Lv.56

それぞれの守りたいものを








 ソウはジパングがよくなるためなら何でもするつもりだった。
 いや、自分で何がどうなったのかは分からない。ただ、何かのために自分を殺す、というルナの姿勢を見て、自分もそうならなければと思ったことがきっかけだ。
 イヨのように自分より小さい女の子が全てを背負わなければいけないシステムは間違っているし、辛いことは自分のような男が背負うのが当然だと思う。
 イヨと一緒にいることは別に不快ではない。慕われるのは嬉しい。ただ、ルナという魅力的な女性をずっと見続けてきただけに、すぐに恋愛感情に発展することはない。それはルナたちが魔王を倒しにこのジパングを立ち去っていってから、ゆっくりと考えていけばいいことだ。
 そのためにもこのオロチ退治は絶対に成功させなければならない。自分のために。みんなのために。
 ただ、そのためには犠牲がいる。ここに集まっている三十人の戦士たちの犠牲が。
 征戎大将軍と、その部下三十人のために与えられた詰所。戦士たちはそこに胡坐をかいて、ただ一人立つソウを見つめている。
(俺は、自分のためにみんなを人柱にしようとしている)
 彼らの自分を見る目は熱い。その期待を自分は裏切らないようにしなければならない。
(その彼らに、これ以上を強いてもいいものだろうか)
 彼らにだって生活があり、家族や友人、恋人だっているかもしれない。
 これから自分は、それら全てを『捨てろ』と言わなければならない。
(従えないのなら、一緒に来てもらうべきではないな)
 信頼できるもの以外の人間を連れていくことはできない。明日までの極秘作戦、この一日を乗り切らなければ、逆にオロチからの攻撃を受ける可能性が高いのだから。
「これから」
 集まった三十人に、ゆっくりとソウが話しかける。
「俺たちは、オロチを倒しにいく。無論、俺たちではかなわないのは分かっている。だから俺なんかよりずっと強い勇者様が来てくれる。みんなが俺を信じてくれるなら、俺を信じる勇者様を信じてほしい」
 しん、と静まり返った一同は、一斉に自分の武器を地面に打ちつけた。『応』の返事だ。
「ありがとう。でも、俺はみんなが考えている以上の試練を、みんなに負わせなければならない」
 さらに場がひきしまる。
「みんなが命をかけてくれるのは分かる。でも、俺がみんなに望むのは『それ以上』なんだ。俺たちは必ずオロチを倒す。だが、その結果としてみんなは命を落とすことになる。生き残ったとしてもジパングから恨まれることになるかもしれない。自分の家族と別れることになるかもしれない。つまり、みんなのこれまでの人生とこれからの人生を、俺は奪う」
 それでも誰も微動だにしない。それでいい。もしもその程度のことでひるむようなら、この先の指示には耐えられないだろう。
「その最初の命令を下す前に、みんなには誓約してほしい。これから、俺が指示することに従うと。そして情報を決して外に漏らさないと。オロチを倒せるかどうかは俺たちにかかっている。その覚悟と責任をもって行動すると。自分の感情は全て殺し、俺の指示を全て聞き、その通りに行動すると。それができないようなら」
 一人ずつ、全員の目を順番に見る。
「ここを出ていってくれてかまわない」
 しばらくの間、誰も動かなかった。
 だがやがて、一人の男が立ち上がる。
「俺はカイリ。四年前に、恋人を生贄にされた」
 大きな男だった。たくましい体つきは一度見れば忘れない。ソウも三十人抜きのときにその力に苦しめられた。
「ユキナの仇を討てるのなら、俺は将軍に全てを捧げる」
「俺もだ! 俺はイオリ。俺は妹を奪われた。いい娘だったのに、もうすぐ結婚するはずだったのに!」
「俺も誓うぞ!」
「私もだ!」
「ヤマタノオロチを倒せるのならば!」
 次々に立ち上がる三十人の男たち。
 その中でも最後に立ち上がったのはシオンだった。
「これが我々の総意です、ソウ将軍」
「シオン」
「我らはたとえ自らが倒れたとしても、仲間とソウ将軍、そして将軍の信頼される勇者殿がオロチを倒してくれると信じ、自らの全てを捨てる覚悟にございます」
「恋人や妻、姉妹。いや、八年前の戦いに参加して殺された親兄弟もいるのだろう」
 ソウはゆっくりと頷く。
「約束する。みんなの命と引き換えに、そして俺の命も引き換えに、必ずやオロチを倒す!」
 おおっ!
 鬨の声が上がる。完全に全員の意識がソウの指示一つで動くことができるようになった。
「では全員に命令する。これより俺が指示することは絶対に他言無用。ここにいる、俺を含めた三十一人、それ以外の誰にも告げることはかなわぬ。それこそ、俺の副官になっているヒビキやユキについてもだ」
「お二人にもですか」
「そうだ。あいつらは嘘がつけないからな」
 嘘をつくと言った。つまり、これからここにいる三十一人が、そろって盛大な嘘をつくということだ。
「うかがってもよろしいですか」
「ああ」
 次のソウの言葉に全員が注目する。
「オロチ退治は、」
 ゆっくりとソウが告げる。
「明日、決行する」
 全員の顔に動揺のようなものが走る。
「今日一日、それがこの政庁の誰にも気づかれないようにしてほしい。みんなはいつも通りに振舞いながら、明日の準備をしてほしい。ただ頼みたいのは誰にも言わないことだけだ。準備のことで尋ねられたら、明後日に向けて今から準備していると答えてくれればいい。親、妻、兄弟。つまりみんなはもう、家族に別れを告げることはできない。それでも──」
「かまいません!」
「我らの全てはソウ将軍に差し出しました!」
 すぐに声が上がる。大丈夫だと、全てソウを信じると。
「ありがとう。ではこれより、最後の配置確認を行う」
 シオンから渡されていた三十人の名前と得意武器。それらをルナと煮詰めて最善の配置を考え出した。それをこれから一人ずつ確認させる。
(こっちはなんとかなったな)
 ソウは内心、ほっと一息つく。
(あとはお前の方だ。頼むぞ、ルナ)






 そのルナたち一行はマミヤ家にやってきていた。
 マミヤ家はジパング貴族の中でも古参にあたる。勢いこそ失われているものの、左一条に館を構えており、大臣職は必ずマミヤ家から一名という不文律まである。
 特にマミヤ家の位置取りが大王家にとってありがたいのは、マミヤ家は三氏のどの派閥にも協力しようとはしないということだ。その点ではミドウ家に近い。まずは大王家優先、という立場だ。
 その現当主、マミヤ・ショウは既に初老の歳になっている。もうすぐ還暦というのだから確かに初老だ。あの御前会議にも参加していたが、ほとんど見ているだけ、もしくは周りに流されるだけという感じで、自分の意見を全く持っていないような感じがした。
(まさかあの方がオロチとは思いませんけど)
 オロチとして周りを冷静に観察しているというわけではない。何というか、こう。
「何を考えているんだい?」
 一緒についてきているアレスが尋ねる。
「いえ。アレス様もあの会議に出席されていればお分かりだと思います。マミヤ様はあまりになんというか、その」
「野心とか野望とかいう言葉とは無縁っていう感じだったね」
「はい。というかむしろ」
「無関心、といった方がいいかな」
「はい」
 言葉を飾っても仕方がない。マミヤのジパング王家に対する態度は無関心もいいところだ。
「確かめるのは大事ですけど、それ以外に何も会話を続けてくれないんじゃないかと」
「そうかな。僕はそうは思わないけど」
「え」
 アレスは何故か自信たっぷりだ。
「それは、どういう」
「まあ、行ってみようか。僕もマミヤ氏には聞きたいことがあるんだ」
 むしろアレスの方がマミヤ家に対する興味が強いらしい。いったい何を考えているのか。
 四人は取り次いでもらってからその館に入る。
 古風な感じだった。かといって寂れているわけではない。豪華なものはおかず、ひっそりとした感じを出している。ミドウ家よりずっとつつましい。
「いい家だな」
 ヴァイスが言う。フレイも頷いた。どうやら二人の琴線に触れたらしい。
「のんびりとできそうだね」
 アレスも少し嬉しそうだった。
「こういう家に住みたいか?」
「そうだね。アリアハンにはもう戻ることもないだろうし、バラモスを倒したらどこか小さな町にこんな家を建てて暮らすのもいいかな」
「フレイと一緒にだろ」
 そんなことは言うまでもない。フレイは当然という顔をしているし、アレスももちろん否定しない。
 いや、そんなことより、今のフレーズにはおかしなところがあった。
(アリアハンに戻ることはない?)
 その言葉は変だ。アレスはアリアハンに母親がいるはず。帰らないはずがない。
 確かにフレイにとってはあまりいい故郷だったわけではないだろう。迫害され、傷つけられた街。そんな街に帰りたいと思わないのは理解できる。
 だがそれならアレスは何故。
「こちらでお待ちください」
 家政婦が和室へ四人を通す。館に入る時点で靴はとっくに脱いでいるので、四人とも入って座布団の上に座る。
「このクッション、面白いな」
「ジパングらしくていいね」
「……ふかふか」
 三人は子供のように見たもの全てに興味を持つ。きっと今までの旅の中でも、新しいものを見るたびにこうして三人で感動してきたのだろう。
(私が口を挟むのは無粋ですね)
 ルナは何も言わずにその光景を見つめて主人の来るのを待った。
 やがて、マミヤ・ショウが姿を見せる。好々爺の笑みで四人に話しかける。
「これはこれは、アリアハンの英雄殿が我が家を訪れてくださるとは、おそれおおい」
「とんでもございません。マミヤ家といえばジパングの中でも古参の貴族。ご挨拶にうかがうのが遅れてしまって申し訳ありません」
「なに、気遣い無用じゃよ。ワシはもうこの国に対して何も貢献できることもなし。そなたらとて別に用事があってうかがったのは分かっておる。だがまあ、老人は何かと若い者と話すのが楽しくてのう」
 人の良さそうな人物だった。どことなくラーガ師を思い出させるが、師はこれほど朗らかではなかった。
「若い者はいろいろと急ぐことが多かろう。さて、早速だが本題に入るとするかの」
 マミヤは上座に座って四人の言葉を促す。
「はい。実はうかがいたかったのは、宝物庫の件なのです」
「宝物庫?」
「はい。八年前のオロチ戦後、草薙の剣だけではなく、賢者の石、ラーの鏡、残り二つの神器も所在が分からなくなったとうかがいました」
「おお、そのことか」
「マミヤ様なら、当時のことをよくご存知かと思いまして」
「ワシが知っているとしても、当時の状況くらいじゃよ」
「それで充分なのです」
「ふむ。そういうことならば」
 それからマミヤは思い出しながら説明を始める。
 八年前。国王タケルの名の下、多くの戦士や魔法使いがオロチに挑んだ。そのとき、王妃のミコトも同行して亡くなった。さらにはスオウ・ガイは片足を失った。
 マミヤ・ショウも同行した。こう見えても魔法使いとしてスオウ・ガイと共に攻撃魔法のエキスパートとしての参加だった。
「ワシも怪我をして、一週間は自宅で療養じゃったよ。そうさな、ようやく職場復帰して、最後に宝物庫をタケル陛下と一緒に見てから、二週間……いや、三週間は経っておったかな。そのとき既に、宝物庫に神器はなかった」
「誰が持ち去ったか、お分かりになりますか」
「であれば、とっくに追及しておるのう」
 当然だ。無駄な質問だった。ならば聞き方を変える。
「心当たりもまったくありませんか」
「……ふむ」
 今度はかなりの間があってから頷く。
「ないこともない。が、それはワシの言えることではないからのう」
「とおっしゃいますと」
「あれはジパング王家のもの。ならば王家の方がそれを持ち去ったとしても、ワシには何ともいえんということじゃ」
 なるほど。マミヤはジパング王家の人間がそれを持ち去ったと考えているわけか。
(王家の人間というと、ヒミコ陛下、カズサ殿下、イヨ殿下、それにスマコ様と、血筋だけならヒビキ様とユキ様)
 その中にオロチが化けている人間がいるというのか。それもまた信じ難いことではあるが。
「参考になったかの」
「ありがとうございます。検討してみたいと思います」
「それはよかった。こんな老人でも役に立てることはあるもんじゃのう」
 ほっほっ、と笑う。どこまで意図的なのかは分からない。その老人に向かって今度はアレスが尋ねた。
「僕からもうかがいたいことがあるんですけど、いいですか」
「おお、何でもかまわんよ。ワシが知っていることならばな」
「あの御前会議を見ていて思ったんです。どうしてマミヤ様は何も言わず、ただ会議を傍観していたのかと」
「ふむ?」
「それは『誰が』『何を』企んでいるのかを見極めるためではありませんか?」
 好々爺の笑みは崩れない。
「どういうことかの」
「マミヤ様のような方には過去に何度も出会っていまして。不必要に話さない人間の思考は、何かを隠しているか回りの人間を観察しているか、あとは全く無関心なのかのいずれかです」
「無関心かもしれんがの?」
「あなたに限ってそれはないでしょう。あなたの愛するジパングの命運がかかっているのですから」
 すると。
 それまで温厚な様子だった初老の人物が、突然喉の奥でくつくつと笑い出し、そしてしまいには大きな声を上げて笑った。
「ははははは、よく見ておるではないか、若いの」
「お褒めいただき光栄です」
 次の瞬間、そこには眼光が鋭くなって雰囲気をがらりと変えた老人がいた。
(おそらくはこれが、八年前までの)
 魔法使いとして戦いに出向いたときの、マミヤ・ショウ。






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