Lv.49
戦士と賢者、それぞれの過去
京に戻ってきた四人はそのままミドウ家に戻る予定だったが、ルナは『よりたい所がある』と言って別行動を取ろうとした。
「申し訳ありませんが、ヴァイスさんもご一緒願えますか。ちょっと一人で行くのもためらわれますので」
かまわないぜ、というヴァイスの声に、二人ずつ別行動を取ることとなった。そのまま二人は右九条へと入っていく。
「随分と寂れてんなあ、京の中だっていうのに」
「ええ。こちらの方は全く手をつけられない状態ですね。ジパングの財政はそれほど豊かではありません。お金は一条の方から順に使われていきます。九条にはほとんど予算は回ってきません」
「やれやれ、こんなんでジパングが団結することなんてできるのかねえ」
「無理でしょうね」
胸のお守りに手を触れながら、ルナは残念そうに答える。
「おいおい」
「でも現実です。平民たちまで考えている余裕はジパングにはありませんし、そこまでするなら現状の貴族制度をどうにか改革しなければなりません」
「裕福な貴族から金を巻き上げるってことか?」
「巻き上げる必要はありません。国のお金を貴族ではなく平民に回すだけでいいんです。それができないのは、特権階級に貴族ばかりがいるせいです。まあ、幸いソウもイヨ殿下もその辺りはわかっている方ですので、徐々に改革はされるでしょうけど」
「徐々にって言っても、時間がかかるんじゃねえのか?」
「ええ。簡単ではありません。改革は本当に一歩ずつ、いえ、半歩ずつ確かめながら進まないといけません。それは一代で終わるようなものではありません。今のヒミコ陛下の治世も、以前に比べればよくなっている方なのですから」
もちろんそれにはオロチの恩恵という別の側面がある。それがなくなってしまえばジパングは飢餓状態に陥る。
「本当に、ヨシカズ様がいらっしゃらなければジパングはどうなっていたんでしょうね」
ミドウ家の当主の名前が突然出てきてヴァイスは面食らう。
「なんだ突然」
「いえ、ヨシカズ様はいつオロチを倒してもいいように、他国からの援助準備をなさっていました。それがなければ今年の冬、間違いなくジパングには餓死者が出ます。そこまで先を見通せる人物が、今のジパングにどれほどいるか」
「三氏の連中は?」
「そうですね。三人とも能力があるのは認めますが、一大臣で限界、というところでしょうか」
「辛口だな」
「誰にしても自分のことしか考えていませんから。ジパングを背負って立つ人物ではありませんよ。その辺り、イヨ殿下ならばもっと改革を進められるでしょうけど、貴族からの反発は強いでしょう」
「そうなるとイヨ殿下を守る人間が必要になる」
「そういうことです」
それがソウの役割。
「あの坊やはそこまで考えてモリヤ家に戻ったのか?」
「おそらく。オロチを倒すだけなら別に地位は必要ありませんから。このジパングでソウの敵はモンスターじゃないんです」
同じ人間。それも、大貴族たち。
「気分悪いな」
「ええ。だから早くオロチを倒して、次のオーブを探しに行きましょう」
「ああ、そうだ。結局政庁にも、それから三氏も誰もオーブを持ってなかったってことだよな」
「そうみたいですね。でもアレス様も確認してもらいましたけど、この国に、それもおそらくはこの京の中にオーブがあるのはほぼ間違いありません」
「誰かが隠し持っている?」
「その可能性が高いですね。まあ、オロチを退治してからでも充分といえば充分ですが。早くしないと生贄の儀式の日になってしまいますからね」
ルナは姿勢よく歩きながらそう言う。
「やれやれ、お前さんのそういうところ、気に入ってるぜ」
「ありがとうございます」
「それに、こうやって別行動を取ったのってわざとだろ」
「はい?」
「最近お前さん、アレスの奴と一緒にいることが多かったからな。フレイに遠慮したんだろ?」
見抜かれている。
困ったように微笑み、首をかしげた。
「まあ、否定はしませんが、ヴァイスさんと話をしたかったというのもあります」
「俺はついでかよ。ま、いいけどな。お前さんも他人に譲ってばっかりっていうのはどうかと思うけどな」
「何のことですか?」
迷いのない答。
(気づかれている)
顔色には一切出さない。だが、ヴァイスは自分の気持ちに気づいている。
「ま、分からないっていうならそれでいいさ。で、俺に話ってなんだい?」
「ヴァイスさんとアレス様がどうやって出会ったのか、聞きたくて」
「は? そんなことかよ」
「アレス様に尋ねたら、自分だけの問題じゃないからフレイさんやヴァイスさんに直接聞いてみろって」
「あー、まあ、確かに俺はともかくフレイの奴はいろいろあったからなあ」
うーん、と考え込む様子を見せる。
「その『炎の魔女』という奴ですか」
「ああ。なんだ、もうフレイに聞いたのか」
「だいたいは。フレイさんの命を救ったのがアレス様だというのも」
「それはな、誇張でも何でもない。事実だぜ」
ヴァイスはいまいましそうに顔をゆがめた。
「ご存知なんですか」
「そりゃアリアハンの王都で魔女フレイを知らない奴はいないぜ。俺もまあ、アレスの紹介でフレイに会ったんだが、まあ全く話さない奴だったな。というより俺もしばらく警戒されてたな」
「警戒?」
「聞いてんだろ? あいつは九歳のときに死ぬ目にあったって。あれ、誇張でも何でもねえ、マジだぜ」
「それは、危険な目にあったというわけではなく」
「ああ。マジであいつ、リンチにあって死ぬ寸前だったって話だ。俺はよく知らないけどな。でもあいつの体には今もその傷が全身に残ってる。腕や足まで肌を見せないようにしてるのはそのせいだぜ」
「そんな」
「フレイから直接聞いたからな。あいつがもう死ぬと思ったときにかけつけたのがアレスとエリスさんだったらしい。エリスさんはすぐにフレイを回復したそうだが、アレスの奴が暴走しちまって、フレイを傷つけた奴らを半殺しにしたそうだ」
壮絶な話に言葉が詰まる。
「エリスさんに聞いた話じゃ、アレスが真剣に訓練をするようになったのはそれかららしい」
「フレイさんを守るために」
「そういうことだな。守りたい人を守れるようになりたい。それがあいつの信条ってことだ」
それでようやく分かった。
あの二人は、生き死にをかけた戦いをくぐりぬけて、今の関係を築いてきたのだ。
(やっぱり、私の入る隙間なんて全くないですね)
自分はただ恵まれた環境の中で、ひたすら勇者を待つだけだった。自分から探しに行こうともしないで、自分の力を高めるだけしか考えなかった。
(それも、アレス様じゃない。誰とも知らない『勇者』という存在のために)
かなうはずがない。フレイはアレスが勇者であろうとなかろうとかまわない。彼女はアレスがアレスだから好きなのだ。
「アレス様は罪に問われることはなかったのですか?」
「なかったぜ。オルテガの家ってのはけっこうな身分らしくてな。エリスさんが国王に直接何か話したら、逆に半殺しにされかけた連中が罪に問われたって話だ。あのお母さんは敵にしたくねえなあ」
ヴァイスは喉の奥で笑う。
「なるほど、よく分かりました。それでは本題に入りましょうか」
「本題?」
「ええ。私が聞きたかったのは、ヴァイスさんとアレス様がどうやって出会ったかですから」
「だから、俺のはたいしたことねえって」
少し空を見て、思い出すように言う。
「この間も話したと思うけど、俺は養子に出された伯爵家の跡継ぎだったんだが、それに納得してたわけじゃねえからな。で、力には自信があったからアリアハン騎士になろうとしたんだ。まー義父母には反対されたがね。けどまあ、勉強なんてするつもりもなかったから、俺みたいな奴にはうってつけの職業だったな。とはいえ、十歳やそこらで騎士見習いになっても正式に騎士になれるのはアリアハンじゃ十五歳からで、それまでは騎士についていろいろと訓練を受けたり学んだりっていう日々だったわけさ」
自分のことを淡々と話す。
「で、俺が十四歳のときにモンスター襲撃があったんだ」
「アリアハンに突然襲ってきたという奴ですね」
「ああ。見習い騎士には本来出番はないんだが、騎士の世話をするのは見習いだからな。俺らはモンスター襲撃に来た騎士について、激戦区にいた。万が一のために武器を携帯してな。で、案の定モンスターを止められなくなって俺らまで戦う羽目になったわけだ」
「騎士でかなわないのに、見習いではとても防げないでしょう」
「普通はな。でもほら、俺は普通じゃないんでな」
にやりと笑う。確かにヴァイスが強いのは認めるが。
「一人の騎士がモンスターを倒す間に、俺は三匹は倒したぜ」
「その頃から強かったのですね」
「ま、自慢だけどな。アリアハン騎士なんかものの数じゃなかったぜ。とはいえ、やっぱ周りが悪すぎんだろうな。次々に見習いたちがやられて、完全にモンスターに囲まれて、やべえなって思ったときに、あいつらがやってきたんだ」
「アレス様とフレイさんですか?」
「ああ。さすがにびびったぜ。突然どでかい火球が飛んできて、次々にモンスターを焼き尽くしていくんだからな。さすがに俺も死んだと思ったね。その魔法で」
モンスターに殺されるのではなく、フレイの火の魔法で殺されると思ったあたりが、今となっては笑い話だ。
「で、俺よりちっこいガキが、俺より早くモンスターを蹴散らしていくんだからな。さすがに目を疑ったぜ」
「それが出会いですか」
「まあな。結局あのモンスター襲撃で、オルテガの子アレスの名前はアリアハン中で有名になったし、副作用みたいなもんでフレイのことも『炎の魔女』なんて呼ばれて怖れられながらも一目置かれる存在になったしな。本当は俺なんかが話せる相手じゃなくなってたんだろうけど、どういうわけだかあの二人、他の人間たちとは距離を置いてるみたいだったからな。ま、アレスの奴がフレイをかばってたんだろうけど」
「そこに堂々と仲間になりにいったんですね」
「そういうこと。アレスにも俺くらい武器を使いこなすことができる相手がほしかったみたいで、ちょうどよかったらしいな。で、時間のあるときなんか朝から晩まで稽古稽古稽古。殺す気かと思ったね」
その図が見える。おそらくはダーマに来たころの自分と同じ、その頃のアレスはきっと自分が強くなることしか考えていないだろう。
「というわけで俺の話は終わりだぜ。言ったろ、そんなに面白い話じゃねえって」
「いえ、充分です。三人のことがよく分かります」
「ま、話が無駄にならなかったらそれでいいんだが」
「無駄になどなりませんよ。私はまだ皆さんの仲間になって日が浅い。もっとたくさんのことを知らなければなりません」
「じゃ、逆に聞くけどな」
「はい」
「お前さんが俺たちの仲間になろうとしたのはどういうわけだ? いや、ダーマのときからなんか変だったな。バラモスを倒すために、勇者の仲間になるために賢者になった、みたいな言い方してやがっただろ」
「バラモスを倒したいと思うのがそんなにおかしなことですか?」
「ああ、とんでもなくおかしいぜ。だって今の話だったら、賢者を目指したのがバラモスを倒すためだっていうことになる。でもな、そんなことは普通ありえないんだ。何しろ、まだバラモスの名前は世界中に知れ渡っていない。ダーマですら上層の一部だけしか知らないんじゃないのか?」
「確かにそうですね。私が賢者を目指したのはもともと違う理由からでしたし。ただ、ダーマに来たことによってバラモスを倒す、勇者様の仲間になる、という明確な目標ができたのは間違いないことです」
「その辺りを聞きたいねえ」
「そうですね」
くす、とルナは苦笑する。
「アレス様とフレイ様には、絶対に内緒にしてくださいね。お二人に伝えるつもりは全くありませんから」
「オーケイ。その交換条件呑むぜ。俺がポーカーフェイスできることくらい、もうお見通しだろ?」
「ええ、ヴァイスさんは余計なことを言う人ではありませんから」
ルナは少し心を落ち着かせて言う。
「私はムオルというとても小さな村の出身です」
「へえ」
「ある日、そこの子供たちだけでちょっと遠くへ行ってみようという話になって、村を飛び出していきました」
「あの辺りだとモンスターが強いんじゃねえのか?」
「そうですね。たとえスライム一匹でも倒せるような子はいませんでしたね。だからすぐに危険な目にあいました。そしてたくさんの子がなくなりました」
「ほう」
「私はそのときの、たった一人の生き残りなんです」
「だから強くなりたいって? 今度はモンスターから仲間を守るために」
「そうですね。ただ、この話には続きがありまして」
「だろうな。それなら別に賢者じゃなくたってかまわない」
「はい。そのとき、たまたま通りかかった旅の勇者に私は助けられました。勇者と戦士、それから賢者の三人組でした。その勇者様は本当にお強くて、子供ながらにあこがれました。でも、違うんですよね」
「は?」
「私はそのとき一緒にいた賢者様からいろいろなことを教わりました。勇者がとても孤独な職業であるということ、勇者にふさわしいだけの力や知恵を持つものでなければ同行することはできないということ、賢者は勇者のために命をかける職業であること。私はその賢者のようになりたい、と思ったのです」
「ははあ」
「その賢者の名前は、リュカといいました」
「リュカ?」
どこかで聞いた覚えがある、というように首をかしげるヴァイス。
「ええ、聞いたことがあると思いますよ」
ルナはおかしそうに笑う。
「何しろあの、勇者オルテガ様の同行者なのですから」
その表情が明らかに変わった。
「じゃあ何か、お前さん、あのオルテガに……」
「はい。私を助けてくれたのはアレス様のお父様の、オルテガ様です」
「なんてこった」
さすがにそれは予測してなかったか、ヴァイスは右手で頭を掻く。
「じゃあ、アレスに協力してるのは恩返しのつもりか?」
「いいえ。私はダーマのラーガ師から自分が仕えるべき勇者は、初めてその相手を見たときに分かると教えられました」
「じゃあ、アレスに仕えることにしたのは偶然?」
「ええ、おそろしいほどの偶然です。見た瞬間、私は二つのことが分かりました。ああ、この人が私の仕える相手なのかと、そしてこの人はオルテガ様のご子息なのかと」
「オルテガの息子だから仕えたわけじゃねえんだな」
「私の勇者を見る目は確かですから。ヴァイスさんは、アレス様以上の勇者をご存知なのですか?」
「いや、知らねえな」
「私も知りません。何しろダーマで、毎日のように訪れる勇者たちを見て回りましたからね」
くす、と笑う。
「アレス様は私が命をかけてお仕えするに値する方。そう理解しています」
「惚れられたもんだな、アレスの奴も」
「ええ。そして、ヴァイスさんもフレイさんも、その勇者様に遜色なく行動できる方です。この方々ならバラモスを倒せると私は確信しています」
「じゃ、まあ期待に応えるとするかね」
ヴァイスは肩をすくめた。
「今の話、アレス様には絶対内緒ですよ?」
「わかってる。こんなこと他人から教えられたんじゃ、気分が悪いからな」
「ありがとうございます」
そうして二人は目的地についた。
そこは九条右にある、神社。
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