Lv.84

流れる時間、未解決の謎








 二つの事件は、エディンバラに衝撃を与えた。
 ウィリアムズ公が、対抗する貴族の令嬢を襲うという珍事。さらにはフィット公の暗殺。
 ウィリアムズ公の所領はおそらく王家が吸い上げる形になるだろうが、フィット公は一人娘のディアナが継ぐことになるものと思われた。
 ウィリアムズ公女ケイトが捕まり、ノルマン公女シェリーは正気を失い、フィット公女ディアナは爵位を継ぐことにより王家へ嫁ぐことがかなわなくなった。
 結果としてみると、たった一夜でヘンリー王子の嫁候補者は三人ともその資格を失ったことになる。いったい誰が描いたシナリオなのか。
 ディアナは早速動き回っている。涙を見せることもなく、領地と使者を交換し、フィット公の職務の引継ぎを行い、さらには葬式の準備を行いと、朝になって目が回るほどの忙しさだ。
 ルナもこのときばかりはディアナのサポートに回った。というより、今は他にすることもない。少しでもディアナが楽になるのならと思って願い出たのだ。
 そのかわりにアレス、フレイ、ヴァイスの三人には王宮に移ってもらった。今、この屋敷に冒険者がいるのは好ましくない。これから多くの客がやってくるだろうし、そのたびに余計な質問をされるのは困る。だが、ルナならば『ダーマの賢者』という肩書きで説明がつく。ディアナがダーマに行っていたのは周知の事実で、そこで友人となったのだからと言えば全て問題は解決だ。
 だが、さすがに公爵家の事情など分かるわけでもない。ルナが行っているのは基本的に雑務。別にディアナが知っていても知らなくてもかまわないようなところばかりだ。基本的にお家事情がからみそうなことはすべてディアナに報告する。
 あっという間に四日目が終わろうとしていた。結局今日は一日何もできなかった。だが、ディアナを一人にしておくこともできないのは当然のことで、今は彼女にも味方が必要だった。
 自分ですら食事をする暇もないほどなのだ。ディアナにしてみれば何もする時間などない。それこそ泣く暇もないくらいに。
 日暮れ前に現れたのはトーマスであった。馬車にいっぱいの花を積んで持ってきた。
「お疲れ様です。もしかして、フラワーガーデンの花ですか?」
「全部ではありませんが」
「ありがとうございます。ディアナも喜ぶと思います」
「いえ。我々にできることは多くありませんから。こちら、預かっております。重要な書類ですのでなるべく早めに。誰にも見られないように」
「分かりました。ありがとうございます」
「ディアナ様にはくれぐれもよろしくお伝えください」
「はい。ありがとうございます」
 そうしてトーマスは戻っていく。自分たちが目が回るほど忙しいということを全部承知してくれているのだ。
 領地から呼んだ従者たちに指示して花を並べさせる。今晩が仮通夜。明日が通夜、本葬は明後日となる。
 その間にルナは素早く手紙を読んだ。一日もここから出ていないと全く情報が入ってこない。この一日でいったいどのような動きがあったのか。
 最初の一枚が、驚愕の内容だった。
『ウィリアムズ公が自殺した』
 服毒自殺らしい。が、もちろんアレスもヘンリーもこの自殺を疑っている。つまり、真犯人が毒殺したのではないか、ということだ。
 その他にもいろいろと書いてあったが、とりたてて大きな動きはない。一番大きく動いているのがこの場なのだから当然といえば当然だが。
「ルナ様!」
 従者の一人が駆けつける。
「どうしましたか」
「いえ、賓客が見えられました」
「賓客? どなたですか」
「そ、それが、第二王子、ジョン殿下でいらっしゃいます」
 すっかりと頭からぬけていた。そういえばヘンリー王子には弟がいたのだ。腹違いの。
「そうでしたか。ディアナはしばらく戻ってこられなかったはずですね」
「はい」
「分かりました。私が応対しましょう」
「お願いします。ここにはもう、その……他に頼れる方がいらっしゃらないので」
 ディアナもこれでは苦労するだろう。このフィット家をどうやって守っていくのか、彼女の双肩にかかる重圧は重い。
「ご来訪、ありがとうございます、ジョン様」
「ああ? なんだ、お前は」
 いきなり態度の悪い王子だった。そういえばあまり褒められた弟ではないようなことを聞いていた。
「私はフィット公の葬儀を取り仕切っている、ダーマのルナと申します」
「ダーマの? ああ、お前が賢者のルナってやつか。ふうん」
 ヘンリーより大きい。年齢は一つ下だったか。暴れん坊という形容詞がぴったりだった。
「なんだ、まだただのガキじゃねえか。アニキの奴がぞっこんだって聞いたからどんな美人かと思って期待してたのによ」
「失礼ですが、ここは葬儀の場です。そのようなお話はご遠慮願います」
「はっ!」
 注意すると相手が鼻で笑う。
「お前、何様のつもりだ? 相手が誰か分かって言ってんのか?」
「ご無礼な客人であることは分かっております」
「……いい度胸じゃねえか」
 ジョンの様子に闘志があふれてくる。
「泣きごと言っ」
「ラリホー」
 とりあえず、うるさい客は黙らせるに限る。
「あ、あの、その……」
 後ろで従者が困った様子で見ていた。
「どうかしたの?」
「い、いえ、その、王子をこのような……」
「こちらも忙しいのに余計な難癖をつけてくる方が悪いのです。万が一のときは私が引き受けますから。この方を馬車まで送り届けてくださいますか?」
「は、は、はあ……」
 何人かでその大柄な王子を連れていく。やれやれ、いったい何をしに来たのやら。





 仮通夜が始まる。
 フィット家の屋敷には一階に大ホールがあり、そこなら千人は入るということだったが、それでも軽く許容量を超えた。ルナは受付にいたが、特別縁のない方は記帳のみにして帰っていただくことになった。
 フィット公爵領からやってきた住民たち。そして王家は貴族からの使者。さらにはエディンバラの近隣住民までがやってきたのだ。軽く屋敷の周りは一万人を超えている。
 アレスたちは来るのだろうか。来てもこの人数ではどうにもならないし、自分も精一杯だ。人手がいくらあっても足りない。
 やがて、近衛がやってきて交通整理を始めていった。そこまで手が回らなかっただけに、王子が気をつかってくれたのはありがたい。
 と思っていたら、やがてやってきたのはヘレン王女であった。
「王女殿下!」
 一斉に、全員が道を開ける。ヘレンは喪服でその中央を通ってルナのところまでやってくる。
「このたびは、お悔やみを申し上げます」
「王女殿下の丁重なお悔やみ、ありがたく頂戴いたします」
「フィット公へ挨拶してもよろしいかしら」
「無論です。どうぞ」
 身分の高い相手には一人従者をつかせて移動してもらうのだが、さすがに相手が相手だ。言ってしまえばフィット公より高い身分。ルナは受付を他の人間に任せ、自ら案内することとした。
「さすがに、よく分かっておいでですね、ルナさん」
 小声でヘレンが話しかけてくる。
「それを試そうと思われたのですか?」
「そんなつもりはありませんでした。これは本当です。ただ、自ら案内する態度を示したことで、周りがルナさんのことをさらに高く評価したのは間違いないでしょう」
 それが王家というものの価値。そしてそれがよくわきまえられている人間への見方は高まるということだ。
「寝ていないのではないですか?」
「はい。ですが、私よりディアナが心配です」
「分かります。一睡もしていないどころか、それを通り越して憔悴していないかどうかが心配だったのです。でも、あなたがついてくださるなら安心していいのでしょう」
「そんなことはありません。肉親の絆は強い。他で代われるものではありません」
「ですわね。私ももしお兄様がいなくなったとしたらと思うと、それだけで身が震えます」
「それで、わざわざヘレン王女が来てくださったのは、何か他に理由がおありなのではないですか?」
「察しが良いですね。ケイトのことです。彼女は近く、裁判にかけられます」
「はい」
「シェリー公女、そしてあなたへの誘拐、暴行は認めましたが、それ以外のことは知らぬ存ぜぬの一点張りです。ウィリアムズ公が死んでしまった今、親の罪は子に引き継がれ、おそらくは死刑となるでしょう。ウィリアムズ家は終わりです」
「フィット公を殺害したことについては」
「もしかすると、それもウィリアムズ公の犯行とされる可能性があります」
「ですが、あれは明らかに」
「ええ、アレス様からうかがいました。他に真犯人がいるのは間違いなさそうですが、犯人の目処はまったく立ちません。近衛が捜索に当たりましたが、痕跡がまったくないのです」
「そうですか」
「それから、ジェームス・テイラー海軍大将ですが、彼も殺害されました」
「まさか」
「ええ。ウィリアムズ公と同じように、口封じされたものと思います」
 こうなってしまうともはや手詰まりだ。しかし、解せない。
「犯人は、こちらの行動を把握して、先手先手を打ってきていますね」
「そうですね、ルナさんのおっしゃるとおり」
「そして、口封じのために消されたということは、いったいどのような情報が流れ出ることをおそれたのでしょうか」
「それが分からないから、口封じをされたのでしょう?」
「いえ、殺された人間を追えば、私たちが相手にするのが誰かが分かるはずです。ウィリアムズ公とテイラー将軍のつながりは、海賊ブランカ」
 なるほど、とヘレンは頷く。
「つまり、ブランカの本拠地を知られたくないから──」
「違います。おそらく、ウィリアムズ公やテイラー将軍は本拠地など知りません」
「では何故、口封じを?」
「確たる答はありません。が、ブランカにとって知られたらまずいこと……たとえば、他にも協力者がいる、などですね」
 ヘレンの顔が目に見えて青ざめた。
「まさか」
「可能性はあります。というより、口封じの理由なんてそう多くありません。ブランカにとって一番困るのは海賊行為が働けなくなることです。ということは、ウィリアムズ公とテイラー将軍以外にまだパイプがあると見ておいた方がいいということです」
「でも、ウィリアムズ公の屋敷から見つかった書類には、他に協力者がいるようなことは何も書かれてないということですよ」
「協力者じゃない、だとすれば──海賊ブランカの正体、かもしれません」
「正体?」
「はい。どうして昨夜、フィット公を殺した男がヴァイスさんに化けていたのか。私たちを混乱させることが目的だったのかもしれませんが、ヴァイスさんに擬態するという行動によって、本来の目的を隠していたのかもしれません」
「本来の?」
「つまり、ブランカにとって正体を明かすことはできない。だから誰かに変身しなければならなかった。そこでヴァイスさんに変身することで、変身しなければならなかったという事実を隠したのだとしたら」
「犯人は、顔を見られたらまずいということですね」
「そうです。私たちやディアナにとって既知であるか、そうでなければこの国にいればいずれ出会うことがある人間かもしれません」
「ブランカが、この国の人間」
「もしくはブランカの手先が、ですね。いずれにしても、ブランカはこの国に根ざし、いまだその根は取り除かれていないということです」
 慰霊に挨拶をしたヘレンを出口まで送る。仮通夜に参加するほどの時間の余裕はないらしい。確かに公爵が二人同時に、しかも娘の件でノルマン公すら使えない状態とあっては、七公爵のうち三公爵までが使えない状態なのだ。王宮もてんやわんやだろう。
「ヘレン王女」
「はい」
「今の話、ディーン師とアレス様以外にはされないでください」
「何故ですか」
「王宮に信じられる人が、二人以外にいらっしゃらないからです」
「お兄様も、ですか?」
「はい。私にとって絶対的に信じられるものはアレス様のみ。ディーン師は私と同じものの見方をしてくださっているので、おそらく話しても問題ないと思っています」
「ですが」
「話をした相手が多ければ多いほど、噂の広がり方は複雑になります。これは宮廷からブランカをあぶりだすための手段なのです。どうか、ご理解を」
「……信じていいのですね」
「必ずブランカをつかまえてみせます」
「分かりました。では、あなたに一任します」
 そうしてヘレンと別れる。そしてすぐに受付に戻った。
(そう。今日、一日考えてきた結果がこれ)
 時間は足りなかったが、いくつかの情報を組み合わせ、なんとかここまでたどりついた。
 だが問題もある。海賊ブランカ。その人物自体についての検証をまだ自分は行っていない。今までにどのようなことをしてきた人物なのか。経歴は。いつごろから活動を始めてきたのか。分からないことだらけだ。
 そうこうしているうちにディアナが戻ってきた。仮通夜が始まる直前まで、ディアナは王宮へ行っていた。フィット公爵家の今後について、ヘンリー王子と打ち合わせをしてきたのだ。
「おかえりなさい、ディアナ」
「ええ。留守の間、ありがとう、ルナ。あなたに迷惑をかけてしまったわね」
「私が迷惑に思うと思いましたか?」
「思わないわ。でも、何もなければあなたはオーブの宝箱に全力で取り掛かれたはず」
「そちらについてはそこまで急いでいるわけではありませんから。それにもしかしたらフレイさんあたりが宝箱を開けてくれるかもしれません」
 ああ見えてフレイは鋭い。それは数々の発言からもよく分かる。
「留守中、何かありまして?」
「ヘレン王女と、それからジョン王子が見えられました」
 ぴたり、とディアナの動きが止まる。
「ジョン王子? で、何か問題起こした?」
「起こす前にラリホーで眠らせてお帰りいただきました」
「ああ、それでかまわないわ。どうせ次の日になったら忘れてるでしょうし」
 それはまた、随分な評価だ。むしろ根に持って復讐するタイプの方にも見えたが。
「ルナ」
「はい」
「今日の仮通夜終わったら、今晩はもう従者に任せて寝ましょう」
「ええ。私もディアナも疲れてますから。その方がいいと思います」
「迷惑じゃなければ、私の部屋に来てくださらないかしら」
 ディアナの言葉は幻聴ではないかと一瞬疑った。
「今は、誰かに傍にいてほしいのです。女々しいとは分かっていますけど」
「そんなことはありません。こういうときに強がって一人でいられるより、ずっと安心できます。もちろん一緒にいさせてください。ぜひ」
「あなたはそう言ってくれると思ってたわ」
 少し元気が戻ったディアナの顔に、ささやかだが笑顔が出てきていた。






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