Lv.93
後悔、諦め、絶望、そして
アレスたちの来訪を受けたメアリはただちに出航の準備を急がせた。だが、その前にメアリは的確に情報の確認と指示を出す。
「ヘンリー。あんた、海軍はどれくらい動かせる?」
「必要なら全軍でも」
「オーケイ。なら、この四箇所に向かって軍を派遣しな。全部ブランカのアジトだ」
ヘンリーは地図を受け取る。開いてみると、アジトと思わしき場所に印がついている。
「おそらくブランカは本拠地へ向かったと思われる。ただ、この辺りの拠点に行かないとは限らない。先手必勝さ。先に押さえてしまえばいい」
「感謝する! トーマス、頼む」
「分かりました。ただちに!」
トーマスはその地図を持って飛び出していく。
「それから本拠地だけど、ノアニール近辺っていうのは分かってる。でも、肝心の拠点を調べきっているわけじゃないんだ」
「それでも、行かなければ間に合わなくなる!」
「ああ。あいつらも船乗りだから船の上であの子をどうこうするってことはないだろうさ。でも、ノアニールまでならせいぜい二日だ。先に近辺まで行く必要があるね」
「なら、急いで出航を!」
「ああ。もう部下たちに準備はさせている。あと二十分もあれば船は出せる。だが、このまま闇雲に突き進んでもアジトを見つけることができる可能性は少ないよ。何かあの子の居場所が分かるような方法でもあれば……」
「そんな方法が!」
「……ある」
ヘンリーが叫ぶと、フレイが静かに言う。
「ある!? まさか!?」
「……正確には、ルナじゃないけど」
「ルナじゃない?」
「……海賊は、オーブを持っていったかもしれない」
はっ、とアレスとヴァイスが表情を変える。そうだ、ルナは宝物庫でさらわれ、さらには宝物庫の財宝もかなり持っていかれたという。だとしたらあの開かずの宝箱ももしかしたら──
「アレス、笛!」
「分かってる!」
すぐにアレスは山彦の笛を吹く。だが、予想通り山彦は返ってこない。ということは──
「オーブを持っているのはあいつらだ。半径二十キロ以内に入れば山彦が聞こえるはずだ!」
「二十キロか。それなら充分に近づけるね。海岸線に沿ってひたすらその笛を吹き続けていれば、割とすぐに見つかるだろうさ」
つながった。
ルナを助ける、唯一の方法
「アジトは大西洋側か、それとも北海からバルト海にかけてか」
「内側、バルト海側さ。今までの逃走ルートからそこまでは割り出している。あのあたりは入り江が多いから、どこかに隠れられたらもう見つけられない。でも、その笛があれば何とかなるだろうね」
「よし、海軍も出す。一気に行くぞ!」
「悪いけど、海軍の船足じゃアタシらの船には追いつけないよ。もちろんブランカにもね。エウロペ三国最速船の見せ所さ。アンタら、準備はいいかい!」
おおっ、と海賊たちが一斉に鬨の声を上げる。そして全員が船に乗り込むために一斉に移動を始めた。
「メアリさん」
その提督に向かってアレスが頭を下げる。
「ありがとうございます。協力してくださって」
「何言ってんだい。アタシらだってブランカを倒さなきゃいけないと思ってるし、何よりアタシはあの嬢ちゃんが気に入ってるからね。変に大人びてるあたりが可愛いじゃないかい」
「そう言ってくれるとありがたいです」
「あんな若いのに慰み者なんかにされたら可哀相だからね。とにかく、今は一刻を争うよ。準備はいいのかい」
「もちろんいつだって」
「よし、行くよ」
そして、海賊船に遅れること一時間。エウロペ三国で『最速』を誇るメアリの船『サンタマリア号』が出航した。
(一日が経過しましたね)
暗い船室。身動きの取れない状況でルナは正確に時間を把握していた。
(自分で逃げ出すことはまず不可能。でも、どうにかして逃げ出さないことには、救出を期待するのは困難)
トレイシーの裏をかくことは難しいだろう。だからといって正面から挑むわけにもいかない。
(お守りも、取り上げられてしまいましたね)
自分の胸に下げていた、賢者リュカにもらったお守り。首輪をつけられる代わりに取り上げられてしまったようだ。
(魔法が使えない、道具も使えない。こういう場合に非力な女というのは弱いものです)
このままでは、自分は間違いなく陵辱される。
知らない男たちに、自分の体をいいようにされる。
耐えられる自信はある。自分の心を遮断し、助けが来るか、自力で逃げるかどちらかが可能になるまで感情を殺す。そうすれば大丈夫。
だが。
(アレス様)
まずい。
涙が出そうになる。
勇者のことを愛し、勇者のためだけに生きてきた自分にとって。
こんな形で、自分の純潔を失うなど。
(自分は何でもできると油断していたのでしょうか)
一人で行動しないようにするという話だったのに、アレスの同行を断ってしまったのは自分の油断か。
(アレス様にも迷惑をかけてしまった。本当に、賢者失格ですね)
アレス、ヴァイス、フレイ。みんなは今、自分を探してくれているだろうか。
ディアナがこのことを知ったらどんな顔をするだろうか。
ソウが近くにいてくれたら守ってくれただろうか。
(嫌だ)
自分が耐えられるのは分かっている。
だが。
嫌だ。
(助けて)
弱気になった自分が憎らしい。
どんなときでも自分の命を優先し、自分ひとりでも生き残れるように頭を使い、体を鍛えてきたはずだったのに。
自分で逃げられない今、こんなにも自分は弱くなってしまった。
(助けてください──アレス様)
心の中で思うのは、愛しい相手。
自分が仕えるべき勇者の姿。
そして、さらに一日。
船が港についたのが分かった。完全に今、船は動きを止めている。
いよいよ、覚悟を決めるときが来た。
もう、逃げられない。
自分は、助からない。
(嫌だ)
泣き出したくなるのを必死にこらえる。
(感情を、殺せ)
意識を遮断する。自分を守るために。
(何も反応してはいけない。何が起こっても意識しないように)
意識的に自分の身に起こることを遮断する。そういう訓練もしている。自分の心を守るために。
しばらくの時間があった。
先に積荷を降ろしているのか、自分は後回しにされているようだ。
やがて。
終幕の扉が開いた。
「待たせたな」
入ってきたのはトレイシーですらなかった。醜悪な男の顔。
「こりゃあまた随分小さいガキだな」
「でもまあ、面はなかなかだぜ」
「それにトレイシー様の言うところだと、ダーマの賢者様だとよ」
「へー! そりゃ、随分楽しめそうじゃねえか」
「賢者様はそういうことをしたことがねえよなあ!」
何人かの男たちが勝手に話しているが、もはやルナは全く反応しない。
もし、逃げる可能性ができたときには、瞬時に自分の意識を取り戻すように自分の心をセッティングするだけ。
あとは、好きにすればいい。
「さあ、アジトへ連れていくぜ」
「おらよっ、と。随分軽いな、嬢ちゃん」
「さあて、パーティの始まりだぜ」
狭い船内を移動し、そして外に出る。まぶしさに、ルナの瞳が一瞬くらむ。
小船に乗せられ、陸地まで移動する。
(このまま)
陵辱されるくらいなら。
(海に、落ちれば──)
全く動かなかったルナに、男たちは油断していたのか。
ルナは音を立てないように動くと、小船から海へと落ちた。
「なっ!」
「何してやがる!」
当然、両手、両足は使えない。魔法だって使えない。
(でも、これでいい)
浮き上がることもできずに、ルナの体は沈んでいく。
(陵辱されるくらいなら、ここで──)
そうして、目を閉じた。
『ルナ』
瞬時に、アレスの顔が思い浮かぶ。
(アレス様)
すみません。
すみません。
このような死に方はダーマの賢者としては恥辱のきわみですが、こうしなければ自分は自分を守れないから。
そのとき、強い力で自分の体が引き上げられた。
「まったく、見張りがなってないぞ」
その声は聞き覚えがなかったが、それでも何者かはすぐに分かった。
「す、すみませんブランカ様」
「せっかくいたぶれる素材なんだ。ゆっくりと楽しまないとな」
自分の命を救ったのは──自分のプライドを壊したのは──トレイシー=テューダー。彼女がモシャスを使った、白髪のブランカであった。
「あんたも望みがあるなら死んだりしないで、助けを待つかどうかしたらどうだい」
だが、心を閉ざしているルナは答えない。小船に引きずり上げられても、ぴくりともしない。
「まったく、さっさと移動しろ」
「アイアイサー!」
死ぬことすらできない。
もう、自分はどうすることもできない。
閉ざされた心の中で、ルナは絶望に身を任せるしかなかった。
他の積荷はどうやら全て運び込まれたようだった。
「ブランカ様! 賢者はどうしますか」
「今日はパーティだからな。好きなところでやればいいさ」
ひょう、と男たちが声を上げる。
「酒場だ!」
「んなところに全員入れるかよ。広間だ広間!」
そうしてルナの体が運ばれていく。
自分は生贄。
海賊たちの慰み者。
もはや、自分が助かる見込みなど、ない。
「全員が一斉にやる必要もないだろう。順番にすればどうだ」
「よーし、それなら極上のベッドを使わせてやろうじゃねえか!」
「順番決めるぞ順番!」
そうして連れていかれるルナを見て、トレイシーは苦笑した。
「さあ、ヘンリーが助けに来るのが先か、それとも陵辱されるのが先か、見学させてもらおうか」
それから館に入っていった男たちの後ろで、一人、キメラの翼を使った。
ベッドに投げ出されたルナ。そしてすぐに最初の男が入ってきた。
「さーて、たっぷりと楽しませてもらおうか、お嬢ちゃん。いや、賢者サマだったかな?」
醜悪な男が近づいてくる。武器はない。魔法も使えない。
絶体絶命だった。
「それにしても、まるで何も言わねえんだな。もう完全に諦めたってことか?」
ルナは答えない。
「それが賢者って奴なのかね。ま、俺としちゃこんな極上のオンナをヤれるってだけでありがたいがね。それも初物だ」
男はルナを突き飛ばすと、その服を引き裂く。
「随分と白い肌じゃねえか」
男の手が、ルナの柔肌に触れる。
「残念だったなあ、嬢ちゃん。今までずっと守ってきたものを、こんな男に奪われちまうんだからよ。もしかして、仲間の勇者サマとかとねんごろだったりするのかい?」
勇者──
その言葉が聞こえた瞬間、ルナの体がぴくりと震えた。それに気づいたのか、男はにやりと笑う。
「へえ、どうやら図星みてえだな賢者サマ。勇者のために自分の体を磨いてました、ってか? でもな、もうそれも終わりだ。ほらよ」
さらに服を剥ぎ取られ、下着まで破られる。
「もう、何も残ってないぜ。ほら、大好きな勇者サマに助けでも求めてみろよ」
「……あ……」
か細い声が、その口からもれる。
「あれす、さま……」
「あれす? アレスってのが勇者か?」
「……私は、大丈夫ですから……」
ルナは目を閉じた。
もはや、助けはない。そして、逃げる方法もない。
終わったのだ。
勇者を愛し、勇者のためだけに生きてきた自分は、ここで終わる。
「へっ。諦めたか。ま、それならそうと、いただくとするか」
そうして、男は自分の服を脱ぐとルナの上におおいかぶさる。
「じゃ、遠慮なくいくぜ」
そして男は──
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