Lv.51

確かな予言と不確かな制度








 ルナとヴァイスがやってきたのは神社。そしてわざわざそこまでやってきたのは、どうしてもルナにとって気になることがあったからだ。
 神社に勤めているのは神主や巫女たち。普段、いったい何をしているのかと思えば、掃除の他はずっと社の中にこもって何やら調べものをしているという話だった。
「調べものっていったい、何をしているんだ?」
「それを確かめたいんです」
 ルナが神社を尋ねていくと、出てきたのは一人の巫女であった。
「右九条の神社へようこそおいでくださりました。ダーマの賢者様のお噂は、かねがね伝え聞いております。私はこの神社の巫女頭を務めております、リカと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 出てきた巫女はかなり若い女性だった。おそらく二十そこそこ、というところだろう。
「若輩者で申し訳ありません。私はルナ。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらで尋ねたいことがあるとのことですね。どうぞこちらへ」
 そう言ってリカは二人を参道の奥へと案内した。
「おい、なんで俺たちが来ること分かってんだ?」
 ヴァイスが尋ねるとルナが微笑んで応える。
「今朝、ここを通りかかったときに、後で来てもいいかどうか尋ねてみたんです。そうしたらいつでもいいとおっしゃってくださいましたので」
「随分準備がいいな」
「いきあたりばったりでは賢者とは言えません」
 褒めてもらえるのはやはり嬉しい。ただそれを簡単に表に出すようでは賢者ではない。感情をコントロールすること、それはラーガ師から最後に教わったことだ。
 二人はそのまま社務所の方へと連れてこられた。社務所の中には客を招くための応接室のような場所もある。中はジパングらしく、畳が敷かれていて靴を脱いで上がるようになっている。
「外国の方にはあまりなじみのないかもしれませんが」
「確かに靴を脱ぐのは多くないですね」
 ルナはそう言いながらもきちんと靴を脱いでそろえる。郷に入れば郷に従え。その程度の常識はわきまえているつもりだ。
「靴を脱ぐと、いざってときに移動に手間取るんだよな」
「ヴァイスさん」
 ルナにたしなめられ、ヴァイスは肩をすくめて靴を脱ぐ。
「さて、いろいろと話を聞きたいということだそうですが」
 すぐに茶が運ばれてくる。ダーマでは滅多に飲むことがなかった緑茶だ。ちょっと渋みがあるが美味しい。
「はい。この神社という建物は、ジパングの中では条ごとに左右一つずつ、全部で十八も存在するんですね」
「そうです。ヒミコ陛下の代から神社の整備が始まって、しっかりと体系が出来上がりました」
「じゃあ、神社が盛んに活動するようになったのはここ十年というところですが」
「はい」
「神社では何を行うのですか?」
「何をとおっしゃいましても、人々の悩みを聞いたり、炊き出しを行ったりとか」
「ですが、そのお金はどこから出ているのですか」
「神社は全て国の管理するところです。直接の所属は宮内省になります」
「では宮内大臣が神社の管理を?」
「いえ、それは名目で、ほとんどヒミコ陛下から直接に指示が出ています」
「具体的には?」
「と、おっしゃいますと?」
 逆にリカから尋ね返される。何を聞きたいのかをはかりかねている、という様子だ。
「ヒミコ陛下がわざわざ神社に人員と費用をかけている理由です。いったい何のためにヒミコ陛下が神社を必要としているのか、実はだいたい私には見えているんです」
 リカが口を閉ざす。その顔に聞かれたくないというような様子がはっきりと見てとれる。
「俺にも詳しく説明してほしいな。どういうことだ?」
 リカよりもヴァイスの方が会話相手としていいだろうと判断し、ルナが考えたことを伝える。
「ヒミコ陛下の予言の秘密が、この神社にあるのではないかと私は疑っています」
 リカの顔色がさっと変わった。もしルナの考えが正しければ、巫女頭まで上り詰めているこの女性は必ずそのことを知っているはずだった。
「条にもよりますが、一つの神社が管理する地域にどれだけの人数が住んでいるか、ヴァイスさんは分かりますか?」
「えーと、まあ貴族の方はあまり人口少ないだろうな。一条から四条と、五条から九条じゃ全然違うと思うが」
「そうですね。貴族の方にざっと三千人というところです。京の人口は六万人くらいですから、五条から九条までで五万七千人くらいの人数がいます。そうすると、五条から九条で神社が十、一つの神社で管理している人口は、ざっと五千人から六千人というところですね」
「それは分かったが、それがヒミコの予言とどう関係あるんだ?」
 ルナが最初におかしいと思ったのは、ヒミコの予言のことだった。
 いくら巫女だとしても、神の声を聞くなどということが本当にあるだろうか。ましてや失せ物探しなど、どうしてそれが予言でできようか。対人関係の問題など、神にとっては朝食の献立よりもどうでもいいに違いない。
 つまり、予言で何でも分かるなど、完全な嘘。
「ヒミコ陛下の予言は、単なる膨大な情報の蓄積によるものだということです」
「情報の蓄積?」
「はい。この神社が管理する人間を全て調査し、名簿に記録する。いわゆる、戸籍、というものです。全世界でこれを実行している国はエジンベアくらいしかないはずです。そこで一人ずつ、氏名、年齢、性別、家族構成、友人関係、持っている畑の大きさ、住居、財産など、全てのことを調べ上げる。さらに大事なのは、そこで生じるトラブルや問題など、悩み事をあらかじめ受け付けておくことです」
「あらかじめ?」
「はい。事前に民衆が何で困っているのかを確認しておいて、いざヒミコ陛下のところに問題を伝えに行くときは、そのことがヒミコ陛下に伝わっている状態を作り出す。つまり、ヒミコ陛下のところにはジパングの民十五万人、全員の情報が集まっている、ということです」
 ヴァイスは目を白黒させた。
「するってーと何か、誰かが何かを失くしたっていう情報までわかってるってのか? どこで何をなくしたかも?」
「厳密に全ては無理でしょうけど、それを少しでも多く集めようとしているということですね」
「それを集めてどうするんだ?」
「平民が悩み事をヒミコ陛下に持ちかければ、既に陛下はそのことをご存知だった。それだけでもヒミコ陛下の神秘性が高まるというものでしょう」
「それをジパングの統治に利用するってことか」
「はい」
「でもよ、俺らも実際聞いたわけだろ、そのヒミコ陛下の予言を」
「ええ、そうですね」
「もしミドウがヒミコに教えていたとしても、オーブはともかくラーミアのことはミドウには言ってなかったぜ」
「ダーマがオーブを集めていることは各国の上層部は知っています。調査協力をしていますからね。ヒミコ陛下は何故オーブを集めるのかというのを独自に調査したのかもしれません。少なくともそれが全くできないというわけではありませんでした。さらに言うなら、ミドウ氏はそのあたりの海外の情勢に敏感です。ヒミコ陛下ではなく、ミドウ氏が分かっていた可能性もありますね」
「待て待て待て。ってことは何か、ミドウはヒミコがそうやって予言しているのを」
「おそらく大臣たちの中ではミドウ氏だけがヒミコ陛下の予言のカラクリをご存知なのではないでしょうか。そうでなければ海外の情報までヒミコ陛下のところに入ってくるはずがありません。海外の情報は全てミドウ氏が抑えているのですから」
 その間、リカは一切何も言わず、ただルナを見つめているだけだった。何も言わないのがどういう意図からなのかは分からない。
「じゃ、女王の予言ってのは嘘なのか」
「たとえば神託を授かるとかいう意味でしたら、完全な嘘だと思っています。ただ、今のジパングの民にとってはそんなことは割とどうでもいいんです」
「どうでもいいって、どういうことだ?」
「ヒミコ陛下が、人の身では知りえないことを知っている。その積み重ねが評判を生み、ジパングの不動の女王としている。もしもヒミコ陛下に対してクーデターを企む者がいるとしたら、民衆の支持を受けることは絶対にできないでしょう」
「でも、それで完全に予言できてるんだろ?」
「まさか。当たらなかった予言と、当たった予言、どちらの方が話題になりますか? 別に全部が当たる必要などないのです。外れたら『調子が悪い』ですみます。それどころか、無理に民衆の願いをすべて聞き届ける必要はない。年に一回サクラでも用意しておいて、当たったことを盛大に見せてあげればすむ話です」
「なんで女王はそこまでしなきゃならなかったんだ?」
「三氏の動向、特にスオウとモリヤでしょうけれど、それを抑制する力に自らなろうと考えたからではないでしょうか。三氏の勢力は、個々でも大王家を上回っています。トモエ家はそれでも大王家よりですから問題はないでしょうけれど、スオウ家やモリヤ家がクーデターを起こせば、国が二つに割れることになります」
「そのとき、民衆が大王家に協力していなければ勝ち目がないってことか」
「そういうことです。おそらく、ヒミコ陛下やカズサ殿下は、スオウ家、モリヤ家を排除することを考えているのではないでしょうか。排除とはいかないまでも、大王家に権力を集約させ、三氏の力を削ぐようなことを考えていると思います」
「ま、確かに今の大王家を見てるとそうなのかもしれないけどな。何だっけほら、スオウ家のじーさんがしゃしゃり出てきたって話」
「スオウ・ガイ氏ですね。ええ、そうやって国内で権力が分散されていてはいざというときに混乱をきたします。まさに今がそうです」
「ダーマの賢者とはいえ、この国に来てまだ数日」
 ようやく口を開いたリカが、大きくため息をついた。
「あなたの思考能力はたいしたものだと認めざるを得ません」
「ありがとうございます」
「いえ、あなた方は部外者。今のことは決して外で話すことはないと信じてよろしいですか。そうでなければ、こちらも考えがありますが」
「決して口外はしません。私は別にヒミコ陛下の失脚を願っているわけではありません。むしろヒミコ陛下の味方といってもいい。ですが、ヒミコ陛下が隠し事をしているのでは、こちらとしても無制限に協力はできないのです」
「そのことは陛下にお伝えしておきます。確かに我々はヒミコ陛下の駒として動いています。ですが、ヒミコ陛下の本当のお力はそのようなものではありません。そのお力を発揮されても、一般民衆には何のことだか理解することもできません。ですから、もっと別の方法で民衆の支持を得ようとしただけなのです」
「その力とは」
「無論、予言の力です」
 リカが真剣な眼差しで言う。
「おいおい、それが今嘘だって言ったばかりじゃねえのか」
「違います。陛下の予言は真実なのです。ただ、陛下の予言はいつでもできるわけではありません。この国の未来や、重大なことに限ったものなのです。失せ物探しなど、そのような俗っぽいことのためにあのお力があるわけではないのです」
「って言ってもな、具体的にどんなことを予言したのか分からないんじゃ話にならないぜ」
「陛下の予言は、陛下より年上の者ならば誰でも知っています。その予言が起こったのは私が生まれる前ですが、年配の方ならご存知のはずですよ。三十年前、陛下がまだ八つでした。当時は既に先々代が隠居され、タケル陛下が即位されたばかりのときでした。ヒミコ様はある日突然、大声で泣き出しました。どうして曽祖父様が亡くなってしまうのか、と。先々代が亡くなったのはそれから二日後でした」
 随分リアルな話だ。だが、この手の話は脚色されるもの。実際にその場に居合わせていないのでは証言の信憑性はゼロだ。
「なるほど」
 と同時に、もう一つの可能性に思い至る。
「つまり、ヒミコ陛下には本当に予言の才能があった。でも、民衆からの過度の期待に応えるためには、予言を授かっていないものでも予言によって分かったと言う必要があった、ということですね」
「その通りです」
 本当にヒミコが予言ができるかどうかは問題ではない。そう言ったのは他ならぬルナだ。ならばそれ以上を詮索する必要はない。どのみちこの女性が真実を知っているとは限らない。
(もしくは)
 第三の選択の可能性があることにルナは既に気づいている。
(昔は予言ができたけど今はできない。だから情報の蓄積という手段に頼った、という可能性もありますね)
 視野を狭めるのは賢者として不適格だ。AかBか、という二択の問題には必ず三つ目の選択肢が隠れていることに気づかなければならない。
 こういう、神がかり的な力というのは、不思議なことに十代の方が力が強い。ヒミコももしかしたら、十代の頃には予言ができたが、歳を取るにつれてその力を失ったのではないか。
「神社でこのことを知っているのはどなたですか」
「ヒミコ陛下により直接神官として任命された者と巫女頭。各神社に二人ずつです」
「真実を知る者は少ない方がいいってことだな」
 ヴァイスが頷いて確認する。
「それだけではありません」
 ルナが厳しい口調で言う。
「ヒミコ陛下には、それだけ味方が少ないのだと思います」
 つまりヒミコに心から忠誠を誓うものは残らず神社に派遣され、情報収集と蓄積に全力を尽くすことになった。
「この王都の中に派遣する神官と巫女頭が十八人ずつ、合計三十六人。このジパングの人材の薄さを考えれば、この人数は自殺行為に等しい。それでもやらなければいけなかった。ヒミコ政権を揺らがないものにするためには」
「本当に、ダーマの賢者というのは何でもお分かりになるのですね」
 リカが感心したように言って、ため息をつく。
「この件が広まり、ヒミコ陛下の政権に揺らぎが出るようでしたら、どんなことがあってもあなたたちを許しませんからね」
「分かっています。私もヒミコ陛下にはこのジパングを統治していただきたいと思っていますから」
 ここで聞くことは全て聞いた。さて、そうしたらまた行動しなければならない。
 何しろミドウからしてヒミコの件では完全に信用ならないのだ。できるだけ早くアレスと合流して対策を立てたい。
(オーブの件もありますからね)
 そう。結局三氏の館にも政庁にもなかったということは、オーブの所在は現状で不明だということだ。早く見つけなければならない。なるべくならオロチと戦う前に。
 二人は神社を出て朱雀大路まで戻る。このまま北上してミドウ家まで戻るつもりだった。
「失礼」
 だが、その二人の前に威張った態度の男性が現れる。
「あなたは?」
「はい。私はモリヤ家に勤めているものにございます」
 モリヤ家。ソウが復縁した相手。
「そのモリヤ家が何の用だ? どうもソウが派遣した人間って感じはしねえが」
「はい。私はモリヤ家の第一継承権者、モリヤ・ヒロキ様に遣わされた執事です」
 モリヤ・ヒロキ。
 そうだ。この国の重要人物にはほとんど会ったつもりでいたが、肝心のモリヤ家の跡継ぎとはまだ一回も会っていない。
 スオウ家のレン、トモエ家のヒビキ、そしてミドウ家のソウタ。彼らは立派な人物だが、問題はモリヤ家の長男はどういう人間なのか。
「モリヤ・ヒロキ様が私共に何の御用でしょうか」
「ヒロキ様は、ダーマの賢者として高名なルナ様と一度お話がしたい、とのことです」
「話?」
「そうです。もし可能でしたらご案内いたしますので、是非モリヤ家へ」
 言われてルナはヴァイスと目を合わせる。
「どうする?」
「話は聞いておきたいと思います」
「ま、そうだよな」
 ヴァイスがミドウ家の執事に尋ねる。
「俺もついてってかまわないのか?」
「ヒロキ様は拒否されないと思います」
「なら決まりだ。行こうぜ」
 ヴァイスはルナの背中を軽くぽんと叩く。
「何かあったら守ってやるさ。勇者ほど信頼度は高くないけどな」
「いえ、私には充分です」
 ルナも頷いて執事に答える。
「是非、お伺いします」






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