Lv.60

因縁に決着をつけ先へ進む








 ソウは一人、その指定された広間へとやってくる。
 まったく、馬鹿な妹だ。自分が手を組んだ相手が悪魔だということに全く気づいていない。それどころかそれを飼いならしているとでも思い込んでいるのではないだろうか。
 ため息をつく。そんな馬鹿な妹でも血のつながりのある妹だ。もしも自分と血縁でなければ命を狙われることもなかっただろう。そう考えると不憫だ。
「いるのか?」
 その広間の中央にやってきて、ソウが大きな声で尋ねる。
「よし、そこで動くな」
 広間の奥、壁の前に男が抜き身の剣を持って立っている。そしてその剣を後ろから首筋にあてられているのが、妹のエミコ。どうやら後ろ手に縛られているらしい。
「約束通り来たぜ、レン兄」
 ソウが驚いていないようなのを見て、レンも苦笑する。
「どうやら私が犯人だと分かっていたようだな」
「まあ、今の俺が邪魔な奴なんてそう多くないだろ。レン兄は情より実を取る人だからな。その辺りは間違いないと睨んでたぜ」
「では、お前の持っている武器を溶岩に投げ捨てるんだな。それでお前の妹は解放しよう」
「ああ」
 するとソウは腰に差していた剣を躊躇せずに溶岩に向かって放り投げる。
「馬鹿な男だな。お前、この妹に嫌われていたのではなかったか」
「まあな。でも、レン兄の言う通り、そんな馬鹿なやつでも妹には違いないのさ」
「本当に馬鹿ですわね」
 ふふん、と笑ったのはエミコ。
「本当に私がレンに捕まるとでも思ったのかしら」
 するとエミコは手を腰に当てた。どうやら後ろ手にしていたのはソウを騙すためで、縛ってすらいなかったらしい。
「私とレンとで、あなたを罠にかけましたのよ。この場で決着をつけるために。私は捕まったわけじゃないわ。あなたをおびき出すために捕まった振りをしただけよ」
 別に答える必要はない。ソウが騙されたのだと思いたければ思っていればいい。
 問題はエミコではない。その後ろで今も抜き身の剣を持っているレンなのだから。
「俺はもう武器を持ってないぜ、レン兄」
「分かっているさ」
 だがレンは剣をおろす素振りすら見せない。いつでもエミコを殺せる体勢だ。
「だからお前も動けずにいる。そうだろう」
「……どうすればいい?」
 もはやこの状況で分かっていないのはエミコだけだ。
「分からないかしら。あなたはジパングから出ていく。そして二度と戻ってこない。そう約束すれば生かしておいてさしあげてもよろしくてよ」
「黙ってろエミコ」
 ソウは容赦なく妹に言う。
「レン兄。どうか見逃してくれ、って言っても無理なのか?」
「無理だな。秘密を知る者は少ないに限る」
「そうか」
 ソウとレンとの間に緊張が走る。間にいるエミコが不機嫌そうに振り返ろうとする。
「馬鹿野郎! エミコ、伏せろ!」
 だが、そのエミコの動作よりも早くレンが動く。鋭く振り下ろされる剣が、エミコの肩に落ちる──
 直後、その二人の足元が爆発を起こした。
「なっ!」
 レンがその爆発に吹き飛ばされる。
「今のは、イオラ」
 爆発の煙が収まる。と、そこには──
「一人で来い、と書いておいたはずだぞ、ソウ」
「人質とっておいて、まさか卑怯だぞとか言うつもりじゃねえだろうな、レン兄」
「そうですわ。これで形勢逆転ですわね」
 エミコの傍にいたのは双子。ヒビキとユキ。
「な、なによあなたたち──どこから!」
「どこからも何も、最初からずっとソウ兄の隣にいたぜ」
「ただ、姿を隠しておりましたけど。この『消え去り草』を使って」
 エミコが形相を変える。それこそ『卑怯者』とののしりそうな顔だ。
「あなたたち──」
「それより分かってらっしゃいますか、エミコさん」
「お前、今、レン兄に殺されそうになってたんだぜ」
「え」
 素に戻ったエミコが、レンを見る。
「何をおっしゃってるの。私とレンは協力してますのよ。レンが私を殺そうとするはずがありませんわ」
「エミコ」
 だが、ソウはそのエミコの近くまで行くと、その馬鹿な妹を見下ろした。
「な、なによ。あなたにあれこれ言われる筋合いは──」
 エミコが何か言うより早く、ソウはエミコを叩きつけた。
「な、なにしますの!」
「お仕置きだ」
「は?」
「子供が悪さをしたら叩いて叱るものだ。お前はやってはいけない遊びに手を出した。俺の命を狙うだけならまだ可愛いものだが、その代償に自分の命をレン兄に差し出そうとしていたんだぞ」
「何を」
「レン兄は目撃者となった人間を全員殺すつもりだ。つまり、俺はもとより、お前も最終的には殺すつもりなんだ」
「そんなこと、ありえませんわ! レンは私に協力──」
「エミコ!」
 怒った顔で怒鳴りつけると、さすがにエミコも口を閉ざした。
「お前は自分から協力したつもりなのは知っているし、最初から分かっていて俺はここに来た」
「そ、そんなの、私に言われるまで気づいてなかったんでしょう!」
「馬鹿か。荷物をまとめて屋敷を出ていって、誘拐されたも何もあるかよ。それでも俺が来なきゃいけなかったのは、俺が来なけりゃレン兄はお前を裏切って殺す。それが分かっていたからだ」
「嘘よ!」
「あーもう、うるせえなあ。お前、今、レン兄に殺されそうになった自覚あるのかよ!」
 ヒビキが怒鳴りつける。く、とエミコは黙る。
「それに、だいたい国をあげてオロチを倒さなければいけないときに余計な揉め事を起こしました」
 ユキがその後を続ける。
「ジパングの人間として、そしてこのジパングを導く貴族の娘として、あなたはいったい誰に何を誇るつもりなのですか! 恥を知りなさい!」
 ユキにまで怒鳴りつけられて、エミコはますます怒る。
「レン! 嘘でしょう! 嘘なんだから、嘘だと言って!」
「もちろんだ。エミコ、私は──」
「レン兄。往生際が悪いぜ」
 ソウは手をヒビキに差し出す。ヒビキは当然のように自分の剣を、いや、もともとソウが装備していて一時的にヒビキに預けていた剣を、ソウに返す。
「素直に言えよ。今、エミコを殺そうとしたって」
「馬鹿が」
 レンは無表情でソウを睨みつける。
「お前が私にかなうとでも思っているのか」
「今ならな」
 ソウはこの数日で一気にレベルアップしていた。アレスという勇者との手合わせ、そして三十人の兵士たちとの連続バトル。そうした経験がソウの力を飛躍的に上昇させていた。
「妹を傷つけようとした罪、あがなってもらうぜ」
「やめなさい、ソウ! あなたみたいな私生児、スオウ家の嫡男に向かい合う権限なんてありませんわよ!」
「いい加減にしろよ、てめえ」
「それでもソウタさんの妹なんですか」
 怒ったのはヒビキとユキだ。だが、ソウは首を振った。
「もういい。エミコにかまうな」
「なっ」
 その言葉にエミコがまた怒り出そうとする。が、
「エミコが無事なら、もうそれでいい。あとはレン兄を俺が倒す」
 受け取った剣を構える。ここから先は完全に一騎打ち。もはやヒビキやユキの手出しするところではない。
「本気のようだな」
「レン兄こそ、今の俺の実力を甘く見るなよ」
「甘くなど見てはいない。だからこそこうした罠を仕掛けたのだからな」
 確かにその通りだ。もし実力で勝てる自信があるのなら、人質など取らなくても正々堂々戦えばいい。そうしなかったのは、絶対の自信がない証拠。
 ならば、有利なのはおのずと分かる。正面から戦うことをよしとしなかった者と、絶対に相手を打ち倒そうとしている者。精神的に優位に立つ方が戦いでは有利だ。
「いくぜ、レン兄」
 ソウが挑む。一度も勝ったことのない兄に。
「私は勝つ」
 だが、レンとて一流の剣士。それも勇者アレスに認められるほどの実力の持ち主。
 もともとのレベルだけでいえば、レンの方が有利なのは間違いない。ソウが勝っているのは気力だけだ。
『はあっ!』
 剣同士がぶつかり合う。その衝撃で一瞬、火花が散った。
「すげえ」
 ヒビキがその剣の鋭さを見て震え上がる。
「お兄様では一撃も持ちませんわね」
「俺は魔法専門だからいーんだよ」
「でも、さすがにレンさんですわね。あの勢いで剣を受けても微動だにしませんわ」
 もっとも、それはヒビキとて同じ。実力が伯仲している者同士の戦いには隙が生じにくい。相手の裏をかいて、いかに隙を作り上げるかが勝負の分かれ目だ。
「その程度で私を倒すつもりか、ソウタ」
「レン兄こそ、俺がどれだけ強くなったか計りかねてるみたいじゃねーか」
 ソウは強くなっている。間違いなく。
 その証拠に、力負けしていないし、スピード、テクニックでもレンに劣ってはいない。
 この数日でソウの力は確実に開花している。
「ふっ」
 だが、レンはそれを軽く鼻で笑う。相手を動揺させようとしているのは分かる。ソウも逆に笑い返した。
「こっちを油断させようったって無駄だぜ、レン兄」
「油断? 馬鹿が、お前は自分の最大の欠点に気づいていないようだな」
「なに?」
「力が強くなったのは確かだろう。だが、ただ強くなっただけでは真の実力ではない!」
 レンが踏み込む。さらにスピードを上げる。ソウもそのスピードについていく。
「互角だ」
「いえ、どちらかといえば──」
 ソウの方が、押し勝っている。間違いない。ソウが相手より速く動き、その動きを封じようとしているのだ。
「その程度かよ、レン兄!」
 鋭く剣を振りぬく。だが、レンはただ笑うばかり。
「まだ分からぬとは、お前も所詮、その程度だったか」
 力強くその剣を受け止めて、レンは力強く押し返す。
 すると、ソウの体がぐらりと揺らめいた。
「なっ!」
「ソウタさん!」
 双子の悲鳴が響く。今まで一度も力負けするどころか、相手を優勢に押してきたソウが、はじめてバランスを崩したのだ。
「力を得れば、その新たな力を使って戦いに臨まなければならん」
 さらに鋭い斬撃に、あわせた剣が弾かれそうになる。
「お前はその力を使いこなすだけの体力が足りないのだよ!」
 突き。それを受け止めるだけの力はない。必死に体を開いてかわすが、初めて裂傷を左肩に受ける。
「ソウタさん!」
 ユキの悲鳴。完全に形勢は逆転した。
「ちっ、ここでソウ兄を殺させるわけには」
 だが、ソウは手を上げて双子を止める。
「お前たちは見ていろ」
「でも、ソウ兄!」
「俺は負けない。今まで、俺がお前たちの信頼を破ったことがあったか?」
 確かに、この間の三十人抜きも、ついにソウは見事成し遂げた。それだけではない。子供の頃から一緒にいて、一度たりとも自分がかなえるといったことを体現してきた人物。
 それが双子にとって、誰よりも信頼しているソウタという人物。
「ソウタさん」
 ユキは泣き顔になって、それでもソウを見つめる。
「死んだら、許しません」
「死なないから大丈夫だ」
 そして剣をもう一度中段に構える。
「来いよ、レン兄」
「覚悟はできたようだな」
 レンの鋭い攻撃が、続けざまにソウを打つ。
 剣で受け流し、押し返し、さらには回避しながらその攻撃をかいくぐるが、徐々に足元がおぼつかなくなり、力もこもらなくなってきている。
「くっ、ソウ兄」
「ソウタさん」
 ヒビキは歯軋りし、ユキは両膝をついて手を組んでいる。
 だが、無情にもとどめの一撃がレンから放たれようとしていた。
「とどめだ!」
 ソウの体が完全に流れて、無防備な姿をさらけ出す。その彼の頭上に、鋭い一撃が叩き込まれる。
「何をやってますのよ! それでもモリヤ家の長男ですか!」
 妹の声が聞こえた。
 確かに気に入らない妹ではあったが、それでも半分、血のつながった妹。
 自分がここで勝たなければ、次は妹が殺される。それに自分を信頼してくれる双子も。
 負けられない。
 こんな危機、自分は何度も跳ね返してきたはずだ!
「うおおおおおおおおっ!」
 体が軽くなる。
 勢いに抵抗するのではなく、そのまま一回転して剣を振りぬく。
 がむしゃらに振りぬいた剣が、レンが振り下ろしてくる剣にあたって、その勢いで今度はレンの体が流れた。
「レン兄!」
 レンが作った、最大の隙。
 これを見逃すほど、ソウのレベルは低くない。
 手に、肉を貫く感触。
 ソウの剣が、レンの体内に深く突き刺さった。
「あ、が……っ」
 がらん、とレンの剣が地面に落ちる。
「俺の勝ちだな、レン兄」
 そして剣を引き抜く。その勢いでレンが倒れた。
「まさ、か。この、わたし、が」
 ごふっ、と大地に血を吐く。
「俺の執念の方が強かったみたいだな、レン兄」
「その、ようだ」
「ユキ、回復だ」
「いらん」
 そしてまた、ごふっ、と大量の血を吐く。
「ソウタ」
「おう」
「ジパングを、たのむ」
「分かった」
 二人の間にかわされたのはただそれだけ。
 レンが何を考えて行動してきたのかは分からないが、それでも最終的にはジパングのためになるということを信じて行動していたのは、きっと間違いないのだろう。
 やがて、息を引き取ったレンを看取ると、ユキが回復魔法をソウにかけた。
「助かったぜ、ユキ」
「私にできるのはこれだけですから。本当に、よくご無事で」
 涙目になっているユキとヒビキ。それから──
「随分、悪運が強いのね」
 まだツンとしている妹のエミコ。
「お前の声援のおかげで助かったよ」
「誰が、声援なんて!」
「お前も分かってるんだろう。レンがお前を利用しただけだってことが」
 エミコは何も答えない。だが、沈黙は何よりも事実を雄弁に物語っている。
「ま、いいさ。お前に嫌われてるのは今に始まったことじゃない。でも、今はまずついてこいよな。勇者様たちがオロチを倒す瞬間に立ち会えるかもしれないぜ」
 ソウが言うと双子も頷く。
「はい。行きましょう。アレス様たちを少しでも援護しなければ」
 そうして三人は駆け出し、しぶしぶその後をエミコもついていく。



 こうして、ジパングの問題はまず一つ、片付くことになった。






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