Lv.41

運命との対峙が道を切り開く








 ルナから見て、ソウという人物は強く、優しく、礼儀正しく、それでいてどこか子供らしさもきちんと兼ね備えている少年だと思っていた。
 ダーマでどれだけソウに助けられたかは分からない。一人という環境に寂しさはあったが、それを埋めてくれたのがソウやディアナだった。
 奇跡の賢者などと呼ばれても、結局人は一人で生きていくことなどできない。もしも自分が勇者のために生きるということを決めていなければ、ソウと一緒に歩んでいく未来もあったかもしれない。
 とはいえ、自分はあくまでソウの友人。ソウもまた今では同じように思ってくれていると信じている。
(ソウの身に、これだけの秘密があるなんて思いもよりませんでしたが)
 ソウと初めて会ったとき、確かにどこか陰があるような感じもした。何か過去に抱えているような気もした。
 ただ、それがこれほど重い事情を抱えているなんて思いもしなかった。
 姉を助けるというのは確かに第一目的。ただ、それだけが理由などではなかった。ソウはこのジパングには居づらい理由があった。だからジパングを出た。
(ソウはもう、このジパングでは生きていけないのかもしれませんね)
 もしこのままモリヤ家に戻れば、政争の中心に立たされることになる。このジパングの頂点をかけて、大王家とモリヤ家、さらには他の貴族たちも交えて大きな混乱に巻き込まれていく。
 巻き込まれたくなければソウは逃げるしかない。
 だが、ソウは逃げないだろう。
 彼が逃げれば、たった一人、そこに残される少女がいるということを知っているから。
「最初に、一つだけ教えてください、ソウ」
 翌日、ルナはソウと共に政庁へ来ていた。無論、モリヤの当主に会うためだ。
「なんだ?」
「イヨ殿下のことが、好きになりましたか?」
 もしそうならまだ救いがある。イヨのために何かしたい、だから最善のことをする。
 だが、もしそうでないなら、ソウはただジパングをよくするために人身御供となったにすぎない。
 イヨの代わりに、ソウが自分を犠牲にしているのだ。
「好きになれればいいんだろうけど、今はまだそんな気持ちじゃないな」
「これからそうなる可能性があるということですか?」
「さあ。今の俺は振られたばっかりで、新しく考えられるほど器用じゃないと思うぜ。別に他の誰かに慰めてもらいたいと思ってるわけでもねえしな」
 振った方としては返答に詰まる答だった。
「まあ、俺のことは気にするなよ。お前がアレス様のことで苦しむくらいなら俺がって思ったし、今も同じように思ってるけどさ。だからといって報われない恋にいつまでも殉じるつもりもねえし、そのうちいい人が見つかるだろ」
「それがイヨ殿下であるといいと思います」
「俺もそう思う。でもなあ」
 ソウがため息をつく。
「イヨ殿下が俺のことを良く思ってくれてるのも分かるんだ。ただな、違うんだよ」
「違う?」
「兄妹に対して、恋愛感情はおきないだろ、普通。それと同じ」
「同じ、ですか」
「ああ。俺は最初、姉さんを助けるためにこのジパングに戻ってきた。でも姉さんが無事だと分かって、その守るべきスペースにそのままイヨ殿下が入り込んできた。だからイヨ殿下には守りたいっていう気持ちしかないんだ。まあ、イヨ殿下はさすがに年上には見えないから、妹って感じになっちまうけどな」
「随分冷静に自分を見られるんですね」
「五年も片思いしてたからな。自分の気持ちがどんなものかは比べりゃ分かるさ。それからしても、イヨ殿下は本当にヤヨイ姉さんの、言い方は悪いけど、代わり、なんだ。本当にすごい申し訳ないと思うし、失礼だと思う」
「自分で理解ができていればいいと思います」
「本当は俺はイヨ殿下の傍にいちゃいけないんだよ」
 ソウは顔をしかめる。
「だってさ、俺はイヨ殿下を本当に支えられる人間じゃない。兄として守ることはできるかもしれないけど、恋人として支えあうっていう考えにはなれない」
「でも将来はそうなれるかもしれませんよ。イヨ殿下は私よりずっとお綺麗ですし」
「まあな」
 あっさりと認められるとそれはそれで女として悔しい。それに、自分より年下なのに、自分より胸があったような気がする。
「ただ、外見の問題でも内面の問題でもないんだ。これは俺の心の問題。だからお前が気にすることじゃねえよ。たとえ兄が妹に対するような気持ちだとしても、俺はイヨ殿下を守りたい。その気持ちは本当なんだ」
「分かります」
「だから、モリヤの協力は必要なんだ。昨日、親父には言わなかったけど」
「はい。ミドウよりモリヤの方が貴族として格が上になります。イヨ殿下の婚約者としては充分かと思います」
「婚約は勘弁してほしいぜ」
 それだけ言い合うと、二人はようやく政庁に入る。
 すぐにモリヤのところへ向かい、シゲノブは思わぬ来客に顔をほころばせて部屋に案内した。
「やはり来たな、ソウタ」
「うるせえよ。お互い話しても気分が悪くなるだけだ。手っ取り早く話をまとめようぜ」
「私はお前をまた息子と呼べて嬉しいのだがね」
「イヨ殿下の婚約者としての息子がいて嬉しいだけだろ。それなら俺じゃなくたっていい。誰かイヨ殿下に婚約者ができたらそいつを養子にすればいいんだ」
「そういう手がないわけではなかったが、さすがにスオウのところのレンが相手ではね。あの年で近衛左大将だよ。すごいと思わないか」
「思う。力があるのも分かる。だから俺がモリヤ家に戻るなら条件がある」
「条件?」
「そうだ。まず一つ、俺を近衛右大将、征戎大将軍にしろ」
「近衛右大将、征戎大将軍」
 シゲノブが目を丸くする。
「本気か。とてもではないが、内外で反発が起きるぞ」
「軍は俺の実力で納得させる。だが征戎大将軍にならなきゃ、オロチ討伐の指揮を任せてもらえないだろ?」
 ジパングの軍は、近衛軍と呼ばれる京を守る軍隊の他、北軍、南軍、西軍、東軍と四つの軍に分かれる。兵士たちのほぼ全てが農兵で構成されるが、それらを指揮する将軍や管理職は職業軍人だ。
 その四方軍を統括するのがそれぞれ、北軍が征狄大将軍、南軍が征蛮大将軍、西軍が征戎大将軍、東軍が征夷大将軍と呼ばれる。ジパングの国の周囲でモンスターとの戦いが行われるときは、それぞれの方面に位置する大将軍がそれぞれの軍を率いることになる。
 今回のヤマタノオロチ討伐が実行されることになるとすれば、当然征戎大将軍が全ての指揮権を握ることになる。その地位を寄越せ、と言っているのだ。
「お前が死んでは何にもならん。右大将はともかく、征戎大将軍は認められん」
「ならこの話はそこでおしまいだ。誰がその地位にあるかは知ってるぜ。左大将がスオウ家の跡継ぎ息子なんで、右大将はモリヤの派閥が就いている。そいつに別職をあてがって俺にやらせてくれればそれでいいんだ。それから征戎大将軍は八年前の討伐軍以来一度も任命されていない。空位なら俺が就いても問題ないだろう」
「征戎大将軍を置かないのはオロチに警戒されないためだぞ」
「これからオロチを倒すのに征戎大将軍がいなきゃカッコがつかないだろ。いずれにしてもそれが呑めないんならこの話はおしまいだ。どうする?」
 シゲノブはしばし考える。
 たとえ協力するにしても、大王家にソウを送り込めなければ意味がない。だからソウが死んでしまっては元も子もないのだ。
「お前が前線に出ないというのなら認めよう」
「無茶言うなよ。俺はオロチを倒すために帰ってきたんだぜ。これが最後だ。俺を征戎大将軍にしろ」
 ソウは一歩も引かない。結局、シゲノブが根負けすることになった。
「分かった。必ず生き残るのだぞ。それから?」
「俺はあんたを父親とは思っていない。だからそんな風には呼ばない。俺にとって父親はあくまでミドウヨシカズだ。ただ籍だけをモリヤ家に戻す」
「それから?」
「オーブと呼ばれる宝石を持っていれば出してほしい」
「オーブ? なんだ、それは」
 逆に質問があったので簡単に大きさや色などを説明する。
「ふむ、我が屋敷の宝石を全て確認させてみよう。宝石一個でお前を買うことができるのなら安いものだ」
「別に俺は買われるつもりはねえよ。俺はただ、モリヤの人間という肩書きを持っていた方がイヨ殿下を守りやすくなると判断しただけだ」
「ミドウは確かに力のある家柄だ。だが、一条の貴族と一緒にすることはできんよ。さて、それで全てか? ならばお前の要望は全て呑もう」
「あんたが企んでるのは、俺とイヨ殿下を結婚させて、その子供を大王にして、自分がその裏で実権を握るってことだろ」
「分かっているのではないか。お前はその片棒を担ぐのだろう?」
「そううまく行くといいけどな」
 ソウは話は終わりだと立ち上がる。
「俺がミドウソウタからモリヤソウタになっても、この家には二度と来ないぜ。今まで通りミドウの屋敷に世話にならせてもらう」
「好きにするがいい。だが、忘れるなよ。この国ではたとえお前がイヨ殿下の婚約者となろうとも、家長に逆らうものを認める風潮はないということをな」
「ああ、分かってるさ。じゃ、行くぞ、ルナ」
「いえ」
 だが、ルナはそこで首を振る。
 まだ椅子に座ったまま、正面にいるシゲノブを見つめた。
「何かな」
「聞きたいことがあるのです」
「私にかね。まあ、答えられることなら何でも答えるが」
「では。シゲノブ様は、オロチへの生贄を選定しているのは誰だと考えておられますか」
 ソウが息を呑む。シゲノブもまた顔をしかめた。
「オロチの生贄というのは、ヒミコ陛下がお告げを受けているものだと思っていたが?」
「その選定が、あまりに人為的だと考えたことはおありになりませんか」
「なるほど」
 シゲノブは気分を害したように言う。
「私もそれは不思議に思っていた。今まで犠牲になった娘たちの中に、モリヤの派閥に属する者が一人もいないということであろう。それで生贄選定に私の意図が絡んでいると考えたわけか」
「半分はそう疑っていますが、もう半分は全く反対です」
「反対?」
「大王家はイヨ殿下の時代で大きな変化を迎えます。直系男子のいない大王家は外からの血を迎え入れるしかありません。スオウ家、モリヤ家、トモエ家がその中でも有力な一族となります。そのときにモリヤ家がオロチと手を組んでいた、などと風聞が流れるだけでもモリヤ家にとっては大きな痛手になるでしょう」
「八年前から、スオウかトモエかがモリヤを潰すために企んでいるということか」
「その可能性もある、ということです。他にも考えられることは多々ありますが、風聞ほど相手に痛手を与えるものはありませんから」
「なるほど、よく分かった。だが、私は生贄選定のことは全く知らないし、ヒミコ陛下がお告げを授かっているということを疑ってはおらんよ」
「分かりました。では、これで失礼いたします」
 それからルナも立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい」
 シゲノブも立ち上がると、その小柄な賢者を見る。
「なんでしょう」
「失礼だが、今のは誰の考えかね」
「全て私が推測したことです」
「なるほど。ダーマの『奇跡の賢者』の名は伊達ではないらしい」
 これには逆にルナの方が首をかしげた。
「ご存知でしたか」
「三氏はそれぞれに海外とのパイプを持っている。あなたほどの器量良しならば我が息子の妻にふさわしい。どうかな、今度一度会ってもらえんか」
「ふざけろよ、てめえ」
 傍で聞いていたソウが凄みをきかせる。
「お前の息子にルナを? 冗談じゃねえ、ルナはもっと凄いことをする奴なんだ。役不足だよ」
「私の息子の妻では役不足だと? このジパングの三氏の長男の妻。それがどれほどのことか──」
「いえ、せっかくのお誘いですが、お断りさせていただきます」
 危うく父子喧嘩になるところをルナはさっさと断ることで食い止める。
「何故かな」
「私の身は、全て勇者様に捧げたものです。他の誰が望んでも私を手に入れることはできません」
「ふむ」
 毅然と言い張るルナにシゲノブは残念そうな表情だった。
「これほどの美少女で賢い妻がアレにいればと思ったのだが」
「美少女と評価してくださってありがとうございます」
 そこで話は終わったというように二人はシゲノブの部屋を出た。
 ふう、と息をついて二人が見合う。
「しっかしあの野郎、何てことを言いやがる」
「モリヤの長男というのはソウではなく、本妻の方が産んだ方ですね?」
「ああ。ヒロキって言ってな。俺が二歳のときに生まれたから、お前より一つ下だな」
「嫌っているのですか」
「エミコほどじゃない。けど、やっぱりあの女の息子だからな。話したことなんかほとんどないけど、目の敵にはされてるだろうし。もしお前がヒロキと結婚するっていうんなら、俺はあいつを殺しに行くからな」
 ルナはくすくすと笑う。
「ありがとうございます。ソウはいつも私を守ってくれますね」
「当たり前だ」
 照れ隠しなのか、先に立って歩いていく。笑顔でルナはその後ろに続いた。
「この後はどうする?」
「状況をユキト様とシンヤ様にお伝えする必要がありますね」
「そうだな。手分けするか?」
「いえ、一緒に行動した方が無難でしょう」
 正直なところを言うと、ユキトにもシンヤにも聞きたいことがある。それは自分でなければならないことだ。
『オロチへの生贄を選定しているのは誰か』
 この質問を全員にぶつける。それを見て誰がこのオロチ騒動に関係しているのかをあぶりだす。
 シゲノブは確かに普通の反応だった。傍から見ても特別何かを知っているようには見えなかった。それが演技なのかどうかは分からないが、オロチ選定に疑いありとつきつけていけば、犯人は何かのリアクションをしてくるだろう。
「ジパングの問題は簡単に解決できそうにないですね」
「そうだな」
 ただオロチを倒せばいいというものではない。オロチの脅威からジパングを守りつつ、ヒミコやイヨが幸せでいることができる場所を作らなければならない。
(思いのほか、長い戦いになりそうですね)






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