Lv.62

決戦の時、二度目の戦い








 アレスは、そしてようやく追いついたヴァイス、フレイ、ルナの三人は、それをただ見ているしかなかった。
 ヒミコが襲いかかったのは、カズサとイヨ。
「ヒミコ陛下」
 イヨは何も身動きがとれずに、迫るヒミコの襲撃をただ待つ格好となった。
「イヨ殿下!」
 アレスたちが近づくより早く──
「あ、ぐぅ……」
 イヨは、その場に腰をついていた。
 目の前で、信じられない光景を見た。
 父が。
 カズサが。



 その体から別の首を生やして、ヒミコの体に噛み付いている──?



「後少しだったというのに、この女狐が」
 カズサの顔が凶悪に歪む。
「だがまあ、貴様でも食事には充分だ。何しろ神の力を持った女だからなあ。いつかはお前を食ってやろうと、この十年間、ずっと傍で見ていたのだ。くかかかか、ようやく喰える。お前の血は、今までの生贄の誰より美味だな」
「か、ずさ」
 胴体を噛み付かれたヒミコだったが、それでもなおカズサを睨みつけるのをやめない。
「お前が、オロチ、だったのですね」
「そうとも。十年前、お前の父親を殺した後、このジパングにもぐりこみ、生贄として娘を差し出させるようにするために工作してきたのだ。せっかくの餌場だったというのにな。くくく、だがまあ、別にかまいはせんよ。ここで失敗したなら、また別の国へ行って餌場を見繕うだけだ」
「カズサはどうしたのですか」
「ああ? あの糞餓鬼ならとっくに消化したぜ。最初はジパング兵士を装ってここに入ってきたんだが、あいつに見破られてなあ。あのラーの鏡って奴はなかなか面倒そうだったんで、隠させてもらったぜ。せっかくだから賢者の石も一緒にな」
 消化した──つまり、オロチに食べられた、ということ。
「だがまあ、お前なんかよりもっとうまそうなご馳走を今年は喰えると思っていたんだがな」
「まさか、イヨを」
「ああ。お前が何を思ったか、生贄をこの予言の力を持つ娘にしてくれたおかげで、今年はご馳走だと思っていたんだがなあ」
「オロチ、お前が、生贄を決めていたのですか」
「ああ? そんなのは知らねえよ。決めてたのは大方、スオウんとこの爺だろ。まあ、若い娘ならなんでもいいから、ほったらかしにしてたがな」
「儀式の間でわらわを襲ったのも、そなたですね」
「ああ。そいつらにつけられた傷が案外大きかったんでね。お前が一人でいるのを見つけて食事にさせてもらうつもりだったんだが、うまく逃げやがったな。でも、これで終いだ」
 骨が砕ける音。
 そして、上半身と下半身が分かれて、ヒミコの体が大地に落ちる。
「陛下!」
「ふははははははは! うまい! うまいぞ! こいつは極上の肉だ!」
 そしてカズサの姿をしたオロチが、さらに倒れているイヨを見た。
「次はお前の番だ、イヨ!」
「させるか!」
 神剣・草薙の剣を握ったアレスが飛びかかる。
「馬鹿め」
 そのカズサの姿が、オロチの姿へと変化していく。
「さっきは油断したが、二度もやられはせんぞ!」
 オロチは炎を吐き出す。その炎が壁や床を一気に焦げ付かせ、あちこちの天井が崩れ落ちていく。
「マヒャド!」
 フレイとルナが同時に氷の魔法をかけていく。だが、オロチの炎はますます勢いを強める。
「嬢ちゃん、こっちだ!」
 ヴァイスがイヨを抱き上げて遠ざかる。獲物を逃したオロチだったが、それよりも目の前の勇者たちを始末する方が先だと考え直したようだ。
「やはり人間並の知能はあったようだな。ヒミコ様にお前と同じ傷を負わせたのも作戦か?」
「ふはははははは! あの場でヒミコを食い殺し、いっそのことヒミコになりすますつもりだっただけのことよ! まあ、最悪お前たちが騙されるならそれでもいいとは思っていたがなあ!」
「下衆め」
「馬鹿が。この狭い場所でどうやって戦うつもりだ。先ほどのように目くらましがあるわけでもない。お前たちに勝ち目などないぞ!」
「そうでもないさ」
 問題はオロチの炎だけ。それさえ回避できればオロチを倒すことは難しくない。アレスの手には神剣が握られており、その力はオロチをも上回る。
「死ね、勇者よ!」
 残っていた頭が、全て炎を吐き出す。その業火を、アレスは正面から受けた。
「アレス様!」
 その炎の中に隠れたアレスに、さらにオロチが突進する。
「死ねええええええ!」
 オロチの首が一つ、アレスの影に噛み付く。
 だが、そのオロチの牙が、豪快に折れた。
「があああああああ!?」
 のたうつオロチ。何が起こったのか、炎に隠れている状態では見えない。
「あいつ、その手できたか」
 ヴァイスは首をひねった。フレイは最初から分かっていたかのように、少しも驚いていない。
「まさか、あれは」
 勇者にのみ認められているという魔法。
「鋼鉄魔法、アストロン」
 その炎が完全に収まると同時に、アレスの鋼鉄化が解けた。
「くらえ!」
 と同時に、神剣で攻撃する。オロチの首が一つ飛んだ。
「ぐあああああああああああああっ!」
「ベギラゴン!」
 その傷口にフレイの魔法が飛ぶ。この場においてもまだタイミングを測って攻撃をしかけようとしていたのだ、この魔法使いは。
「こっちもいるぜ! 魔法槍、メラミ!」
 背後からヴァイスが槍を投げつける。それが見事に傷口に命中して、体内で火球の爆発を起こす。
「ジパングの人の痛みを、お前が受けてみろ」
 アレスは集中する。そして、焼け落ちた天井の上──空を見上げて、魔法を唱えた。
「ライデイン!」
 空から一筋の光。
 激しい雷光がオロチの体を打ち、全身を焦げ付かせる。
「とどめだ!」
 ここぞとばかりに魔法を放つ勇者パーティ。
 フレイとルナがメラゾーマでさらにその体を焼くと、とどめは神剣・草薙の剣を持ったアレスが一閃。
 それは、確実にオロチの心臓を切り裂いていた。
 既に原型をとどめていないオロチは何度か体を痙攣させて、その場に倒れる。
 こうして、ジパングを恐怖に陥れていたモンスター、ヤマタノオロチは完全に絶命したのだ。
「ヒミコ陛下!」
 戦いが終わり、ようやく動けるようになったイヨが、倒れたヒミコのもとにたどりつく。
「ヒミコ様! 伯母様!」
「イヨ、ですか」
 その声はもはやかすれてよく聞こえない。まだ意識があったのかと、それだけでも充分奇跡に値する。
「イヨ、そなたには、謝らなければ」
「喋らないで、伯母様」
「わらわは、自分のために、そなたを、生贄にすることに、決めました」
「伯母様?」
「そなたが、いとおしくなかったのでは、ありません。でも、そうするしか、なかった」
「伯母様!」
「かわいい、わたしの、姪。これからは、そなたが、ジパングを──」
「伯母様! 伯母様、死んではいけません、伯母様!!!」
 だが。
 それですべての力を使い果たしたジパングの女王、ヒミコは完全に力尽きた。






 戦いは終わった。
 犠牲も出た。特に、女王ヒミコが倒れたということが、この国にとって大きな痛手となったのは間違いないことだった。
 旅の扉によって戻ってくることができたソウや征戎軍のメンバーも、事情を聞いてうなだれる他なかった。
「カズサ様がオロチだったなんてな」
 予想をしていなかったわけではない。ジパングの上層部は全員が怪しいと思っていた。だからそれ自体は驚愕に値することではない。
 とはいえ、実際にこうして『カズサがオロチだった』という事実は簡単に納得できるようなものではない。だが、アレスやルナ、そしてイヨまでが目の前でカズサの変貌ぶりを見た。その場にいなかったソウたちも納得するしかないのだ。
「ですが、これでオロチによる被害はもう出ることはないでしょう」
 いまや唯一の王位継承者となったイヨが全員の前で言う。
「アレス様、ヴァイス様、フレイ様、ルナ様。オロチを倒してくださって、ありがとうございます。国を代表して、御礼申し上げます」
「いえ。ヒミコ陛下を助けられなかったのは僕らの力不足です。大変申し訳ありません」
「それは、この国の誰もが同じです」
 イヨは集まった者たちを見て言う。
 政庁の広間。玉座には仮にではあるがイヨが座っており、下座には八大臣とソウやヒビキたちが控えている。そしてアレスたちは客人として遇されている。
「ヒミコ陛下、そして父上がいなくなって、ジパングはこれから変わらなければなりません。ソウタさん、ヒビキさん、ユキさん。これからもどうぞ、よろしくお願いします」
「ああ」
「もちろんです」
「お任せください」
 三人がそれぞれに答える。そして、
「一つだけ、すぐに決めておかなければならないことがあります」
 それは、このオロチ戦と平行して行われた、もう一つの事件のことだ。
「スオウ様。何か、申し開きをすることはありますか」
「いえ。息子の不始末は親である私がするべきでしょう」
『スオウ・レンがモリヤ・エミコを誘拐』し、『ソウを殺そうとした』ということについてだ。
「何故、息子がそのようなことを考えたのかは分かりませぬが」
「それについては私の方から申し上げます」
 ルナが前に出て言う。
「おそらく、レン様は、生贄選定の儀式に関わっていたものと思います」
「なんですと」
「それはどういう」
「最後にオロチとヒミコ陛下との会話から、生贄を選定していたのは、陛下でもオロチでもなかったことが確認できています。つまり、生贄を指名していたのはオロチではなく、別の、それもこのジパングの中の人間だったということです」
「馬鹿な」
「それがレン殿だと」
「正確には、レン様はただの小間使い。黒幕は別にいます」
「というと?」
「生贄の選定をしていたのは、スオウ・ガイ様です」
「なんと」
「ガイ殿が」
 混乱が一通り静まったところで、イヨがその後を続ける。
「既にスオウ・ガイについては征戎軍が身柄を取り押さえております」
「おお」
「なんと素早い」
「シンヤ殿。話によると、あなたは、この生贄選定には一切関わっていないどころか、全く知らされてもいなかったそうですね」
 シンヤに話が振られたが、周りの大臣たちは「まさか」「一家の当主」がとシンヤを見ている。
「確かに、私に何の相談もなく、父であるガイと、息子であるレンが共謀していたのは事実のようです。ですが、私も貴族の端くれ、責任を負う覚悟はあるつもりです」
「わかりました。シンヤ殿の処遇についてはおって沙汰するので、下がってよし」
「は」
 シンヤは退席を命じられて、広間から出ていく。
「これでだいたい片付いたかな」
 ヴァイスが小声でルナに語りかける。が、ルナは首を振った。
「いいえ、まだです」
「まだ?」
「ええ。オロチを倒したのはいいですけど、肝心のオーブが見つかっていませんから」
「そういやそうだったな」
「でも、それはすぐに見つかると思います。私の予想が正しければ、明日にでも」
「そりゃまた早いな」
「ええ。後はもう一つ、気になっていることがあるんです」
 ルナとヴァイスの話は、他の大臣たちとイヨとの会話にまぎれて誰にも聞こえていない。
「というと?」
「ヒミコ陛下がどうして生贄をイヨ殿下にしたのか、その理由です」






 ラーの鏡、賢者の石は、カズサの部屋で発見された。こうして、ジパングには三種の神器が十年ぶりに戻ってくることになった。
 賢者の石はその力を早速知らしめることになった。特に征戎軍の重傷者までが全快していくのを見て、ルナが一度じっくり研究したいと思ったのは別の話。
 スオウ・ガイに対する尋問から、意外なことが分かった。その事実はさまざまな人間を驚かせたが、それを聞いてルナは自分の考えに間違いはないだろうということを確信した。



 ガイが選定していた今年の生贄は、やはりミドウ家のヤヨイだったのだ。






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