Lv.50

自らの命をかけた証明と誓約








 ヒビキとユキはオロチ討伐軍の集合地点へと急いだ。
 集合地点は政庁の一画にある兵士詰所。もしオロチ討伐の軍を起こすことになった場合、そこに志願兵たちが集まることになっている。そして数年前から事前調査の上、三十人の兵士たちがオロチ討伐のために命をかけることを兵部大臣に誓約していた。
 貴族の次男、三男が名前を上げるために誓約したものもいる。無論、号令をかけたときに集まらなかった者もいるだろう。誰とて自分の命は惜しい。
 そこに少しでも援護射撃をすることが自分たちの使命だと、二人は全く疑っていない。
 そして、二人がそこで見たものは。
「ソウ兄」
 肩で呼吸しながらも、兵士の木刀を跳ね飛ばしているソウの姿だった。
「二十五人目。次!」
 いったい、何をしているのだ。
 二人は目の前で何が行われているのか分からない。すぐ近くにいた兵士に尋ねる。
「何をしているのですか」
「こ、これはユキ殿。それにヒビキ殿も」
「答えろよ。ソウ兄といったいここで、何してんだよ」
「これは、力試しです」
 すると別の声がして振り向く。
「シオンさん」
「お久しぶりでございます、ヒビキ様、ユキ様」
 それは先ほど、ソウと話をした若い兵士だった。
「シオンさんも、討伐隊に?」
「ええ。私がいないとでも思いましたか?」
 だがユキは首を振る。
「いえ、シオンさんは誰より強くオロチ討伐を願われていましたから。二年前から」
「ええ。私の婚約者を奪われた痛み、ようやく返せるかと思うと今から胸が高鳴りますよ」
 自虐的な笑みを浮かべる。
「ここで行っているのは、力試しです」
「力試し?」
「モリヤ・ソウタ殿が我々のリーダーとして相応しいだけの力を持っているのか。指揮能力までを見ることはできませんが、剣の腕前ならばすぐにでも分かることです」
「じゃ、じゃあ、ソウ兄は……」
「はい。ここに集まった三十人、全員と手合わせして勝ち抜けたらリーダーとして認めてほしいと」
「何をなさっているのですか、ソウタさんは」
 ユキがものすごい剣幕で怒る。
「そんなことをしている場合ですか! ソウタさん!」
 ユキが声を荒げて言うと、疲労の色が濃いソウが振り返って笑った。
「なんだ、お前らか」
「ソウ兄!」
「いいから黙ってみてろ。これは俺のケジメなんだ」
「何を」
「ジパングを一度出ていった俺が、もう一度ジパングに認めてもらうためには、少なくともここにいる人たちの期待と命を背負うためには、俺自身がケジメをつけないと駄目なんだよ」
 そして次の相手が前に出る。
「さあ、二十六人目、行くぜ!」
 木刀を両手で握り締めたソウが剣を合わせる。
「我々も、ソウタ殿が既に自分たちのリーダーに相応しい力の持ち主であることは認めています。まだ手合わせしていない者も含めて」
「なら、もういいじゃないですか。明らかにこれは訓練の域を超えています!」
 ここまで戦ったせいか、既に体中汗だくで、何箇所か痣どころか出血もしている。足もふらふらで、力がうまく剣に伝わっていない。
「でも手加減はしません。それがソウタ殿の望みですから」
「ですが、三十人なんて。せめて回復くらいは!」
「それでは意味がないのは、ユキ様にもお分かりでしょう」
 ソウが鋭い切り替えしで相手の木刀を跳ね飛ばす。
「次!」
 さすがにここ一番での鋭さはジパング兵とは比較にならない。それだけダーマで訓練を積んできたということだ。
「ヒビキ様もユキ様も、ソウタ殿のお傍に仕えたいのでしたら、ここは見守るのがいいでしょう」
「でも、あのままではソウタさんが」
「それともお二人は、ソウタ殿がこの偉業を成し遂げることができないとお考えですか?」
「そういう言い方は卑怯です。私はもっと」
「いや、待てよユキ」
 ぽん、とヒビキが肩を叩く。
「お兄様!」
「俺にも、ソウ兄の気持ちは何となく分かるよ。大丈夫。俺たちのソウ兄はこれくらいのこと、絶対やってのける」
「だからって、ケガをしてからでは遅いんですよ!? オロチ討伐まで日もないというのに!」
「だからなのです、ユキ様」
 シオンが控えめに言う。
「これは、我ら三十人が自分たちの命を捧げるに値する人を生み出すための儀式なのです。もはやこの場において儀式を止めることは、たとえヒミコ陛下、イヨ殿下であろうともかないません。これは既に我ら三十人と、そしてソウタ殿との間だけの問題なのです。言うなれば、この儀式に最初から参加していなかったお二人も、この戦いに加わることはなりません」
「次!」
 二十七人目を倒したソウが、吼える。
 いつしか回りから一人倒すたびに「あと三人! あと三人!」とコールがかかるようになってきた。
「やれやれ、この雰囲気では残ったメンバーも戦いづらいですね。
「シオンさんは?」
「私は最後です。こう見えても、ジパング兵の中では強い方なのですよ?」
「まだ、だったんですね」
 ユキが顔をしかめる。
「シオンさんが強いのは知っています。手加減を……なんて言っても無駄ですよね」
「はい。こればかりは。私はあの人を殺したオロチを許さない。そしてオロチを倒す力が自分にないのも承知しています。私のかわりにオロチを倒してくれる人がいるなら、自分でそれを見極めたい」
「それがソウタさんなのですか?」
「面白いものですね。ソウタ殿は自分より勇者殿の方が強いとおっしゃる。我々が束になってもかなわないソウタ殿のさらに上を行く勇者殿とは、いったいどれほどのお方なのか」
 二人はもちろんアレスには会っている。だが、他の兵士たちが会っているはずがない。
「普通の方です。ただ、悪にはすごい敏感です」
「強いのですか?」
「私には力は分かりませんけど、ここ数日、ソウタさんがアレス様に剣を習っていたのは知っています」
「なるほど。やはりお強い方なのですね」
 ソウがまた一人倒す。「あと二人!」とコールがかかる。
「さて、もうすぐ出番ですね」
「シオンさん」
 ヒビキが声をかける。
「ソウ兄のこと、頼む」
「お任せください。というより、お二人も立派にソウタ殿のお役に立てると思いますよ。モリヤ家とトモエ家の子息同士が協力している。これほど周りにアピールできる材料もないでしょう」
「俺たちは、ソウ兄がソウ兄だからついていくんだ」
「私たち、家柄で人を選んだりはしませんわ」
「そうでしょうね。もしそうだとしたら、スオウ派の家柄の私とこうして話をしてくださるはずがない」
 そして、いよいよそのときは来た。
「あと一人!」
「あと一人!」
「あと一人!」
 コールに従ってシオンが前に出る。
 既に相手は意識がうつろになっているのか、獲物を狙う猛禽の目で、荒々しく呼吸してシオンを睨みつける。
「私が最後です、ソウタ殿」
「ああ。これで最後だ」
「私を破って、その力を存分に見せ付けてください」
「言われなくても!」
 二人が全力で踏み込む。木刀が合わさり、お互いの体が弾かれる。
(互角)
 シオンは手加減していない。ということは、もしソウの力が万全だとしたら今の一撃で勝負は決まっていた。
(この三十人勝ち抜き戦を行うことで、ソウタ殿の隠れた本当の力が導きだされたのでは?)
 少なくとも序盤の戦いで、これほど荒々しいソウを見ることはなかった。それはつまり、戦いの中で戦士としての本能に目覚めたということではないか。
(なるほど。この方は本当に命を捧げるに相応しい)
 だが、手加減はしない。自分もこの二年間、なくなった婚約者のために毎日寝る暇を惜しんで修行してきたのだ。
「簡単にやられるわけには!」
 木刀でその柄を打つ。一瞬、木刀が落ちそうになる。ああっ、と観衆から悲鳴が上がる。
「御免!」
 その頭めがけて、シオンは全力で木刀を振り下ろす。
 が、ソウはそれより早く左手に剣を持ち替えて、相手の懐に入り、その両手を押さえ込んだ。
「俺の勝ちだ」
 ソウの手は、木刀の刃を握っていた。
 そして、その刃先をシオンの首筋にあてている。
「お見事です」
 シオンは剣を落として敗北を認める。
 それから、ソウはゆっくりと集まった兵士たちに告げる。
「俺は、このジパングを、オロチがいなくても、自分たちのことは自分たちでできる国にしたい」
 かすれた声だが、その言葉はきちんと全員に伝わった。
「みんなには、オロチを倒すためにその命をかけてもらわないといけない。半分以上、いやほとんど全滅に近いくらい、たくさん人が死ぬだろう」
 大丈夫だ! 任せろ! と、周りから声が飛ぶ。
「それでもよければ、協力してくれ。この国のために」
「征戎大将軍、モリヤ・ソウタ殿に、敬礼っ!」
 シオンが叫ぶと、三十人全員がその場で敬礼を行う。
 それは、この三十人がチームになった瞬間だった。
「あり、がとう──」
 が、そこまでがソウの限界だった。疲労がもはや限界を突破し、そのまま意識を失う。
 ただちにユキが回復魔法をかけ、すぐに屋内に運び込まれる。

 その三十人抜きの噂は、瞬く間に政庁を駆け抜けた。






 その噂を聞いて、さらに機嫌を悪くした少女が一人。モリヤ家の長女、エミコであった。
(私は認めないわ)
 自分より年上の、妾の子。あの男は家柄を必要としてモリヤ家にまたもぐりこんできた。
 父までがその存在意義を強く感じているのだから、自分がどれだけ言っても聞いてはもらえないだろう。
「機嫌が悪そうですね」
 と、そこへ話しかけてきた男が一人。
「あら、スオウ家のご子息が、私などに話しかけては何かと問題になるのではありませんか?」
「今はジパングが団結するとき。問題になるとは思いませんが」
 話しかけてきたのは、スオウ・レン。
「あいにくと、私はあなたと話すことなど何もありません」
「そうですか。でも、お互い共通の敵を相手にするのには、手を組むことも必要かと思いますが」
 レンの口調に、エミコが鼻を鳴らす。
「おかしいわね。私の記憶に間違いがなければ、あなたとソウの仲は悪くなかったはずよ」
「事情によります。それに、仲が良かったのは六年以上も前のことですよ。イヨ殿下の争奪戦に名乗りを上げたからには、彼は私の敵です」
「ふうん」
 エミコは相手があけすけに言ってきたのを見て、自分を騙す気はないということを判断する。
「何を企んでいるの?」
「このジパングにとってありがたいのはオロチが倒されること。そして、我々にとってありがたいのは彼がいなくなること。違いますか?」
 それで言わんとすることが分かった。
「戦いにまぎれて謀殺するつもり?」
「名誉の戦死です。八年前はタケル陛下ですら亡くなったのです。犠牲者があっても不思議はありません」
「私に何をさせようっていうの」
「簡単なことです。戦いの日、戦場に来てくだされば、あなたの望み通りとなりましょう」
「私の望み通り、ね」
 ふん、とエミコが笑う。
「分かったわ。あなたの言う通りにしましょう」
「ありがとうございます。あなたの協力があれば、我らも助かります」
 レンは表情がないまま語り続ける。
「あなたも討伐隊に加わるのかしら?」
「いいえ。私が留守にすれば、その間にモンスターが京を襲う可能性もありますから」
「この間も失態があったばかりよね」
「あれは油断していました」
「どうだか。混乱に乗じて、何かを企んでいたとしても私は驚かないわよ」
「そのときはまだ、彼は表舞台に上がってませんでしたが」
「そればかりじゃないでしょう? このジパングで狙われているのは一人とは限らないわ。それこそ大王家なんて誰が狙われてもおかしくないもの」
「だとしたら私は関係ないでしょうね。何しろイヨ殿下を娶らなければならない立場ですから」
 確かに言葉だけ捕らえればその通りだ。イヨ殿下を守る立場ならば、イヨ殿下を殺害するはずがない。
 だが、今の言葉は何か妙な含みがあった。それをエミコは敏感にかぎとる。
「何、イヨ殿下のこと好きじゃないの」
 レンは無表情で答える。
「無論嫌いではありませんが、高貴すぎる魂は私には合いません」
 へえ、とエミコが笑う。
「あなた、そんなに話す人じゃなかったと思うけど」
「今は仲間が必要なときですから。あなたなら話が合うと思ったからお声をかけたのです」
「そうね」
 エミコは喜ぶ。
 自分の願いを叶えるために。
 この男は、使える。
「私たち、いいパートナーになれそうね」






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