Lv.68
思惑が飛び交う都市の中で
ひとまず五人はフィット家の館へと入った。
こうやって新しい国に来るたびに知人がいるというのは非常にありがたいことだ。その国の状況や、こうして貴族が相手だと顔がきくこともある。
特に今回は、オーブの在り処を探さなければならない。となると高価なものなら持っている人間は限られる。
「まずは何から説明すればいいかしらね。まあ、エジンベアに詳しくない方もいらっしゃるようですし、簡単に国の説明をしてさしあげましょうか」
もちろんディアナが説明するくらいのことはルナにも分かる。もしかするとディアナよりもずっと詳しく知っているかもしれない。だが、ここは当事者の言葉でエジンベアの説明を聞くことができるというのが大切だった。
また、アレスやヴァイス、フレイはこの国のことをほとんど知らない。だからこそ説明は必要だった。
まずこのエジンベアという国の立地。グレートブリテン島と、隣のアイルランド島という二つの島からなる連合王国。海に面しているだけのことはあり、陸軍よりも海軍に力が入っている。エジンベア海軍は世界で一番の軍事力を誇る。
八年前、大西洋上にて世界の覇権をかけた戦い、大西洋戦争がポルトガとの間で争われた。エジンベア近海で最終決戦となり、ポルトガの『無敵艦隊』はフランシス総督率いるエジンベアの小型艦隊に敗れた。それが完全な盟主交代の場面だった。
そのエジンベアが現在出資しているのが新大陸の東海岸地区だ。ここに大規模な新都市を建設し、この大陸を支配する橋頭堡としようとしている。
そういうわけで、いまや世界の中心といえばエジンベアと答が返ってくるくらい、国力が高まっている。まさに最盛期だ。
その最盛期を支える国王がエドワード王。エドワードという名前では三世に当たる。海軍を強化し、たったの二十年でエジンベアを最強国家に作り上げた優秀な国王である。
エドワード王には正妻の他に二人の側妻がいる。正妻は子供が埋めないため、側妻がそれぞれ一男一女ずつをもうけている。したがって全部で四人の子供がいる。
国の跡継ぎになるのは長男のヘンリー王子。今年十九歳になる。数年前から結婚適齢期には入っていたのだが、女性と恋を語るよりも剣や魔法の方が好きという根っからの活動家。気さくで明るく庶民からも人気のある裏表のない人物と言われている。
そんな王子だからこそ妻候補として名乗りを上げるものは多い。それこそ国内にとどまらず、国外からも殺到するありさまだ。
国外からの婚姻をしないというのならば、王家に見合うだけの家柄は国内に七つしかない。いわゆる『七公爵家』だ。
ディアナのフィット家をはじめ、ロウィット家、シーフォード家、ノルマン家、テューダー家、ウィンチェスター家、ウィリアムズ家の七公爵。その中でも特に強い力を誇っているのがディアナのフィット家とノルマン家。公爵同士はそれぞれに親交もあるが、基本的にはいずれも牽制しあっている状態だと考えていい。
七公爵家からヘンリー王子に見合う年齢と外見を備えた娘といえば、該当するのは三家しか存在しない。フィット家のディアナ、ノルマン家のシェリー、そしてウィリアムズ家のケイトだ。おそらくはその三人のうちのいずれかをヘンリーが娶るものだと思われている。
「もちろんそのつもりですわ」
説明の途中、気になっていたことをルナが尋ねた。すなわち、ヘンリー王子と結婚するつもりがあるのか、というものだ。
「ヘンリー王子が悪い方ではないというのは知っています。問題は、ヘンリー王子が私にはあまり興味がないということでしょうけど」
「そりゃそうだ。お前さんの気性を見りゃ、誰だって引くもんなあ」
「お黙りなさい」
冷たい視線と声。それは冗談が通じるような雰囲気ではなかった。
「エジンベアの公爵家に生まれた以上、私も父上に嫁げと言われたならそれを拒否することはできません」
「家のために犠牲になるのは、あまりかっこいいとは思えないけどな」
「譲れないことがあるのです」
ディアナは姿勢を正してからはっきりと言う。
「私たちの祖先は、自らの命をかけて戦い、今日のフィット家を築き上げてきました。私たちはその子孫として、祖先に対して恥じない人間であることを心がけなくてはなりません。他の貴族の中には、祖先の遺産を食い潰すだけの者がいるのは事実です。ですが、フィット家はそうはならない。常に誰から見ても優秀であるように努めなければなりません。私がダーマで修行をしたのもその一貫です。賢者になれれば一番でしたけど、私にはその素質がありませんでした。そのかわりダーマでも一、二を争う大魔導師にまでは到達しました。さらには政治や経済も勉強し、文官としても充分な才能を持っていると自負しています。私たちはたゆまぬ努力を続け、フィット家をさらに発展させるように自らを戒めているのです」
ディアナの言葉に、ヴァイスが肩をすくめる。
「何か?」
「いや、立派だよ。掛け値なしにそう思う」
「ふくみのある言い方ですこと」
「何もねえよ。少なくとも家が嫌いで飛び出した俺とは大違いだ」
アレスとフレイが視線を交わす。だが特別は何も言わなかった。
「だったらもう少し、見方を変えてくださると嬉しいですわ。それに、あなたも逃げ出したとおっしゃいましたけど、でもその力は勇者さんの役に立っているのでしょう? それを誇るべきですわ」
「それについては誰にも負けるつもりはねえけどな」
先ほどまで犬猿の仲に見えた二人が突然話が噛み合う。こんなものなのだろうか。
「ソウといい、お前さんといい、人は見た目によらねえんだな」
「ソウタさんとは抱えているものが違います。むしろソウタさんの方が重いですわ。お姉さんの命がかかっているんですもの」
「ディアナ、知っていたのですか」
ルナが尋ねる。
「ええ。私が何度か『さっさとルナに告白しなさい』ってけしかけたんですけど、そうしたらすごいことを言われて何も言えなくなりましたわ」
またそうやって返答しづらいことを言われる。
「えっと、ジパングでのことなのですが」
ルナがジパングであった出来事を話すとディアナが顔をしかめた。
「あの馬鹿」
だが、吐き捨てた言葉は一言だけだった。
「まあいいですわ。それで、まだお話をうかがってませんでしたわね。ここに来たのが何のご用事でしたかしら」
「実は、こういうものを探しているんだ」
アレスが懐からオーブの入った袋を取り出し、一つを見せる。
「綺麗な水晶ですのね」
「オーブっていうんだ。バラモスを倒すには必要なアイテムでね」
「エジンベアにこれがあるのですか?」
「そうみたいだ。それにもともと、ここの王家にはオーブの伝承があったらしくて、もしかしたらどこかで保管されているのかもしれない」
何を言っても推測にすぎない。何しろ十日近く前にルナが笛を吹いたときには反応がなかったのだ。
考えられるのは二つ。
一つは、誰かが常に持ち歩いていて、たまたまこの間ルナがここに来たときにはその人物が国にいなかった。
もう一つは、この十日くらいの間に輸入品か何かにまぎれて国に入ってきたというものだ。
「十日前の出入国の状況なんて分かりませんわ」
「そのころ、この国の王族や貴族で国を離れていた人がいれば」
「ですから、私はまだそのときはダーマにおりましたもの。ここに来たのも四日前ですのよ」
「あ」
ルナが当たり前のことに気づいて声を上げた。
「そうか。そうでしたね」
「あなたがたがジパングに旅立ってから私もエジンベアに戻ってきたのです。それより前のことなど分かるはずがありませんわ。この国の出入国記録を確認することくらいはできるかもしれませんが、あの杜撰な役人たちですから、どこまであてになるか」
「突破口だけでも分かればかまわないぜ」
ヴァイスが言うと気乗りしない様子でディアナが頷く。
「そうですわね。そちらの方の記録はフィット家の力を使えばすぐに手に入るでしょう。今日の夜にでもここに持ってこさせますわ。後は」
ディアナが考えを張り巡らせているところを、ルナがじっと見つめる。それを受けて、ディアナは自分の考えを下げた。
「ルナの方がいいアイデアがありそうですわね」
「はい。もしディアナがよければ、この国の王様や王子様にお目どおり願いたいと思います」
「なるほど。直接聞いて尋ねるというわけですわね。確かにそれが一番早いですわ」
こうして作戦は立った。
ジパングと違い、オロチという問題に直面していない分、エジンベアでのオーブ探しはそれほど辛いものにはならないだろう。
そんな風に思っていられたのは、それほど長い時間ではなかった。
こう見えても、ディアナはそれほど暇ではない。
戻ってくるなり、あちこちの貴族の家の晩餐会に招かれていた。そこでダーマで実際に体験したことなどを披露させられていた。
もちろんフィット家閥の貴族からの誘いが多いのだが、それ以上に他の公爵家からも連絡が来る。いったい腹の内で何を企んでいるのやら。
ルナたちと会った日も、夜は他家の帰属の晩餐会に参加することになっており、四人を屋敷に連れていった後で、ディアナは馬車で出かける。エディンバラで貴族が移動する場合、たいていは馬車だ。
パーティがつつがなく終わり、暗くなった夜道をディアナを乗せた馬車が移動していく。
夜の道は星明りしかなくて暗い。その中を、馬はゆっくり車を引いていく。
そのときだ。
道の前に現れた、複数の影。
いや、前だけではない。後ろからも複数。
「何者!」
御者の声が響く。何事かがあったとディアナはすぐに車を飛び出す。こういうとき、車の中にいたら、外から槍で貫かれておしまい。自分が安全を確認できる位置に出た方がいい。
(暗殺?)
まあ、何故そんなことが起こるのかは分かる。貴族には対抗勢力が多い。おそらくは現状争っているノルマン家かウィリアムズ家。
だが、雇われている側は誰が雇い主かなど知らないだろう。そんなのは常套手段。
「ベギラゴン!」
だから容赦なく魔法を叩きつける。後ろに迫っていた暗殺者たちがその魔法で弾き飛ばされる。
だが、前から来る者たちには間に合わない。所詮、魔法使いは自分の身を守ることはできない。襲われれば死ぬだけだ。
(くっ)
何とか逃れようとするが、回り込まれる。その間に魔法を唱えようとするが、その隙を与えてくれない。次第にじりじりと、自分を取り囲む輪がが縮まる。
(まあ、死ぬことはありませんけど)
最悪の場合は懐に持っているキメラの翼を使えばいい。自分が窮地に陥ったときのために、どんな場合でも絶対に一つ携帯しておかなければならない、とさんざんルナに叱られて、こうして身につけている。ルーラを使えば一発で逃げられるが、マホトーンで封じられることもある。先日、ルナがフレイ相手にマホトーンを決めたのは記憶に新しい。
「どこの手のもの?」
尋ねるが、無論返事はない。ここは逃げるが勝ちか。そう思って懐のキメラの翼を握る。相手が攻撃してくるより早く逃げ切れるのは間違いない。
だが、
「ま、おおかたお前さんとこの勢力争いの相手じゃねえの」
その暗殺者たちのさらに後ろから声が響いた。聞き覚えのある声だ。もちろん敵ではない。
「あなたですの……どうなさったのですか」
「何、一宿一飯の恩を返しておこうと思ってな」
ヴァイスが槍を持って現れた。
「別に、この程度私一人でも何とかなりますわ」
「強がるんじゃねえよ。それにこういうときは素直に頼ってくれた方が可愛いってもんだぜ」
「そうですの? じゃあ言い直して差し上げますわ」
ふふん、と勝気に言ってから、今度は逆に甘えるような声。
「助けて、ヴァイス」
「よしきた」
ヴァイスがその暗殺者たちの中に躍りこむ。その槍捌きは間違いなく世界最高峰。同じ槍という武器を使わせたなら勇者アレスよりも腕がたつのだから、雇われ暗殺者ごときがかなうはずもない。
一目散に逃げ出す暗殺者たち。だが、逃げ出した先には他の人影があった。
「……イオラ」
無表情で放たれる爆発の魔法が、暗殺者たちを戦闘不能に追い込んでいく。
「僕たちの出番がなかったね」
「全くです」
フレイの魔法でとどめとなった戦場に、アレスとルナの出番は全くなかった。
「ご無事でしたか、ディアナ」
「ええ。助かったわ。ありがとう、ルナ」
「おーい、一番活躍した男を忘れてんじゃねーぞ」
「あら、あなたもありがとう、ヴァイス」
「『も』?『も』ってなんだ!?」
だが、二人が言い合っているのも最初の頃のとげとげしさが全くない。たった一日でよくここまで仲良くなったものだ。
「私一人でも本当に大丈夫でしたのよ?」
「そうみたいですね。私が教えたとおり、キメラの翼を持っていたみたいですから、命の心配はしていませんでした。でも、何人か捕まえておけば少しは証言が引き出せるかもしれませんでしたし」
「どうせ雇われ暗殺者でしょ。何を聞いても分からないの一点張りよ」
「でしょうね。ただ、少しくらいは手掛かりになるかもしれませんよ。敵を捕らえて情報を引き出す方法もダーマでは習いましたから」
「……それ、盗賊のスキルじゃありませんの」
「ええ。旅に役立ちそうなものは残らず吸収するつもりでいましたから」
「やっぱりあなたにはかないませんわね、本当に」
ディアナがため息をつく。
「御者は?」
「逃げてったぜ。自分の主人を見捨てて逃げるたあ、ふてえやろうだ」
「そう。やっぱり」
ディアナが顔をしかめた。
「やっぱり?」
「ええ。今の御者、新しく雇われた者なんですの。二日前から」
「二日前というと」
「私が帰ってきてから、ということですわ」
「つまり──」
「貴族の誰かが送り込んできたスパイ……ということですわね」
館に人が増えればそれだけ雇われる人間も必要になる。
そこをついて刺客を送り込んできていたというわけだ。
「私もまだまだ甘いですわ。自分が狙われるなんて考えもしませんでした」
「自分が当事者になるというのはたいていそのようなものです」
「あなたも他人事じゃありませんのよ、ルナ。私の仲間だと分かったら狙われるのでしょうし」
「私はディアナ以上に自分の身を守ることには自信がありますから」
「そうですわね。私もそれは心配してませんわ。あなたなら百人くらいに囲まれても大丈夫でしょう」
「魔法を封じられたら終わりですけど」
「封じられるつもりもないのでしょう?」
「もちろんです」
にっこりと笑う。だからこの賢者にはかなわない。どんな場合でも『自分の身を最優先する』という信念だけは忘れていない。
生き残ってさえいればいくらでも挽回はできる。だが、死んだらおしまい。
ルナはそれを幼いころに自分の身で体験しているのだ。
「じゃ、こいつらどうすっかな」
「二人連れて帰れればいいですよ。後は」
「殺すか」
それが一番後腐れなくていい。だが、戦闘不能になったものをさらに殺してしまうのもなんとなく気がひける。
「ディアナの見えないところでしてください」
「よーし、じゃ、挙手でいくか。お前たち、死にたくない奴は手を上げろ」
呻くだけの男たち。イオラの魔法で完全に身動きが取れない。
「容赦ねえなあ、フレイ」
「……眠いのに、寝るのを邪魔した天罰」
「さすが」
どうやら夜中に行動するということが彼女の機嫌を悪くさせていたらしい。全く、こういうところも憎めない魔法使いだった。
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