Lv.44

失ったものと失わないもの








 運命の日はやってきた。
 仲が悪いとされている三氏の当主が三人そろって政庁のカズサのところまでやってくる。
 そして代表してスオウ・シンヤが述べた。
「我ら三氏、謹んで大王家に奏上申し奉る。此度の生贄の儀、大王家の唯一の血筋たるイヨ殿下がオロチの生贄となるは、真に不快。ヒミコ陛下、カズサ殿下には同様の思いなれど、過去、幾人もの生贄を出してきた経緯により、その不満を外に出せないのは臣下一同、心よりご推察申し上げる。なれど此度、イヨ殿下を生贄として差し出し給うならば、このジパングが立ち行くことかなわず。ゆえに我ら三名、謹んで申し上げる。今こそオロチを退治するための軍を挙げ、オロチによって培われているかりそめの平和を打ち砕き、ジパングに真の平和と安定をもたらされんことを。ここに、トモエ・ユキト、モリヤ・シゲノブ、そして私スオウ・シンヤの三名は意見を一致し、申し上げるものである」
 読み上げた上奏文をそのままカズサに渡す。
「上奏文、確かに承った。これに関し、本日夜九時より緊急会議を開くゆえ、三名とも出席するように」
『はっ!』






 と同時に、ミドウ家では勇者一行が改めてオロチ退治の作戦を立てていた。
「戦闘が始まる前に、私が味方の力を上げる魔法をあらかた使ってしまいます。具体的にはスクルト、フバーハ、ピオリム、バイキルトといったところです。アレス様とヴァイスさんが接近戦で首を一つずつ潰していきます。問題はこの首は回復するということ。そこでフレイさんに潰した首にメラゾーマをかけて回復できないように傷口を塞いでいただきます。私は基本的に回復専門。臨機応変に二人の援護をします」
 これが基本戦術。話を聞いた限りでは間違ってはいない。
 ミドウ家の応接室には勇者パーティ四人の他、ソウと双子、さらにはイヨ殿下にカエデまでやってきていた。カエデはソウが是非にと頼んでこの場に姿を見せたものである。
「ですが、母上の予言が確かなら、オロチには傷をつけることはできないはずです」
 イヨが声を殺して言う。
「予言?」
「はい。オロチを傷つけることができるのは、三種の神器の一つ、草薙の剣のみというものです」
「だが草薙の剣はレプリカだという話だったな」
 ソウがこの間聞いたことを尋ね返す。
「はい。八年前にタケル陛下が戦ったときに使われましたが、引き上げるときに持ち帰ることはかないませんでした」
 顔を隠した女隠密が答える。
「では、今も西の山の中に草薙の剣があるっていうことか」
「おそらくは」
「オロチがその剣に気づいて隠したとかいうことは」
「その可能性もあります」
 とはいえ、その剣がどこにあるのかも分からなければ、どんな形をしているのかも分からないのだ。
「一度、レプリカでかまいませんから見せていただきたいですね」
 ルナが言うと「問題ありません」とイヨが答えた。
「政庁の宝物庫へ参りましょう。私がいれば皆様をお通しすることができますから」
「うお、俺あの中って入ったことないんだよなあ」
「私もですわ。噂に名高い政庁の宝物庫、ぜひ見たいものです」
 双子が目を輝かせる。
「で、俺は何をすればいい?」
 ソウが尋ねるとルナは首を振るだけだ。
「戦闘ではソウにしてもらうことは何もありません」
「おい」
「ソウは旗頭なのです。ダーマから修行して帰ってきたジパングの救世主。それが征戎大将軍としての役割です。軍を率い、山に攻め込み、そして私たちを率いてオロチに向かう。そこまでのシチュエーションを準備すれば、この国でソウを認めない者はいなくなります」
「すげえお膳立てだな」
「でもソウにはそれだけの力があります。イヨ殿下のためにもソウに死なれるわけにはいきません」
「おい」
「基本的に我々はオロチ戦までは戦いません。ですからそれをソウに率いてもらわなければなりません。ソウはダーマでモンスター理論も戦術理論も単位を取っていますね? それなら後は実戦経験を積むだけです。この戦いが終わる頃には、ソウが右大将になることに文句を唱える人はいません」
 ソウは考えてから一度だけ舌打ちした。
「誰かの言いなりってのは嫌だけどな、それが一番いいっていうなら従うさ」
「暇にはなりませんよ。忙しくて目が回るほどになるはずです」
「大丈夫だって。俺とユキできちんと補佐すっからさ」
「そうですわ。ソウタさんはご自分の役割をしっかりと果たしてくださいませ」
 ソウが征戎大将軍となるのなら自分たちはその補佐をする、と双子は妙に張り切っている。だがそれもまずはソウが将軍として認められてからのことなのだが。
 モリヤ家に戻ると聞いた二人が、それなら自分たちはソウの手伝いをすると自分たちから言い出したのだ。
「それでもう一つ聞きてえんだけどよ」
 ずっと発言を控えていたヴァイスが尋ねた。
「出発はいつだい?」
「おそらくは、あと五日のうちには」
「ようやくか。もう体がなまっちまったぜ」
「昨日も一昨日も訓練につき合わせたのに、どうやらまだ足りないみたいだね」
 アレスがにっこりと笑う。
「前言撤回。もうこれ以上しごかれるのはごめんだ」
「それでは政庁に参りましょうか。皆さんをご案内いたします」
 イヨの言葉に全員が頷いた。






 そうして一同はぞろぞろと政庁に入る。
 既に上奏は終わった後で、そのせいか随分とあわただしい。
「こちらです」
 イヨが先導して、見張りが五名いる宝物庫の中に入る。
 中はさまざまな宝石類で満たされており、この金を使えばいくらでも食料不足など解決できるように思える。
 問題は輸送。余剰食糧があるのはアリアハンやロマリア、エジンベアなどの大国ばかりで、ジパングの周辺では食糧を輸入するのは難しい。
 距離的にはおそらくアリアハンからの輸入がもっともいいのだろうが、広い海を縦断するのは困難だ。
「父さんの苦労が余計に分かるぜ」
 外務大臣として食糧輸入の手段をこつこつと積み上げてきたヨシカズだが、いざそれが行われるとなるとどれだけの問題が出ることになるか、予測しただけでもその苦労が分かる。
「この一番奥にあるのが、三種の神器です」
 そして一同はその神器を見る。
「奥の剣が草薙の剣。手前にあるのが賢者の石と、ラーの鏡です」
 その名前を聞いてルナが素早く反応する。
「賢者の石と、ラーの鏡」
 賢者の石といえば、無限の回復力を持つといわれる奇跡の石だ。そしてラーの鏡はその人間の真実の姿を映し出すという。
 ルナはすぐに三つを見比べた。そして落胆したように言った。
「全部、そうなんですね」
「はい?」
「草薙の剣だけではありません。賢者の石も、ラーの鏡も、すべてレプリカです」
 イヨの目が見開かれる。
「何故分かるのですか」
「見ればすぐに。我々賢者はマジックアイテムの鑑定も行いますから。これらのアイテムにはマジックパワーが全く込められていません。ただの石、ただの鏡です」
「そんな──」
「やれやれ。ここの出入りは固く禁じてあるはずなのだがな」
 そこに現れたのは、政庁でもっとも権力のある男だった。
「お父様」
 ヒミコの弟、カズサ。現在の政庁を取り仕切っている男である。
「イヨ。この部屋に入ることは許さないと言ったのを忘れたかね」
「覚えております。ですが、勇者様たちに草薙の剣を見てもらおうと」
「お前もここにある剣がレプリカだと知っているだろう」
「はい。ですが他の二つまで同じだとは知りませんでした」
「いろいろあるのだよ、ジパングにも」
 カズサはその中の一つ、ラーの鏡を手にする。
「真実を映す鏡か」
 その鏡をカズサはアレスに向ける。
「もしそんな便利なものがあるとしたら、このジパングに何が起きているのかを映してもらえるのだろうか」
「何か、お悩みのようですね」
「悩みもする。ようやく手放すと決意した娘を、今度は何を思ったか三氏がそろって殺すなという。無論、殺さなくてすむのは嬉しい話だが、不思議な気持ちだよ。私は父として娘を殺すという選択をしたというのにな」
 後悔しているのだろう。その選択を。
 だが自分からその選択肢を選ぶことはできなかった。娘を助けるということは、ジパングの決まりにそむくということ。それを国を預かる身でありながら実行することはできない。
「ソウタくんといったか」
「はい」
「先ほどモリヤ殿から聞いた。モリヤ家に戻るそうだね」
「はい」
「近衛右大将・征戎大将軍となりたいということだそうだが」
「はい、その通りです」
「それはイヨを守ろうとしてのことか?」
「そのつもりです」
「そうか」
 それからカズサは小さなイヨを見つめる。
「私はイヨを捨てると決めたときに、父親であるという夢も捨てた。イヨが君を望むのなら、どうか幸せにしてやってくれ」
「お父様」
「イヨ。せっかく救われた命だ。お前はジパングと関係なしに、お前の望むように生きなさい」
 そうしてカズサは鏡を元に戻すと宝物庫から出ていった。
「みんなして気が早いよなあ」
 カズサがいなくなってからソウが呟く。
「それだけソウ兄にみんな期待してるってことだろ」
「私たちも応援してますわ」
 双子が素早くフォローを入れた。ソウがそれに答えたり、イヨが微笑んだりしているところに、ルナはただ一人、三種の神器をじっと見つめていた。
「何か気になるのかい?」
 アレスが尋ねてくる。
「はい。草薙の剣は少なくとも八年前までは本物だったはず。だとすればこの三種の神器は全てもともとは本物だったのだと思います。それなのに、どうして偽者と入れ替わってしまったのか」
「さっきカズサ殿下はジパングにもいろいろあると言っていたな」
「はい。おそらく、残りの二つもすりかえられたのはおそらくオロチが現れてから、ここ十年のことなのだと思います」
 それも草薙の剣のように、討伐に行ったから失われたとかではない。もっと別の、何か理由があるのだ。
「ラーの鏡か」
 ヴァイスがレプリカをひょいと持ち上げる。
「いったい何を映し出すっていうんだ?」
「その人の真実を。その人があるべき姿を映し出します」
「たとえば?」
「モシャスという魔法があります。別人の姿に変わるというものです。ですがラーの鏡でその人の姿を映せば、変身する前の姿に戻ります」
「へえ、そんなことができるのか」
「試してみますか?」
 ルナはきょろきょろと見回して、一番無難そうな相手を選ぶ。
「モシャス」
 そして煙と共に、ルナの姿が変化した。
「うお」
「ええっ?」
 双子が同時に声をあげる。
 そこにいたのはまぎれもなく、ユキであった。
「どうですか?」
「うわ、すげえ。ユキが二人いる」
「まるで鏡を見ているみたいですわ」
 へえ、とヴァイスが姿の変わったルナを見る。
「誰にでも変化できるのか?」
「はい。モシャスは時間制限がありますが、基本的には誰でも大丈夫です。身長などの体格もその人の通りに変わります」
「じゃあ俺なんかにも変われるのか」
「もちろんです」
「じゃあやってみてくれよ」
「いえ、遠慮しておきます。この服が破れてしまいますから」
 そう。ユキを選んだのは他でもない。体格が一番近い相手を選んだだけなのだ。
「じゃあ、もう一つの『賢者の石』ってのは?」
 ヴァイスが尋ねる。
「強大な回復力を秘めた魔法の石です。念じるだけでベホマラーとほぼ同等の効果を得ることができます」
「念じるだけ? そりゃすげえな」
「ダーマも一度ならず、賢者の石の研究をさせてほしい、可能なら現地に行って調べてみたいと何度もジパングに打診したことがあります」
「でも聞き入れられなかったと。ま、そうだよな。何しろここにあるのは偽者だってことだから」
「そうですね。こうしたマジックアイテムを持っていると、それだけで戦局を変えることだって可能です。賢者の石なら私もほしいですね」
「ま、実物がなけりゃ意味ないけどな」
「その通りです」
 と、時間がきたのかモシャスが切れて、もとの姿に戻る。
「へえ、本当に変化なんてできるもんなんだな」
「はい。時間制限のある魔法ですけど、使い勝手はあります。ただ、モシャスの魔法はみだりに使ってはならないというのがダーマの基本原則です」
「どうしてだ?」
「モシャスの魔法は対象となる相手の全てが映し出されます。その人の振りをして犯罪を起こすこともできますし、一番困るのは目の前にいる人間が本物かどうか疑ってかからなければならなくなる、ということですね。だからみだりにモシャスの魔法を使う人間は信頼されません」
「でも今、使ったよな」
「ええ。使わないと信じてもらえないと思いましたから。もっとも、モシャスを使うことができるのは、賢者の中でもごく一部です。あまりに難しいですから」
「そんなに難しいのか?」
「はい。そうですね、魔法使いの方なら分かるかもしれませんが、イオナズンの三倍のパスがあります。そういえば分かってもらえるでしょうか」
「げ」
 ヴァイスは呻く。というより、この中で魔法にまったく関わりないのはイヨくらいか。ソウやヴァイスにしても魔法剣、魔法槍といったふうに関わりがないわけではない。
「といわけで、今ならモシャスを使えるのはこの国でおそらく私しかいないでしょうから、モシャスを使ったと思われた瞬間に私が疑われるわけです。だから私はモシャスをするときは人前で証人がいるときしかしません。ただ、何かと『モシャスを使ったのでは』と疑われたとしても仕方がないとは思います。もっとも、私ならモシャスを使った相手を見破ることはできます。ダーマ総出でモシャスの見分け方を探しましたからね」
「力があるってのも大変だな」
「そうなんですよね」
 ルナはため息をつく。
「でも、それが宿命のようなものですから、賢者は」
 悟りきったように答えた。






次へ

もどる