Lv.28

勝利とは、勝つことに非ず








 京、急襲。
 ジパングは既に大混乱だった。六万人の人間が、いっせいに避難所へ向けて駆け出していく。その混乱の中で、モンスターに殺されるだけではなく、逃げる人に突き飛ばされて踏み潰されて死んでいく、そんな恐慌ぶり。
「しっかし、モンスターがこれだけ大きな街を襲うことがあるなんてなあ!」
 走りながらヴァイスが言う。
 確かにモンスターは普通人間の集落を襲うことはない。人間は一人ひとりはそれほどたいした力でもないが、集団になると力を発揮することをよく分かっているからだ。
 そのモンスターたちがわざわざジパングを襲った理由。それがどこにあるのか。
(今回のオロチの件、全く関係がないとは言い切れませんね)
 それこそこの人々の恐慌ぶりを見れば分かる。モンスターがこの京を襲ったことなど今まで一度もないだろう。それほどの狂乱ぶり。
(オロチがいつもと違う指名をした。それからモンスターが襲い掛かってきた。この背後に共通するものは何?)
 考えても答は出ない。とにかく今は、モンスターたちを追い払うのが先だ。
 四人は一目散に政庁に入る。既にあちこちで戦闘が行われており、いたるところに人とモンスターの死体が転がっている。
「フレイさん! 火と爆発の魔法は控えてください! 建物が炎上してしまいます!」
「了解」
「来たぞ!」
 アレスの言葉で四人は正面にいるモンスターたちとの戦闘に入る。
「バーナバスか! 夜になると徘徊しやがって!」
 吸血鬼が二体。これならたいした敵ではないが、マホトーンを使うので厄介ではある。
「スクルト!」
 それより先に必要な魔法を使ってしまえばいい。
「フバーハ!」
 物理防御・魔法防御を上げる。そしてフレイの魔法──
「ベギラゴン!」
(え?)
 自分が魔法を二つ使っている間にフレイは電撃系最強の魔法を唱えていた。それも、強力な。
 そして力をなくしたバーナバスたちを、アレスの剣とヴァイスの槍がそれぞれとどめを刺す。
(やっぱり強い、この三人)
 絶命しているのを確認してから四人はさらに奥へと進む。
 廊下の十字路で三方向からモンスターの襲撃を受ける。待ち伏せだ。
「こっちはガルーダ!」
「右、豪傑熊」
「正面はスカイドラゴンか」
 一瞬、三人の足が止まる。ルナはするりと正面に立った。
「お二人は左右を!」
 そして魔法を唱える。
「ニフラム!」
 スカイドラゴンを光の中へ消し去る。ひゅう、とヴァイスが口笛を吹く。
「熊は僕が、ヴァイスはガルーダを!」
「了解!」
「援護」
 フレイが今度はヒャダインの魔法を唱え、その双方に氷のダメージを与える。その隙にアレスとヴァイスがまた攻撃をしかける。
「後ろから援軍」
 やってきたのは鎧騎士。中身のない地獄の鎧だ。
「面倒ですね」
 素早く魔法を唱え、接近を許さない。
「バシルーラ!」
 地獄の鎧をはるか戦場の外まで吹き飛ばす。これで脅威にはならない。
「戦う相手ごとに攻略法が違うのかい?」
 アレスがまた走りながら尋ねてくる。
「はい。もっとも効果的に敵を倒すことが優先です」
「見習わないといけないな、僕も」
「私は皆さんのサポートが一番です。アレス様とヴァイスさんは戦闘に専念されてください」
「ありがとう」
 とはいえ、現時点でルナはまだ仲間たちのサポートをほとんどしていない。
 それはモンスターたちがアレスたちよりも強くないということを信じ、戦いながらアレスたちの実力を推し量るためだ。
 だから相手の防御力を下げるルカナンも使わないし、普段の実力以上を発揮させるバイキルトやピオリムも使わない。ただ万が一のためにスクルトとフバーハだけはかけておいた。
 この戦いで三人の実力をある程度見極める。この混乱の中、ルナはそこまで考えてこの戦闘に臨んでいたのだ。
「くるぞ!」
 次に彼らの行く手を阻んだのはサマンオサ地方によく生息しているというキメラたちだ。その数、六体。
「ラリホー!」
 だがルナの反応は早い。ただちに何の魔法がもっとも効果的かを判断し、すぐに魔法を唱える。
 六体のうち五体までがその場で昏睡状態に陥る。残った一体はヴァイスが容赦なく槍で貫き、眠った五体はアレスが次々と屠る。
「こんなに楽に戦うのは初めてだぜ」
 ヴァイスが笑顔を見せる。
「油断はしないでください」
「了解。先行くぜ」
 ヴァイスが先頭に立ってさらに奥へ。そこに待ち構えていたのは、
「なぁんだぁ? おめぇら、よくもここまできたもんだなぁ」
 巨大な棍棒を持ったトロルと、その周りにアカイライの群れ。
「ここからさきはぁ」
「メダパニ!」
 容赦なし。トロル自身が「うお?」と一瞬魔法にかかりかけるが、すぐにそれを振り払って周りを見る。
 が、次の瞬間には近くにいた全てのアカイライたちが一斉にトロルに襲い掛かっていた。
「な、なにしやがる、うお、やめろ」
 トロルが棍棒で自分に襲いかかってくるアカイライを次々に撃破する。だがトロル自身もおかげで重傷を負った。生き残ったアカイライたちもほとんどが半死半生だ。そこに、
「ベギラゴン」
 フレイの容赦ない魔法が飛び、トロルにはアレスがとどめをさした。
「俺の出番ないだろ」
 ヴァイスがぼやくが、もちろん出番などこれからいくらでもある。さらに奥へ進む。
 そこが政庁だ。
 勢いよく中に入ると、そこにはジパングの兵士たちがモンスターと戦っている。その奥にいるのが大王の冠をかぶった女性。
(あれがヒミコ陛下か)
 アレスが確認し、同時にモンスターたちの方を見た。
「ほう、邪魔をされないようにモンスターたちを配置したはずだが、よくもたどりついたものだ」
 ヒミコに襲い掛かろうとしていたモンスターたちを率いていた男。
 黒い鎧に身を固めた戦士だった。顔も完全に鉄仮面で覆われており、いったい何者かは分からない。
「お前さんにゃ悪いが、ヒミコ陛下を殺させるわけにはいかねえぜ」
 ヴァイスが槍をつきつけて言う。
「ふん、どこの国の者か知らんが、所詮たいした力があるわけでもなかろう。やれ!」
 その近くにいたのは地獄の騎士たち。ガイコツたちが何本もの腕で剣を振り回してくる。
 もちろん、その程度の敵がルナの敵になるはずがない。
「ニフラム!」
 再び発動する光の魔法。地獄の騎士たちのほとんどが光の中に消えていく。
「な」
「一体残したな、ルナ!」
 黒騎士が驚いている間に、生き残った地獄の騎士にヴァイスが迫る。
「魔法槍、メラ!」
 その槍に炎をまとわせ、容易く地獄の騎士を葬る。
「出番がないということでしたから、わざと残したんです」
 それは負け惜しみではない。ヴァイスが地獄の騎士を相手にどれだけの力を持っているのか確認したかったのだ。
 それが、たったの一撃。
(本当に強い)
 ヴァイスでこの実力。そして、それよりも強いというアレス。実戦レベルで容赦なく上級魔法を使いこなすフレイ。
(これだけの強さがあれば、確かにバラモスを倒すという言葉も決して過信ではないですね)
 ダーマでこれだけの力を持つ者はいない。ソウを容易く倒したヴァイス、ディアナを子供扱いしたフレイ。いずれも世界最強クラス。そしてその二人より強いアレスに、自分の知恵と知識が加わる。
(ですが、強くなればその分だけ過信しやすくなる。一番油断してはいけないのは私ですね)
 モンスターの強さと自分たちの強さを正確に見極め、絶対に危険なことをせず、確実に生き残ることができる作戦を立てる。それが自分の役割。
 そして、アレスが全力を出して戦うことが自分の役割。
「僕が相手だ」
「ほう」
 黒騎士は腰の剣を抜く。
「多少は腕に覚えがあるようだが、その程度でこの私を倒すことはできんぞ」
「それはやってみないと分からないだろう」
 アレスも剣を構える。二人の間に張り詰めた空気が流れる。
(スクルトとフバーハがかかっているからアレス様が敗れることはないでしょう)
 ルナは手助けしたい気持ちを抑えて、その戦いを見守る。もちろん危険があるならすぐに手助けできる準備はしている。
「お前は何が目的だ?」
「何も──ただ、戦乱のあるところに我らがいるだけのこと!」
 鋭い斬撃がアレスを襲うが、それを完全に見切って回避する。
「ぬう?」
「あまり強いとは思えないな。言っておくけど」
 アレスは剣を持つ手に力をこめる。
「僕は強いよ」
「黙れ!」
 今度は上から振り下ろしてくるが、それもアレスは完全に軌跡を見切っている。軽く左右に動くだけでその剣を回避する。
(目が)
 一瞬たりとも閉じられていない。なんという集中力。相手の動きを見極めることに全ての集中が払われている。
(これは、信頼の結果ですね)
 回りにはまだモンスターがいる。だがジパングの兵士やフレイ、ヴァイスらも周りを固めてこれ以上の犠牲が出ないように戦っている。もちろん自分も援護をしながらアレスの様子を注視している。
(アレス様の真価が見られる)
 周りへの注意を忘れたわけではない。だが、アレスの本気を見たい。
 そして、動く。
 剣先がゆらりと揺れたかと思うと、一瞬で黒騎士の剣は跳ね上げられ、喉下に剣先がつきつけられていた。
「僕の勝ちだね」
「な……」
 先ほどまで大口をたたいていた黒騎士は完全に声を失っていた。
「教えてもらおうか。お前は何者で、何が目的でここを襲った」
「──いいだろう」
 黒騎士は観念したように力をなくし──
「メラゾーマ!」
 直後に、魔法を唱えた。
「な」
 アレスが一歩退くが、それはアレスを狙ったものではない。もしそうなら対処できたはずだ。
 黒騎士が放った炎。それは黒騎士そのものを焼きつくすものだった。
「……任務に失敗したら、自分の口を閉ざす、か」
 黒騎士の鎧がその場に崩れ落ちる。アレスはその亡骸に目礼した。
 覚悟のある騎士には、敵であれそうするのが礼儀だと思ったのだ。
「よし、残ったモンスターを一掃するぞ!」
 アレスの号令がかかったところでルナの魔法が放たれる。
「バギクロス!」
 まだ残っていたモンスターを一網打尽にすると、ようやくこの政庁からモンスターの気配が消えた。
「お見事でした、アレス様」
 何事もなかったかのようにルナが一礼すると、アレスが笑顔で応えた。
「君の期待に応えられたようで嬉しいよ」
 どうやら、自分がアレスたちの力量を推し量ろうとしていたことが、アレスにはお見通しのようだった。
「そなたらは?」
 そこで声をかけてきたのが女王ヒミコだった。
「お初にお目にかかります。戦闘中ゆえ、このような格好で御前に出ることをお許しください。私はアリアハンのアレス。ジパングに滞在中、モンスターの襲来があったので、救援に駆けつけました」
「そうですか。ジパングを代表して礼を申します」
 ヒミコは笑顔で礼をする。
「いえ、まだこのジパングに多くのモンスターが入り込んでいます。ここが無事だからといって、他の場所が安全というわけではありません。他の王家の方はご無事ですか」
「イヨがおらぬぞ」
 ヒミコの隣にいた男性が顔をしかめて言う。端正な顔つきだ。おそらくはこの人物がヒミコの弟、カズサだろう。
「ではモンスターの討伐を行いながら、イヨ殿下をお探しします」
 アレスが宣言すると仲間たちに言った。
「それでいいな?」
 三人は何も言わずに頷く。それが当然だと。
 そして四人はさらに戦いの中に身を投じた。






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