Lv.70
謎は解けても謎は解けぬ
エジンベア王城は、エディンバラの中心に位置する。都市の四方全てを見渡すことができる。もちろん都市の中では最も高い建物だ。特にツインタワーと呼ばれる東の塔と西の塔からは町全体を見渡せる。七公爵家なども全部見たい放題だ。
城は立ち入り禁止区画を除いて自由に見て回ってもいいらしくて、一行は先に城の探検に出向くことにした。
そして東の塔を上り、最上階の吹き抜けの窓から外を見たとき、一瞬ルナは立ちくらみを覚えて後ろに下がった。
(危険な高さですね)
これはよほど覚悟を決めないと外側が見えない。とはいえ、わざわざここまで上ってきたのだから、外を見なければ全く意味がない。一度深呼吸をしてから窓の外を見た。
普通ならば、いい眺め、と思うのだろう。だが、ルナの視点は違った。もちろん、怖いとかいう問題ではない。
(これは、町の様子が一目で分かりますね)
複雑に入り組んでいたはずの道だったが、この塔から見ると、主要な道はすべて塔の上から一目瞭然だった。ここから見ると、城への道は途中で迂回させるように折れ曲がっている。
(もし城に攻め込もうとしても、これならどこからやってくるかが一目瞭然。ひねくれた町の造りだと思っていましたが、これは城を守るための都市設計だったのですね)
戦いといっても一つではない。ポルトガやロマリアが攻めてくるかもしれない。貴族たちが反乱を起こすかもしれない。市民が暴動を起こすかもしれない。そうした外敵から『守る』ということを意識した都市設計。これはかなり優れた人物が設計をしたに違いない。これは作ろうと思って作れるものではない。この東塔の高さと方角を計算した道の造り。おそらくは西側からもいろいろなものが見えるのだろう。
「どうしましたの、じっと見つめて」
「いえ。このエディンバラという都市の設計を行った人物に敬意を表していました」
「は?」
ディアナが何を言っているのかと尋ね返すが、ルナはそれすらもう耳に届かない様子だった。
とにかくこの目の前の風景から、少しでも多くの情報を得なければならない。
(北、東、南の三方向。南の方に見えるのがフィット家と、それからウィリアムズ家があちらでしょうか。それに東の方にはたしかテューダー家、でしたね。北には確かロウィット家とウィンチェスター家。あと、こちらからは少し見えにくいですが、西にはシーフォード家とノルマン家)
位置関係を正確に把握する。すべての情報は自分に有利にはたらくことを彼女はよく知っている。ここで頭の中に詰め込めるだけ情報を詰め込む。こんなもの、魔法のパスルートに比べればたいしたことではない。
「随分真剣だな、ルナは」
アレスがヴァイスに話しかけると「そりゃそうだろ」と答える。
「ヴァイスは今朝から僕に冷たくないかい」
「今朝のことは今朝のことだろ。ていうか、ルナがどうして真剣なのか分からないわけじゃないだろ?」
「エジンベアの町を頭の中に入れようとしている」
「そういうことだ。頭の中に地図があるのとないのとでは全然違う。ルナは間違いなくこのパーティの頭脳だよ。今までの俺たちに一番欠けてたところだ」
ヴァイスの台詞にアレスも頷く。
「僕もとにかくダーマまで行けば何とかなるくらいにしか思っていなかった」
「そこから先はなるようになれ、だろ? なんとかなってるんだからいいじゃねえか」
「確かにオーブが二つ増えて四つになり、このエジンベアでとうとう五つ目になろうとしている」
「いいことづくめだな」
「でも、僕じゃなくてルナの方に負担がかかっているのが少し申し訳ない。本当は勇者である僕が一番負担を請け負わないといけないのに」
「アホ。お前、そんなこと考えてたら今度はルナに殴られるぞ」
ヴァイスがため息をつく。そして隣にいたフレイも小さく頷く。
「俺たちはみんなお前のためにここにいるんだ。俺もフレイもルナもな。それを忘れるな」
「忘れたことはないけど」
「だったらもっと頼れ。自分で全部抱え込むのはお前の悪い癖だ。お前にはどうせ一番重いところを背負ってもらわなきゃいけねえんだ。軽い荷物くらい俺たちに負わせろ」
一番重い──当然、バラモス、という荷物だ。
「そうだな。任せることも必要か」
「というよりな、俺たちは四人で一パーティなんだ。誰かが楽するのも苦労するのも駄目なんだよ。頭を使うのはルナの役割。俺はお前が十分に力を発揮できるようにするのが役割。フレイはお前を援護するのが役割。それぞれがそれぞれの役割を果たしていれば、俺たちは無敵だろ」
ヴァイスが懇々と諭す。アレスが頷くと「分かった」と答える。
「バラモスを倒すために、もっと強くならないとな」
「そういうことだ。さて、いくらなんでもそろそろ移動したいところだな。ルナ!」
ヴァイスが声をかけると、ようやく気づいたかのように三人の方を振り返る。
「すみません、長くなってしまいました」
「いや、かまわねえよ。お前があれこれ考えてくれないと俺たちは何もできないからな」
「頼っていただけるのは嬉しいですね。私はまだ皆さんと出会ってから日が浅いですから、仲間として少しずつ認めてもらえているようです」
「……ルナは大切な仲間」
フレイが近づいてきて、ルナをそっと抱きしめる。
「ああ。ルナがいてくれないと僕たちが困る」
「ってわけだ。期待してるぜ」
三人から続けて言われ、ルナも強く頷く。
「はい。アレス様が大願成就できるよう、全力を尽くします」
それを見ていたディアナがため息をつく。
「あなたはいい仲間にめぐりあえたようですわね」
「ありがとうございます」
「じゃ、行きますわよ。東の塔の入口から少し行ったところがヘンリー王子の部屋ですの。ご挨拶にうかがいますわ」
そうして五人が塔を下りていく。そして城の中に戻ってさらに移動する。
そのままヘンリー王子の部屋まで行ったのだが、残念ながら不在とのこと。
「まあ、いつも部屋にいるような暇な方ではありませんでしたわね。約束もなしに訪れたのだから仕方がないですわ」
「王様は大丈夫かな。ちゃんとお会いできればいいけど」
「一応私はヘンリー王子の妻候補ですし、陛下からはいつでも来ていいとおっしゃっていただきましたけれど」
そうして五人は謁見の間に向かうが、そこにもいない。国王の私室にもいない。
「なかなかうまくいかないものですわね」
「でも、このお城を把握するのにはありがたいですよ。どこの通路がどこにつながっているのか、全部頭の中に入れてますから」
「本当にあなただけは敵に回したくないですわね」
油断も隙もないとはこういうことを言うのか。
「では、どうしましょうか」
「そうですわね。知っている方にお会いできればいいのですけれど──」
と、そのときだ。
一人の気品ある女性が彼らの前で立ち止まる。いや、正確にはディアナの前か。
歳の頃は二十代後半というところだろうか。背が高い。ショートカットのプラチナブロンドが肩で揺れる。スレンダーな体だが、出ているところはしっかり出ている。ルナは少しコンプレックスを感じた。
「こんなところで何をなさっているのかな、ディアナさん」
「トレイシーさん」
ディアナの体が緊張したように固まる。
「先日は訪ねてくださってどうもありがとう。でも、王宮嫌いのあなたがこんなところにいるなんて、とうとう王子殿下からお呼びがかかったのかな?」
「ヘンリー王子殿下に限ってそれはないと思いますけれど」
「そうだね。シェリーさんにせよ、ケイトさんにせよ、選ばれる見込みもないのにがんばっても無駄なことだと分からないのかな」
トレイシーと呼ばれた女性はくすくすと笑う。
「ご紹介します。トレイシーさん、こちらがアリアハンからやってこられた勇者アレスさんです」
「はじめまして。アレスといいます」
「ああ」
トレイシーと呼ばれた女性はアレスをまじまじと見る。
「アリアハンからとおっしゃったか」
「ええ」
「もしかして、オルテガ様の息子さんでは?」
さすがは世界に名だたる勇者オルテガ。このようなところでも父の威光が通用するとは。
「父をご存知ですか」
「ええ。私の初恋の人だからな」
そしてまたくすくすと笑う。
「私が十八歳の頃、オルテガ様はエディンバラにいらっしゃった。一度だけお話したことがあったが、とても素敵な男性だった」
「そうですか。父がここに」
「懐かしいな。ああ、そうだ。オルテガ様といえば、一つ、思い出したことがある」
トレイシーは嬉しそうな表情で言う。
「お父上から謎かけをされた。アレスさんならお分かりになるだろうか」
「いえ、自分も父と話したことはそんなに多くないんですけど」
「そうか。たしか、こうおっしゃった。『宝箱の鍵が宝箱の中にある。魔法を使ったり壊したりせずに箱を開けるにはどうすればいい?』さて、これが分かるだろうか」
「宝箱の鍵が、宝箱の中に?」
アレスは首をひねる。
「ちょっと分かりませんね。目の前にそういうものがあればまた別かもしれませんが」
「そうか。少しお父上と話したときのことを思い出したものだから」
トレイシーが一通り話し終えると改めてディアナを見つめる。
「ディアナさん、ヘンリー王子のことはどうするつもりかな?」
「もちろん、私ごときでも務まるならば、ぜひ嫁がせていただきたいと思っております」
「やめておきなさい。あなたみたいな人が強制された結婚なんて望むはずがないだろう?」
くすくすと笑ってトレイシーがディアナの髪をなでた。
「嫌なら断ればいいのだよ。誰もあなたを責めはしない」
「ですが」
「シェリーさんやケイトさんにファーストレディになってほしくないのはみんな同じ。でも、だからといってあなたが人柱になる必要はない」
「ありがとうございます。ですが、もう決めたことですから」
少し残念そうな顔を浮かべて、そう、とトレイシーは呟く。
「なら、もう何も言わないでおこう。自分の思う通りにやってみなさい」
「はい」
「困ったことがあったら何でも言いなさい。相談に乗りましょう」
「分かりました」
そうして「バイ」と一声かけて、颯爽と立ち去っていく。非常に凛々しい、どこか男性的な感じのする女性だった。
「かっこいい姉ちゃんだな」
ヴァイスが見惚れたように言う。
「テューダー公のご息女です」
「テューダーってえと」
「フィット家とは仲のいい家ですわ。私も幼い頃にトレイシーさんによく可愛がっていただきました」
「それで仲がいいってわけか」
「ええ。頼れるお姉さまなんですけど、近寄りづらい雰囲気も兼ね備えてらっしゃるので」
「確かにな。ありゃ難物だ。それにオルテガ様がここに来たのっていつだ?」
「もう九年になるそうですわ」
「じゃああの姉ちゃんは二七歳か。結婚は?」
「してませんわ。かつては求婚者が殺到したそうですけれど、今は多分もうほとんど」
「だろうな。まああれだけ美人なら一声かければ集まる男は多いだろうが」
「あなたもその一人ですの?」
「俺は年上は趣味じゃねえんだ。ま、ナンパするときにいちいち年齢は考えてねえけどな」
ヴァイスはにやりと笑う。
「なかなか緊張させられる相手だね」
アレスがようやく落ち着いたように言う。
「今の質問、何か意味があるのかな」
「『賢者の問』ですか?」
さらりとルナが言う。
「え?」
「ですから『宝箱の鍵は宝箱の中に』ですよね。あれは『賢者による十の質問』の一つです。与えられた条件の不備を見抜き、発想を豊かにして答える問題です」
「私はそんなの聞いたことありませんわよ」
「ダーマで賢者の資格を得た一週間後くらいにこの質問責めにあいました。全部答えるのに三週間かかりました」
だがものの見方は確かに変わった。すべて物事を正面から片付けるのではなく、とにかく解決さえしてしまえばいいという合理的な考え方ができるようになった。
「たとえば第三問ですね。『ここに二つの剣がある。片方は刃がついていない役立たず。片方はヒビが入っている不良品。さあ、どちらを使う?』というものです」
言われて全員が考え込む。
「刃がなければ戦えないな。ヒビが入っていても相手にダメージを与えられる不良品の方がいいと思う」
「いや、すぐに折れるだろ。だったら殴ればダメージを与えられるだけ役立たずの方がマシじゃねえか?」
アレスとヴァイスがそれぞれ異なる答を言う。
「どちらも不正解ですわね、きっと。これは単純に答える問題ではなくて、ひねくれたものの見方をする問題ですわ」
「じゃあどっちだって言うんだよ」
「それは……」
ディアナも答えられない。すると、意外なことにフレイから答が出た。
「……どちらでもない」
「正解です。さすがフレイさん、よく分かりましたね」
ルナが笑顔で答える。
「は? 何だよそれ」
「つまり、武器を選ぶときに不良品や役立たずを選んではいけないということです。だからきちんと刃のついた、ヒビの入っていない別の武器を選べばいい。そうでなければ魔法でも拳でもかまいません。武器を使わずに戦えばいい。『どちらが』と二択を示されたときに、第三の答を見つけられるようでなければ賢者とは言えないのです」
「単なる意地悪問題じゃねえか」
「そうですよ。でもそこまで考えられるようになって初めて賢者なんです。先ほどの宝箱の問題もそうです。もう分かった方はいらっしゃいませんか?」
言われて少し考える。するとアレスが「ああ、そういうことか」と言った。
「お分かりになりましたか」
「うん。つまり、宝箱を開ければいいんだ」
アレスが言うとルナが笑顔になった。
「何だそりゃ。その宝箱の開け方を聞かれてるんだろ」
「……なるほど」
「そういうことですの」
ヴァイスが反論したが、フレイとディアナが逆にアレスの言葉に頷いている。
「なんだ、気づいてないの俺だけか?」
「そうみたいですね。つまり、宝箱の鍵が箱の中にあるのなら、当然宝箱に鍵はかかっていないことになります。そのまま開ければいいんです。一秒で開けられます」
「きったねえ」
ヴァイスが顔を歪ませる。
「今のは第一問です。一番簡単な問題ですよ」
「でも、どうしてそんな問題を父さんは知っていたんだ?」
「おそらくは同行したという賢者リュカ様が謎かけをしたのではないかと思います。オルテガ様が聞くことがあるとしたらおそらくリュカ様しか考えられません」
ルナが御守りに触れながら言うと、アレスがなるほどと頷く。
「子供相手に言ったことですからね。ちょっとしたお遊びのつもりなのかもしれません。ただ」
「ただ?」
「オルテガ様のことですからね。ただのお遊びではないのかもしれません。賢者の問を利用して、本当に『鍵のない宝箱』を作り上げていたのだとしたら面白いですね」
「そんなものを作ることができるのかい?」
「理屈だけを言えば、鍵がないなら作ればいいですよね」
さらりと答える。
「仕組みさえ分かっていれば不可能ではないんです。ただ、そんな簡単な答では面白くないですから、是非私を悩ませるような問題であってほしいですね」
「そんな問題なら僕には絶対解けないな」
「大丈夫です。私が問題を解決するのは全てアレス様のためですから」
随分と饒舌になっている自分に気づく。考えてみればオルテガやリュカ、あの人たちに出会えたからこそ今の自分がある。それを思い出したというところか。
「じゃ、そろそろ行きますわよ。国王陛下がいらっしゃいそうなところを探しますわ」
ディアナの言葉で一行は動き始めた。
次へ
もどる