Lv.38
迷いの長さこそ本気の証
ヒミコとカズサを説得するために三氏の協力を仰ぐ。現状はうまく事が運んでいた。三氏のうち、トモエ家とスオウ家が協力を確約。問題のモリヤ家は翌日ということになり、四人は一度ミドウ家へ戻った。
屋敷ではヤヨイが待っており、既に食事の支度が終わっていた。こうして出迎えてくれる人がいるというのはありがたいことだった。
ソウも既に帰宅していた。イヨを何とか味方にしたはいいが、これから先の展開をどうしていけばいいのか、まだ悩んでいるところだった。
当主のヨシカズは今日は戻らない。昨夜の襲撃の後始末がまだたくさん残っていた。
食事が済むなり、ソウとヤヨイを交えた六人はすぐに対策を講じた。
「問題はモリヤだ。この当主をおさえればジパング全体をオロチ退治に向かわせることができる」
「やっぱ国の協力があった方がやりやすいしな。無許可でオロチ倒したら、最悪俺たちはお尋ね者の可能性もあるわけだし」
もっともヒミコやカズサがそのようなことをするとは思わないが、ジパングの体制に皹を入れるのだから、あらかじめ許可があるかないかは大きな違いだ。
「まどろっこしいことしないで、さっさとオロチ退治に行かせてほしいよな」
「ですが、あの山には警備の兵がおります」
口を挟んだのは珍しくヤヨイだった。
「そりゃ実力で突破して」
「そうなると完全なお尋ね者だね」
ヴァイスの考えをアレスがあっさり沈める。
「ま、結局三氏の協力を仰ぐのが一番ってことか」
「ああ。ヒミコ陛下は三氏がそろって奏上するならオロチ退治を認めるという言い方をしてくださったからね。モリヤを何としてでも説き伏せることが必要だ」
黙っているソウはいろいろと言いたいことがあった。だがここは自分の感情を挟むところではない。あえて発言することもなかったが、一つだけ言わなければならないことがあった。
「モリヤの家に、俺は行かなくてもいいですか」
ソウが尋ねるとアレスはさも当然というように頷く。
「協力を求めるのは結局僕らだからね。四人で大丈夫」
「そうですか」
ほっと一息つく。ただでさえイヨのことで悩んでいるのに、モリヤ家のことまであれこれと考えたくない。
「それから一つ、考えなければいけないことがあります」
ルナが機を見て話を変える。
「オロチのことを知りたければ、イヨ殿下に尋ねろと。情報提供者が見つかるはずだということでしたが」
「ああ、そうか。それもあったな」
アレスが思い出したように言う。ということは明日はメンバーを二手に分けなければならない。
「だったら、そっちは俺がやります」
ソウが手を上げる。
「モリヤ家に行かないなら、そういったところでお手伝いはできると思います。それに、イヨ殿下は今俺の方に少し心を開いてくれているみたいですから」
「モテる男は辛いねえ」
ヴァイスが冷やかすが、本当に辛いところだった。自分の気持ちがルナにあるだけに、この状況をどう整理していいか分からない。
もっともソウはルナには振られてるので、本気で恋愛したところで誰にも迷惑はかけることはない。ただ困ったことに、たとえ振られてもいまだにルナのことが好きで、イヨの方には目が行かないということだ。
そのうち気持ちは静まるものなのだろうか。こればかりは経験したことがないから分からない。
「イヨ殿下はソウくん一人に任せても大丈夫かな」
もちろん大事な任務だ。ただ、モリヤと話すときにアレスとルナがいないわけにいかないし、かといってフレイがいても役に立たないし、ヴァイスがいたら余計混乱するだけのような気がする。
「がんばります」
大丈夫とは言わないが、全力は尽くす。それがアレスへの返答だった。
「うん。じゃあ任せよう。そのかわりモリヤの方はこちらで何とかするよ」
「お願いします」
そうしてその日は休むこととなった。
翌日。
ルナはまた朝日が昇らないうちから、ランニングを兼ねたジパングの実地調査に出向いていた。
体力は普段から鍛えていないとすぐに落ちる。これはダーマでずっと研究してわかったことだ。だから可能な限り、ランニングだけは欠かさない。
今日は九条の外壁沿いを、昨日と反対に西側、右京の方へと進んでいった。
こちらも九条の様子はひどいものだった。大通りに面しているところは見栄えがいいのだが、一度中に入ると完全なスラム街。それでも左京はそれぞれに家があったが。
(浮浪者が多いですね)
家もなく道端で寝ている者が多い。はたして大王家はこの現状をどこまで理解しているのだろう。
そもそもこうした人々はどうやって生活をしているのか。畑もない、仕事もないでは生きていく手段がないのではないか。
(あれ、ここは)
九条の道を進んでいくと、その中ほどにとある敷地に出た。鳥居があって、その奥に社がある。
(ああ、神社、というやつですね)
このジパングは地方信仰がそのまま根付いている地域だ。各国で信仰されている宗教はジパングではまったく知られていない。ジパングにはジパングにだけ通じる神道があり、この国はいわゆる『八百万の神』によって造られたとされている。
足を止めてその神社の中を見ていると、やがてそこから何人かの巫女が台車に大きな鍋を載せてたくさん運んで来ていた。
(炊き出しですか)
もう日が昇る。それと同時にあちこちから浮浪者たちが集まってくる。
その人たちに、米と汁を与えていく巫女たち。
(神道はこのようなこともするのですね)
忙しい時間帯のようだった。後で話を聞きに来たいものだと思いながら、ルナは止まっていた足をもう一度動かし始めた。
さて、朝食が終わると一同はそれぞれ動き始めた。
アレスたちはモリヤの屋敷に。
そしてソウは政庁へと向かった。
政庁にはイヨがいる。そこで話をする。いろいろと話したいことはあるが、まずはアレスたちが気にしていたことを尋ねなければならない。
昨日に比べてようやく政庁は落ち着きを取り戻していた。父親は今日あたり帰ってくることができるだろうかと考えながら、イヨへの取次ぎを願う。
「ああ、ソウタ様ですね」
取次ぎ係の女官は、イヨへの取次ぎを願い出たソウの名前をズバリ言い当てた。
「どうして」
「いえ、もしソウタ様が来られるようなら、必ずお通しするよう申し付かっておりましたので」
随分と気に入られたものだ。やれやれ、とぼやく。
「ソウタ様は、ミドウ家の方ですよね」
名前どころか正体まで知られているのか、とため息をつきたくなる。
「そうだけど」
「ダーマで修行されて、オロチを倒す力をお持ちなんですよね」
どこをどう飛び火してそんな話になっているのか、全く意味不明だ。
「修行したのは確かだけど、オロチを倒せるほどじゃないと思うぜ。それは俺と一緒にダーマから来た勇者様の方」
「でも、イヨ殿下を助けるために戻ってきてくださったんですよね」
それは成り行きだがいちいち説明するのも面倒だ。それで、と話を進めさせる。
「どうか、殿下をお助けください」
女官は頭を下げて言う。
「イヨ殿下は生贄などにされてその命を終えられる方ではありません。次代の王として、ヒミコ陛下の跡を受け継ぐに相応しい方だと思っています」
「あんた、姉か妹は?」
「は?」
突然話を振られて、兵士は戸惑っていた。
「姉か妹は? いないのか?」
「おります」
「じゃあ、イヨ殿下の代わりにその姉妹を生贄に差し出せって言われたらどうするんだ?」
意地の悪い質問をしているのは分かっている。だが、ソウは自分を止められなかった。
「それは……その」
「答えづらいのは分かってるよ。でもな、イヨ殿下を生贄にしないっていうことは、他の誰かを生贄にするってことだ。俺はもしも自分の家族を代わりにされるなんてのは認めないぜ」
「では、イヨ殿下を生贄にするというのですか。あなたはオロチを倒すために戻ってきたのではないのですか」
「俺は俺にできることをやるだけさ。だから、あんたの期待を勝手に押し付けないでくれ。俺には荷が重い」
自分は勇者なんかじゃない。昔はそうなれるかもしれないと思っていたが、本物を見た現在では全く考えが変わっている。
自分は勇者じゃなくてもいい。だが、自分にはできることがあって、それが勇者のためになるならばそれでいい。
「俺にできるのは、イヨ殿下の支えになることかな」
独白してソウはイヨの部屋に向かった。
自分にできることは多くない。力ではアレスどころかヴァイスにもかなわない。
だが、そんな自分でもできることはあるはずなのだ。
部屋の前で少し待たされて、すぐに中へ通される。
中は大王家の者とは思えないほど、質素で何もない部屋だった。クローゼットらしきものはあるが、それでもヤヨイのものよりは小さいだろう。あとはベッドとテーブルと椅子が二脚。それですべて。
(なんだよ、これ)
これが大王家の人間の部屋だろうか。それも生贄などということにならなければ時期女王たるものの。
「いらっしゃいませ、ソウタ様」
だが中にいるのは幸せでいっぱいの笑顔を浮かべた少女だった。
「部屋に驚かれたようですね」
「ええ。正直、俺の姉の部屋の方がたくさん物があるような気がします」
「私はジパングに仕えている者ですから、自分の物は持たないようにしているのです」
イヨは首をかしげた。
「それに特別欲しいと思うものもありませんでした。ジパングのために全てをかける。それを疑ったことはありませんし、今も疑っていません。それが私の責務であると信じています」
「殿下」
「いえ、大丈夫です。もう軽々しく生贄になるなどとは申しません。オロチを倒すことこそが自分の責務であるということを自覚しましたから」
イヨの表情は硬い。その責任の重さを実感しているのだろう。
「でも、今日くらいは自分のものを持っておけばよかったと、少し後悔しているところでした」
「何故でしょうか」
「ソウタ様が来てくださったからです。少しは自分を飾るものがあればよかったのに、と」
直球で攻める少女だった。しかも本人は意識すらしていない。全く、性格は少しもルナに似ていない。
「イヨ殿下は何も着飾る必要はないと思います」
「そうでしょうか」
「正直、化粧や飾り物をしている女性はあまり好きではありません。もちろん、全くないというのも物足りない気はしますが」
「では、少しだけするようにいたします」
よく分かっている子だ。
これだけ自分のことを信頼してくれているのだし、美少女だし、何の文句もない。
それでも。
(好きなのはルナなんだよなあ)
報われない恋に殉じるより、新しい恋を探した方がいいのは分かっているが、今しばらくは時間の猶予をもらうことにしよう。
「本日は、お話があって参りました。オロチに関することです」
本題に入るとイヨも真剣な表情に戻った。
「はい。どのようなことでしょうか」
「昨日、アレスさんたちがユキト様にお話を聞いたところ、オロチのことを知りたければ殿下が情報提供者をご存知だ、と言われたのです。そこで、もし心当たりがありましたら教えていただければと思いまして」
「なるほど。確かに心当たりはあります」
イヨは頷いて目を閉じた。
「カエデ」
「はっ」
ソウの後ろで声がした。気配はなかった。それなのに声だけがあった。
(何者だ)
動揺を悟られまいとゆっくりと振り返る。そこにいたのは黒い装束を着た女性だった。顔まで完全に黒頭巾で頭ごと覆い、目のところだけが外気に触れている。
(隠密か)
おそらくは影で護衛をするような職務なのだろう。
「カエデ。ソウタ様があなたに聞きたいことがあるとのことです」
「はっ。お話はうかがっておりました。何なりと」
カエデと呼ばれた女隠密はその場に膝をついて頭を垂れる。
(さすが大王家だな。予想以上の展開だ)
だがこの人物が情報提供者というのなら、ユキトは彼女のことを知っていたことになる。いったいどういうつながりなのか確認したいところだった。
「昨日はありがとうな」
ソウはそんな言葉から始めた。カエデの顔が上がった。目が少し大きい。どうやら驚かせることに成功したらしい。
「お分かりになりましたか」
「一度聞いた声は忘れねえよ。昨日、中庭に行けって言ったの、あんただろ」
「はい。昨日のイヨ様にはあなたの力が必要と判断し、行動させていただきました」
だろうな、と思う。イヨが自分を呼んだのだとしたら、何も隠れて呼ぶ必要はない。
「あんた、何者だ?」
「私は影です」
カエデは手際よく答えた。
「古来より大王家に仕え、自らの主の盾となり、その身を守る隠密の一族にございます」
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