Lv.48

遥か遠き未来へと続く現在








 一方、ソウはソウでやらなければならないことがあった。
 征戎大将軍とはいえ、認めたのは上層部のみで実際の兵士たちと顔を合わせたことなど一度もない。これからじっくりと話し合わなければならないのだ。
 職業兵士の数は多くない。人口が十五万しかいないジパングでそれほど多くの職業兵士がいてはとても収穫が間に合わない。貴族たちは自分の土地を、自分に従う農民たちに耕させている。そのかわりに生活を補償している。そうしてこの国は成り立っている。
 だから職業兵士の数を増やすことはできない。そこまでの余裕はこの国にはない。
(三十人か。随分少ないな)
 無論それはソウに従っている人数だけだ。この国の人口からいけば全兵士数で三百人というところか。ロマリアやイシス、エジンベアのように何百万と人口がいるわけではないのだから、これが限界だ。
 あとは戦闘になるのなら、農兵を使う。普段は農耕をしている者も、いざ戦闘となれば剣を持って戦うのだ。
 今回、オロチ討伐のために集まった三十人の兵士はほとんどがソウより年上のようだった。それなりの地位を持っている者もいるが、ほとんどは貴族の次男、三男という様子だった。
「ここに来てくれた者には心から感謝したい」
 ソウは決して臆することなく、上に立つ者としての威厳を失わないように振舞う。
「このような若く、経験の浅い人間をリーダーとして仰ぎたくない者もいるだろう。そしてこれからみんなが立ち向かう相手はあのヤマタノオロチ。俺も含めて、全員が死ぬ覚悟で望まなければならない。死にたくない者は今回の作戦に参加しない選択をしてもかまわない。その選択をした者は左大将レン将軍の下に配属となる」
「一つ、聞かせていただいてもいいですか」
 割と年若い男が手を上げた。
「作戦に関することでなければ」
「我々は元々征戎大将軍に従うよう、何年も前から任命されていた者です。いざオロチとの決戦になったときは死ぬ覚悟を最初から持っております。ですが、あなたのことはよく分からない。突然モリヤ家に新しい息子ができ、それもダーマから帰ってきて間もないという。あなたの力が分からないし、あなたに従うべきなのかどうかも分からない。この国にはレン将軍を初め、優秀なリーダーは何人もおります」
「名前は?」
「シオンといいます」
「いい名前だな。シオン、お前の言うとおりだ。俺には本来、みんなをまとめる権限なんかない。俺はそれを強引にもぎ取った。力のほどはこれから確認してもらうとして、俺にはどうしても譲れないものがあった」
「それは?」
「王女イヨ殿下の命」
 その言葉は、三十人の兵士たちを一斉に緊張させる。
「このままいけばイヨ殿下は間違いなく生贄となられる。俺より二つも年下の、あんな女の子を生贄に捧げる今のジパングは間違っていると俺は思う。だから俺はオロチを倒すためにこの地位を大臣たちに認めさせた。イヨ殿下をお救いするという覚悟。それは誰にも負けない」
「私もそれは同じ意見です。そしてここにいる者たちは、皆、殿下のことが好きな者ばかりです。我々は何度も話し合い、そして自分たちだけでもオロチを倒しに行こうかと検討したくらいです」
「実行しないでくれてよかった。オロチは無策で倒せる相手ではない。みんなの命は、オロチを倒すためのものであって、無駄死にするためのものではない」
「では、策はあると」
「策を考えるのは俺じゃない。ダーマから俺と一緒にやってきた賢者が考えてくれる。ただ、その策を実行するには人手がいる。何しろあのオロチの洞窟は、モンスターの巣窟だ。オロチとの決戦までに勇者を疲れさせるわけにはいかない。俺も含めて、ここにいる人間は全て勇者がオロチを倒すための盾となるのだから」
 その発言が兵士たちを動揺させた。
「では、オロチは我々が倒すのではないと」
「そうだ。勇者は俺より強い。一番強い人間がオロチに立ち向かうのは当然のことだ。それに勇者はジパングに何の関係もないのに肩入れしてくれる。俺はありがたく勇者の力を借りたい」
「ですが! この国はこの国の人間が守るべきではないのですか!」
「俺もそう思う。だが、実力の差というのは現実に存在するんだ」
 そしてソウは近くにあった木刀を二本持ち出す。
「実際に試してみるのが早い。俺はこれから、ここにいる全員と手合わせする。俺が三十人抜きできたら、俺の力を認めてくれるか」
「それは」
「そして、俺がみんなより力を持っていることが証明できれば、俺より強い勇者のことを認めてくれるか」
 しばらく三十人の兵士たちの間でささやきあう声が聞こえる。
「いいでしょう」
 やがて答えたのはシオンだった。
「ですが、一人でも倒すことができなければそれまでです」
「ああ」
「三十人ですよ? いくら腕に自信があるからといって、そんなことが」
「俺は強いぜ」
 ソウは自信を持って言う。
「ここ数日、何回か勇者に鍛えられて、もっと強くなった。勇者にはかなわないが、他の人間に負ける気はない」
 そしてソウは木刀を一本差し出す。
「誰からでもいいぜ」






 太政大臣カズサの下には、別の来客があった。
「お願いがあります、カズサおじさん」
「私たちを、ソウタさんの補佐につけてください」
 突然そんなことを言われてカズサも困った様子であった。
「ヒビキ、ユキ。突然の来訪で何かと思ったら、お前たちは相変わらずだな」
「俺たちは本気だぜ、おじさん」
「はい。私たち、何があってもソウタさんの力になるって決めましたの」
 来訪したのはトモエ家の双子、兄のヒビキと妹のユキであった。
 大王家はヒミコ、スマコ、カズサの三人姉弟であり、スマコの子であるヒビキとユキにとってカズサは叔父にあたる。従って当然面識どころかもっと子供の頃からたくさん可愛がってもらったものだが。
「さすがに私の一存では決められぬな。軍のことは兵部大臣にも了解を取らねばならぬし、左大将レンの意見も」
「オロチ退治の軍なんて、ほとんど混成みたいなもんだろ?」
「右大将ならともかく、任命されたばかりの征戎大将軍にはそうした役割がまだ整っていないはずです。私たちは幸い、公職に就いているわけではありません。是非ソウタさんを手伝わせてください」
 この二人がカズサにここまで強く望んだことなど過去に一度もない。およそ政庁には全く興味がなく、長男のヒビキにいたっては父親のユキトの跡を継ぐつもりがあるのかと疑われるほどだったのだが。
「何故そこまで、ソウタにこだわる?」
「決まってるさ。俺たちがソウ兄のことを好きだからだよ」
「私たち、ソウタさんがダーマに行く前からずっと可愛がってもらっていました。そして今、ソウタさんには信頼できる仲間がこの政庁にいません。せめて私たちだけでもお力になりたいんです」
「それに、トモエ家の子供ってだけで俺たちの配置って結構難しいだろ? できあがったばかりの征戎軍ならうってつけだし、そこでオロチを倒せば自然と実績になる。家柄にふさわしい役職を与えやすくなるだろ」
 なるほど、確かにヒビキの言うことはもっともだ。三氏の子息というのは簡単に位を与えるのが難しい。実力があればそれにふさわしい地位を与えることはできるが、実績のないまま与えるのは難しいし、実績を作る機会も与えられない。
 スオウ家のレンは早々に剣の実力が高いことが分かっていたので将軍として出世することができた。だが、トモエ家のヒビキ、モリヤ家のヒロキにいたってはこの年になってもまだ位を与えられないでいるのだ。
 もっとも、モリヤ・ヒロキについてはまた別の理由があるが。
「分かった。通るかどうかは分からないが、一応話はしてみよう。結論が出るまで一日待て」
「ありがとう、おじさん! やっぱり頼りになるな」
「ありがとうございます。感謝いたします」
 カズサは顔を崩して頷く。
「まあ、お前たちも私にとって可愛い甥、姪だからな。少しは融通をきかせんとな」
「じゃ、早速だけど俺たちソウ兄のところに行くから」
「少しでも早くお役に立ちたいんですの」
 そうして二人はあっという間にいなくなった。
「やれやれ、いつもながら唐突な奴らだ」
 苦笑したところにまた別の客がやってきた。
「カズサ殿下。子供たちがご迷惑をおかけしました」
 入ってきたのはその双子の親、ユキトであった。
「義兄上。何も二人きりのときまでそのような他人行儀になさらなくとも」
「いえいえ、ここは政庁ですからな。私的に会うときとは違いますゆえ。それより、双子の件、私からもどうぞよろしくお願いいたす」
「ええ、二人からお願いされてそのつもりでしたが、義兄上にまで頭を下げられては断る術がありませぬ」
「カズサ殿下はお優しい」
 ふふ、とユキトは笑う。
「ジパングにも、世代交代の時期が来たようですな」
 ユキトが言うとカズサも頷く。
「ええ。スオウ家のレンといい、モリヤ家のソウタといい、そして義兄上のところのヒビキとユキ。そして私の娘のイヨと、皆次代を託すにふさわしい者たちだと思います」
「カズサ殿下。私は、うちの愚息よりも、あのソウタという若者の方をかっているのですよ」
「ほう?」
「ジパングに帰って来てから会ったのはあの御前会議のときだけですが、あの若者はいい。初めての席だというのに臆することなく堂々と自分の意見を言えた。それも自分の力量を知り、それを隠すことをしない。ジパングの政庁で生きていくのは難しいかもしれませんが、育てば必ずや立派な男になりましょう」
「随分と高く評価されておいでですな」
「何より覚悟がいい。オロチを倒すために単身ダーマへ渡り、そしてしっかりと力をつけて帰ってきた。自分ではかなわないと知れば、力のある者に協力を請う姿勢も持っている。今後、ジパングを牽引していけるだけの力を持っている子だと思いますよ」
「何がおっしゃりたいのですか、義兄上」
「なに。イヨ殿下のお相手としてはふさわしい青年だと思っているだけです」
 カズサの顔色が変わる。
「ですが、アレにはスオウ家のレンも立候補しておりますから」
「モリヤ家ならば立候補すれば五分でしょう。あの青年はそれを考えてモリヤ家に戸籍を移したのですし」
「大王家に入り込むために、ということですか」
「大王家などというのは多分、あの青年にとってどうでもいいことではないですかな。私が彼をかっている一番の理由はそこですが、彼が願っているのはイヨ殿下の無事、イヨ殿下の幸福、それだけです」
「だけ?」
「ええ。ああいう青年は見れば分かります。ジパングの政庁などに入れば自分を潰すことになる。おそらくは本人もそれに気づいている。だが、イヨ殿下という人物を助けるためなら自分が潰れてもかまわないと思っているのです。それも、純粋な善意から」
「善意というと、大王家に取り入ろうとかいうことではないというのですか」
「むしろ彼には重荷でしょうな。彼はイヨ殿下の苦しみを少しでも和らげるために一番いい方法を考えているのです。だがそれは彼にとって苦痛を伴うことばかり。言うなれば、イヨ殿下の身代わりになろうとしているのです」
「それほどあの青年はイヨを愛しているというのですか」
「いやあ、そういうわけでもなさそうですな、あの口ぶりだと。さっきも申しましたが、純粋な善意。自分よりも年下の子が苦しんでいるのを見たくないとか、そういう正義感から行っているにすぎないのでしょう」
「では彼には救いがないではありませんか」
「そうですな。だがそれも彼が選んだ道ならば仕方ありますまい」
 ユキトは笑顔で厳しい言葉をつむぐ。
「だから双子の件を頼みたいのです」
「とおっしゃいますと?」
「双子もソウタくんの苦しみをよく理解しています。嫌いなモリヤ家に戻らなければ地位を得ることができない、それもイヨ殿下をただ助けるために命をかけて、自らは顧みられることが何もない。双子はそんなソウタくんを助けたいと心から思っているのですよ」
「ですが、そうなるとヒビキとユキが今度はソウタのかわりに」
「なりませんよ。何しろ双子はソウタくんのことが好きですから、望んでその地位に就くのです。目的を達するために嫌々征戎大将軍となったソウタくんとは訳が違います」
 むう、とカズサはうなる。
「しかし、一度見ただけでよくそこまでお分かりになりますな」
「裁判をしていると人を見る眼が養われるようですな。今まで幾度も嘘をつく人間たちを見てきましたが、彼は少しも偽ろうとするところがなかった。そこが惹かれるところでもあるわけですが」
 そこでカズサとユキトの間に少しの沈黙が流れる。
 実際ソウには何も偽る必要はない。彼が考えているのはただ『守ること』だけで、自分の体面などは二の次だ。だが、そうした精神状態になることができる人間は少ない。人間は誰もが自分の立場を考えて行動する。
「昔のソウタくんはああではなかった。ミドウ家に引き取られた彼は、誰も信じず、触ろうとしたら子犬のように噛み付こうとしたものでしたが」
 くっくっとユキトは笑う。
「私はあまり記憶にありませんが」
「トモエ家はもともとミドウ家とは仲がいいですからな。双子もあの頃からずっとソウタくんを慕っているようでした」
「ふむ。ですがそうなると問題になるのは、モリヤ家の跡継ぎの方ですかな」
 モリヤ・ヒロキ。
 ヒビキとユキがこうして官職に就くとなれば、最後の一人もうかうかしているわけにはいかないだろう。もっともシゲノブが必ず重要なポストにつけようとしてくるだろうが。
「まあ、ヒロキくんは『ああ』ですからな。もっともヒロキくんよりエミコさんの方が、ソウタくんがモリヤ家に戻ってくることを認められんでしょう。ソウタくんを嫌っている様子でしたからな」
「だから側室を置くといろいろと問題になるというのだ」
「おや、私は側室は賛成ですが」
 嫌うように言うカズサに、あっさりとユキトは答える。
「まさか義兄上、スマコ姉上の他に気になる女性がいるというのですか」
「いえいえいえ、私のことではありません。ユキのことです」
「ご息女?」
「ええ。ソウタくんがイヨ殿下と結婚しても、側室としてならばユキがソウタくんの傍にいることは可能でしょうから」
 そんなことをあっさりと言うユキトにカズサは顔をしかめた。
「その……義兄上はそれでいいのか、その、自分の娘が、正室にならないというのが」
「もしユキがそれを望むのならかまいませんよ。ソウタくんはいい男だ。相手がイヨ殿下というのでは分が悪い。それなら側室になった方がいい」
 やれやれ、とカズサがため息をつく。
「大王家にあまり、騒乱の種を蒔かないでくださいよ」
「なに、イヨ殿下とユキならばうまくやっていけるでしょう」
 のんびりとユキトが言う。そういう問題ではないということを理解しているのか疑わしいところだ。
「ま、それもソウタくん次第ですけどね」
 それでは、とユキトは挨拶をして辞した。






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