Lv.61

決戦のとき、最初の戦い








 奥へ進めば進むほど、人間たちの被害は大きくなっているようだった。
 もちろんモンスターの死骸も大量にある。だが、無数に感じられるモンスターに対して、人間たちは三十人。それが一人ずつ減っていけば、当然ながら一人あたりの負担は大きくなっていく。  生き残った者たちは、オロチの間の直前で勇者たちを待っていた。
「お待ちしておりました」
 征戎軍を率いたシオンが勇者たちに向かって頭を下げる。
「よくここまでたどりついてくれた」
 アレスは生き残ったメンバーを見て言う。
「ジパングのために勇敢に戦ってくれた勇者たち、死者、生者を問わず、三十人全員に心から御礼申し上げる」
「これも自分たちの国のためですから」
 生き残った者たちも、誰も怪我をしていないものはない。
 シオンをはじめ、立って勇者たちを出迎えたのは七人。まだ息がある重傷者は二人。先ほどのところに一人を置いてきたから、死者は全部で二十人、重傷者三人。
 まさに死闘。だが、生き残った者たちはそれを嘆いてなどいない。それが自分たちの役割であり、無傷の勇者たちがこの先、オロチを倒してくれると信じている。
「後は、お願いいたします。我らの国を、勇者様にお預けいたします」
「みんなの気持ちは受け取った。必ず倒してくるから、ここで待っていてくれ」
 アレスが言うと、仲間たちを振り返る。
「では、準備をしましょう」
 ルナが魔法をたてつづけにかける。バイキルト、ピオリム、スクルト、フバーハ。これだけの魔法を唱えても、まだルナには余裕がある。
「では、作戦通りに」
 四人が頷く。
 そして、軽傷の戦士たちによって、その扉が開かれる。
「行くぞ!」
 アレスとヴァイスが先頭に立って駆け込む。その後ろからルナと、いつでも魔法を放つことができる状態にいるフレイ。
「オロチ!」
 その先にいたのが、身の丈三メートル以上もあるヤマタノオロチ。その九つの首が一斉に息を吸い込む。
「マヒャド!」
 そのオロチに向かって先制パンチを放ったのはフレイ。得意の火の魔法ではなく、オロチの弱点だと思われる氷の魔法だ。それも走りながらパスルートを瞬時に描くという離れ業。
(さすが、フレイさんですね)
 その氷の魔法と炎の息吹が相殺されていく。そして、ここからがルナの力の見せ所。
(火は防げなくとも、オロチの攻撃は防いでみせます)
 仲間たちにはそう告げている。そして、それで充分。自分はやるといったら必ずやる。
「マヌーサ!」
 幻惑の魔法。九つの頭、すべてにその魔法がかかったのを確信する。うまくいった。
 これで敵の攻撃は見当違いの方向にいくはず。あとは──
「こっちだぜ、オロチ!」
 槍を構えて飛び上がったのはヴァイス。
「くらえ!」
 だが、つきたてたはずの槍は、オロチには傷一つ負わせることができていなかった。
(神剣、草薙の剣以外では傷をつけられないということでしたが)
 予想以上の硬さ。だが、こちらにはその神剣を奪い返す用意がある。
「アレス様!」
 目の眩んだオロチに向かってアレスが突進する。そしてフレイからの援護の魔法が飛ぶ。
「イオナズン!」
 さすがに容赦ない。最大級の魔法を続けざまに放っている。その魔法がオロチの背後で爆発すると、目の眩んでいるオロチは状況が把握できず、アレスの突進にも気づかない。
「くらえ──イオラ!」
 アレスは、そのオロチの腹部に爆発の魔法を集中させる。その衝撃で、飲み込んだ神剣を吐き出させようというのだ。
 無論、魔法一発で吐き出させることができるとは思っていない。アレスはすぐに引き、そこにルナの魔法が飛ぶ。
「メラゾーマ!」
 極大の火球がオロチの腹部で破裂する。傷つけるのが目的ではない。衝撃を与えて、胃液を逆流させるのが目的だ。
「ごぼっ」
 まだ、弱いか。
 だが勇者たちとて、それですべての技を出し尽くしたわけではない。
「これで、決まりだ」
 ヴァイスがその槍に魔法をこめて、腹部に第三撃目を加える。
「魔法槍、イオラ!」
 その爆発が決定打だった。ごぼごぼ、と真ん中の首から胃液があふれ出る。そして、一本の剣が見事に体内から吐き出された。
「草薙の剣!」
 アレスが素早く拾う。神剣は長年、オロチの体内にありながら、刃こぼれはおろかその輝きを一かけらも失ってはいない。オロチから吐き出されたばかりだというのに、神々しく輝いている。
「ヴァイスさん!」
 アレスがその剣を拾っている間に、オロチからの反撃がきた。ダメージを与えたヴァイスに向かって、九つの首のうち、二つから業火を吐き出されて全身が焼かれる。
「マヒャド!」
 遠距離からの援護射撃はフレイ。その炎と相殺するには遅いが、周囲の温度を下げるだけでも違う。
「アレス様! 距離を稼いでください!」
「分かった!」
 アレスが草薙の剣を握り、大声で「こっちだ!」と目の眩んでいるオロチを声で誘導する。
「ベホマ!」
 そうして距離と時間を稼いでいる間にルナがヴァイスに駆け寄り、唱えていた魔法を発動させる。
「ふいぃ、死ぬかと思ったぜ」
「手当てが遅れていたら本当に死んでいました」
 一撃で死に至らなかったのはフバーハのおかげだろう。この槍士はいろいろと運が良い。
「だがまあ、これで俺たちの勝ちだな」
「ええ。神剣さえ手に入れば、後は押し切るだけです」
 ヴァイスが槍に魔法を込める。そしてルナも魔法を準備する。
「行くぞ、オロチ!」
 ここからが本番だ。
 まず神剣・草薙の剣がオロチの右端の頭に傷をつける。そこをめがけてフレイとルナの火球が飛び、怪我した場所を焼き焦がしていく。切られただけならオロチは再生していくが、傷ついた部分が焼けてしまえば再生はかなわない。
「こっちだ、オロチ!」
 ヴァイスが背後に回って声をかける。その声に惑わされたところに、アレスがさらに傷をつけていく。そこへ二人の魔法が飛ぶ。
 痺れを切らしたオロチはやたらめったらに炎を吐き出すが、そんな無闇に攻撃したところで勇者たちに届くはずもない。
(確かにオロチは強い)
 正直、生死を分けるほどの戦いになるかと思った。実際、ヴァイスは先ほど死にかけた。
 だが、こうして相手を傷つけることができるようになった今となれば、どれだけ自分たちの方がオロチを圧倒しているかが分かる。
 これが勇者。勇者一行の力。
「くらえ!」
 動揺したオロチの腹部に神剣で切りつける。大量の鮮血が飛び散る。
 その瞬間、オロチの目に輝きが戻ったのをルナは見逃さなかった。
「マヌーサが解けています! 気をつけて!」
 その声の方が早い。オロチの首が鋭くアレスに襲い掛かるが、さきに距離を置いて、追撃を許さない。
「バギクロス!」
 ルナは真空の刃を一点に集中させて放つ。巨大なかまいたちが、アレスの作った傷口をさらに広げた。
「魔法槍、ベギラマ!」
 そこに、回り込んだヴァイスの魔法槍が突き刺さる。体内に直接放たれた魔法が、内側からオロチを感電させる。
 ぐるぉう、とオロチは断末魔の叫びをもらす。
「いけるぜ!」
 ヴァイスが再び槍に魔法をこめる。フレイとルナもそれぞれ魔法を唱える。神剣を握ったアレスがとどめをさそうと突進する。
 だが。
 オロチは飛び上がると、広間の奥の空間へと逃げ込んだ。
「なっ」
「逃げる気かよ!」
 オロチはその奥にあった空間──旅の扉へと飛び込んでいった。
「あれは、旅の扉!」
「てことは、あれが京につながってるってことかよ!」
 四人はその旅の扉にかけつける。だが、もはやオロチの姿はない。
「追いかけるぞ!」
 アレスの言葉に三人が頷く。そして、一斉に飛び込んだ──






 京。
 征戎軍の出撃と同時に、イヨは活動を開始していた。
 ソウに言われた通り、このジパングで姿を消した人物を探し出す。自分の目と、さらにはカエデにも協力してもらって、誰がいて、誰がいないのかを明らかにする。
「八大臣は全て所在確認しました」
「ありがとう、カエデ。後確認していないのは? 私も高官はほとんど確認しましたけれど、一人だけ、スオウ・レン将軍の姿が見えませんでしたが」
「それは私も確認しておりません。後──」
「後?」
「ヒミコ陛下の姿もです」
「陛下が?」
「はい。というのも、勇者様たちを見送った後、儀式の間で無事を祈るのだということで、一人こもっておられるのです」
「儀式の間……」
 もし、そこにヒミコがいなかったとしたら、どうなるのか。
 それは奇しくもソウが、いや賢者ルナが予見した通り、このジパングの中にオロチの扮した人間がいるということになる。それも、国のトップである女王ヒミコが、だ。
「儀式の間へ行きます」
「ですが、何人たりとも通してはならないと、固く命令されております。我ら影の一族といえど、近づくことはできません」
「カエデ。このジパングの命運がかかっているのです」
 イヨは厳として言い放つ。その覚悟と決意に、カエデも頷くほかはなかった。
「参りましょう」
 イヨは足早にヒミコのいる儀式の間へと向かう。
 が、その途中だった。
「──イヨ、ですか」
 ぜいぜい、と苦しげな呼吸をした女性の声が聞こえた。
「陛下!」
 血の色を失ったヒミコが、その通路の途中にいた。
 周囲には誰もいない。自分とカエデ、そしてヒミコの三人だけがここにいる。
「どうなさったのですか、そのような」
「油断、しました」
 見ると、その腹部が血に染まっている。
「今、手当てを!」
「待て!」
 ヒミコに駆け寄ろうとしたとき、イヨの背後から別の声がした。
「お父様」
 そこには王弟、カズサがいた。
「姉上……その怪我、どこで負いましたか」
「たった今、儀式の間で。突然襲われたのです。相手は──分かりませぬ」
「証拠はございますか」
「証拠?」
「はい。姉上が、真に姉上か。それとも──勇者殿によって手傷を負わされて逃げてきたオロチが、姉上の姿を擬態しているのではないか、ということです」
「おろかな、ことを」
 ふ、とヒミコは笑う。
「カエデ、医者を連れてこい」
 カズサは影に命令する。
「は、ですが……」
「もし姉上がオロチの擬態だとしても、イヨは私が守る。だが、姉上が真に姉上ならば、治療しなければ命に関わる。医者を連れてくるならばお前が一番早い」
 逡巡したカエデだが、すぐに行動に移る。
「馬鹿な」
 ヒミコが毒づく。
「姉上。一つだけ確認させてください。何故、あの儀式の間におられたのですか」
「既に全員に伝えた通りじゃ。わらわは勇者殿のため、祈りを捧げると」
「そして戦いの間、誰にも見られなかったということですか」
「カズサ。わらわを疑うか」
「疑われるような行動を取った姉上が悪い。今しばらくその場でお待ちくださいませ。医者が来るまでは」
 だが、医者より早く駆けつけた者たちがいる。
「ヒミコ陛下! カズサ殿下! イヨ殿下!」
 一番にアレスがその場にたどり着く。そして、そのヒミコの腹部に怪我をしているのを見た。
「その怪我は、さっき僕がつけた──」
「やはり、そうか」
 カズサが笑った。
「これではっきりしたぞ! 姉上の振りをしたオロチめ!」
 カズサが大きな声で言うと、勇者に向かって言った。
「勇者殿! オロチを倒してくだされ! 私はイヨを安全なところへ!」
 そしてカズサはイヨの肩を抱くと、その場から離れる。
 だが。
 ヒミコが、動いた。
 怪我をしているのを気にもとめず。
「イヨ!」

 ヒミコが、二人に襲いかかった──






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