Lv.79

解決、そして次なる問題へ








 宝物庫へ到着し、ヘンリーが中に入っていく。そして一同はその場で待たされることになった。
 オーブさえ手に入るならば、いつまでもエジンベアにいる必要はない。次のオーブを探しにいくだけのことだ。問題は、そのヒントがどこにもないということなのだが。
「ところで、オーブは本当に姫が持っているのか?」
 ヴァイスが尋ねる。確かに誰も確かめてはいない。おそらく、とルナが答える。
「もしオーブが偽物だったりした場合は破談にすると言っています」
「それで偽物だったら笑えるな」
「エジンベア王家のプライドにかけて、本物でなければならないでしょうね」
 王子の嫁を手に入れるためのアイテムが偽物だったとしたら、それは確かにエジンベア王家の恥と言われても仕方がない。
「ダーマの賢者がオーブを認めているのですから、おそらく大丈夫なのでしょうが」
「何か不安なことがあるのかい?」
 アレスが尋ねると、ルナも小さく頷く。
「ディーン師も、もしかしたらオーブを目にしていないのかもしれません。今回の私の婚約について姫を動かしたのがディーン師ですが、もしオーブをお持ちなら取引ができると伝えている可能性はあります」
「そして姫がオーブが本物かどうかも分からず取引材料に使った、か。まあ、ありえない話じゃないけどな」
 ヴァイスが頷くが、いずれにしてもオーブがあるかどうか、そして本物かどうかをまず見極めることが大切だ。
「待たせたな」
 ヘンリーが中から出てくる。隣にはヘレンの姿もあった。
「中で話してきた。ヘレンには婚約の撤回をさせ、なおかつオーブを引き渡すことを承諾させたよ」
「お兄様、ですが」
「お前、これ以上俺を困らせてくれるなよな」
 ヘンリーがヘレンの頭に手をのせる。
「お前が俺のためにしてくれたのは嬉しいけどな、俺は自分の好きな相手としか結婚しないと決めてるんだ」
「なら、ルナさん以外に該当者はいないではないですか」
「そうだな。でも、そのルナも俺のことを好きというわけじゃないんだ。俺の都合ばかり相手に押し付けるのは公平じゃない」
 でも、と言いたげにヘレンがうつむく。
「なに、心配するな。俺が四六時中ルナにアタックしつづければ、いつかは俺のことを好きになってくれるって。結婚はそれからでも遅くないだろ」
 というわけで、どうやらこの話はなかったことになったらしい。安心すればいいのか複雑な心境だった。
「ですがヘンリー王子。私はあくまでもオーブのことが最優先なのです」
「分かってる。ただなあ、今、話を聞いたらちょっと問題がありそうなんだ」
 そしてヘンリーは宝物庫を見張る兵士に話しかけた。
「悪いが、ここにいる人間を全員入れるぞ」
「いえ、それは規則としてまかり通りません」
「別に何も取ったりしない。信頼のおける人たちだ。頼む、デヴィッド」
 最後の言葉に兵士が戸惑う。さきほどのエリーと同じだ。自分のことを知っている高貴な身分の人。その人のために何かしてあげようという心の動きが生じる。
「……分かりました。ですが、私の見張り時間はあと一時間程度です。安全を見て、三十分以内には出てきてください」
「ありがとう。頼りになるな」
 笑顔でデヴィッドの肩を叩く。さらにこの後で昇給もすれば、さらに信頼できる部下のできあがりだ。
「部下の掌握の仕方が上手ですね」
「見事なものだ。僕も見習わないとな」
 ルナの言葉にアレスも頷く。
「さて、そうしたら入ってくれ。そのオーブについてちょっと見てもらいたいんだ」
 そうして宝物庫に入る。そこは金銀財宝の山。
「これだけあれば一生遊んで暮らせるな」
「これらは全て国の資金です。戦争のときはここにあるお金で戦うことになります」
 いざというときのために備蓄は少しでも多い方がいいに決まっている。だからこそ王家はこうして宝物庫に貴重なものをしまっておく。
「さて、この奥だ」
 そうして到着したところは、特に重要なものを保管しておくスペース。そこに宝箱が一つ置いてある。
「これは、ちょうど一週間前に国に入ってきた宝箱で、貴重な赤い水晶の入った宝箱らしい」
「らしい?」
「開かないんだよ。鍵がないんだ」
 一同は顔を見合わせる。
「まさか」
「そんな偶然、あるのかよ」
 ルナとヴァイスが顔を見合わせる。トレイシーも苦笑した。
「どうやら、本物が現れたようだな」
「……とりあえず開けてみる?」
 フレイが尋ねる。いえ、とルナが止める。
「鍵のない宝箱。まさかこんなにすぐ見ることになるとは思いませんでした」
「何か聞いたことがあるのか?」
「いえ、昨日トレイシー様から、宝箱の中に鍵があるとしたら、どうやって宝箱を開けるかっていう質問を聞かされたばかりなんです」
「なんだそりゃ」
「なに、オルテガ様が昔言っていたことを思い出してな。まさか本物がこの王宮にあるとは思わなかった。いや、まったく驚きだ」
 とても驚いているようには見えない。どんなときでも落ち着いた様子を見せるのがトレイシーという女性だ。
「この中にオーブがあるのですか?」
「正直、オーブかどうかを確かめたわけじゃないんだそうだ。そりゃそうだな、何しろ開かないんだから」
「赤い水晶と言われたら、確かにレッドオーブである可能性は高いですが」
「それに、時期的にも一致する」
 アレスがさらに続ける。
「ルナがエジンベアで笛と吹いた後にこの宝箱が到着した。そして一昨日もう一度笛を吹いたら山彦が返ってきた。となると、レッドオーブの可能性はきわめて高い」
「ま、五分五分くらいには考えてもいいだろ」
 ヴァイスが手のひらを上に向けた。
「触ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろん。開かないことにはどうにもならないからね」
 まず触ってみる。特別何も起こらない。蓋を開けようとしても鍵がかかっていて開かない。手鏡を取り出して鍵穴の前にかざし、鏡を通して鍵穴の中を見る。
「どうして直接見ないんだ?」
「もし覗き込んだところに罠がしかけてあって、毒針でも出てきたら失明してしまいます。万が一のことを考えてのことです」
 盗難防止の方法は古今東西山ほどあるが、鍵穴に毒針はその中でもメジャーな方法だ。それも人間がのぞきこんだら針が出るようになっていることが多く、他のものをかざしても出てこないのだから面白い仕組みだ。
「暗くてよく分かりませんが、随分と複雑ですね。単純なスプリングボルト式ではなさそうです。これは専門の業者に頼んだ方がいいかもしれません」
「開けることができるのか?」
「その道のプロならできると思います。それに、世の中には『最後の鍵』というのがあって、その鍵を鍵穴に差し込むと、鍵穴の形状に自在に形を変えて扉を開けることができるというものがあるそうです。それがあれば楽なんですけどね」
「へえー、そんな便利な道具があるなら盗み放題じゃねえか」
「ただの伝承かもしれませんけど。ですが、そんなアイテムがあれば便利でしたね」
 ルナはそう言ってから持ち上げて振ってみる。だが何も音はしない。
「中は固定されているみたいですね。振り回しても何も音がしません」
「中に何か入っているような感じは?」
「箱がそもそも重いので、よく分からないですね。これは開けるのに苦労しそうです」
 扉ならアバカムを使えば開くことができる。だが、宝箱はアバカムでは開かない。まったく、魔法というのは万能ではない。
「箱は頑丈で、剣を使っても壊れそうにないですね」
「最終的には壊すしか方法はないのかな」
「いえ、盗賊のスキルを持つ方を呼んで開けてみるのが一番です。いろいろと試してみたいことはありますが、おそらく時間と労力の無駄に終わるでしょうから。先ほども兵士の方がおっしゃっていたとおり、あと二十分程度しかいられませんし」
「でも、さすがにここの宝物を持ち出すのはまずい。父上の許可を取らないとな」
 ヘンリーが言うと、それでだいたいの方針が決まってきた。
「ヘンリー王子。国王陛下に、この宝箱とその中身について持ち出す許可をいただけますか」
「聞いてみる。父上が頷けば、当然この国で誰も逆らうことはできないからな」
 こうして、ひとまず宝物庫の確認は終わった。オーブの入っている箱。開くことができれば、ついに五個目が手に入ることになる。
「ところでルナ。今日はこれから──」
「すみません。今日は徹夜で疲労しているので、一度休みたいと思っているのです」
 ヘンリーには大変申し訳ないが、休めるうちに休んでおかないと体力がもたないのは過去、何度も経験していることだ。
「それなら仕方ない。じゃあ、夜なら時間はあいているかい?」
「ええ、おそらく」
「それじゃあ、晩餐に招待するよ。父上にも会わせたいし。もちろんアレスさんたちも一緒ならかまわないだろう?」
 それはこちらからお願いしたいくらいだ。ヘンリーだけではなく、エジンベア国王と直接会う機会があるというのはありがたい。
「ぜひお願いいたします」
「じゃあフィット家に迎えを出すから、四人と、それからディアナ嬢も一緒に来てもらうといい」
「ディアナもですか?」
「ああ。きちんと理由を言って、ディアナ嬢の求婚をお断りしないといけないからな。まあ、ルナが受けてくれなければ、自然とディアナ嬢が最有力候補になるんだけど」
「ディアナなら私も安心できる。が、納得のいかない結婚ならやめておいた方がいい。お互いにな」
 そういえば、昨日トレイシーはディアナに結婚をやめるように助言していたが、それはディアナだけではなくヘンリーのことも考えていたということか。やはりできる女性だ。
「そういうこと。というわけで、今日の夜、楽しみにしてるぜ」
「私たちは田舎者で、宮廷マナーも知りませんが」
「気にするなよ。俺は気にしないし」
「お兄様が気にしなくても、他の方が気にしますわ。でしたら、本当に父上とお兄様、それに私の三人だけでお迎えするようにすれば、気楽じゃないかしら」
 ヘレンが続けて言う。確かに他に貴族がいないのなら気楽だ。
「よし、それで手を打とう。というわけで問題ないな?」
「ええ」
 ヘンリーと話すのは悪い気はしない。比べる相手が悪すぎるというだけのことなのだ。






 一度フィット家に戻り、ルナは仮眠を取った。アレスたちも同じように横になる。四人とも徹夜だったのだ。特にフレイはフィット家にたどりつくなりがくりと崩れ落ちた。つくづく睡魔に弱い人だった。
 目が覚めたのは夕方。随分と寝過ごしてしまったらしい。昼には起きるつもりだったのだが、やはり疲れていたのか。
 ルナは部屋を出ると、向かった先はディアナの部屋だった。ノックをする。が、返事はない。自分が来ることを事前に伝えていたわけではないのだから、単に不在なのだろう。
 迎えが来るまでには時間がある。
(どうしましょうか)
 今朝は日課のランニングをしていない。時間が少し違うが、しておいた方がいいだろうか。今からなら一時間くらいの時間は取れるだろう。
 そう決めて屋敷を出る。軽く柔軟運動をしてから走り始めた。
(まだ行ったことがないところに行ってみましょう)
 それがルナのやり方だ。とにかく自分でその町を探索する。近いところから、徐々に遠いところへ。自分の知っているエリアを徐々に広げていく。
 昨日の朝は途中で新聞配達の少年に出会い、途中になってしまっていた。そちらの続きをしておこうかと思い、足を動かす。
 走り始めてから少しして、日の赤さが増してきた頃だった。
(……?)
 随分と人気が少ない。最初はあちこちに人を見かけたのだが、大きい道に来たというのに逆にどんどん人の数が少なくなっている。
(変な雰囲気ですね)
 と思った矢先だった。
 ばらばらと突然現れた男たち。前後を挟まれるかっこうとなり、ルナは足を止める。
(前後に十人ずつ、というところですか)
 狙ってきたのは自分か。意外、というほどではない。考えてみれば王子が自分を嫁にすると公言した段階でこうなることも予想できたはずだった。自分のこととなるとすぐに周りが見えなくなる。これでは賢者失格だ。
「どこの手のものですか」
 だが男たちは答えない。殺すつもりがないのはすぐに分かった。だが、捕まればどうなるかは想像がつく。
 男たちはいきなり襲い掛かってきた。自分を殺すのではなく捕らえるつもりならば、いくつか方法はあるし、自信もある。
 男たちの攻撃をかわす。ひらり、ひらりと回避していくが、やがて男の手が自分の腕をつかんだ。そして別の男が自分に当身をくわせる。
(上手ではありませんね)
 激痛は走ったが、事前にこっそりとスカラを使っていたので、それほどのダメージではない。そしてそのまま気を失ったふりをした。
「引き上げるぞ」
 両手が後ろで縛られる。そして何か袋のようなものが自分にかぶせられる。一番怖いのはマホトーンだけ。だから魔法抵抗だけは最大に高め、それ以外はされるがままにしておいた。
(一つ問題を解決しておきましょうか)
 男たちは夢にも思っていないだろう。自分たちが捕らえた相手の方こそが、絶対的に優位な立場にいるということなど。
 だが、今はそれを思い知らせるときではない。相手の本拠地まで移動し、そこで決着をつける方が手っ取り早い。
(さて、どこへ連れていかれるのでしょうね)
 担ぎ上げられて手荒に扱われるのは苦しかったが、それほど長い時間でもないだろうと覚悟を決めた。






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