Lv.33
強固な意志は運命をも動かす
「すみません、アレスさん。せっかくモリヤの当主と会えたのに、追い返すような態度を取って」
少し落ち着いたところでソウがアレスに頭を下げた。アレスは笑顔で「それは気付かなかった」と答えた。
「まあ、会う機会は一度だけじゃないだろうし、まずはヒミコ陛下にお会いするのが先だからね。いきなり僕が何か話しても、モリヤ殿は聞いてくださらないんじゃないかな」
アレスが言うと「そうでしょうね」とスマコも頷いた。
「モリヤ殿は全てを自分中心に考えるところがあります。話をするときはそこをうまく狙えばこちらの思い通りに操ることもできるでしょう」
スマコの言葉にルナも頷く。そこまで世慣れているわけではないが、人の心理というのものもダーマでは学習している。話の持っていきかた次第だ。
「さて、そろそろですね」
スマコが言うと、再び扉が開く。外の足音だけで判断したのだろうか、この人は。
そこにいたのは言わずと知れた女王、ヒミコ。昨夜は成り行きで挨拶をしたに留まったが、今回は違う。全員が立ち上がって礼をする。
「よしなに。あなた方は私たちの恩人。どうか、楽にしてくださいませ」
一同は上座にヒミコが着席するのを見てから座った。
「スマコも来ていたのですね」
「はい、姉上。お元気そうで何よりです」
「わらわはただ占うだけ。気楽なものですよ。久しぶりですね、ヒビキ、ユキ。お母様を助けておりますか?」
「もちろんです!」
「はい、ヒミコ様」
ヒビキとユキまでがさすがに緊張した様子で背筋を正している。一番くつろいでいるのは恐らくヴァイスだろう。
「さて、まずはアレス殿、ヴァイス殿、フレイ殿、ルナ殿」
ヒミコは四人の方に向かって深々と礼をした。
「昨夜はわらわと弟を、そしてこの政庁を守っていただき、まことにありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでです」
アレスが会釈して返す。それからヒミコはソウに向き直る。
「そしてソウタ。あなたは我が姪のイヨを守ってくださった。本当に感謝しております」
「ジパングの民としては当然のことです、陛下」
「ミドウ殿にはわらわもいつも助けてもらっておりますが、まさか息子のそなたまでイヨを助けてくれるとは思いもしませんでしたよ」
「昨日も申しましたけど、それは成り行きなんです。俺のことよりも、アレスさんたちの方をねぎらってあげてください」
ふふ、とヒミコは笑うと改めてアレスに向き直った。
「イヨとジパングを助けていただいてありがとうございます。このご恩はきちんとお返ししたいと思います。昨日の話では、何かわらわに願いがあるとか」
「ええ、その件について──」
アレスが尋ねようとすると、ヒミコは手を上げて止めた。
「ミドウ殿にうかがいましたが、アレス殿はわらわの力を疑っておられるとのこと」
ミドウからそんな風に話が伝わっているとは思っていなかった四人は少し居心地を悪くした。
「いえ、責めているのではありません。それは仕方のないことです。が、もしよければあなた方の願いを、この場である程度あててみせましょう」
「といいますと」
「占いです。知りたいのでしょう、真実か、否か」
ヒミコは懐か水晶球を取り出して、机の上に布を敷くとその上に置いた。
「初めに断っておきますが、私はあなたたちの願いとやらをミドウ殿からは聞いておりません。ミドウ殿は、私に占いで当ててみせてあげてほしい、と頼まれました。ミドウ殿はその願いの内容を知っている様子でしたが、私は教わっておりませぬ」
「そうは言いますが、今の話だともうミドウ閣下から教わってる可能性は捨てきれないんじゃないですか」
ヴァイスが遠慮がちに言う。
「ええ、その通りです。ですから信じるかどうかはそなたたち次第ということです。ミドウ殿がわらわに何を話したか、そなたたちは確認できませんからね」
だがそれでもヒミコは水晶球を使う。
そこまでして占いを見せようとするのは何かのパフォーマンスなのか、それとも意地になっているだけなのか。
「鳥が見えます」
四人は視線を交わした。
「光の鳥──それが六つに分かれて、一つがこのジパングに落ちてきています」
ルナはすぐに昨日のミドウとの会話を思い返す。
(まさか)
何度頭の中を検索しても同じだ。
ミドウに、不死鳥ラーミアの話は全くしていない。ただオーブを探すと言っただけ。そのオーブとて、世界に全部で六つあることを伝えたわけでもない。
(本当に、占いで分かるの?)
いや、それもからくりがあるのか。
いずれにしても、ミドウに話したこと以上のことをヒミコが話している。その事実だけは間違いない。
「最後に光の筋が一つ──それですべてですね」
ヒミコが言い終えると、四人は緊張で顔が強張っていた。
「いかがでしょうか」
「いえ、お見事です」
アレスが慎重に言葉を選んだ。
「では、改めて用件をおうかがいしましょう」
ヒミコはこれで完全に場のペースを握ったようだった。今のパフォーマンスにはそうした効果もあったのかと、ルナは表情に出さずに後悔する。
「こちらをご覧いただけますか」
「それは……宝石、ですか」
「はい。オーブといいます。これと色違いのものがジパングにあるはずなのです」
「なるほど。まず宝物庫にそれがあるかどうか確認させましょう。誰かおらぬか!」
ヒミコが声をかけるとすぐに侍女が部屋に入ってくる。
「このような大きさの宝石があるかどうか、宝物庫を調べさせよ」
侍女はかしこまりましたと答えるとただちに出ていく。
「一日、二日はお待ちくだされ。宝物庫をひっくり返すことになるやもしれませぬ」
「ええ。時間は充分にありますから大丈夫です。それに、もう一つの問題も解決しなければなりませんから」
「もう一つ?」
「はい。ヤマタノオロチの討伐。これを認めていただきたく」
ついに切り出した。全員が緊張してヒミコを見つめる。
「なにゆえ?」
「もちろん、誰かが犠牲になるということを防ぐためです」
「ですがそれは、そなたらには関係ないことではありませぬか」
「確かに関係はありません。ですが、僕はもうこの国のシステムを知ってしまいました。それなのに見過ごすことはできません」
ヒミコは目を閉じると、やがてかすかに笑った。
「正義感の強いことですね」
「ヒミコ陛下が何を危惧されているかは分かっているつもりです。それはミドウ閣下とも話しましたから。オロチはこの地に豊穣をもたらす。倒せばその豊穣はなくなる。それが問題だと思われているのでしょう」
「無論、それが第一の理由です」
第一の、と言った。ではそれ以外にも理由があるということか。
「他にどのような理由が?」
ヒミコは顔をしかめる。その視線の動き方から、どうやらスマコたちがいることが問題らしい。
(通りがかりの旅人には言えることでも、国内の人間に知らせることはできないということか)
アレスは考えてからとにかく何か言おうと口にしたが、それより先にスマコが口を挟んだ。
「姉上。私たちであれば、秘密は絶対に厳守いたします。もし秘密を破った場合、トモエ家に連なる者をすべて処分してくださってもかまいません」
スマコが言うと、二人の子供に言う。
「よろしいですね?」
「もちろん」
「はい。私たちだけ蚊帳の外なんてひどいです」
ヒビキもユキもとっくに覚悟は決まっているようだった。
「分かりました。ではお話しましょう。ジパングがオロチに生贄を差し出すようになってから、豊穣の他にもう一つ、恩恵を受けることがありました」
「恩恵?」
「不思議に思われませんでしたか。昨夜のモンスターの襲撃に対し、ジパングの兵たちがあまりに右往左往していたことを」
「ええ、オロチの脅威を受けているにしては、兵士が訓練されていないと……!」
アレスは気付いた。ルナも遅れてわかった。
なるほど、それではオロチ退治ができないというのも無理はない。オロチは既に──
「オロチに生贄を捧げることで、このジパングは他のモンスターたちからも守られているのです。オロチの力を恐れて、多くのモンスターがこの地を離れました」
「でもおかしいだろ。昨日の襲撃はなんだったんだよ」
当然の突っ込みを入れたのはヴァイスだ。
「あれはモンスターがやみくもに人の集落を襲ったわけではありません。他に狙いがあったのです」
「他に?」
「そうです。昨夜の襲撃を調査している際に分かったことです。モンスターたちが一番に狙っていたのはイヨなのです」
「イヨ殿下が!?」
話が見えない。何故モンスターがイヨを狙うのか。
「モンスターが人間を襲うのは、一番に食料、二番に快楽です。だから相手を選んで襲うということはまずありえません。ですが昨日のモンスターたちが殺そうとしていたのはまぎれもなくただ一人、イヨだけなのです」
「それはどうして分かったのですか?」
「モンスターたちの中で人語を話せるものもいます。それが『王女はどこだ』と兵士たちを殺傷しながら探していたのを何人も目撃しているのです。一人や二人ではありません」
昨夜の襲撃。狙われていたのは、王女イヨ。
「ですから、昨夜の襲撃はオロチの影響が及ばなかったわけではありません。何者か、別の者の作為が働いたことです」
となると、問題が増える。
まずイヨを助けるためにはオロチは倒さなければならない。でなければ生贄として捧げられてしまう。
だが、それとは別にイヨを殺そうとしている者がいる。
「おかしな話ですね」
ルナは言ってから目を閉じ、冷静に思考をこらす。
あと三週間もすれば生贄は実行されてイヨは死ぬ。もしイヨに個人的な恨みでもあるのなら、三週間待てばどうせ死ぬ。ならわざわざ襲う必要はない。
だとすれば、イヨが狙われた理由として考えられるのは?
その三週間すら待ちきれず【今すぐ殺さなければならない】ということか。
それとも、生贄に捧げる人物として【イヨではない誰かを生贄に】しようということか。
「一つ確認したいことがあります」
ルナが尋ねるとヒミコは頷く。
「もし、生贄にされる前にイヨ殿下がお亡くなりになったら、生贄はどうなりますか」
「改めて別の娘を生贄にしなければなりません。またお告げを聞くことになります」
この仮定を進めていくのならば、こういう結論になる。
「イヨ殿下が生贄にされるのを阻もうとしている勢力がある、ということですね。それもイヨ殿下を守るためではない。生贄がイヨ殿下でさえなければいい、と考えている勢力です」
「どういうことだ?」
「生贄のお告げをやり直させたい勢力がいるということです。一度決まってしまった生贄を変えることはできませんが、本人が亡くなってしまえば新たに選び直すしかありません」
「でもよ、生贄ってお告げで決まるんだろ? だったら誰が次の生贄になるかなんて分からないだろ。それともイヨでさえなければいいってことか? 生贄は誰でもいいがイヨだけは駄目? それもイヨを殺してでも? 変な話だろ」
「そうでもありません」
ルナは落ち着いて言う。今までに集めた情報を頭の中に思い返す。
「まず生贄に選ばれているのは十八歳の女性。それだけならこのジパングの王都の中だけでも何百人、多ければ千人はいるかもしれません。もし生贄に誰か特定の個人を当てようとするのなら、かなり低い確率になります」
「そうだろ?」
「ですが、実際に話を聞いてみると、生贄が始まった八年前から、平民の間では全く生贄は出ていないということです。つまり貴族の娘しか対象ではないのです。ヒミコ陛下。貴族の娘の中で、今年十八になる女性はどれくらいいるかお分かりになりますか。いえ、お分かりですよね。十八歳の娘の貴族。ヒミコ陛下であれば対象となっているのが誰か、お告げの儀式の前に確認されているでしょう」
ヒミコは顔をしかめた。それはルナの推測が正しいことを示している。
「ええ。全部で六人」
「つまり、かなり高い確率で、その一人が選ばれることになります」
「それでも六分の一だろ?」
「ええ。でも、宝くじよりは当たりやすいでしょうね。ダイスを一回振って当たるかどうかです」
急に現実味が出てくる。つまり今の十八歳の娘は、六分の一の確率で死ぬ運命だったのだ。すなわち、ソウの姉のヤヨイも、実は六分の一の確率の対象だったのだ。
「ソウは気付いていたんですか。貴族の娘しか対象になっていないと」
「そりゃ、二年続けて貴族の十八歳の女だったら普通は分かるさ」
ソウは当たり前のように言う。そしてジパングにいた他の誰もがそれを分かっていた。
だからミドウは自分の娘をあまり表に出さないようにした。
「でも、そうだとしたら、その六人のうちの誰かを生贄にするためにイヨ殿下を狙ったっていっても、下手すれば六分の五の確率で失敗なわけだろ。そうしたらまたそいつを殺すのか」
確かに分の悪すぎる賭けだ。
「ええ。そこで気になるのは、生贄は誰が決めているのか、ということです」
ルナが話を先に進める。
「誰が?」
「はい。生贄はオロチが決め、それをお告げとしてヒミコ陛下が受ける。その認識で間違いありませんか、陛下」
「その通りです」
「多分、その中のどこかに偽りがあるのです」
ヒミコが肯定したにも関わらず、それをルナははっきりと偽りと言った。
「どういうことでしょうか」
「生贄をオロチが決めているというのは嘘です。だとしたらオロチは十八歳になる貴族の娘の名前を理由もなく知っていることになります。いくらオロチがすぐれたモンスターでも、突然娘の名前が頭に浮かぶというのはおかしな話です」
「じゃあ神様が『この娘なら適任』って判断して勝手に預言をしてるってのは?」
「いるかどうかも分からない神より、確実に存在する者が決めていると考えた方がつじつまは合うでしょう」
「確実に存在?」
「二つ、考えられます」
ルナは臆することなく言う。
「一つは、ヒミコ陛下へのお告げの内容を決めているのが別の人間だということ」
全員が驚いた顔を見せる。だがヒミコは動じない。
いや、ヒミコももしかしたらそれくらいのことは考えていたのかもしれない。
だが、次の可能性はヒミコに予想できるだろうか。
「もう一つは、お告げなどというものは存在せず、すべてヒミコ陛下が独断で決めていた、ということです」
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