Lv.83

混迷する王国、解決の鍵








 二時間後、トーマスが沈痛な表情で戻ってきた。その様子だけで、事態が手遅れだったことが分かる。
 真夜中。そのような報告など聞きたくなかったが、それでも聞かざるをえない。何しろ、自分たちが始めた捜査なのだから。
「近衛騎士団が踏み込んだとき、既に……公女は犯され、正気を失っていました。救出直後、自殺しようとしたところを、何とかお止めしました」
 ディアナは険しい表情になり、トレイシーも不愉快そうにした。フレイは静かな瞳に意志をたぎらせていた。ヴァイスは左拳を壁に叩きつける。アレスとヘンリーだけが冷静な様子でいたが、当然それはポーズにすぎない。
「ウィリアムズ公は」
「既に捕らえました。ノルマン公にはまだお伝えしておりません」
「それは俺からやる」
「いや、駄目だ、王子。もしそんなことになったら、傷物の王女を押し付けられるぞ」
 トレイシーが冷たく言う。もちろんそれは本心から言った言葉ではない。だが、
「これは国を率いる俺の責任だ。いやなことから逃げていてばかりでは国など治められない。お前の教えだぞ、トレイシー。また俺を試したな」
「分かっているならいい。だが、いずれにしてもノルマン公女に同情はするな。同情は相手に隙を与える。何があっても跳ね除けろ。いいか」
「ああ。トーマス、後で一緒に来てくれ」
「はい。それから、首謀者と思われるケイト公女の消息は不明」
「不明?」
「はい。どこにも姿が見当たりません」
 嫌な予感しかしない。この状況で姿を消したウィリアムズ公女。
「放置しておいたら、もっと大きなトラブルになりそうですわね」
「ディアナ様のおっしゃるとおりです。現在、近衛が全力で捜査しています」
「あの女には、この世で他に味わうことができない最高の刑を用意いたしましょう。それでも、傷つけられた人の心が慰められるわけではないですけど」
 ルナとトレイシー、フレイも頷く。そう、心の傷は癒せない。同じ女なのに、どうしてケイトにはそれが分からないというのか。
「……分からないなら、分からせる」
「同感だね。今回という今回は手加減しないよ」
「いずれにしてもウィリアムズ家は終わりです。トーマスさん、海賊とのつながりを示す証拠品は見つかりましたか」
「はい、大量に。言い逃れするのが馬鹿らしくなるほどですね」
「そうですか。それならもう決まりですね」
 何かまだ見落としているような気がするが、いずれにしても証拠が出たならもう決まりだ。
「俺はまず、ノルマン公に説明に行く。みんなはどうする?」
 もうルナたちがここにいてもできることはない。
「では、一度フィット家に戻ろうかと思います」
「そうですわね。もう何も、私たちが手を出すことはありませんもの」
「ああ。ありがとう、ディアナ嬢、それにルナさん。アレスさん、フレイさん、ヴァイスさんも」
「あまり力になれなくてすみません」
「そんなことはない。捜査が一日とかからず終了したのはみんなのおかげだ。重ねて礼を言う」
 だが、そのヘンリーにはまだこれからの仕事が控えている。施政者は事件が解決してからの方がいろいろと大変なのだ。
 そうして五人は屋敷へと戻る。口数は少ない。
 見たことも話したこともない相手。だが、彼女の身を思うと辛い。同じことがもしも自分の身に起こったのだとしたら。
「辛いですわね」
 ディアナがぽつりと言った。ルナも頷く。
 もしも一昨日、ディアナが捕まっていたら、きっとディアナもそうなっていた。
「相手を苦しめることが、どうしてそんなに必要なのでしょう」
「自分のことしか考えていない奴が、そういう地位に就いたとしたら同じことがきっと繰り返し起こるのでしょうね」
 ディアナが言ってから、ルナを見る。
「ルナ。やはり私──」
「静かに」
 ディアナが何か言いかけたのをルナが止める。
「アレス様」
「ああ。気づくのが早いな、ルナ」
「はい。ですが、これはチャンスです」
「チャンス?」
「はい。今回の騒動について、解決するチャンスです」
 なるほど、とアレスが頷く。
「スクルト!」
 先に魔法をかける。防御力を高め、さらに、
「ピオリム!」
 素早さを上げる。これでアレスもヴァイスも、自分の力を普段以上に出すことができる。
「かかれ!」
 号令が聞こえた。瞬間、前後左右からたくさんの男が現れ、襲い掛かってくる。
「ヴァイスは後ろ! 三人は真ん中に!」
『了解!』
 瞬時に陣形を整える。襲いくる敵をアレスとヴァイスが防ぎ、フレイとディアナが魔法で敵の数を減らす。ルナは全体の戦況を見て、回復・攻撃を両方とも行う遊撃手。
「今日の私は、ちょっと怒ってますわよ! メラゾーマ!」
 最大級の火球が敵の一人を焼く。これは致命傷だろう。
「容赦ねえな、おい」
「女の敵に容赦なんて必要ありませんわ!」
「……同感」
 フレイが続けて魔法を唱える。
「ベギラゴン!」
 アレスに殺到していた敵が、次々に倒れていく。
「ラリホー」
 ルナは敵の集団に向けて魔法を放つ。ばたばたと倒れていく敵。動く数が減るということがどれほど戦況を楽にするか、それをルナはよく分かっている。
 超一流の戦士、魔法使いが五人もそろっているのだ。これで勝てないとしたら、よほどの相手ということだ。
「なんだなんだ、物足りないぜ、おい」
 あっさりと敵を全滅させる。そして、最後に残った一人を見た。
「やっぱりあなたでしたの、ケイトさん」
「ひっ」
「やぶれかぶれになって私たちを倒せば何とかなると思ったのかもしれませんけど、数を集めて倒せるような相手だとわからなかったのが、あなたの敗因ですわ」
「あ、あ、あなた、エジンベアの貴族なのに自ら戦うなんて、は、恥を知りなさい!」
「恥?」
 なるほど、この娘の思考が分かってきた。
 自分で手を出すのは貴族のあり方ではない。命令を出した人間は悪くなく、手を出した人間が悪いだけ。だから自分は何も悪くない。そんなことを思っているのだろう。
「あなた、シェリーさんがどれだけ傷ついたか、苦しんだか、分かっているのかしら」
「そんなこと、私の知ったことじゃありませんわ」
「でしょうね。だから、分からせてあげることにします」
 ディアナがにっこりと笑う。
「シェリーと同じ目にあえば、少しは分かるでしょう」
「な、何をするつもりですの!?」
「あなたがシェリーにしたことを同じことよ。分かっているでしょう?」
「私は何も知りません! 私はただ、好きにしていいって言っただけですもの!」
「じゃあいいわよ。私も部下に『好きにしていい』って言うから。それで身を知りなさい。あなたがどれだけ非道で邪悪で劣悪で鬼畜で最低の人間かということを!」
 ディアナが拳を振り上げてケイトをぶん殴る。それはもう、気持ちいいくらいにケイトが吹き飛ぶ。
「野蛮人!」
「はいはいそこまで。大人しくお縄につこうねー」
 地面に倒れたケイトをヴァイスが縄でぐるぐる巻きにした。
「何をするの! 私を誰だと!」
「犯罪者だろ? それ以外のことは知らねえよ。ま、安心しな。俺たちはお前みたいに非道で邪悪で劣悪で鬼畜で最低じゃないから、きちんと裁判っていう手続きを踏んで死刑にしてもらうさ」
「な、な、な」
「とりあえずこのアマを連れてくから、お前らは帰って寝ておけ。こんな気持ち悪い奴の相手は俺で充分だからよ」
 そう言って縛り上げたケイトを、ヴァイスはそのまま引きずっていった。
「痛い! 痛い痛い痛い痛い!」
 その声がだんだん小さくなっていく。ふう、とアレスがため息をついた。
「最後まで嫌な奴でしたわ」
 ディアナが言うとフレイも頷く。そしてルナはディアナの手を触った。
「ベホマ」
「あ、ちょっと」
「……あんな人のことで、あなたが手を傷める必要なんてありません」
 ルナが魔法をかけ終えてから、ディアナを抱きしめる。
「一昨日、本当にあなたが無事でよかったと、今なら実感できます」
「私もよ。あなたの無事を疑うはずはないけど、もしも魔法を封じられていたらあなたもシェリーみたいになっていたかもしれないのよ」
「胸が苦しいです。どうしてこんなことをしないといけないのか」
「私たちには分からないことよ。どうしたって、人間には人間が分からないのだから」
 それぞれの気持ちが落ち着いてから、四人はゆっくりとフィット家へと戻った。
 事件は解決したが、それぞれの顔には後味の悪さがにじみ出ていた。もしこれでシェリー公女が無事でさえいれば、まだ救いがあった。
 結局自分たちは間に合わなかったのだ。それとも、命が無事だっただけでもマシだと思わなければいけないのか。
 そう。



 悲劇はまだ、この後に待っていた。



「……何、ですの」
 ディアナが、愕然とした。
 屋敷を守っていた兵士が、何者かに襲われて殺されていた。
 それだけではない。
 屋敷に入ると、あちこちに死体。
 血の赤が床を、そしてカーペットを染めている。窓から差し込む月明かりに、鈍い赤が毒々しく照らされる。
 屋敷は物音一つ聞こえない。既に、惨劇は終わっているのだ。
 倒れている人間を確認する。まだ熱が残っていた。殺されて、まだそれほど時間は経っていない。
「……お父様」
 ディアナが震える足で、フィット家の当主の部屋をノックする。
「お父様」
 だが、返事はない。
「お父様。返事をしてください。お父様」
 手が震えている。
 もう、見ていられなかった。
「ディアナ」
 ルナが後ろから彼女を抱きしめる。
「一度、落ち着きましょう」
「大丈夫。大丈夫よ、ルナ」
 抱きしめられたまま、そのドアノブを握り、回す。
 きぃ、と音がして、その扉はあとは自動的に中に開いていった。
 その、中に。
「お父様!」
 地面に倒れ、背中から剣を刺されたフィット公。もはや事切れているのは一目で分かった。
「お父様! お父様、どうして!」
 駆け寄ろうとしたディアナを、ルナが全力で抱きしめて止める。
「ディアナ! 落ち着いてください、ディアナ!」
「これが! 落ち着いて、など!」
「待て」
 アレスが剣を抜いた。
「まだ、部屋の中に誰かいる」
「へえ、分かったか」
 聞いたことのある声だった。
「まさか、なんで」
 ディアナが愕然と、その人物を見る。
 槍を手にした、若い男の姿が。
「ヴァイス! あなた、が!」
「お前らが帰ってくる前に片付けるつもりだったが、ま、しゃあねえな」
 ヴァイスは身を翻すと、開いていた窓に足をかける。
「じゃあな」
「ヴァイス!」
 アレスが叫ぶ。だが、窓の外に飛び出したヴァイスの姿を探すが、もはや闇に溶けた男の姿は見えない。
「どうして、ヴァイスが」
「違います」
 きっぱりとルナが言った。
「私も動揺してしまいました。すみません。今のはヴァイスではありません。別人です」
「別人?」
「はい。モシャスの魔法。おそらくは私たちを混乱させるために行ったのでしょう。魔法の残滓があります。ディアナ、あなたも感じませんか。モシャスを使ったときに発する独特の魔法の気配が」
「あ、あ──」
 それはダーマで習ったこと。モシャスは容易に犯罪につながりやすいということで、ダーマの賢者総出で見分ける方法を模索した。その結果、モシャスの魔法はその気配を残していくことが発見された。かすかなものだが、それを見分けることは可能だ。
「感じ、ますわ」
「モシャスに間違いありませんね?」
 ルナには明らかに分かっていることだが、あえてディアナに確認させることによって、その考えが正しいことを示し、さらにはディアナに冷静な思考を取り戻させる。
「そうですわね……ええ、そうです。何度もダーマで確認させられましたもの。間違えるはずがありません」
 少しずつ落ち着いてくるディアナ。だが、そこで倒れた男性がディアナの父、フィット公であることには違いない。
「でも、それなら誰が、どうしてお父様を」
「まだ分かりません。ですが、ウィリアムズ家だけではなく、別の誰かが動いていることに間違いありません」
「何故」
「もしケイトがこの事態を引き起こしたのだとしたら、今逃げ去った男と矛盾するからです。先にこちらに来てから私たちを襲ったのなら、男が一人で残っているはずがありません」
「そう、そうね……当然のことだわ。すみません、まだ混乱しています」
「当然のことです。もう少し、ゆっくり呼吸してください」
 落ち着くことなどできるだろうか。たった一人の肉親を失い、これからフィット家の責任という重圧がディアナに襲い掛かることになる。父親を失っても悲しむ余裕すら与えてくれないのだ。
「犯人はいったい、誰ですの」
「探しましょう。追い詰めれば、必ず見えてくるはずです。その相手が」
 ルナがディアナを強く抱きしめる。自分は味方なのだと相手に伝わるように。
「私が協力します。ディアナ、だから、しっかりしてください」






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