Lv.42

交差する道で出会った相手に








 ミドウ家の敷地は広い。四条に屋敷を構える貴族たちはたいてい財力も権力もない者が多いが、ミドウ家だけは例外だ。他の貴族の屋敷の四倍の敷地はある。
 屋敷の周りは高い塀で囲まれており外から見ることはできない。門から入ったところに庭と入口。そして入口を入るといきなり長い廊下になっている。
 廊下の先がいくつかに分かれていて、客間やキッチンなど、いろいろな部屋へとつながっている。
 入口の反対側には裏庭もあって、屋敷の者ですらそちらまでは回らない。何人かの雇われている家政婦が掃除に行くくらいだ。
 フレイがそこに一人でいた。
 彼女はただ集中していた。魔法を放つために集中をこらし、パスルートに魔力を通しては、それを放たずに戻し、何度もパスルートに魔力を通す訓練をする。
 この積み重ねが実戦で素早く魔法を繰り出すことにつながるのだ。
 彼女もまた今まで何度かこの方法で訓練をしてきたし、ルナも同じように訓練をしている。ダーマでもっとも効果があるとされるやり方を彼女は独学で実践している。
 ただ、彼女はこれまでこの訓練を熱心にやったことはない。そんなことをしなくても実戦で自分が遅れを取ったことなどない。アレスやヴァイスの援護をするのにスピードが遅かったことなどない。
「珍しいな、お前さんが訓練なんて」
 だからわざわざ足を運んできたヴァイスもそんな風に声をかけたのだろう。
「……何?」
 彼女はうっすらと汗をかいていた。それだけ真剣に集中していたという証拠だ。
「なんだ、てっきりあの嬢ちゃんにやられたのが悔しくて陰でこっそり訓練、とかだと思ったんだが」
 フレイは答えない。というより次の言葉がうまく出てこない、という感じだった。
「……おかしい」
「は? 何が?」
「……タイミングは万全だった。それなのに先にマホトーンされた」
「なんだ、やっぱりそのことじゃねえか」
 マホトーンされた。それはダーマでルナと魔法合戦を行ったときのことだ。
「……私より早かった」
「そりゃ残念だったな。世の中にゃ上には上がいるってことだろ。俺だって年下のアレスにはかなわねえぜ」
 それはルナがフレイより年下であるということを意図しての言葉だった。
「……悔しい」
「へえ。お前も一丁前にそんな気持ちになるんだな」
「……もっと早く、強くなりたい」
「アレスのためにか?」
 頷く。そう、フレイはアレスのためにしか動かない。アレスがしたいことを叶える。そのために彼女は存在する。
「……恩返しだから」
「好きだからの間違いだろ」
「……私にとっては同じこと」
「はいはい。ま、好きにするといいさ」
 半ば突き放したように言うと、フレイはもうヴァイスのことなどかまわないかのように魔法の訓練に集中しなおした。
 これまで生きてきて、自分より上の魔法の使い手などいなかった。アリアハンにも、戦ってきたモンスターたちにも。
 それを自分より年下の彼女は、あっさりと自分の上を行った。
 もしも自分が本当に力がなかったら、マホトーンなんかで自分の魔力ははかれないと嘆くところだ。だが、本当に力があるからこそ分かる。
 力のある自分よりも、はるか上を行くのがルナなのだと。
 マホトーンにかかること自体がまずありえない。かかる前に倒すか、たとえマホトーンをかけられても自分はそれに耐えるだけの抵抗力がある。
 その抵抗力もスピードも、軽く乗り越えて彼女のマホトーンは自分の魔法を封じ込めた。
 それだけではない。
 スクルトやフバーハといった味方を守るための魔法を連続で放ち、スカイドラゴンにはニフラム、地獄の鎧にはバシルーラと敵ごとに戦い方をかえる柔軟性。とどめに残党を一掃させたバギクロス。
 しかもさらに舌を巻くのは、自分の力を限界まで使わず、自分たち三人の力量を計るためにあえて手加減していたということだ。ラリホーやニフラムもそうだし、バイキルトなどの攻撃力を上げるための魔法は一切使わなかった。
 しかも絶対に死ぬことがないように、防御力をあげるための魔法だけは最優先で使用している。
 アリアハンからロマリア、アッサラーム、バハラタ、ダーマと旅をしてきて、その中で何度も戦闘を繰り返した自分たちよりもはるかに戦い慣れしているといえるだろう。
(それなら私は、誰よりも強い魔法使いにならないと駄目)
 どんなときでも、誰を相手にしても一瞬で、一撃で相手を吹き飛ばしてしまう。そうすれば自分はアレスにとって最強の駒になれる。
 その力で自分はアレスに認めてもらうのだ。
(もっと力がほしい)
 ルナからみれば自分はまだまだ子供だろうか。きっとそうだろう。今の自分がどれだけ全力を尽くしてもルナにはとてもかなわない。彼女は自分の力を可能な限り確認し、その上であっさりと倒してくるだろう。
(もっと、力が)
 そのためにはパスルートのスピードをもっと上げることだ。
 一瞬で魔法を放つことができれば、ルナとて簡単に魔法を封じることはできまい。
 そのためにも今はスピードを上げることに専念することだ。






 一方、屋敷の中には今日も客がやってきていた。
 トモエ家の双子、ヒビキとユキであった。二人のお目当てはどうやらソウの方だったらしいのだが、かわりにいたのがヤヨイとアレスということで、それはそれで話をしたかったらしい。
 もちろんアレスの方としてもこのトモエ家の二人を仲間にしておくことは重要だった。邪険にするわけにはいかない。
 ヤヨイが昼食の準備をするということで台所の方へと下がっていったところで話が変わった。
「あ、それから一つ伝言。せっかくアレスさんとこに来るんだったら伝えろってヒミコおばさんから」
「そんなことを言っていると後で叱られますわよ」
 そんなことというのはヒミコに『おばさん』という敬称をつけることだ。ヒミコ陛下ときちんと言わないといけないらしい。
「それで、伝えることって?」
 アレスは丁寧に先を促す。
「あ、うん。王宮の宝物庫にはオーブらしいものはなかったって」
「全部をひっくり返したわけではありませんが、全部の目録を見てそれらしい宝石は全て確認したから、ほぼ間違いないそうですわ」
「そうか」
 アレスはそう言うと、懐から山彦の笛を取り出す。
「それがオーブの探知機ですか?」
「うん。これはオーブが近くにあるとその人にだけ山彦が返ってくるようにできてるんだ」
 そう言ってアレスは試しに吹いてみる。すると間違いなく山彦は彼の耳にだけ返ってきた。
 やはり間違いなくあるのだ。この街に。四つ目のオーブが。
「ここで吹いても分かるもんなのか?」
「うん。一つの街くらいは簡単に効果範囲に含まれるからね。だから具体的にどのあたりにあるとかは全く分からない」
「正確な距離が分かれば少しは使えるんだろうけどなあ」 「トモエ家にもなかったんだろう?」
「それこそ、私とお母様とで家中探しましたわ。でもそれらしいものは……」
「じゃあ、あとはスオウ家とモリヤ家あたりか」
「トモエ家の派閥の貴族にはそれらしいものがあったら持ってくるように昨日通達を出しましたけど」
「そんな高価そうなもんが二条以下の貴族の家にあるとは思えないしなあ」
「あら、分かりませんわよ。どこに何があるかなんて神様でもなければ分からないものですし」
 双子がここまで協力的にしてくれるので分かることも多くなっている。
 特にジパングの派閥構造はよく分かる。この二人が一から十まで教えてくれるのでアレスはすっかりこのジパングという国の状況が分かるようになっていた。
「一つ気になったのは、ミドウ氏のことなんだ」
 アレスが慎重に尋ねる。
「ミドウ家は貴族たちの中でも珍しく三氏の誰の派閥にも入っていない。それはこのジパングでどれほど危険なことなんだろう」
「そうですわね。ミドウのおじさまは立ち回りがお上手ですから大丈夫だと思いますわよ。それに跡を継ぐソウタさんもしっかりしてらっしゃいますから、問題はないかと思いますけど」
 そのソウが今度モリヤに戻ると聞いたら二人はどう思うのだろうか。
(まだ伝えない方がいいかな)
 どのみちいつかは伝わる。だが今はまだ騒がれても困る。ソウとモリヤシゲノブとの話し合いの結果次第では立ち消えになる可能性だって残っているのだ。
「あんまりこういう陰口っぽいのは好きじゃないんだけどさ」
 ヒビキが顔をしかめて言う。
「ヤヨイさんの方がちょっといろいろあってさ」
「ヤヨイさん?」
「ああ。だって、ヨシカズのおじさんは結婚してないだろ」
 ユキの表情が固まる。
「死別というわけじゃなかったんだ」
「そうなんだよ。ヨシカズおじさんは自分の血を引いた娘だって言ってるけど、ソウ兄だって養子だっていうのが周囲に知られてて自分の息子だって言い張ってるわけだし、どこまで本当なのかは分からないだろ」
「そのことはヤヨイさんは」
「もちろん知ってる……と思うけど。ヨシカズおじさんが一度も結婚してないのなんて有名だし」
「ユキさんも?」
「ええ。もちろん確かめるような無礼なことはしておりませんけど、気にはなります」
 確かに気にはなる。だが、それは家庭の問題。他の誰かが口を挟んでいい話ではない。
「私、思ったことがあるんですの」
 ユキが少し幸せそうな表情を見せて言う。
「もし、ミドウの跡継ぎがソウタさんで、その奥様にヤヨイさんがなるっていうのもお素敵だと」
 確かにソウも美少年でしかも武術はこの国で一、二を争うだけの力はある。その隣にあの美人のヤヨイがいれば確かに絵になるだろう。
 ただ、ソウもヤヨイも、あくまでお互いを本当に姉弟としか見ていないのは傍から見てよく分かる。
「お前はそれでいいのかよ。ソウ兄のこと好きだったんだろ」
「昔の話ですわ」
「何言ってんだ。一昨年くらいから始まってる求婚攻撃、断った理由は全部『ソウ兄ほどかっこよくない』って言ってるだろ」
「仕方がありませんわ。事実ですもの」
「ま、俺もソウ兄を義兄さんって呼べるなら大歓迎だけどな。がんばれよ、ユキ」
「だから、昔の話ですわっ」
 ぷん、と頬を膨らませて反対側を向く。全く仲のいい双子だ。






 さて、肝心のルナとソウの二人はまずスオウの当主であるシンヤに会いに来ていた。
 シンヤの執務室には先客がいて、それも二人が知っている相手だった。
「これはルナ殿」
 シンヤがその顔に少し微笑を浮かべて立ち上がる。その隣に立っていた青年は軽く一礼した。
「先日はありがとうございました、シンヤ様。それにレン様も」
 スオウ・シンヤと、スオウ・レン。壮健な父親に壮麗な息子だった。
「レンとはもう会ってましたかな」
「はい。シンヤ様に取り次いでいただいたときに」
「ああ、そうだったな。それで、こちらは」
「こっちはミドウ・ソウタといいます」
「ヨシカズの息子、ソウタです」
「ああ、ソウタ君か。昔、一度会っているね」
「はい。まだモリヤの姓だったころにパーティで」
「じゃあレンとも会っていたかな」
「レン兄にはもう何度も。子供の頃から何回も稽古をつけてもらいましたから」
「ほう?」
「一度も勝ったことはなかったですけど」
「今やったら勝てるという顔つきだな、ソウ」
 レンの表情は険しい。
「力はつけたと思う。でもレン兄にはもしかしたらまだかなわないかも」
「お前が力をつけたのは分かる。姉を助けるためにダーマに行った成果はあったようだな」
「いや、まだまだだよ。俺、自分はもっと強いと思ってた。でも、ダーマに来た勇者様たちにこてんぱんにされた」
 その勇者はシンヤもレンも会っているアレスのことだ。当然二人ともそれをよく分かっている。
「確かにあの勇者は只者ではない。私も一度手合わせ願いたいと思っていたところだ」
「ジパングにいる間ならいいんじゃないかな。お互いの力を知っておいた方がオロチ退治のときにも都合がいいだろうし」
 そのソウの言葉に親子が視線を交わす。
「では」
「はい。モリヤ様にオロチ退治を承諾していただきました」
 シンヤはしっかりと頷く。
「それはめでたい。ならば明日にでも早速上奏せねばな」
「はい。それをお願いしに参ったのです」
「宮中については我らの出番だ。トモエのところには?」
「これからです」
「なるほど。今度は私からというわけか」
 ふっ、とシンヤが笑う。
「ええ。ただ、今回は少し事情が違います」
「というと?」
「シンヤ様が今回モリヤの出した条件に、逆に手を控えるおそれがあったからです」
「ほう」
 シンヤが尋ねる。
「条件は?」
「ソウがモリヤ家に戻ることです」
 その条件にレンが激しく反応した。
「その条件を呑む気か、ソウ」
「ああ、そのつもりだよ」
「イヨ殿下の婚約者となるつもりか」
「ま、あいつの考えるのはそんなとこだろうな」
 ソウはこのレンの前では割と崩した態度を取っている。それだけ慣れた相手だということなのだろう。
「私がイヨ殿下の婚約者に立候補しているのを知ってのことか?」
「まあ、そうなるかな」
「私とイヨ殿下を争うつもりか」
「実はさ、あまりそんなつもりはないんだ」
 ソウは困ったように言う。
「俺はイヨ殿下を守りたいと思っている。これは個人的なことで、その後でイヨ殿下と結婚してやろうとかそんなことを考えているわけじゃない。ただ俺はあの可愛そうな王女殿下を助けてやりたいだけなんだ」
「立候補はしないと?」
「分からねえ。婚約した方が殿下を守れるならそうするだろうし」
「イヨ殿下を愛しているわけでもないのにか?」
「痛いとこ突くなよ、レン兄」
 ソウもため息をつく。
「俺もまだこの先どうするかなんて考えてないんだ。ただ今はオロチを倒すために一番いい方法だけを考えてる。ただ一つ言えるとしたら、俺はモリヤの手先になんかなるつもりはないっていうことかな。今はその地位を利用してイヨ殿下の傍で守ってやりたいけど」
「お前はモリヤがどういう男か分かっていない。もしあの男の考える通りにお前がイヨ殿下の夫となったとしよう。そうしたらお前は子供が生まれた瞬間にモリヤに殺される」
「ま、あいつの考えそうなことだな」
 ソウも両手を上げる。
「けど俺は引き返さない。イヨ殿下を守ると決めたからな」
「そうか」
 レンは無表情で父親に向き直る。
「父上。私ならばかまいません」
「だが」
「モリヤは信用なりませんが、ソウは信頼できる男です」
 スオウ家にしても死活問題だ。うまくレンがイヨの夫となれば三氏の中での発言力はさらに高まる。だがもしモリヤが逆に巻き返すようなことになればスオウ家の立場はなくなる。
「これだけはお約束します」
 ソウが重ねて言う。
「もし俺がイヨ殿下と、なんていうことになっても大王家はあいつの発言を元に政策を決めるようなことは絶対にしません」
 それはソウがどれだけシゲノブを嫌っているかということを名言したということだった。
「分かった。ならば君を信じよう」
 シンヤは不承不承という感じで頷いた。






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