Lv.67

別れの後に、再会は訪れる








 翌日。昼近くになってから勇者たち一行は一度ダーマへと飛んだ。
 時間を遅らせたのは、地球の自転によって時差が生じるからだ。この時間に飛べば、ダーマはちょうど朝方になる。そうした計算をした結果の時間設定だ。
 目的は二つ。まずラーガ師に経過報告を行うこと。それからもう一つ。学友のディアナ=フィットにエジンベアでの調査協力を求めることだった。
「いない?」
 十日ぶりにダーマに戻ったルナたちだったが、残念なことにその二人ともがダーマにいなかった。
「ええ。ラーガ師は会議でランシールへ。それからディアナだけど」
 少し答えにくそうな顔をして答えたのが教官のナディアだった。
「故郷のエジンベアへ戻っていったわ。もうここにいる必要はないって」
「どうして」
「私に聞いても分からないわね。まあ、大魔導師という意味なら確かにあの子はもう充分な力を持っている。若いけどダーマの指導教官だってできる資格があるわ」
「それなのにエジンベアへ?」
「ええ。あの子はああ見えてもエジンベアでは有力貴族の直系の娘だから、もしかしたら何か家の事情かもしれないけど」
「家の、って」
「エジンベア王の息子、ヘンリー王子が結婚適齢期なのは知ってるわよね。しかも」
「はい。あ、まさか」
「そのまさか。フィット家が、自分の娘をエジンベア王の息子に嫁がせようと考えてもなんらおかしいことはないわ。年齢も近いし、美男美女で家柄も高いからつり合いが取れるもの」
「ディアナはそれを望んでいるのですか?」
「さあ。でも、あの国に生まれた人間はそれを最初から覚悟していなければならないわ。女はみんな出世のための道具にされる国だもの」
「そんな」
「私は同じようにただ嫁ぐだけの人間になりたくなかったし、家での序列も高くなかったからダーマに来て幸い教官になることもできたけど、あの子は私とは立場が違う。フィット家の長女として、家長から『嫁げ』と言われたら拒否はできないわよ」
 納得がいかなかった。
 ジパングでは自分の子を守るために犠牲をいとわなかった親もいたというのに、エジンベアでは子供を自分の道具としてしか考えていない親もいる。
「ディアナに会いたいと思います」
「そう。別に止めはしないけど、知っているわよね、エジンベアのことは」
「はい。入国というか、都市に入る許可がいるんですよね」
「ええ。簡単に許可が下りる国ではないわ。紹介状があった方がいいでしょう。少し待ってなさい。ロウィット家の紹介で何とかなればいいのだけれど」
「ありがとうございます、ナディア師」
「気にしないで。ラーガ師からもあなたのことを頼まれているのだから」
 そうして一時間もしない間に、ナディアは紹介状を持って戻ってきた。
「はい。後はあなたが何とかなさい。最悪、レムオルで中に入る手だってあるでしょうし」
「でもそれは密入国ですよね」
「そうなるわね。でも見つからなければ問題ないわよ。あの国、入国さえしてしまえば後はどうとでもなるところがあるから」
 まあ、きちんと入れるにこしたことはない。紹介状をありがたく受け取って、ルナたちはさらにエジンベアへと飛んだ。






「ロウィット家の人間の紹介状? 駄目駄目、帰った帰った」
 が、案の定エジンベアの王都、エディンバラへの入口で四人は止められてしまった。
「どうしてですか。ロウィット家の方の正式な紹介状ですが」
「そんなものいくらでも偽造できる。とにかく、田舎者がこのエディンバラに入ることは許さん!」
「うわお、田舎者だってよ」
 ヴァイスが肩をすくめる。
「……田舎者」
「って、どうして俺を指さすんだ、フレイ。お前もだろ」
「フレイを相手にするなら僕が相手になるよ、ヴァイス」
「ったく、お前たちは仲いいな、本当に!」
 三人が面白いように話をはずませている。誰も入国できるかどうかという事態に対して『さほど問題はない』と思っているところがすごい。
「何を言っても駄目だ。とにかく帰れ!」
「まあ、気持ちは分かります。今はエジンベアにとっても大切な時期ですからね。ヘンリー王子の花嫁選びが行われているところに、危険人物は入れたくないのでしょう」
 相手を少し思いやって言う。
「ふん、分かっているではないか田舎者。ではさっさと立ち去れ」
「そういうわけにはいきません。私はフィット家のディアナさんに用事があるのです」
「何、フィット家?」
 その言葉に反応する門番。
「はい、ですから──」
「貴様は先ほどロウィット家の紹介状を出したではないか! 何故相手が違うんだ! ええい、ますます信用ならん! 帰れ!」
 聞く耳持たず。
「紹介状の相手と用事の相手が違うことくらいあっても当然だろうに、頭悪いのかねえ、ここの門番」
「仕方がないよ。自分の考え以外は認められない人たちばかりの国なんだ」
「……おなかすいた」
 ヴァイス、アレス、フレイの順番に勝手なことばかり言う。
「貴様ら、この国を愚弄するか!」
「国はともかく、お前さんの態度は納得いかないぜ。こっちは正式な紹介状を持ってるんだからな」
「ならばそれが本物かどうか確かめる! はっきりするまで待っていろ!」
「確かめるって、どうやってだよ」
「お前たちがダーマから来たというのならダーマに問い合わせるまでだ」
「どれくらい時間がかかるんだ?」
「そうだな。伝書鳩を飛ばして、戻ってくるまでだから半年はかかるかもしれん」
「ふざけんなよてめえ」
 さすがにその言い方にはヴァイスも頭にきた。アレスやフレイも機嫌が悪そうだ。
「やるつもりか? だが、もしもお前たちが手を出すなら問答無用で牢屋に放り込むが」
 四人が目を合わせる。そうやって中に入るのも一つの手かもしれない。
「やっぱ、やるしかねえんじゃねえのか?」
「私はあまり賛成したくはありませんが」
「……ここにいるのは時間の無駄」
「どうだろう。僕もまずは中に入ることの方が先だと思うけど」
 三対一。さすがにルナ一人だけが反対意見ということはこれは押し切られることになる。
「分かりました。いざというときは逃げ出すことにしましょう」
「よしきた」
「……話が分かる」
「ごめんな、ルナ」
 全く、勇者一行ともあろうものが密入国とは。
 エジンベアという国が最初から好きになれなくなるのも当然のことだった。
 だが、その考えは実行に移されることはなかった。
「何をしていますのよ!」
 聞き覚えのある声。それが町の方から聞こえてきた。
 ゲートをくぐって出てきたのは、もちろん。
「ディアナさん!」
「何をしているのかと、聞いていますのよ」
 ディアナは門番に対して尋ねた。
「は、はいっ。この田舎者どもが、無法にもエディンバラに入ろうとしておりまして」
「無法?」
 カチン、ときた様子でディアナが表情を変える。
「その人たちは私の客人よ」
「……は?」
「聞こえなかったの? このフィット家の長女、ディアナ=フィットの客人だと言ったのよ。さっさとそこを通しなさい!」
「は、はっ!」
 所詮は雇われの門番。地位の高い者が出てきたら素直になるしかない。
「ディアナさん。ありがとうございます」
 ルナが笑顔でディアナにお礼を言う。
「気にしないでいいですわよ。たまたま散歩のついでに立ち寄ったところで見た顔があったから、驚いて声をかけただけですもの」
「でも、ディアナさんのおかげで入国することができます。ありがとうございます」
「まあ、感謝されて困ることはないですわ」
 そしてディアナが後ろの三人を見る。
「あら、確か勇者ご一行じゃありませんこと」
「なんかトゲのある言い方じゃねえか、おい」
「トゲしか含ませてませんもの。当たり前ですわ」
 ふん、とディアナがふくれる。
「言っておきますけど、この間は負けたかもしれませんが、今度は負けませんわよ」
 ディアナがフレイに向かって言うと、ぼーっとした顔でフレイが答える。
「……誰?」
 その反撃は強烈だった。






 フレイの攻撃に大爆笑したヴァイスと憤慨したディアナだったが、それがおさまるとようやく町の中に入ることになった。
「大きな町ですね」
「当たり前よ。世界最大の百万人都市を甘く見られたら困りますわ」
「ジパングなんか京で六万、全部あわせても十五万だったのにな」
「エジンベアの正確な人口はおさえられておりませんけど、確認が取れているだけでも三百万は下りませんわ」
「アリアハンの軽く倍はあるな」
「アリアハンも最近は人口が増えてきて、国力が上がってきておりますわね。それも国王の力が関係していますわ」
 アレスとヴァイスが同時にディアナを見る。
「何ですの?」
「いや、さっきの門番からしても『アリアハンなんて田舎と一緒にするな』みたいなことを言うんじゃないかと思ってな」
「それはまあ、確かに一緒にされても困りますわ。エジンベアは世界の中心。その自負を持って行動するのがエジンベア人ですもの」
「あ、やっぱり俺、納得いかんわ」
 ヴァイスが両手を上げる。
「ルナ。あなたのお仲間は、私に喧嘩を売りに来たんですの?」
「いや、どちらもどちらだと思うけど」
 ルナがくすくすと笑う。それを見てまたアレスが驚く。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ルナがこんなに笑ってるのを見るのは珍しいと思って」
「そうですね。ソウと一緒にいても楽しいですけど、ディアナと一緒にいるのもまた別の楽しさがあります。私はディアナとこうして話をしているのが大好きなんです」
「そうですわね。私もダーマじゃ私の知識にかなうのはルナくらいしかおりませんでしたし、話す相手が自然と限られておりましたわ」
「類は友を呼ぶって奴だね」
「ルナが、類?」
 アレスの言葉にヴァイスが過敏に反応する。そして両手をルナの肩に置く。
「頼む、ルナ。こんな性格にだけはならないでくれ」
「どういう意味ですの」
 ディアナがヴァイスを睨みつける。
「さっきからあなたはどうも礼儀がなってませんわね。消し炭にしてあげてもよろしいんですのよ」
「お前が魔法を使うより俺の槍の方が速いぜ」
「試してみます?」
「いつでもいいぜ」
 突然往来の真ん中で睨み合う二人。
「そのあたりにしてくださいね、二人とも」
 それをやんわりとルナがなだめる。
「それより、ディアナの家はどちらになるんですか?」
「もう見えてるわよ。あれ」
 周りに比べてひときわ広い敷地に大きな屋敷。城の次くらいには大きいのではなかろうか。
「でかい家だな」
「フィット家は王家に次ぐ家ですもの。それなりの大きさがなければ格好がつきませんわ」
「家政婦たくさんか」
「まあ、家族だけで掃除して回ることはできませんもの」
「自分で掃除するのかよ」
「しますわよ! 何ですの、その子供みたいな扱い方は!」
「いや、お前さんの態度からして、とても人並みの生活ができてるとは思えなかった」
 パスルートに魔力が通る。それをフレイとルナは瞬時に感じた。
「ディアナ、殺人は駄目!」
「……ヴァイスも言いすぎ」
 やれやれ、とアレスが肩をすくめる。
「それにしても、本当にお邪魔してもいいのかい?」
 アレスが落ち着いたディアナに声をかける。
「そうですわね。友人をお迎えしないのはフィット家の名がすたりますわ」
「おう、悪いな」
「あなたは外で待ってなさい」
 それにしてもどうしてこの二人は何かあるたびにいがみあうのだろう。
「……眠い」
 既にルナがかなり眠いモードに入っている。考えてみれば今日は時差分も活動しているので、いつもより長く行動している。普通ならもう夜の時間だ。
「いいですわよ。何泊されても私は別に困りませんもの」
「それじゃあ、申し訳ないけどお言葉に甘えようか。旅費も無限にあるわけじゃないからね」
「はい。私は久しぶりにディアナと話ができるので嬉しいです。それに──」
 オーブの問題がある。エジンベア王家にレッドオーブが代々伝わっているという噂。それが本当かどうか確かめなければならない。
「そういえば、山彦の笛を吹いてなかったよな」
「ああ。でも、前にルナが吹いてたんだろ?」
「まあ、ものはためしに吹いてみりゃいいじゃねえか」
 それもそうか、と往来の隅に避けて笛を取り出す。
「ま、どうせ確認程度だけどな」
 ヴァイスの言葉に肩をすくめてアレスが吹く。
 山彦の笛は吹いたものにしかその音が聞こえない。なにしろオーブを集めるためだけに存在する笛。魔法的な力がかかっている。
 そのアレスの表情が真剣なものに変わる。
「どうした?」
「聞こえた」
「は?」
「山彦があった。このエジンベアにオーブが存在する」
 一同が、声を失った。






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