Lv.59

屍を踏み越え目標へと向う








「臣、モリヤ・ソウタ。謹んで上奏いたします。これより征戎軍、かねてより決まっていたオロチ討伐のため、西の山へ向かいます。諸卿にはなにとぞ、ご理解いただくよう、よろしくお願い申し上げます」
 ソウが副官のヒビキとユキを連れて、朝の政庁に爆弾を落とす。明日ではなかったのか、何故急に、と大臣や官僚たちが慌てる。
 だがそんなことをソウが気にすることはない。決まっている行動を起こすだけなのだ。誰から何を言われようとも、決して自分は自分を曲げない。
 そしてソウは最後にイヨの前に進み出た。
「イヨ殿下」
 その前で片膝をつく。
「必ず戻ってまいります。どうか、我ら征戎軍に祝福を」
 イヨはそれを聞くと、椅子から立ち上がってソウの頭に両手で優しく触れ、額に唇を落とす。
「戦いに行かれる皆さんに、ご加護がありますように」
 そしてさらに続ける。
「私のために、本当にありがとうございます。皆さんの分まで、私はこのジパングを平和な国に導いていきます」
「そのお言葉で充分です、殿下」
 そしてソウは立ち上がる。この数日で、ただの少年からジパングの信頼おける将軍まで一気に成長した。身も、心も。
「出陣!」
 そして征戎軍が出発する。ソウを筆頭に、三十人の部下たち。そして今朝出発を知ったヒビキとユキ。そして──
「立派なもんじゃねえか」
「ええ。見違えましたね、ソウ」
「これならジパングも安心だな」
「……立派」
 アレスたち、勇者ご一行。
「あまり褒めすぎないでください。緊張しっぱなしなんですから」
「そんなことはないよ。君は堂々としていて、ジパングの大臣たちよりもずっと立派だった。君はもうジパングになくてはならない存在となっていることを忘れては駄目だよ」
「そうですね」
 ソウは隣を歩いてくれるアレスに頷いて答える。
「でも俺、本当はこの戦いが終わったらジパングから出ていきたいと思ってるんです」
「へえ?」
「それこそ、アレス様の下でもっと強くなる修行がしたい。迷惑なのは分かってるけど、それが俺の本当の気持ちです」
「ルナの傍にいたいから、とかではなく?」
「それもあるのは否定しません。でも、おかしなものですね。ここ数日、アレス様に鍛えてもらって、自分がもっと強くなってるのが分かるんです。もっと強くなりたい。アレス様についていけばそれがかなうのが分かる。それが夢にすぎないとしても」
 首をかしげる。もうその夢は見るだけにしたのに、それでもアレスには一言伝えたかった。
「君のような人から目標にされるのは嬉しいよ。ただ一つだけ。僕はアレスだし、君はソウだ」
「はい。俺には俺でできることがある。ルナやアレス様が教えてくれたことです」
「よし。ジパングを頼むよ。そして、今日、これから始まるレンとの一騎打ち。負けないように」
「もちろんです」
 そして、征戎軍は西の山にたどりつく。
 地図は既に全員に伝えており、どういうルートで進めばいいのかは誰もが分かっている。
 とにかく征戎軍の役割は露払いだ。オロチまでのルートを、できるだけ勇者たちが無傷で進んでいけるようにすることが目的。
「みんな」
 洞窟の入口は大きく、征戎軍が入ってくるのを待ち構えているようだった。
「征戎軍のみんな──トシオ、ヨシキ、ユキタカ、レンヤ、シンゴ、トモノブ、ショウヤ、ゴウキ、モリヒロ、ダイチ」
 一人ずつ、顔を見ながら呼びかけていく。
「コウタ、レイ、ヤスノブ、ジュン、イオリ、サトル、ヨリト、ヒロシ、タツキ、フミヤ、トモヤ、マサト、ユウト、ナオキ、カズヤ、ツバサ、ケイ、リョウ、カイリ、シオン」
 三十人。誰一人、自分の命令に背かない、精鋭たち。
 だが、全員が生きて帰ることはないだろう。オロチの配下のモンスターたちがどれほど強いかは、先日の京襲撃からも分かる。
「俺たちの役割は、勇者様たちを無傷でオロチのところに送り届けることだ」
『おう!』
 全員が一度に呼応する。
「みんなのことは忘れない。そして俺もこの命をかける」
 力強く拳を握る。
「突撃!」
 そして、三十人の兵士たちが我先にと洞窟に飛び込んでいく。
 戦いが始まる。
 この灼熱の洞窟の中、オロチの配下のモンスターたちと、人間の精鋭たちとの、生き残りをかけた戦いが、まさに始まったのだ。
「この日を夢見てたぜ!」
 イオリが鎖鎌をモンスターにつきたてながら叫ぶ。
「オロチを倒せる! オロチを倒す日が来たんだってな!」
「騒ぎすぎですよ、義兄さん」
 鉄の槍で別のモンスターにとどめをさしたレイが背中を合わせる。
「だからお前は、義兄さんって呼ぶなって言ってるだろ!」
「シオリが十八歳を迎えていたら、義兄さんと呼んでいたのは間違いないことですから」
 冷たい視線でモンスターの死骸を見る。
「さあ、復讐を続けましょう」
「おお。この日のために力をつけてきたんだからな! 死んでたまるかよ!」
 そうして、三十人の精鋭は奥へ、奥へと突き進んでいく。
 勇者たちとソウ、それにヒビキとユキ。彼らは入口でしばらく待機し、ある程度時間が経過してから乗り込むことになっている。
「ヒビキ様、ユキ様」
 ルナが最後に二人に声をかける。
「どうか、ソウをよろしくお願いします」
「コラ」
 いつまでたっても信頼のないソウが文句を言う。
「ま、ソウ兄の無茶は今に始まったことじゃねえしな」
「心配させるのが得意なんですから、困ったものですわ」
 双子もまるで信頼していない。はあ、とため息をつくソウ。
「大丈夫。今の君ならレンと互角だよ。な、ヴァイス?」
「さあねえ。ま、最初に会ったときよりは随分強くなってるみてえだけどな」
 二人のやり取りに自信が出てくる。
「よし、行こうか」
 時間だ。
 どれだけ道は切り拓かれているのか。
 入っていって間もなく、いきなり激闘の跡が残されている。
「くっ」
「こりゃ、すげえな」
 倒されているモンスターの数は三十などではない。百は超えるだろう。
「本当に精鋭ぞろいだってことだな。命がけの死兵の強さは尋常じゃねえな」
 ヴァイスの言葉に、ソウがあたりを見回す。
「ヨリト」
 倒れている人間は一人だけ。その亡骸を抱き上げて、死顔を見る。
 満足したような寝顔だった。やるべきことをやり、後のことを全部託して亡くなった。そんな勇者の死顔。
「負けらんねえな」
 ヴァイスが拳を握る。アレスも頷いた。
「奥へ行こう」
 図で示されている道の通りに進む。そしてモンスターたちの死骸がそこかしこにある。
「戦いはまだ続いているんだろうか」
「分かりません。ただ、この近くでは行われていないのは確かです。音がしません」
 ルナも汗をかいている。それはただ暑いからではない。
「今、何を考えているの?」
 アレスが尋ねると、ルナは無表情で答えた。
「歯がゆさです。自分が一緒に戦っていれば、救える人がいたかもしれないのに、と」
「でも君が戦ったら、オロチと戦うときのメンバーが足りなくなる」
「はい。だから、歯がゆいです」
「僕も同じさ」
 アレスがルナの肩を叩く。
「だから絶対に、僕らは失敗できない」
「その通りです」
「よし、行こう」
 さらに一同は奥へ進む。
 下り階段の前。かなりの激戦となっていた。
 積み重なるようなモンスターの屍。そして同時に倒れている人間の体。
「ツバサ、トモヤ」
 二人の亡骸を看取る。さらにもう一人。
「シンゴ」
 これで四人。いずれも既に息絶えている。
「くそっ」
 ソウが毒づく。それを見てアレスが息を吐き出した。
「僕らが後から入ってきたのは正解だったね」
「はい。私たちは目の前で倒れる人たちを放っておくことはできません」
 目の前で倒れた仲間をどうして見捨てることができるだろう。それを見越して、露払いは三十人だけに任せたのだ。
「ソウタ、様」
 声が聞こえた。
「ゴウキ!」
 ソウがかけつける。まだ息がある。
「ああ、私は大丈夫です、ソウタ様。ああ、賢者様も魔法は必要ありません。致命傷ではありませんから。ただ──」
 完全に、足がつぶされていた。
「これでは動きようがなかっただけで。仲間たちに先に進むように言って、ここでお待ち申し上げてました」
「ああ。ここで休んでいろ。命を粗末にするな」
「いや、そうもいかないみたいですね」
 ゴウキは片足で立ち上がる。
「さ、先に行ってください。後は任せてください」
「先にって──」
 その、勇者たちの後ろで、モンスターの気配。
「無傷で送り届けるのが、自分たちの仕事ですから」
「何を言ってるんですか」
 ルナがそのゴウキの腕を取る。
「ヴァイスさん!」
「らじゃー」
 ゴウキの腕をヴァイスが担ぐ。
「とにかく階段を下りてください。ここを塞ぎます」
「それは俺に任せてくれよ」
 ヒビキが言う。この中で疲労しても一番問題ないのは双子だ。
「急いで!」
 モンスターたちが迫ってくるより先に全員が階段を下りる。そして、
「イオラ!」
 ヒビキの魔法が、階段の上の岸壁を崩し、通路を塞ぐ。
「こんなもんでいいかい?」
「はい。完璧です」
 ルナが頷くとヒビキも嬉しそうに笑う。
「み、皆様」
「おい、ゴウキ。確かに命はかけろと言ったが、無駄死にはするな。今のは明らかに無駄なことをしようとしていたぞ」
 ソウがゴウキを睨みつけて言う。
「ですが」
「食い止めるだけなら今のでいいんだ。この辺りならもうモンスターもいないだろ。お前はここで休んでろ。後で迎えに来る」
 そして七人が頷く。
「お待ち申し上げております、将軍」
 そしてソウを先頭に、さらに奥へ進む。
「いやあ、サマになってきたじゃねえか、将軍も」
 ヴァイスの言葉にソウが苦笑する。
「自覚の問題だね」
 アレスが言うとルナも頷く。
「人の命を預かっているという責任感が、ソウをさらに成長させているんです」
「なんだか俺ばっかり成長してないみてえじゃねえか」
 ヴァイスが少し不満を漏らす。
「でも俺はあんたほど強くない」
 ソウが真剣な表情で言う。
「俺は俺にできることをする。俺じゃ勇者様の仲間は務まらない。それはあんたの任務だろ」
「そりゃま、そうだけどな。つーかお前に諭されんのムカツク」
「……やっぱり負け犬」
「聞こえてるぞゴルァ」
 どこまでも緊張感に乏しいパーティだ。いや、こうやってリラックスする術を知っているということか。
 そしていよいよ分かれ道に達する。ここから右に行けばオロチの間。まっすぐ進めば、犯人が指定してきた場所だ。
「それでは、ソウ。絶対に死なないで」
「ああ。それだけは約束するよ」
「ヒビキ様、ユキ様。ソウをよろしくお願いします」
「任せとけ」
「無茶はさせませんわ」
 三人はそうしてさらに奥へ進んでいく。
「心配かい?」
 アレスが尋ねてくる。もちろん心配だが、それを表情に出すわけにはいかない。
「はい。ですが、三人は大丈夫だと私は信じてます。それよりも──」
「ああ。僕たちの方がずっと厳しい戦いになるだろうからね」
 オロチの間はもう目の前。
 いよいよ、決戦である。






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