Lv.32
揺れる現実と揺るがぬ意志
「それではソウとはまだミドウ家に来る前からのお付き合いなんですね」
話はルナと隣に座った双子の妹ユキが中心となっていた。
「そうなんです。モリヤ様のところは本当につきあいづらいんです。当主が当主なものですから──あ、すみません、ソウタさん」
「気にしてねえよ。そういう奴だってのはみんな知ってることだろ」
最初はユキとヒビキに遠慮するところがあったソウだが、既にすっかり打ち解けてしまっていた。いや、元に戻ったというべきか。
「貴族のパーティなどがありますと、たいてい子供も連れていかれますので、そこで私たちとソウタさんはよく話をしましたの」
「ソウ兄はパーティにいても、誰よりもつまらなさそうだったんだよな。最初は近寄りがたくて」
「あんな場所で普通になんかしていられるか。けどまあ、俺が側室の子で当主の相続権を取り上げられてることは有名な話だったから、好んで話しに来るやつもいなかったら気楽なもんだったよ」
「私たちを除いて、ですわよね」
ユキとヒビキが否定した。
「俺たちは俺たちで面倒が多かったんだよな。母さんが大王家だったからって、子供の俺たちに取り入ろうとするとか、マジ意味わかんねえ」
「私たちもソウタさんと一緒にダーマへ行けばよかったですわ」
ユキが言うとヒビキもうんうんと頷く。
「だめよ〜。二人ともいなくなったらお母さん悲しいじゃない」
「それさえなきゃ本当に行ってたんだよなあ」
ヒビキが頭をおさえる。家族仲がよくてうらやましいことだ。
「では本当に六年ぶりに再会したんですね」
ルナが促すと二人が強く頷く。
「ソウタさんも冷たいですわ。家族にはお手紙されるのに、私たちには一度もしていただけなかったんですのよ」
「薄情だよなー。あれだけ仲良かったのに」
ソウは何も言うことがないのか、そのまま聞き流している。
「でもミドウ様のところに来られて気軽に会えますし、私は本当に良かったと思います」
「俺も。ソウ兄もそうだよな」
「当たり前だ。モリヤの家なんか二度と行きたくない」
心から嫌がるように言う。
「そうだよなあ。ヤヨイさんみたいな美人のお姉さんもいるし、羨ましいよな」
「あら、ヒビキ様もユキ様のようにかわいらしい妹さんがいらっしゃるじゃないですか」
ルナが言うとユキが笑顔で「ありがとうございます」と応えた。
「お兄様は私のことをあまりかわいがってくださらないんです」
ユキはしなっとして言う。
「お前がふつーの女の子だったらかわいがってやってもいいんだけどなあ」
「あら、うふふふふ、いったい私のどこが普通じゃないとおっしゃるの、お兄様?」
にっこりと笑いながら兄に発言の撤回を求める妹。
「まあ、この件が片付いたらお前らに会いに行くつもりではいたんだけどな」
いつまでたっても話が進まないと、ソウが話を先に進める。
「この件?」
「ああ。アレスさんたちの用件と、それからオロチの件な」
「オロチって、やっぱり」
ユキが顔をしかめる。
「ああ。オロチを倒す。昨日イヨ殿下にちょうどお会いしたけど、オロチの件はほっといていいものじゃない」
それを聞いたヒビキとユキが目を合わせて、うん、と頷く。
「ソウ兄、協力するぜ」
「私たちでできることがありましたら、何でも言いつけてください」
思わぬところで思わぬ協力者だった。
「スマコ様」
ソウがスマコを見ると、スマコも当然のように頷く。
「イヨちゃんを殺させるわけにはいかないもの。当然私もソウタくんの味方よ」
それを聞いていたルナはアレスに視線を送る。
「スマコ様は、その件もあってこちらに来られたんですね」
アレスが尋ねると、スマコは首をかしげた。
「考えていないといえば嘘になるわね。でも、ソウタくんに会いたかったのが一番なのよ。本当よ?」
「ええ。スマコ様がそこで嘘をつくとは思ってませんよ」
ソウが言いづらそうにするとスマコも嬉しそうに頷く。
「まったく、ヒミコ姉さんもカズサくんも意地っ張りなのよね。予言が自分の身内になって、きちんと生贄を出さないと大王家として筋が通らないって考えてるのよ」
「今まで生贄にされた人たちに申し訳ないっていうことですか」
「そうね。でも、カズサくんだって親なんだもの。自分の娘が可愛くないはずがないのよ」
確かに昨日のカズサは完全にうろたえていた。そして娘の無事がわかって喜んでいた。
それは『生贄の娘』が無事だったからではない。『自分の娘』が無事だったからだ。
「スマコ様。じゃあ、トモエ家はオロチ退治に協力してくれると思っていいんですか」
ソウが尋ねるが、スマコは首を振った。
「夫が頷けば、ですね。夫も昨日は政庁から帰ってきませんでしたから」
「でも父さんだってオロチ退治に反対はしないと思うけどな」
「ええ。そしてトモエ、モリヤ、スオウの家が全てオロチ退治に賛成すれば、ヒミコ様も決して反対はしないと思います」
なるほど、有力貴族をおさえてそこから王を動かすという手があった。ルナはその考えを自分の頭の中に入れる。
「スオウもオロチ退治には賛成するだろうけど、モリヤは反対するんじゃねえか」
ヒビキが言うとユキも言葉をなくす。
「その辺りのことを詳しくお聞かせいただけますか」
ルナが遠慮がちに言うと、ユキとヒビキは目を合わせてから、母親に助けを求める。
「そうですね、勇者の皆様には知っておいていただいた方がいいでしょう」
ジパングの王家と、三氏。
この関係をしっかりとつかんでおくことが必要だとルナは分かっていた。
ジパングは万世一系の大王が統治する。もちろん他の有力貴族の血が時代ごとに入ることはあったが、大王家はあくまで大王家だ。
そして大王家はジパングそのものを家と考える。したがって一族の姓というものはない。しいていうのなら、ヒミコ・ジパングであり、カズサ・ジパング、イヨ・ジパングとでも言えばいいだろうか。とにかく大王家の者はファーストネームだけでファミリーネームを持たない。
現在の大王家は長女のヒミコが大王となり、次女のスマコはトモエ家へ嫁ぎ、長男のカズサが政治を取り仕切っている。
ヒミコには子がなく、カズサは三氏のスオウ家からトジコを嫁に取り、長女イヨが誕生。トジコは先年病死している。
スマコはトモエ家の当主ユキトと結婚し、双子の兄妹ヒビキとユキを授かる。スマコが大王家に属していたため、トモエ家は大王家との距離が非常に近い。ヒミコやカズサの指示を忠実に聞くのがトモエ家だ。
それに対し、大王家への反対勢力となっているのがモリヤ家だ。現当主はシゲノブといい、正室ハルカとの間に長女のエミコ、長男のヒロキを授かっているが、その二人よりも先に側室がソウタを産んでいた。
正室が嫡男を産むなり、ソウタの相続権は取り上げられた。そのソウタが七歳のとき、四条に屋敷をかまえるミドウ家に養子に出されることになる。
そして最後のスオウ家。ここは貴族の勢力としてはもっとも力が強い。
前当主のガイは既に隠居しているものの、現当主のシンヤは大王家に協力したりしなかったりと、微妙な距離感を保っている。シンヤの妹であるトジコがカズサに嫁いでいたこともあって、どちらかといえば大王家よりだ。何よりシンヤにしてみると生贄のイヨは姪に当たる。
しかもスオウ家の考えとして、イヨにシンヤの長男、レンを婿入りさせようとしている。つまり、スオウ家の勢力を拡大するためにもイヨが生贄となってしまうのは困るのだ。
なるほど、だいたいのジパングの勢力図は分かった。
三氏の立場はそれぞれ違う。大王家に全面的に賛成するのがトモエ家、全面的に反対するのがモリヤ家、中立的な立場を取るのがスオウ家、とこういうことだろう。
ただ今回のイヨ生贄の件については少なくともスオウ家、トモエ家は反対の立場に回る。それに大してモリヤ家の方が逆に大王家を支持するという、通常とは反対の立場になっているということだ。
(複雑なものですね。まあ、それが政治の世界というものでしょうけど)
賢者の中には魔法の世界を捨てて国の大臣として活躍する者もいる。だが、知識を得ることばかり頭にあった賢者が成功する例は少ない。ルナもその例にもれないようだ。政治の世界には足を踏み入れたくない。
「当主の方々と話をしてみたいですね」
ルナが呟くとアレスも頷く。
「オロチ退治を認めてもらった方が都合がいいだろうね」
「問題は一番対面が気になる大王家そのもの、ということですが」
「ミドウ閣下が食料問題を解決してくださるのなら、オロチ退治を反対する理由はなくなるだろう。いずれは戦わなければいけない相手だしね」
二人の間で話がまとまる。ちょうどそのときだった。カラカラ、とまた来客を告げる音。ヤヨイが立ち上がって客を出迎えに行く。
「随分と来客が多いですね」
ルナが言うとソウも「ああ」と応える。
すぐに戻ってきたヤヨイがアレスに告げた。
「アレス様。政庁の方は準備完了、来てくれればいつでもヒミコ陛下にお会いすることができるそうです」
ちょうど話の整理がついたところでいいタイミングだった。
「じゃあ、ちょっとヒミコ陛下にお会いしてこようか」
ルナとヴァイス、フレイも立ち上がる。
「それではスマコ様、僕らは一度──」
「いえ、私も参りましょう」
スマコも立ち上がる。そしてヒビキとユキも立ち上がった。
「オロチの件も話されるのですよね。私からも少しは援護射撃ができると思います」
「そうそう。俺たちだっていないよりはいた方が戦力になるぜ?」
ユキも頷く。アレスは一度ルナの方を見た。
「協力していただけるのであれば、ご厚意に感謝いたしましょう」
ルナが言うとアレスも頷いた。
「ではお願いします」
「ええ。ヤヨイちゃんとソウタくんもいらっしゃるでしょう?」
「俺はもちろん。でも姉さんは──」
「私はお父様から、政庁へ来ることを禁止されておりますので」
それはそうだろう。生贄がイヨになったとはいえ、本来なら十八になる女性。生贄の対象になることも考えられたのだ。目立つ行動は控えた方がいい。
「それならユキを置いていきましょう。一人では寂しいでしょうから」
「いえ。ヒビキ様もユキ様も、どうかアレス様にご協力ください」
ヤヨイはきっぱりと言う。
「私はアレス様のお父様に命を救われたことがあるのです。その私がアレス様の足手まといになるわけにはまいりません」
ヤヨイは見た目以上に中身がしっかりとしている。今までも一人でこの広い屋敷をずっと支えていたのだろう。
「分かりました。では参りましょう」
スマコが言うとヤヨイを除いた全員が移動を始めた。
多少の落ち着きを取り戻したとはいえ、政庁は相変わらずのにぎやかさだった。
京のあちこちで起こった被害に対して報告と行動がひっきりなしに行われている。それらの取りまとめはカズサの仕事であり、カズサは完全に執務室から出てこられない状態になってしまっている。
二重統治体制というのはこういうときには非常に便利だ。方針の決定と、政務の実行が完全に区別されているからこそ、アレスたちは最高決定権者のヒミコとゆっくり話すことができる。
「こんな豪華な部屋に招いてもらうなんてな」
ヴァイスが広い部屋を見回す。天井は高く、普通の建物の二階よりずっと高い。そして巨大な円卓があり、そこにたくさんの椅子が置かれている。
「二十人は座れますね」
「やー、こういう席につくと俺もどこかの国の大臣らしく見えるな」
ヴァイスが少しはしゃぎ気味だった。それを見たユキがくすくすと笑う。
「面白い方ですのね、ヴァイス様」
「おう。それに美人には優しいぜ」
「あら、それでは私はヴァイス様のお眼鏡にかないましたか」
「いやあ、俺の知ってる美人の中でも最高級すぎて、口説くのがためらわれるくらいだぜ」
「お上手ですこと」
もちろんそういうやり取りに慣れているユキも本気にしているわけではない。ただ褒められて悪い気がしないのは誰でも同じだ。
「おお、皆様おそろいのようですな」
と、そこへ現れたのはヒミコでもカズサでもない、全く別の男だった。が、その男を見るなりソウは顔をしかめて反対を向く。
「おお、ソウタ。お前が戻ってきたと聞いて来たのだ。よくイヨ殿下を助けてくれたな。この私も鼻が高いというものだ。はっはっはっはっは」
ソウの傍に近づいてきた男を鋭く睨むと、出された手を強く払う。
「やめろ。俺はもうアンタとは何の関係もないはずだ」
「何の? 馬鹿を言うな。たとえ養子に出したとしてもお前は私の息子だ。お前がイヨ殿下を助けてくれたということは、モリヤ家がイヨ殿下をお助けしたことと同じ」
「ふざけるな。俺を放り出しておいて、都合のいいときだけ親面するんじゃねえ」
ゆっくりと、自らを強引に落ち着かせるようにして吐き出されるソウの言葉。
「心外だな。私には相続させる息子が別にいて、ミドウ殿は息子がいなかった。だからミドウ殿の求めに応じてお前を養子に出しただけのことだろう」
「いいから、黙れ。アンタとは何も話したくない」
ソウが完全に顔を背けると「ふん」とその男は鼻を鳴らした。
今のやり取りから察するに、この人物がモリヤ・シゲノブ。現当主。
「これはスマコ様。相変わらずお美しい」
「モリヤ殿も壮健そうで何よりです。ご子息とご息女はお元気ですか」
「ええ。昨日の襲撃で私の屋敷も一部襲われたのですが、娘がモンスターを逆に倒しましてな。親馬鹿と言われるかもしれませんが、あいつには魔法の才能があるようです。はっはっはっはっは」
たしかに何の訓練もしないでモンスターを倒したというのなら、それは才能というものだろう。
だが本当の実力は訓練なしには生まれない。それがアレスたちにも、そしてダーマで修行を積んだソウにはよく分かっている。
「それでは私もこれにて。この被害を復興するのに予算を大幅に変更しなければなりませんからな。やれ、大蔵大臣などというものはこういうときが一番大変です」
そうしてシゲノブが出ていくと、ソウが大きくため息をついた。
なるほど。自分を捨てた親にああいう態度を取られれば、それは嫌にもなる。
ソウがこのジパングを出てダーマで修行するようになった理由が、ルナにはなんとなく分かってきた。
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