Lv.45
力を合わせて魔獣に挑む
その日の夜は大臣が全員集合しての会議となった。
そこにゲストとして出席したのがアレス、ルナ、ソウの三人だった。
アレスはオロチ退治の切り札であり、ルナはその見識の高さを見込まれて、そしてソウはモリヤ家の人間として征戎大将軍として任命されるために、それぞれ出席している。
太政大臣カズサを筆頭に、アレスたちを除いた総勢十二名がそろっている。
内務大臣スオウ・シンヤ。
大蔵大臣モリヤ・シゲノブ。
法務大臣トモエ・ユキト。
外務大臣ミドウ・ヨシカズ。
兵部大臣スギヤ・ヒロノリ。
民部大臣コタカ・フミマロ。
式部大臣ノハラ・ユウスケ。
宮内大臣マミヤ・ショウ。
そして近衛右大将スオウ・レン。
さらには女王たるヒミコとカズサの娘であるイヨまでが出席している。
これほどのメンバーが一同に会する機会は多くない。月に一度もない。
それだけ大臣間の連携がよくないということが一つにはあげられる。スオウ派のスギヤ家、モリヤ派のコタカ家、トモエ派のノハラ家と三氏の一派が一つずつ大臣席を取り、そのいずれの派閥にも属していないミドウ家、そして現在は貴族として力をなくし名誉職としての扱いになっている宮内大臣のマミヤ家。八大臣は完全に内部分裂している。もっとこれだけはっきりと分裂しているのでお互いに妥協しあったり調整を図ることによってこれまではうまく運営ができていた。
「さて、それでは会議を始めよう」
カズサが開会を宣言する。
大きな円卓の上座に位置する場所にヒミコ。そこから時計周りに、カズサ、スオウとスギヤ、ミドウとマミヤ、レン、そして下座の方にアレス、ルナ、ソウと続いて、ノハラとトモエ、コタカとモリヤ、そしてイヨと座っている。
(派閥が意識されている座り方ですね)
三氏の中ではトモエ家が一歩引いた形となっているが、それはスマコを妻にとっているから逆に一歩引いた形を取って均衡を保っているのだろう。
なんともぎすぎすとした空間だ。
「もう全員が分かっておろうが、スオウ、モリヤ、トモエの三家連名でオロチ討伐の願い出があった。これに関して、まずスオウ殿、説明することがあれば」
「はい。上奏文に書いたとおりですが、現在の大王家は、確かにスマコ様のご子息、ご息女がいらっしゃるとはいえ、正式な跡取りはイヨ殿下のみ。そのジパングの宝を差し出すということはジパングの総意として認めるわけにはいかないと思った次第であります」
「なるほど。トモエ殿は」
「左様ですなあ」
ユキトがのんびりとした声で言う。
「カズサ殿下が表に立って動くことなどできんでしょうからな。家族としてイヨ殿下を救ってやれるのはワシらしかおらんと思ったまででして」
「ふむ。モリヤ殿」
「私も両者と同じ考えですな。それに、いくらジパングを救うためとはいえ、大王家の方に犠牲になってもらってまで生き延びようなど、浅ましい考えをしているものはこのジパングにおりますまい」
よく言う、とソウは内心の思いをこらえる。そのイヨの死を一番望んでいたのはあの男のはずなのに。
「なるほど、お三方のおっしゃることは分かった。ここで、もしオロチを倒したとした場合の問題点、誰もがわかっているかと思うが、その食糧問題について、ミドウ殿より説明をいただこう」
「はい。外務大臣職として、ここ数年来、オロチ死後のジパングの食糧問題を解決するために各国の首脳とお会いし、食糧援助の約束を取り付けてあります。距離的にまだ近い方であるアリアハンからも定期的に食糧の提供をしていただけます」
へえ、とアレスが感心する。
アリアハンの王は良識派だと一説には流れているが、実はそうではない。アリアハン王はどこまでもリアリストであり、国王として自国を優先する考えをはっきりと持っている。
魔王バラモス退治のためにアレスを育て、さらには世界中でオーブ探索を行っているのも、別に世界の平和などというものを考えてのことではない。バラモスがいればいつかは自分たちがその脅威にさらされる。それを懸念してのことだ。
(ジパングにとっては大きな借りを作ることになるだろうな)
アリアハン王は対外侵略を考える国ではないが、アリアハンという国が平和で、なおかつ発展させるためならば貸しを作っておくのは悪いことではないだろう。
(国王陛下は何を考えておられるのかな)
まあ、ジパングの民を苦しめてまで何かをしようという王ではないし、実際食糧は必要なのだからジパングにとってはありがたいことなのだ。
「それから民部大臣コタカ殿」
「はっ。ここ数年続いた豊作により、今年が例年の半分までの収穫となったとしても充分に年を越せるだけの備蓄があります」
本当だろうか、とルナはその報告に不審がある。今でも京の九条の方では家もなく道端で寝て暮らし、神社の炊き出しで餓えをしのいでいるような者までいる。彼らも救えないで本当に年を越せるのか。
こういうとき、真っ先に切り捨てられるのは弱者だ。そこまでこの国の上層部は考えて──
「待て、民部大臣」
その疑問について思いをめぐらせていたとき、発言したのはなんとイヨであった。
「はい、殿下。何でございましょう」
「一つ気になることがある。私はここ数日、九条の視察に出向いた」
「なんと」
「あのようなところへ」
「あそこは殿下が行くような場所では」
「黙らぬか」
何人かが口を挟もうとしたが、イヨはそれを一喝して止める。
「今でも家もなく、食事もないものが大勢そこにいる。お主は今年餓える者は出ないと申したが、それは誰を対象としたものだ? 京で六万人、さらにはジパング全てで十五万人の命をまかなえるだけの備蓄があると申しているのか」
「それは」
「コタカ殿」
カズサがイヨの追及を和らげるために間に入る。
「誰もお主を責めることはせぬ。素直に申せ。備蓄は何石あるのだ?」
「は、はっ。備蓄を増やすよう命じられてから三年で現状、四万五千石ほど」
「一年で一万五千石か。いくら豊作とはいえ、それが限界であろうな」
「はっ」
「だがもし不作となり、例年の半分しか収穫できないとなれば、せいぜい八万石。あわせて十二万と五千石。餓えない、というは言い過ぎだな」
「申し訳ありません」
「いや、現状は私も分かっているつもりだ。そのためにミドウ殿には骨を折ってもらっているのだからな」
ヨシカズが頭を下げる。あえて何も言うことはないらしい。
「オロチ討伐は私も、そしてヒミコ陛下もずっと考えてきたことだ。ただ、今の説明の通り、現状でオロチがいなくなれば豊作も終わり、不作の年が来る。なんとか開墾を進めてはいるものの、それでも追いつくことはないだろう。数年の間は外国からの食糧援助に頼る他はない。今年一年で備蓄を食い潰してしまっては、さらにその次の年に確実に餓える。そのために今からできることを行わなければな」
「御意」
「だが分かっていると思うが、この件に関して私とヒミコ陛下の意見は共通している。イヨを生贄にする。それがジパングの大王家としての責務だ。だからまず、そなたら全員の意見が共通していなければこの上奏はなかったものとしてもらおう。八大臣、そしてレン将軍。九名全員の意見一致が必要だ。よろしいか」
円卓に奇妙な沈黙が流れる。
「では尋ねる。オロチ退治に賛成の者は起立せよ」
八大臣、そしてレンの九名がそろって席を立つ。
「よろしい。では総意をもってオロチ討伐の軍を起こす」
アレスとルナがほっとしたように頷き合う。まずは第一段階クリアだ。
「ヒミコ陛下」
カズサが隣に座る姉に尋ねる。ヒミコも頷いて答えた。
「皆の考えは分かりました。我が姪、イヨをそこまで思っていただけることをありがたく思います」
女王の顔は既に決意に満ちている。
「ジパングの総意として、オロチを倒します」
『はっ!』
ジパングが一つになった。
いや、一つとはいってもそれはあくまで貴族たちだけ。平民たちはここで何が起こっているかなど分からないだろう。だがそれでもこの結束には価値がある。ジパングが国としてオロチに立ち向かうことができるようになったのだから。
「オロチ討伐に関して、モリヤ殿より進言がございます」
ユキトが発言を促す。他の大臣は全員着席し、シゲノブだけが立ったまま残る。
「オロチを倒すには、この八年間空位だった、征戎大将軍をおかねばなりません。それにふさわしい人物として手前味噌ではありますが、我が息子、ソウタを推挙いたします」
「ソウタ?」
ヒミコがソウを見る。
「確か、ソウタ殿はミドウ家に養子に」
「はい。ですがこの度、征戎大将軍、ならびに近衛右将軍となるために我が家に戻ることになったのです」
「そうでしたか。全く聞いておりませんでしたが」
ヒミコがソウを見て言う。
「ソウタ殿。先日は姪を助けていただき、ありがとうございます」
「いえ。ジパングの者として当然のことをしたまでです」
「ですが、よろしいのですか。征戎大将軍となるということは、軍を率いてオロチを倒しに行く、その先頭に立つということですよ」
「俺はそのためにジパングに戻ってきたんです」
ソウがしっかりとした口調で答える。
「この場で隠しても仕方ないことだからはっきり言います。俺は今回モリヤ家に戻りましたが、心はミドウ家にあります。ミドウ・ヨシカズが俺の父です。そしてミドウ・ヤヨイが俺の姉です。ヤヨイ姉さんは今年十八歳になります。年齢的には今年オロチの生贄として選ばれてもおかしくはありませんでした。その姉を守るため、オロチを倒すためにここに戻ってきたんです。自分でオロチを倒すために、俺は地位が欲しかった。征戎大将軍、先頭に立ってオロチと戦う地位。それが今の俺には必要なんです。そして必ずオロチを倒してみせます」
「そなたの力で倒せるのですか」
「俺には無理です」
だが、そこまで言っておきながらはっきりと答える。
「でも、俺には尊敬する勇者様と、その仲間たちがいてくれます」
そして、それまでずっと黙っていたアレスに全員の視線がいく。
「アレスさんは本当に強い。俺はこう見えてもダーマで六年修行して、ダーマで誰よりも強くなって帰ってきました。でも、アレスさんはさらにその上を行きます。どれだけ訓練しても勝てないと思います。それだけの力を持った人です。アレスさんなら倒せます」
「では一つ聞くが」
カズサが厳しい顔で尋ねる。
「勇者殿がいてくれるのなら、誰が征戎大将軍となってもいいのではないかな」
「いえ、それでは僕が困ります」
だが答えたのはアレスの方だった。
「ソウとはこれまで何度も話してきましたし、僕の考えを一番分かってくれる人物だと思います。それに、僕はジパングの人間じゃない。ソウは仲間ですからソウの役には立ちたい。でも、他の人の部下となって戦うつもりはありません。僕は仕官するためにここにいるわけじゃない」
「ふむ。だが、我らとしては指揮・統率力、さらには武力が分からないまま彼を征戎大将軍に据えるわけにはいかぬ」
「ダーマの力をあまり過小評価してほしくはありません」
援護射撃はルナが言った。
「私はダーマの賢者、ルナ。ソウはダーマの指揮・統率理論を最終講座まで全て習得し、それを実戦に活かせるレベルまで理解しています。失礼ですが、実戦に乏しいジパングにおいて、ソウ以上にオロチ退治の指揮を任せられる人物はいないと考えます」
「それはジパングに人無しと言われるか」
「失礼ながら。先のモンスター襲撃についても、兵士たちはただうろたえ、戸惑うばかりで組織的な行動が全く取れていませんでした。これは上の人間の問題が最も大きいと思います」
「私の責任ということですか」
左大将のレンが無表情で言う。
「責任問題ではありません。現実に誰が指揮をするのが一番か、ということです」
それこそルナとしては自分が指揮するのが一番だと考えている。それが最も的確に指示を出せるだろう。
だがソウもオロチ退治のために必要なスキルは全て習得している。それはこの五年、ずっと一緒にいたのだからよく分かっている。
「ならば尋ねよう。ソウタ、そなたはオロチを倒すためにどうすればいいと考える」
「最強の戦力を無傷でオロチにあてます。俺も含めて、兵士たちは全てそのための盾になります。それで充分です」
「充分?」
「オロチはアレスさんが倒してくれます。それを信じているから、俺はそのことだけを考えて兵士に指示を出すことができます。もちろん死兵となりますから、オロチを倒すために自分の命をかけられる者だけを選出します」
「死ぬことを厭わぬ者はおるまい」
「それは兵士たち次第でしょうが、俺は信じています」
ソウは心から思っていることを伝える。
「平和は自分で勝ち取ってこそ意味がある。守りたい人は自分の手で守ってこそ価値がある。一人でも多くの人が同じように思ってくれていると、俺は信じます」
場が静まる。
しばらくの沈黙のあと、静かに声が響く。
「随分、自信がついたようだな、ソウ」
「レン兄」
「お前の力は俺がよく知っている。しっかりとその力を見せてみるんだな」
それが会議の方向を決定づけた。
「大臣たちはどう考える」
「ソウタは私にとって大切な一人息子。できないことをできるという子ではないと思いたいところですな」
ヨシカズが苦笑して言う。
「よい青年ですな。私は賛成です」
ユキトも言う。とすれば後は一人。
「私もそれでいいと思います」
シンヤが言う。レンが認めたのが大きいのだろう。
「ならば、ソウタを征戎大将軍として認めるということで問題ないか」
誰も反対意見は出さない。三氏が賛成しているのだ。誰も反対はしないだろう。
「では、ソウタを征戎大将軍とし、今回の討伐の任を託す。が、もう一つ、近衛右大将については据え置き、オロチ討伐がなったときに任命するものとする」
なんとかこの会議を切り抜けた。
アレスとルナが視線を交わす。が、そのときだ。
「たわけたことを申すでないぞ」
扉が開くと共に、しわがれた声が会議の場に響く。
そこにいたのは一人の老人と、その老人を両側で支える兵士二人。いや、老人というには早いか。まだ壮年と言っていい。
ただ、杖をついたその姿は一風異様だった。
片足がない。
「ガイ殿」
カズサが言う。
「あなたは隠居したはずでは」
「オロチを倒そうなどと、たわけたことをぬかしていると聞いて飛んできたわ」
ガイと呼ばれた老人が言う。
「オロチを倒そうなどとばかげたことを考えるでない。お主らはジパングを滅ぼすつもりか」
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