺されようとしているのに無視できるほど、アレスは無神経ではない。
(本当にいい人ですね、アレス様は)
豪勢な食事の後、ルナは客室で一人、今後の方針を考えていた。
今までこのパーティはアレスが全て計画を立てて、二人がそれに従ってきたという形なのだろう。だがそれには限界がある。アレスがダーマまでやってきたのは、アリアハンと方針を固めていたからであって、今後のオーブ集めや各地でのトラブルはその場で考えていかなければならなくなる。
そういうときに力を発揮するのが賢者だ。自分が持つあらゆる知識と知恵を総動員し、アレスにとって最も良い方向へ導く。
ミドウは明日、自分たちをヒミコに会わせてくれると言った。
ヒミコとの会談で尋ねることは二つ。
まず一つはオロチ問題をどうするかだ。これを国の最高指導者から直接話を聞く。そしてもし、オロチを倒して支障がないようであれば実行する。
だがもしも承認してもらえなければどうするか。
ヒミコとて国の跡継ぎを奪われたくはないだろう。ヒミコ自身には子がいないのだから、イヨに跡を継がせるのは当然の成り行きだ。
(肝心のイヨ殿下がどう思っているかも気になるところだけど)
自分より一つ年下の十四歳の王女。
(本当にオロチが、イヨ殿下を指名したのかしら)
そもそもオロチは毎年相手を指名してくるというが、いったいオロチはどうやってジパングの人物を判断しているのだろうか。
ずっと山の中に住んでいて自分が食べる相手を正確に指名できるのなら、それはジパングの中に情報をオロチに流している者がいるか、それとも。
(オロチを語った何者かがいる、ということも考えられますね)
この仮定を推し進めるならば、イヨを指名したことにも理由がつくことになる。
(大王家の跡継ぎを消すために、誰かがイヨ殿下を指名させた……ということでしょうか)
だがもしそうだとしたら、誰が、どうやって。そうした問題が残る。ただ、問題は手段ではなく、理由。誰が何のために行っているのかが問題なのだ。
(ヒミコ陛下にはこの辺りを追及するしかありませんね)
食事のときにヤヨイに確認したところ、生贄を捧げるまではあと二十日ほどあるらしい。ならば急ぐことは急ぐにしても、今すぐどうにかしなければならないというわけでもない。
(あと二十日で儀式なのに、外務大臣がわざわざ他国に、それも豊かなエジンベアまで行っていたということは……)
やはりミドウは今年、オロチを倒すつもりがあるのだ。ソウが倒してくれるかどうかは別にして、イヨを生贄にするということを認めるつもりはないのだろう。
そしてヒミコへのもう一つの質問。それはオーブの在り処だ。
それこそジパングの政庁に保管されているようなものであれば話は容易い。だが、もしそこになければ誰が保管しているのかが分からなくなる。
それをヒミコに占ってもらえれば。
(誰が持っているにしても、譲ってもらうには情報が足りないですね)
スオウ家、モリヤ家、トモエ家のうちの誰かが持っているとするなら、それぞれ対策を立てておかなければならないところだ。だが、残念なことにルナはその当主たちを誰も知らない。相手のことを全く知らないまま闇雲に作戦を立てても意味がない。
(それはヒミコ陛下との会談の結果次第ですが、この後三氏の当主に会っておきたいですね)
だいたい考えはまとまった。
アレスと明日の打ち合わせをしておかなければならない。そう考えてルナがアレスの客室に向かおうとしたとき、逆に部屋を誰かがノックした。
「はい?」
「僕だ。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「アレス様!? はい、今すぐ」
扉を開けると、そこにアレスが一人で立っていた。
「明日のこと、ちょっと相談したかったんだ」
「はい。私も今、アレス様を訪ねようと思っていたところです」
「うん、何も考えずにヒミコ陛下にお会いするわけにはいかないからね。最低限、聞いておくことはまとめておかないと」
「はい。フレイさんは?」
「もう寝てるんじゃないかな。夜は早いから」
「そうですか」
フレイに黙って二人で会うのは問題だろうか。二人きりで会うとどうしても意識してしまう。
勇者様。
ずっと自分が恋焦がれていた相手。
(どれだけ想っても届かない)
自分がアレスをどう想っているかなど、彼は全く考えていないだろう。当然だ。彼にしてみればつい先日初めて会ったばかりの女の子。
でも自分はずっと、オルテガに助けられたその日から、自分だけの勇者を探し求めていた。そして目の前にその理想がいる。
いる、のに。
「じゃあ、いくつか確認したいんだけど」
「あ、はい」
少し考えにふけってしまったのを取り返すように、一度気持ちを落ち着ける。
「まず明日ですね。ヒミコ陛下に確認する内容ですが──」
ルナが先ほど考えていたことをそのままアレスに伝える。
「僕もだいたい同じ内容かな。ただ、やっぱり賢者なんだね。僕よりも考えが深くて驚いた」
「考えることが私の仕事ですから」
「そうは言うけど、魔法でフレイに勝ったんだろ? だったらやっぱりすごいよな」
この人は、他人を褒めるのが上手だ。
相手の良いところを持ち上げ、さらに磨きをかけさせる。褒められた方だって嬉しくないはずがない。どこまでも中心人物。みんなに好かれるリーダー。
(そういえば)
考えてみれば、自分はまるでこの仲間たちのことを知らない。
アレスも、ヴァイスも、フレイも。どうして旅立つことになったのか。いったいどこで知り合ったのか。三人ともアリアハンということは、幼馴染なのか、旅立つ前からの知り合いなのか。
「アレス様こそ、その若さで勇者の称号を得ることは凄いと思います」
「僕のは半分、父さんの威光があるからね。その点、ルナは自分の力でそれを勝ち取った。偉いと思うよ」
「私はただ、環境に恵まれていただけです。確かに少し、周りよりも飲み込みが早かったかもしれませんが、私を導いてくれるラーガ師、いつも助けてくれたソウやディアナ、一人では何もできませんでした」
「それなら僕だって同じだ。フレイがいたから僕は強くなれたし、稽古相手が務まるのはヴァイスだけだった。一人で強くなれる人間なんていないよ。でも、その中で夢をかなえたんなら、それは凄いことだと思う」
夢。
夢は叶わない。何しろ、夢は目の前で閉ざされている。
「ありがとうございます。素直に受け取ることにします」
するとアレスも少しほっとしたようだった。
「もしよろしければ、アレス様のお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「僕の?」
「はい。アリアハンでどう過ごされていたのか。どうしてバラモス討伐に向かうことになったのか。仲間として知っておきたいです」
「うーん」
アレスは少し頬をかいた。
「それこそ父さんの影響としか言いようがないんだよな。九年前、父さんが死んだっていうのを伝え聞いて、僕が父さんの代わりにバラモスを倒すって誓った。それからずっと稽古を続けて、アリアハンで誰よりも強くなって、十六歳で成人したその日に旅立った」
「凄いですね。アリアハンで誰よりもって」
「ソウだってダーマで誰よりも強いんだろ? 多分、目標のある人間っていうのはそれだけで強くなれるんだと思う」
確かにソウの鬼気迫る修行ぶりは見ていてはらはらすることもあった。姉を助けるために力を求めた少年。
だがアレスは差し迫った危機ではない。父の仇をとるという、ただその一事だけを考えて訓練してきたのだ。それがどれだけ凄いことか、考えずとも分かる。
「では、ヴァイスさんとフレイさんはどうして」
「ヴァイスは僕一人に任せておけないって言ってたけどね。どこまで本気かは分からないよ。フレイは──彼女は、アリアハンで僕なしでは生きていくことはできないだろうから。一緒に来たいって言うから同行させた」
「生きていけない?」
「いろいろあってね。それは彼女のプライバシーに関わるから、僕からは言えない」
確かに、自分の知らないところで勝手に自分のことを話されていたらそれは気分もよくない。
「では機会を見て、直接フレイさんから聞くことにします。そのときアレス様のことを一緒に聞いてもいいですよね?」
「まあ、僕は何を聞かれてもかまわないけど」
言ってから少し表情が歪む。
「何か、聞かれたくないことでもありましたか」
「あった。でもフレイもきっとそれは言わないと思うから大丈夫だと思う」
素直に言うこの勇者は、二つ年上だというのにどことなく可愛い。
「分かりました。では聞かないでおきますね」
「ありがとう。ところで話は変わるけど」
そうして話題を切り替える。アレスが言ってきたのはミドウのことだった。
「ミドウ様は僕にいろいろと協力してくれるって言った。それは多分、嘘じゃないと思う。ただ」
「ただ?」
「一流の外交官が、何の見返りもなしに協力するっていうのも何か変な感じがする。それこそアリアハンに食糧援助を頼むくらいのことを要求したっていいはずだ。僕からならアリアハンの国王陛下に奏上することもできる。それに、どれだけ協力するといっても閣下はあくまで公人だ。ジパングが僕たちを承認しないと言えば、彼の立場から僕たちをかばうことはできなくなるはずだ」
「同意見です。私はミドウ様は信用はできますが、信頼できるとは思っていません」
「信用できるが信頼できない、か。確かにそうだね。ミドウ様を頼ってはいけない。これは僕たちで解決しないといけない問題なんだと思う」
「オーブだけではなく、オロチも、ですね」
「そう。オロチのことは結局ジパングという国は認めざるをえないんだと思う。だから僕たちは勝手にオロチを倒し、勝手にいなくなる。そうしないといけないんじゃないかな」
「最終的にジパングのためになることでも、ジパングの人に受け入れられるかどうかは別ですからね。私も同じ考えです。いざというときはオーブを手に入れ、オロチも倒したところでルーラで逃げましょう」
あっさりと言い切った私にアレスが驚く。
「驚いた。そんなにあっさり肯定するとは思わなかった」
「いえ、ジパングに来てミドウ様の話を聞いて確信したんです。以前からジパングの様子が変わっているのは知っていましたから、もしかしたらオロチを倒すことを許可してくれないかもしれない。そうしたら強行突破しかないな、と」
「ジパングを食い物にするモンスターを、そのジパングの人たちが守る。嫌な構図だ」
「同感です。だから先にオーブを見つけてしまいましょう。そうすればオロチを倒すだけですみます」
「OK。ルナの意見に全面的に賛成」
アレスも笑顔を見せて頷く。
「じゃあオロチの件は説得できなかった場合は、」
「引き下がる方がいいと思います。もちろん説得は真剣に行いますけど、どうしても駄目だとつっぱねられたときには、オーブ探索だけをお願いする形にしてしまいましょう」
「了解。ルナは頼りになるな」
そんなことをさらっと言うのだから、この人は勇者なのだろう。
「ありがとうございます。頼られるのは嬉しいです。そのために知恵を磨いてきたのですから」
「そういえばさ」
アレスはふと気になったように尋ねる。
「さっきは僕のことを聞かれたけど、ルナはどうして賢者になろうと思ったの? それもバラモスを倒すためにって、最初から決まってたみたいだけど」
それをどう答えればいいのか、ルナは一瞬迷う。何しろ自分の命を救ったのはアレスの父、オルテガなのだ。
それを言うべきか、言わないべきか。
いずれにしても、どうして自分が賢者を目指すようになったか、そのきっかけくらいは話しても問題ないだろう。
「実は私」
そのとき、轟音がジパングの空に響いた。
「何だ?」
「爆発音です」
ルナが急いで窓の外を見る。
ルナの部屋は北向き。その向こうに政庁が見える。
「政庁が、モンスターに襲われています」
「な!」
突然の展開にさすがにアレスも驚く。
「急いで装備を整えて、救援に向かいましょう」
「ああ! ヴァイス! フレイ! 起きてくれ! 政庁に向かうぞ!」
そうして四人は急いで装備を整え、ミドウ家の前に集合した。
「アレスさん!」
ソウも鎧と剣を装備してきた。が、
「お前は来るな」
ヴァイスが手を開いて止める。
「でも、俺だって戦える!」
「分かってる。だが見てみろ。襲われてるのは政庁だけじゃねえ。朱雀門の方からもモンスターが来てやがる。そっちはジパングの兵士たちが何とか抑えてるみてえだが、ここも絶対安全ってわけじゃねえ」
「それじゃあ」
「お前は自分の父親と姉を安全なところへ連れてってやれ。この街にだってモンスターに襲撃されたときの避難所くらいあるんだろ?」
「それはもちろん」
「じゃあそこまで連れていってやれ。そして必ず家族を守れ。お前が強くなったのはそのためだろうが」
ヴァイスが珍しく真剣に説得する。しばらくしてからソウは「分かった」と頷いた。
「ルナ、気をつけろよ」
「ソウこそ。ヤヨイさんたちを必ず守ってあげて」
「当たり前だ。俺はダーマ一番の剣士だぞ」
頷きあってから、四人は一気に駆け出す。
政庁へ。
四人の来訪当日から、なんとも派手な出迎えとなった。
次へ
もどる