Lv.37

正気の暴走、狂気の迷走








 トモエ家から出たアレスたちは、今度は四人で政庁へ戻ってきていた。
 次に会う相手は内務大臣のスオウ・シンヤ。トモエとスオウの協力が得られれば旗色はよくなる。
 問題は、昨日のモンスター襲撃でもっとも忙しいのは太政大臣のカズサと内務大臣のシンヤだということだろう。はたして会う時間が取れるのかどうか。
 内務大臣に取り次ぐことができるかどうか尋ねる以前に、ひっきりなしにジパングの官僚や兵士たちが行き来していて、とても取り次ぎを頼むどころですらないという状態だった。
 この忙しいときに話を聞いてもらっても真剣には聞いてもらえないかもしれない。もう少し落ち着いた時期に話した方がいいと四人が相談し、一旦引き上げることにした。
 そのときだった。
「お困りのようですね」
 鋭い、冷たい声が四人の背後からかけられる。
 四人は動揺を隠して振り返る。
 そう。
 今感じたものは敵意──いや、違う。
『殺気』だ。
「あなたは?」
 アレスが代表して尋ねる。年の頃は十八くらいか。すらりと高い身長はアレスと同じくらいか。筋肉質というわけではないが、よく鍛えられている体。
「失礼。私は近衛左大将、スオウ・レンと申します」
 スオウ・レン。この人物が先ほど双子が話していた人物。
 なるほど、確かに強いのは分かる。達人は達人を見分けるというが、アレスの目から見ても充分に強いことが分かる。ヴァイスと同程度というところか。ソウの力量ではかなわないだろう。
 そして細い目が相手に冷たい印象を持たせる。確かにこれではヒビキに嫌われても仕方がない。ソウが冷たくしているのはあくまでポーズだが、レンは心の底が冷え切っている感じがする。
 そして身分。この国では武官のトップにいるのが近衛将軍で、左右に一人ずつ置かれる。左の方が位が高いので、事実上この若さで武官の長をしているということだ。
「こちらこそ失礼いたしました。私はアレス。この間から──」
「ああ、失礼いたしました。ヒミコ陛下をお救いいただいた勇者殿ですね。お話はうかがっております」
 す、と一礼する。だが、敬意が込められているようには感じない。
「本日はどのようなご用件でしたか」
「いえ、もし可能ならスオウ・シンヤ閣下にお目通り願えたらと思いまして」
「父にですか」
 レンは少し考えてから「分かりました」と答える。
「何とか時間を作ってもらえるよう、父にはかってみましょう」
「よろしいのですか」
「ええ。国を救っていただいた勇者殿の願いなら、どんなに多忙であっても時間を割くのが礼儀というものでしょう。勇者殿もあまりご遠慮なさらず」
 冷たい声で言われてもリラックスはできない。
(もしこれが演技だとしたらすごい才能だな。逆に本心から言っているのなら、すごい損をしているだろうに)
 どちらなのかは分からない。表面的な話だけでは何ともいえない。
「では、少々お待ちください」
「あ、すみません一つだけ」
 アレスは相手が行こうとするのを引き止めて尋ねた。
「あなたはオロチの存在についてどう思われますか」
「倒すべき邪悪です」
 いきなりの質問だったが、まったく間をおかずに答が帰ってきた。
「私は将来、イヨ殿下の夫となろうと思っています。その妻を奪われることは何があっても止めるつもりです」
「僕たちも同じです。イヨ殿下を生贄にさせるようなことは止めたいと思っています」
「なるほど。父に用事というのはそのことですね」
「はい」
「では、うまく行くように願っています。私に協力できることがありましたら何でもお申し付けください。私が個人的に動かせる兵もいます。また、オロチ討伐が決定になれば軍を動かす必要もありましょう」
「ええ、そのときはよろしくお願いします」
 す、と一礼するとレンは政庁の中へと入っていった。
「なかなか緊張する男だな、ありゃ」
 ヴァイスが脱力して言う。
「見たところ、ヴァイスさんと同じくらいの実力という感じですね」
 ルナが正直に感想を言う。
「俺があいつと? 勘弁してほしいぜ」
「いや、僕もそう思う。あの男、かなり使える」
 アレスがルナの意見を支持する。ソウとレンがペアになればジパングにとっては相当な戦力だろう。
「……負け組?」
 フレイがヴァイスを指さして言う。
「なんでだよっ!」
「……勝てないから」
「いい度胸じゃねえかフレイ。一度痛い目みないとわかんねえようだな」
「フレイをどうかしようっていうなら僕が相手になるけど」
「待て待て。今のは俺が悪いのか、なあおい」
 久々のフレイの発言だったが、場をさらに混乱させる効果しか生まなかった。
(変わったパーティですね)
 自分も今はその一員だということを改めて考えさせられる。
「お待たせしました」
 そうしているとレンが戻ってきて案内する。
「半時、お待ちいただければうかがうとのことです。応接室でお待ちください」
「ありがとう。ご迷惑をおかけしました」
「いえ。オロチを倒す許可が得られるのならそれは私にとっても嬉しいことですから」
 ちっとも嬉しくなさそうに言われても困る。
「ところでもう昼を随分と回りましたが、食事などはされましたか」
 そういえば裁判所でも結局何も食べていない。朝食を取ってから随分と時間が経っている。
「……おなかすいた」
 フレイが素直に言う。
「食事を用意させます」
「いえ、そこまでしてもらうわけには」
「半時もただ待っているのは大変でしょう。時間は有効に使うべきです」
 どうぞ、と応接室の扉を開けて中へ案内する。
「では、食事を持ってまいります」
 礼をして立ち去るレン。
「まあなんだ」
 ヴァイスは不満そうに言う。
「礼儀正しい奴ではあるな。内心でどう思っているかは別として」
「同感。彼が何を考えているのかは気になるところだね」
「何も考えてないかもしれないけどな」
 やがて運ばれてきた料理を四人はゆっくりと食べる。
 そしてちょうど食べ終わり、食器が下げられた頃を見計らって、主役のお出ましとなった。
 スオウ・シンヤ。
 体格のいい男だった。だが決して無駄な肉がついているわけではない。精力的に仕事を行う男の姿だった。
「はじめまして。私がスオウ・シンヤです」
「はじめまして。僕はアレス。こちらがヴァイス、ルナ、フレイ」
 それぞれ紹介が終わると全員が席につく。
「改めて御礼を申し上げます。昨夜はヒミコ陛下とイヨ殿下をお救いくださり、ありがとうございました」
 深く礼をするシンヤ。
「いえ、当然のことをしただけですから」
「だがアレス殿がおられなければヒミコ陛下の命はなかったかもしれん。本当に、本当に感謝しているのです」
 シンヤの様子は非常に落ち着いたものだった。
 底の浅いモリヤ・シゲノブや、一癖も二癖もありそうなトモエ・ユキトとは違う。
 どちらかといえばミドウ・ヨシカズに近い。正統派の政治家だ。だからこそ内務大臣が務まるのだろう。
「レンから聞きました。ヤマタノオロチを倒すために私の協力がほしいとか」
「そうです。オロチの存在はこのジパングにとって癌となっているのは間違いありません。それにイヨ殿下を生贄にしたくはないんです。どうか、ご協力を願えませんか」
「無論オロチを倒せるのなら協力は惜しみません。が、二つ。いえ、三つほど問題がある」
「はい」
「まず一つは食糧問題。既に何度も聞いておられるかと思いますが、我々がオロチに手出しができない理由もそこにあります。この五年で人口が大幅に増え、オロチの恵みなくしては国が立ち行かぬほどになっています」
「食糧問題についてはミドウ様が協力してくださいます」
「無論我らとて手をこまねくつもりはありません。今のうちから備蓄を増やしておかなければならないでしょう。そして二つ目ですが、本当にオロチを倒せるかどうかという問題。いざ戦いに出向いても負けたとしたなら、きっとジパングはオロチの報復を受けることになります。勝ち目があるのかないのか、それを私は見極めねばなりません」
「慎重になられるのは分かります。あとは僕らを信じてほしいとしか言えません。そして戦いを有利にするためにも、オロチの情報が欲しいところです」
 今の二つは言ってみれば、ここまでいろいろな人々と話してきたことのまとめだ。それが理解できているかどうかをシンヤは確認しているのだ。
「それでは最後になりますが」
「はい」
「実は私は、生贄として選ばれたのがイヨ殿下であることに違和感を持っております」
 突然話の内容が変わった。ルナがそのことに敏感に反応する。
(何をおっしゃりたいのでしょうか)
 相手の真意をはかろうにも、ただ顔をしかめているだけの相手は底が知れない。
「今まで生贄は十八歳の娘ばかりだった。それなのに今回選ばれたのがイヨ殿下だという。これは何者かの作為を感じます」
「それは僕らも思っていました。ですがそれは、オロチさえ倒せば問題ないことではありませんか」
「その通りです。これはあくまでもジパングの問題ですからな」
 シンヤが言葉を濁す。だが、その裏にある意味をアレスもルナも理解した。
「イヨ殿下を亡き者にしようと考えている者がこのジパングにいる、ということですか」
 それはルナも考えたことだ。今朝ヒミコにそれを直接話している。
 だがシンヤも同じ結論にたどりついており、それを率直に話すとは。
(何を狙っているのでしょうか)
 少なくともルナは、イヨを何とかしようとする勢力が二つ以上あると考えている。一つは生贄にしたもの、もう一つは生贄になったイヨを殺そうとするものだ。
「事はそう単純ではないかもしれません。そこで、ダーマの『奇跡の賢者』殿にお話をうかがえればと思ったのですが」
 突然ルナが指名される。驚いたが、確かに自分の名前は国の上層部の中に知られていてもおかしくはなかった。
「どのような内容でしょうか」
「まず生贄として選ばれたのがイヨ殿下だったとしましょう。もしそうなら選んだのはオロチだと思いますか」
「思いません。オロチは生贄を捧げられればいいのであって、指名する理由はありません。おそらく十八歳の女性と決めたのも、それは誰か人間の仕業でしょう」
 ヒミコにも言ったが、そのことについてルナは全く疑っていない。オロチが個人を指名するということはありえないと本気で思っている。
(もしもオロチが生贄の相手を指名することができるとしたら?)
 方法はたった一つ。オロチがこのジパングに出入りしているということだけだ。オロチが人間に変化できるなら話は別だが、そうでない限り指名するのは不可能だ。
「では指名されたのは本当にイヨ殿下だと思われますか」
「といいますと?」
「イヨ殿下ではない、十八歳の娘の誰かが指名されていて、それを故意に捻じ曲げられたという可能性です」
 なるほど、つきつめると思考というのは同じ結果にたどりつくものらしい。
「スオウ様は、私と同じ考えを持っていらっしゃるのかもしれませんね」
「だとしたら私もダーマの賢者になれますかな」
「ええ、魔法の訓練をする時間さえあれば」
「それは残念」
 軽口を叩いた二人だが、残りの三人には話が通じていない。
「まず、もしも本当の生贄とイヨ殿下とを誰かが故意に捻じ曲げたのだとしたら、それをどうお告げに反映させたかは別の話になりますので置いておきますが、理由がどちらなのかということが問題になります」
「理由がどちらか?」
「つまり、本来選ばれていた十八歳の女性を助けるためにイヨ殿下が選ばれたのか、それとも選ばれていたのは誰でもよくて、今年の生贄がイヨ殿下でなければならなかったのか、ということです」
 もし前者が理由だとしたら、十八歳の娘を持つ親が怪しいということになる。それこそミドウ・ヨシカズなどは最有力候補だろう。
 だが今年の生贄をイヨにしたというのなら、それはまたさまざまな思惑が発生することになる。
「また、別の考え方もあります。確かにこの生贄を選定した人は、イヨ殿下を亡き者にするために生贄にしたのかもしれません。ですが、そうではないかもしれません」
「え、でも、イヨ殿下を選んだのなら、イヨ殿下を生贄にしたいって誰かが思ったっていうことだろ?」
 ヴァイスが単純に尋ねる。
「それが違うんです。実際今、私たちはイヨ殿下を助けるために奔走しています。つまり、オロチ問題を解決するために劇薬を打った、という可能性もあるんです」
 劇薬。
 つまり、イヨが生贄となったということから、ジパングの中で混乱が広まり、国全体の意識をオロチ退治に向かわせようということか。
「だとしたらその劇薬を打ったのは」
「ヒミコ陛下とカズサ殿下です。もちろんその場合、イヨ殿下を失う可能性もありますし──そもそも生贄を選定していたのがヒミコ陛下という可能性も出てきます」
 だからルナはヒミコに直接真意を尋ねようとしたのだ。もっともヒミコは簡単に尻尾をつかませるようなことはしなかったが。
「確信にはいたっていないっていうのは、そういうことか」
 アレスがヒミコとの会話を思い出して言う。
「はい。劇薬のことは頭にあったのですが、ヒミコ陛下をあれ以上揺さぶっても意味がないと思い、断念しました」
「なるほど、劇薬か。それは私の頭にはなかった」
 シンヤが腕を組んで考える。
「実際私もレンも、オロチを倒す方法はないかとここ数日考えていたわけだしな」
「では」
「うむ、協力はする。もっとも、この件は根が深そうなので、もう少し考えたいことがあるが」
 シンヤは言ってからおそるおそる尋ねる。
「もしかするとその劇薬は、思わぬ効果を生んだとお考えかな」
 シンヤの問にルナはくすりと笑う。
「はい。もし本当にヒミコ陛下が劇薬を打ったとしたら、昨日のことは想定外だったのかもしれません」
「モンスターの襲撃か?」
 ヴァイスが尋ねる。
「はい。私の推理もここがまだ泣き所なのですが、昨日のモンスター襲撃で狙われていたのはイヨ殿下だということです。殿下が生贄に決まってからたった数日でモンスター襲撃があったのですから、これは生贄選定が引き金になったのは間違いないんです。それなのに、どうして『生贄のイヨ殿下が狙われたのか』の説明が全くつかないんです。イヨ殿下を守ろうとしたのならいいんです。最悪狙われたのがヒミコ陛下とカズサ殿下で、残されたイヨ殿下がオロチを倒そうとするストーリーに仕立てるとかでも話は通じます。でも、何故狙われたのがイヨ殿下なのか……そこが分かりません」
 なるほど、と一同が頷く。
「人の身には限界があるということか」
「はい。だからまだ情報が必要です。ジパングで起こっていることを正確に把握するためにも」
 ルナは力強くそう言った。






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