Lv.55

かすかに見える真実と現実








 夜。ルナは今までのことをじっと考える。
 今日はいろいろな人と話をすることができた。フレイやヴァイスにしてもそうだし、神社のリカ、モリヤ家の長男ヒロキ、そしてイヨ殿下。外堀と話をしていくなかで、徐々に内側のことが見え始めている。
 だが、何か見落としをしている。
 それは自分が今まで見てきたことの中で、絶対にひっかかったことのはずだ。それを自分は思い出せないでいる。
 もどかしい。
 何が自分を混乱させているのか。それもこの見落としについてはかなり重要で、もし見落としたままだとすると最悪こちらが全滅する可能性もあるくらいのものだ。ルナの勘はそう告げている。
 やがてソウがミドウ家に戻ってきてミーティングを行うことになった。集まったメンバーはルナの他、アレス、フレイ、ヴァイスの勇者チーム。そしてソウとヤヨイ。後はちゃっかりと副官に納まったヒビキとユキ。合計八人。
 まずルナが今日起こったことと、その結果についての推測を述べる。まずそこまでは問題がない。ルナの考えは筋道が通っているし、否定する材料は見当たらない。もちろん別の仮定も存在するだろうが、仮定をどんどん進めていくと、やがて矛盾が生じる。
「イヨ様の予言の件については絶対に口外しないでください。この八人から外に漏れた場合、それはジパング政権を揺るがす事件につながります。もし必要が生じそうな場合は、必ず私に一報ください。少なくともオロチを撃破するまでは誰にも話してはいけません」
 勇者パーティはそんなこと念を押すまでもない。ヤヨイは普段この家にいるし、余計なことを話す人ではない。問題はヒビキとユキだ。この二人が余計なことをしでかさないかというのがルナの一番の悩みの種だった。
「山中ってことは、オロチ戦だよな」
 ヒビキが言うと、それにユキが続く。
「私たちは絶対にソウタさんから離れません。それなら問題ないのでは?」
「万が一はぐれてしまったらどうしますか?」
 ルナが言うと二人とも押し黙る。
「それに、ソウが自分からいなくなる可能性だってあります」
「随分と信用されてないな、俺」
「当たり前です。本当はヒビキ様と縄でつないでおきたいくらいです。そうしないとソウは勝手に敵を倒しに駆け出していったり、余計なことをしそうですから」
「うわ」
 あまりの信用度の低さにソウが頭を抱える。
「だが現実問題、俺たちはオロチの相手で手一杯で、坊やのお守りまではしてらんないぜ」
 ヴァイスが口を挟む。ソウも「いらねーよ」と返答した。
「もちろんです。私たち四人がオロチと対峙し、飲み込んだという草薙の剣を奪還しないといけません。生半可な相手じゃないのは分かりきっていることです」
「随分と慎重になってるみたいだけどさ」
 アレスがルナを落ち着かせるように言う。
「何かルナには、心配事があるのかい?」
「心配事だらけです。ただ、自分が何を見落としているのかがよく分かっていないんです。すごくもどかしい」
「たとえばどんなことだろうか。今話をしてもらった生贄とか、黒幕のことかな」
「それはソウが狙われているというのが分かっているだけで対処はできるんです。ソウが自分から危険なことをせず、回りにヒビキ様とユキ様がいてくださればそれでいいんです。そうではなくて、むしろ──ああ、なるほど。不安に思っていたのはむしろ、私たちがオロチを倒せるか、というところですね」
「でもそれは、やってみないとわからないことも多いんじゃないかな」
「そうなんですが、このままでは勝てない気がしてならないんです。何か大事な見落としをしているようで」
「とはいっても、もう出発は三日後だぜ」
「分かっています。今日、明日中にそれを見つけられなければ、非常に危険です」
 ルナの不安が全員に浸透する。今まで的確な指示でまとめあげてきた彼女の力が及ばないとなると、誰だって不安になる。
「どうだろう、誰か何か、気になっていることでまだ話し合っていないことはないかな」
 アレスが言って全員を見るが、誰も何も言わない。
「フレイは何もないかい?」
 フレイは何も考えていないわけではない。ただ、自分からは絶対に発言しない。だからこちらからうながしてやらないといけない。
「……一つ」
「いつもながら、あるんならはっきり言えよな」
「……モンスターの襲撃のタイミング。なぜ、あのときだったのか」
 自分たちがやってきた一日目。
「確かイヨ殿下が狙われてたんだよな。で、お前さんが偶然助けた、と」
 ヴァイスが言う。その言葉にもいろいろと考えさせられる。
(イヨ様が嘘をついている可能性)
 あの純粋そうなイヨが嘘をついているとは思えないが、それも考慮に入れなければならないのが賢者の宿命だ。
(その日の巡回ルートは左京八条。それなのにイヨ様は自分から九条まで行き、そこで『偶然』モンスターの襲撃があった。しかも『偶然』カエデさんという隠密と離れてしまって『偶然』ソウがそれを助けた……確かに、偶然にしてはできすぎていますね)
 三回続けば必然、という言葉もある。
 それに一目ぼれでソウに近づくのも分からないではないが、それにしても突然すぎるとも言える。カエデと共謀してこちらを騙そうとしているのかもしれない。
 だが、何のために?
(もしイヨ様が嘘をついているとなると、何かの目的があって行っていることになる。どこまで嘘をついているのかも考えないといけない。これは……骨の折れる作業ですね)
 今すぐに考えても答は出てこないだろう。これはミーティングが終わってからゆっくりと考えてみることにする。
「モンスターは、こちらの考えていることが分かっているみたいですね」
 ユキが何気なく言った言葉に、ルナが敏感に反応した。
(そうだ)
 何を自分は血迷っていたのだろう。
 そう、分かっているのだ。
 オロチは、このジパングの政庁で行われていることを全て知っている!
「それです」
 ルナの目に光が灯る。
「モンスターは、いえ、オロチはこのジパング政庁のことをよく知っているのです」
「知っているって、どうして」
「オロチの部下か、さもなくばオロチ自らが、このジパングに人間の振りをして入り込んでいるということです」
「な」
 全員が言葉を失う。それはルナにとって確信できることだった。
「どうして、そう思うんだい?」
 アレスが代表して尋ねる。
「私たち全員で見にいった宝物庫がありましたね」
「ああ。三つの神器が全てレプリカだったっていうやつだよね」
「草薙の剣が失われた後、ラーの鏡と賢者の石もレプリカになった。問題はラーの鏡です。おそらくオロチが、自分の変装を見破られるのを怖れて隠してしまったんです」
「なるほど。で、ラーの鏡だけなくなっていると不審に思われるかもしれないから、いっそ両方なくしてしまえ、と」
 ヴァイスが後を続ける。
「そうです。そう考えると、どうやらオロチは、国の上層部にもぐりこんでいることになりますね」
「なんでだ?」
 ヴァイスの当然の質問に対して、当然の返答が来る。
「決まっています。宝物庫へ入れる人物は決まっている。盗んだのでなければ、オロチがもぐりこんで奪ったと考えるべきでしょう。何しろ、いつ、どうやって変わったのか全く分かっていないのですから」
「宝物庫の管理は誰の担当だ?」
「宮内大臣のマミヤ様だな」
 ヒビキが答える。さすがにこの辺りは政庁の内情に詳しい人間の出番だ。
「可能なら話を聞いて、確かめておいた方がいいでしょうね」
「でももう八年も前のことでしたら、確かめるといっても、さすがにマミヤ様も覚えていないのではないですか?」
 ユキが聞くと、ルナはゆっくりと首を振る。
「違います。マミヤ氏がオロチか否かを確かめる、という意味です」
 確かに、とアレスもヴァイスも頷いたが、ユキやヒビキは信じられないという目つきだった。
「では、明日マミヤ氏のところを訪ねてみることにします」
「なら一人は危険だな。僕たちも一緒に行こう」
 アレスが言う。無論そのつもりだ。
「はい。アレス様、フレイさん、ヴァイスさん、そして私の四人で行きます。ソウとヒビキ様、ユキ様は明後日の準備がありますから、そちらを優先されてください」
「おう」
「分かりました」
「しっかりと務めさせていただきます」
 そうしてミーティングは『終了』となった。ソウは屋敷に残ったが、ヒビキとユキはそこで引き上げる。さらにはヤヨイも先に休んでもらう。
 それからミーティングが『再開』された。
「ソウには申し訳ないのですが、私はヒビキ様とユキ様もまだ信頼しているわけではありません」
 再開するにあたってルナはそれをはっきりと伝える。
「私もヒビキ様やユキ様、さらにはヤヨイさんが黒幕だったり、オロチの手先だったりとは思っていません。ですが、ダーマから来た者以外を信用するべきではありません。オロチが誰に化けているのかなど、全く分からないのですから」
「ああ。姉さんまで疑うのが納得いかないけど、お前の指示には従うよ」
「すみません。それに、これ以上の情報が漏洩するのを防ぐ意味もあります。誰から情報が流れるかは分かりませんから」
 無論この五人で話し合う以上、そこには何も遠慮はない。それぞれの最終目的は違っても、このジパングを正しい方向へ導くという意味では、間違いなく意識が共有されているのだから。
「それで、話の内容はなんだ?」
「はい。これは心しておいてほしいのですが、三日後、我々がオロチ退治に行くことも、おそらくもうオロチは知っていることになります。オロチはジパングの政庁に入り込んでいるんです。オロチというのはそれほど低脳ではありません。それどころか、人間以上の思考回路を持っているかもしれない」
 実際には話してみなければ分からないが、もしオロチが人間に化け、こちらの情報を手に入れながら活動しているとすれば、その知能はかなり高度だといえる。
「私がオロチなら、先手必勝です」
「どうするっていうんだ?」
「五日前と同じです。部下を派遣して政庁を襲わせる。次の日に向けて英気を養っている者たちを残らず殺害し、オロチに立ち向かうことができないようにする。この国に入り込んでいれば、それが可能になるんです」
 なるほど、と誰もが納得する。
「じゃあ、五日前もオロチの判断でモンスターが派遣されたってのか?」
「そうです。オロチがイヨ様を殺そうとした。そうなると、その理由もようやく分かりましたね」
 なるほどな、とアレスが頷く。オロチがイヨを狙う理由。そんなものがあるのか。
「だって、もう少しすれば生贄で食べられるんだろ? 何で余計なことをして先に殺さなきゃいけないんだ?」
「理由はたった一つ。イヨ殿下が残り二週間か三週間か、生贄として差し出されるまでに『オロチの正体が分かってしまう』可能性が出てきたからです」
「なに?」
「予言です。イヨ様の予言が、オロチの正体に行き当たる。その可能性をオロチはつかんだということです」
「どういうことだ」
「イヨ様の予言については他に知る人はいません。私たちと、ヤヨイさん、ヒビキ様、ユキ様。今のところ、これ以外に知られてはいないんです。イヨ様の予言が真実、生じるものだとしたら、オロチがそのことに気づいた可能性があります」
「それも、生贄にイヨ殿下が選ばれた直後から、この前の襲撃までの間に気づかれたということだな」
 アレスが付け足す。
「イヨ様ならば、その数日の間で国の要人のほとんどと会っているでしょうし、私たちはその現場を見ているわけではありません。オロチが化けているのは誰なのかは全くわかりません」
「ただ、オロチが要人の誰かに化けていることだけは間違いないってわけだ」
「そういうことです。さてそこで問題になるのは、直前に起こるだろうモンスターの襲撃を、どうやって防ぐかということです」
 もしここでソウたちが『オロチが攻めてくる』と騒いだら、逆にオロチは攻撃を控えるだろう。そしてソウの信頼度は損なわれることになる。
 だとしたら取るべき方法は二つ。
 一つは、ソウの部下たちだけでモンスターの迎撃の準備をする。だがこれは下策だ。何しろ彼らは次の日、西の山に挑むのだから、前日はゆっくりと休ませなければならない。
 ならばもう一つの手。
「明後日です」
 そこまで言えば、ここにいるメンバーは察するのは早い。
「なるほどな、オロチ退治を一日繰り上げるってことか」
「そうです。ですが、それを当日まで悟られるわけには参りません。しかも同時にソウの部下たちはそれが明日の時点で分かっていなければなりません。口止めが必要になります」
「それは俺が何とかする」
 ソウは顔をしかめながら言う。
「三十人ですよ。大丈夫ですか」
「ああ。ただ、何人か減るかもしれないが」
「信用できない人間なら、打ち明けるべきではありません。三十人が十人でも五人でも、私たちと共に戦っていただける戦士がいてくだされば充分です」
「いや、勇者様たちができるだけ無傷でオロチのところまでたどりつくことが大切なんだ。一人でも多い方がいいのはわかってる。大丈夫、何とかうまくやるよ。ヒビキとユキはどうすればいい?」
「国の上層部に直接関わりますから、なるべくなら明後日まで知られないでいた方がいいのですが」
「そうだな。問題は二人よりも、ユキト様やスマコ様だろ?」
「はい。可能な限り上層部には知られたくありませんから」
「分かった。じゃ、二人は席をはずさせる。そのかわり、マミヤ様のことは頼むぜ」
「はい。そして、明後日は、大々的に発表して出発することにします」
 ルナの説明が別の話に飛ぶ。
「発表するのか? なんでだ?」
「オロチが上層部の誰かになりすましているとしたら、こっそり西の山に戦いに行ったらオロチがいない可能性があるからです」
「あ」
 ヴァイスが当たり前のことに気づいて口をあける。
「そりゃそうだよな。いなきゃ意味ねえよな」
「そうです。もしいなかったらどうなるか。オロチがいない、どこに行ったのか、ということになります。そうすると」
「オロチが国の内部に入り込んでいる可能性に誰かが気がつく。オロチとしては困るわな」
「そうです。だからオロチをおびき出すために、国の全員が知っている状態にしなければいけません。そうしたらオロチは必ず西の山に戻るはず。そうすれば──」
「その人間はジパングからいなくなる。僕らがオロチに戦いを挑んでいる間、姿を見せなかった人間がオロチ、ということだ」
 アレスがまとめた。さすがに全員、理解が早い。
「まあ、倒してしまえば誰がオロチでもかまわないんですけどね」
「でも逃げられる可能性だってあるわけだろ」
「そういうことです。一度で倒せるかどうかは分からない。なら、少しでも戦況を有利にするべきです」
「だが、俺たちは全員戦いに行くわけだから、この国に残る奴がいないぜ。誰に政庁を監視させるんだ?」
「うってつけの人物がいます。明日のうちに打ち合わせをしておく必要がありますね」
 つまり、現状でもっとも信頼できる人物、ということだ。
「誰だ?」
「決まっています」
 ルナは少し自信ありげに言う。
「イヨ様です。他に適任者はいません」






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