Lv.57

仮定か確定か、事実か真実か








 マミヤ氏の変貌にさすがにヴァイスとフレイは驚いた様子だったが、アレスはそれを予期していたのか全く動じていない。無論、ルナも驚いてはいたがこちらは外に自分の感情を見せない訓練をしてきている。
(ということは、この方は八年間ずっとこのジパングを監視してきたのでしょうか)
 オロチとの戦いが終わってから、このジパングを良くするためにはどうすればいいか、ずっとジパングを監視してきた。
 そうして今、ようやくオロチを倒すことができるところまで来ている。
「確かにワシが知っていることはいろいろとある。無論推測も多いが、ある程度真実には近づいておるよ。もっとも、その神器を盗んだ者は分からんがね」
「知っていることを教えていただければ充分です」
「なに、ダーマの賢者殿であれば既に知っているのであろう。ヒミコ陛下の予言が単なるでまかせであることなど」
 この老人は知っている。知っていてそれを隠してきた。
「ご存知なのですね」
「最初は確信がなかったがな。何しろ、ヒミコ陛下が予言をなさったのは事実じゃ」
「事実?」
「ワシが生き証人よ。先々代、すなわちタケル陛下の御父君に当たられるお方の病死をヒミコ陛下は予言なさった」
「私が聞いた話では、予言の二日後に先々代がお亡くなりになったと聞きましたが」
「それは尾鰭がつきすぎじゃの。少なくとも一ヶ月は前じゃよ。何しろ、ワシの目の前で予言されたのじゃからな」
「は?」
「当時のワシはヒミコ陛下の教育係でな。突然ヒミコ陛下がおっしゃるので驚いてしまっての。どうして曽祖父様が死んでしまうのか、と泣きながらおっしゃるのでどうしたものかと」
 リカの言っていた、泣きながら、というところは正しかったわけだ。二十年以上も前のことなのに、根本的なところは変わらないまま伝説になっているわけか。
「それで、マミヤ様はどうなさったのですか」
「タケル陛下に相談してな。そうしたらとんでもないことに、既にそのとき先々代が病魔に冒されていたことを知らされたよ。そのことを知っているのは、先々代と先代タケル陛下だけだった。何しろ、病魔に冒されたことを悟ったから、先々代は位を譲ったのだからな。タケル陛下にはヒミコ陛下が予言をしたということを黙っていてほしいと頼まれたのじゃが、先々代が亡くなった後、ヒミコ陛下の予言の話は自然と広まっていた。どこから漏れたものやら」
「それはもしかして、タケル陛下がヒミコ陛下の神秘性を高めるために流した噂では」
「かもしれん。だが、予言を行ったのは本当じゃよ。それにヒミコ陛下の予言は一度ではないからの」
「一度ではない?」
「ふむ。だいたい月に一度か、二ヶ月に一度ほどじゃの。幼い頃はワシがそれを聞いてタケル陛下に伝え、そこから対策を練ったこともある。けっさくだったのは当時勢いがあったカミヤ家という右二条の貴族でな。不遜にも革命の企てをしておったのじゃよ。当時は大臣職だったのじゃが、ある日ヒミコ陛下が予言されてな。カミヤ家が革命を起こす、と」
「それでどうなさいましたか」
「すぐに調査に辺り、事実であることが確認できた時点で召喚したよ。御前会議にかけ、結果として領地と屋敷は全て没収。革命の首謀者は国外追放。今はどこにおるのかもしらんよ」
「ヒミコ陛下が予言されるまで、全く分からなかったのですか」
「うむ。ワシもタケル陛下も微塵も気づいておらんかった。危ないところだった。一ヶ月ずれていたら今頃ワシの命もなかったやもしれんな。その意味ではヒミコ陛下はワシの命の恩人じゃて」
 なるほど。ヒミコの予言はマミヤを通してタケルに伝わり、緊急性の高い場合はそうして政策や対策に反映されてきたということか。
「ですが、それなのに何故『でまかせ』だとおっしゃるのですか?」
「決まっておる。ヒミコ陛下の予言はこちらにとって都合の良いものばかりではなかったからじゃよ。ヒミコ陛下の予言は時と場所を選ばぬ。ある日突然予言が下りて、それをワシに伝える。ワシとヒミコ陛下の間にはそういう決まりがあったのじゃよ」
「つまり、マミヤ様が疑っておられるのは」
「無論、生贄の儀じゃよ。あんなに時と場所を選んだ予言はヒミコ陛下の予言であるはずがない。であれば、あれは盛大なペテンじゃな」
「では、ヒミコ陛下が生贄を選定している、と?」
「違うの。ならばもっと『散らす』はずじゃ」
「散らす?」
「うむ。ここまで八人の生贄が選ばれたが、それは綺麗にトモエ家の派閥の家から四人、スオウ家の派閥の家から四人。ここまで偏りがあるなら、それは三氏のいずれかの仕業じゃろうて」
「ならモリヤ家で決まりではないのですか」
 ルナは自分でも信じていないことを尋ねてみる。
「そうかの。ワシならばカムフラージュに誰かを犠牲にしておこうと考えるがの」
 それもルナは同意見だ。
「ではいったい、どちらが」
「スオウ家──だとは思っていたが、確証がなかった」
「確証?」
「うむ。あのスオウ・シンヤのことをここ数年、ずっと観察しておったのだが、あいつにはスオウ家の地位をあげようという野望は感じるが、生贄に携わっているような気配を全く感じなかった」
「巧妙に隠していると思われたのですね」
「そうなのだが、一昨日の御前会議でようやく分かっての」
「一昨日?」
「そう。現当主、スオウ・シンヤは生贄選定にスオウ家が絡んでおることを全く知らされておらんのだ」
「……は?」
「つまり、シンヤをカムフラージュに裏で手を回している男がいるということよ。ここまで言えばお主には充分すぎるほど心当たりがあろうて」
 もちろんだ。確かにあの御前会議はどこかがおかしかった。
「スオウ・ガイ氏、ですか?」
「そういうことじゃな。どういうカラクリかは知らんが、ガイの奴が生贄を決めてヒミコ陛下に指示をしておるのじゃよ。ヒミコ陛下も当然自分で予言をしているわけではないから、誰かが自分に指名しているのは当然分かっておる。問題はその『誰が』というところじゃ。よって政庁では絶対に分かるはずがない。何しろ、政庁の中に黒幕はいないのじゃからな。ワシもまんまと騙された。あ奴めには今までもさんざん煮え湯を飲まされていたというのにのう」
 いまいましそうにマミヤが舌打ちする。
「ではそのことに気づいたのは当然」
「そう、二日前じゃよ。全く、あと一ヶ月早ければ別の手を打つことができたんだがのう」
 やれやれ、とマミヤがつぶやく。それに対してルナもうなずく。
「あー、ちょっと待ってくれるか」
 そこで口を挟んでくるのはヴァイスの役割だ。
「黒幕が分かったってのに、何も手を打つつもりはないのか?」
「手を打つ、とは?」
「それこそヒミコ陛下とかに告げ口するとか」
「それで何がどうなるのだね」
 マミヤはガイが黒幕であるということを誰かに知らせることを、価値がない、と言い切っている。
「どうなる、って」
「生贄選定に誰が関わっているのか、ということはこの時期にいたっては意味のないことなのだよ」
「はあ?」
「何しろそなたたちがオロチを倒してくれるのだからな。オロチがいなければ今後生贄は出てこない。当然のことではないか」
 そう。オロチ退治が軌道に乗った今、誰が生贄を決めていようとそれはあまり意味がない。問題が解決した直後、黒幕が分かったという何とも皮肉な結果になったというわけだ。
「ヴァイスさん。私たちの目的、忘れてないですよね」
「ん? ああ、オーブを手に入れることだよな」
「そうです。私たちがやらなければいけないのは、オーブの在り処を探すこと、これが第一位です。オロチ退治は寄り道ですが、オロチを倒せばオーブに近づくことができる。そう考えてのことです。もちろん、これほど被害を出しているオロチを放置しておくことはできませんが」
「じゃあ、今やっていることは何だってんだ?」
「それこそ昨夜確認しました。ジパング上層部にオロチが変装して紛れ込んでいる。それを洗い出すためです」
「ほっほっ」
 ルナの言葉にマミヤが笑う。
「それで納得したぞ。そなたらがここに来た理由がな。なるほど、ワシがオロチかどうかを確かめにきたということか」
「失礼しました。もちろんそれが大きな目的ですが、いろいろな方から話を聞いて、今までに集めてきた情報と整合させるだけでも、オロチの正体に近づくことができると思っています」
「情報を整理した結果、オロチは誰だと思うのかね」
「それはまだ言えません。情報は一人歩きするもの。推測で余計な噂が流れるのは本意ではありません」
「では、ワシの考えを言ってもかまわんかね」
「それはもちろん」
「ワシは、ヒミコ陛下こそがオロチではないかと思っておる」
 ヴァイスが盛大に驚き、フレイも目を丸くしている。アレスが真剣な表情だ。
「あまり、驚いておらんようだの」
「その可能性は考慮していました」
「さすがにダーマの賢者は考えることが奥深い」
「というより、ジパングの上層部は全員疑っています。王家の方、それに八大臣。あとはガイ様も。今は誰がオロチなのかということをゆっくり考えているところです」
「確定はできんかね」
「仮定をどれだけ重ねても証拠がなければ意味がありません」
「なるほど」
 マミヤは言ってから視線をそらし、ぽつりと呟く。
「アリバイか」
 この人物は飲み込みが早い。オロチと戦っているときに存在しない人物。それがオロチの正体ということだ。
 こんなことをすぐに気づくような人物が大臣クラスで埋もれているのだからもったいない。
「マミヤ様こそ、ダーマで賢者になれそうですね」
「なに、こんな老体では覚えられることなど少なかろうて」
「ですが魔法使いとして力があるのでしたら、挑戦なさってもいいわけですよね」
「いやいや、老体をこきつかわんでくれ」
 お互いに笑顔がこぼれる。
「今日はいいお話がきけました。ありがとうございました」
「なに、かまわんよ。若い者が来るのは老人にとってはありがたいことじゃ」
「全部が終わったら、また一度ゆっくりと」
「そうじゃな。今は忙しいからのう」
 そうして四人は立ち上がり、部屋を出ていく。
「ああ、それとな、賢者殿」
「はい」
「ヒミコ陛下が現在全く予言をなさっていないのは事実。したがって、お主たちに伝えたことも、とっくにヒミコ陛下はご存知だったということは分かっておるかね」
 三人が気配を変えたが、ルナはただ頷いた。
「そうだとは思っていました。ダーマから各国にオーブ探索の願いが出されているわけですから、ヒミコ陛下はオーブのことを知っていて当然のはずです」
「ならばこの老体が言うことは何もない。ジパングを頼んだぞ」
「はい」
 そうして四人がマミヤ家を辞する。その話の内容の重さに、アレスまでもが思わず息をついていた。
「スオウ・ガイ氏か。ルナはどうするつもりだい?」
「特に何も」
 ルナは無表情で首を振る。
「オロチを倒すことができたなら、この国のことはこの国に任せるべきでしょう。私たちはあくまでオーブを探すのが目的。その中で他に害悪をもたらすものがあるなら、それは排除すべきです。が、それ以上のことは私たちの関与すべきことではありません」
「確かに。でも、女王家にとってスオウ氏が害にはならないかな」
「なるでしょう。ですが女王家もそれが分かっていて、最終的にスオウ氏に敗れるのだとしたら、それは歴史の倣いです。私たちが女王家に肩入れをするのは構いませんが、その結果バラモスを倒すという最終目標を果たせないのでは意味がありません」
 アレスの人の良さはもう充分に分かっている。だが、自分は賢者としてこれ以上ジパングの問題に足を踏み入れるべきではないと判断している。
「でもそりゃちょっと冷たいんじゃねえか。あの坊やだってこの国に残るんだろ」
 ヴァイスが少し非難気味に言う。
「この国に残ることを決めるのはソウであって、私たちが強制しているわけではありません」
「でも友人として何かしてやりたいとは思わねえのか」
「そうですね。ソウが望むのなら何かしてあげたいです」
 ルナはそれでも自説を曲げない。
「ソウは自分ではどうにもならないこと、つまりオロチ退治に関することだけは全部私たちに頼っています。でも、それ以外の、ソウが自分で成さなければならないことを私たちに頼ることはしていません。イヨ殿下を支え、征戎大将軍として国を守り、ジパングという国の改革を真剣に考えている。アドバイスも協力も当然私はしてあげたいです。でも、ソウが望まない限りはそれは押し付けであって、ソウのためになることじゃないんです」
 ヴァイスは肩をすくめた。ルナの言っていることは薄情なのかもしれないが、ソウが自分でやりたいことに口を挟むのは、親が子供の仕事をかわりにやるようなものだ。それでは成長することがない。
「スオウ家のことはもちろんソウに伝えます。でも、それに対してアドバイスはしません。求められれば答えますが。ソウならきっと自分で解決してくれると私は信じています」
 それがこの数年、ソウという人物をずっと見続けてきた自分の評価。
 もし自分が勇者という存在に過剰な愛を抱いていなければ、自分は間違いなくソウを好きになっていたに違いない。それほど同年代ではソウは誰よりもたくましく、頼りになり、共にいて安らげる相手だった。
 ふさわしくないのは自分の方だ。子供の頃の愛情と、幻想への愛情に取りすがり、そこから抜け出そうとしない。報われない愛に殉ずるなど愚者のすることだ。それなのに自分は愚者でありたがっている。
(まったく、どこが賢者なのでしょうね)
 ふう、と息を一つつく。珍しい仕草に三人がルナを見る。
「……何か?」
「いや、お前さんが表情に出すなんて珍しいこともあるもんだなって」
「私は人間じゃないとでも思われているんですか」
 少しむっとした様子でルナがヴァイスを睨む。
「いや、そんなことはないけどな。ただお前さん、あまり感情を見せないで、理屈っぽいからよ」
「賢者としては仕方のないことです。感情より理性を優先させるように鍛えられてますから」
「でも子供らしくもう少し笑ったり泣いたりした方がいいと思うんだがねえ」
「こう見えても私は楽しんだり悲しんだりしていますよ。正直、ソウに何もしてあげられない自分が歯がゆくてなりません」
「それを顔に出せばいいって言ってるんだよ」
「顔に出して、誰かに気を使わせたくありません」
 ルナは首を振る。
「賢者はどんなときも顔に出さず、誰からも頼られる存在であるべきなんです。賢者が迷えば、それは皆さんの迷いにもつながります。だから賢者は失敗しません。失敗するような者が賢者になってはいけないんです。それだけの教育を私は受けてきました」
 それは事実。誇りでも何でもない。
「なるほどなあ」
 アレスはうんうんと頷く。
「アレス様?」
「いや、ルナはやっぱりすごいなって」
 そんなことを笑顔で言われると思わずこちらだって意識してしまう。
「本当にすごいのはアレス様の方ですよ」
 少し表情を和らげる。
「アレス様がいらっしゃるから、フレイさんも、ヴァイスさんも、そして私も命をかけようとするんです。フレイさんもヴァイスさんも私を守るために自分の命を捨てるようなことはありません。私もそうです。何故なら、私たちが命をかけるのは全てアレス様のためであって、それ以外のためではありません。正直、私はその意味では、ヴァイスさんとフレイさんには共通の仲間意識を感じていたのですが」
「否定はしないぜ」
 こくこく、とフレイも頷く。
「ありがとうございます。ですからアレス様。私も、そしてお二人も、ここで戦っているのはあなたがいらっしゃるからなのです。私の知恵はあなたがいなければ意味がありません。ヴァイスさんの槍術も、フレイさんの魔法もそうです。あなたがいるから私たちは戦えるのです」
「なんかくすぐったいな」
 アレスは笑って言う。
「でも、みんなの期待に応えられるような勇者でありたいと思うよ。僕は自分が勇者であることを疑ったことはない。これからもそうだと思う」
「すみません、こちらの期待ばかり押し付けてしまって」
「大丈夫。期待を受けている分、ルナにはいろいろと頼ることが多いと思うから」
「お任せください」
 ルナはしっかりと頷く。
「非才の身ですが、勇者様が本懐を達せられるよう、全力を尽くします」
「ありがとう」
 そしてアレスはルナの頭をぽんぽんと撫でる。
(正直に言いますと)
 その温かさが、自分の封じ込めていた感情を呼び覚まさせる。
(そうした優しさだけは、勘弁してほしいです)






次へ

もどる