Lv.94

世界の敵の残した傷跡には








 そのとき、建物が轟音と同時に激しく揺れた。
「うおっ!?」
 男はもんどりうって倒れる。
「な、何がおきやがった」
 さらに続けて生じる爆音。
 そして同時に響いた海賊の声。
「て、敵襲ーっ!?」
「な、んだとぉ?」
 直後、ルナの目に光が戻った。






「イオナズン!」
 フレイはその建物に向かって五度目のイオナズンを放つ。もはや建物はいつ崩れおちても良さそうな状況だった。
「おいおい、それくらいにしておけよ。中にルナがいるかもしれないんだぜ」
「こういうのは先手必勝」
 いつになく真剣なフレイの様子にヴァイスも肩をすくめる。船で陸地に上がる前から、遠距離でイオナズンを連発したのだ。
「ま、敵襲が判明したおかげでルナへの暴行がストップしてくれることを願うぜ」
「それもそうだが、海賊たちが出てきたぞ」
「あんな連中に負けるかよ。行くぜ、アレス」
「ああ。ルナを取り戻す!」
「メアリも頼むぞ!」
「まかしときな。王子もきばんなよ! 愛しい姫君を守りたければね!」
「言われなくても!」
 陸地に上がったのはまず五人。とはいえ、後からさらにメアリの部下たちも続く。
 ブランカの部下たちは最初の攻撃ですっかり浮き足立っていた。そんな敵を攻撃するのは難しいことではない。
「イオナズン!」
 フレイはもはやそれ以外の魔法を使っていない。爆発の魔法は地震によって相手を浮き足立たせる効果も持つ。同時に相手を倒すことができる。ルナが襲われているかもしれないというこの状況ではもっとも効果的だった。
「てめえ、ルナをどこへやりやがった!」
 ヴァイスが一人の海賊を掴み上げる。
「ひ、し、し」
「知らないのか、しゃあねえな」
 ヴァイスは容赦なく、海賊の指をへし折った。
「あぎゃあああああああっ!」
「次は目をくりぬく。次は耳を削ぐ。さあ、さっさと言いやがれ」
「さ、さ、さんがい、さんがいのへやぁっ!」
「よく言えたな。ご褒美だ!」
 ヴァイスの槍が男を貫く。そして投げ捨てる。
「三階だ!」
「よし、突撃!」
「イオナズン!」
 建物の扉を爆発魔法で破壊すると、勇者一行はあっという間に乗り込む。
「ほら王子、早くしないと勇者に先越されるよ!」
「分かってる!」
 メアリの部下たちの援護を受けて、ヘンリーもすぐ中に飛び込む。
 だがアレスたちのスピードは異常だった。全力で駆けても差がつく一方だ。
「おおおおおおおおおっ!」
 目の前に現れる海賊を、アレスが一刀で切り伏せる。さらには、
「ベギラゴン!」
 建物の中に入ったため、爆発魔法を使うと自分たちまで被害を受けると判断したフレイが電撃魔法で一網打尽にしていく。
「魔法槍、メラミ!」
 さらにヴァイスの攻撃で火達磨になった海賊を見て、他の海賊たちが恐怖に襲われる。
「どけえっ!」
 アレスは鬼人の動きで怯んだ海賊たちの中に躍りこむと、あっという間に五人の首を刎ねた。
 それを見たヴァイスが、今までで一番アレスが本気で動いているのを確信した。これはおそらく、かつてフレイを助けたときのアレスと同じだろう。
 危機に陥った仲間を助けるために命をかけ、さらには最大の力を発揮する。それが勇者アレス。
(やっぱ、こいつの仲間をやってきてよかったな)
 三人は、さらに奥へと走る。






「な、なんだ、なんだ」
 間違いない。
 助けに来てくれたのだ。勇者が。私の勇者が。私が愛する勇者が。
「アレス様」
「なにぃ?」
「アレス様、アレス様、アレス様っ!」
「黙れっ!」
 男は裸のルナを張り倒す。
「こうなったら、お前だけでも──」
 だが、既に遅い。
 アレスの放ったイオラの魔法が、その扉を破壊した。
「アレス、さま」
 中に入ってきたアレスは、怒りに燃え上がっていた。これほど恐ろしく、そして頼もしい勇者を見たのはルナは初めてだった。
「て、て、て──」
「無事か、ルナ」
 小さく頷く。それを見てアレスは一息つく。
「運が良かったな」
 アレスは男に近づく。
「もし、手遅れだったら死んだ方がマシだという目にあわせていたところだぞ!」
 一瞬で、アレスは海賊の首を刎ねた。
 そして剣を放るとルナに駆け寄って、その拘束を解いた。
「アレス様」
「ごめん、遅くなって。でも、本当に大丈夫だったのかい?」
「はい。ぎりぎり、でした。ぎりぎり、助けていただきました。アレス様、アレス様……」
 もう、駄目だ。
 今まで自分で殺していた感情が、堰を切ったように溢れでる。
「アレス様っ!」
 裸のまま、ルナはアレスに抱きついて、泣きじゃくった。
「怖かった、怖かったです!」
「うん。もう大丈夫」
「アレス様、アレス様、アレス様……」
「大丈夫だよ、ルナ。大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
 子供をあやすように、アレスはルナを抱きしめて頭を撫でる。
 そしてさらに、ルナを後ろから抱きしめてきたのは。
「よかった」
「フレイさん」
「よかった。本当によかった。無事でよかった。ルナが無事でよかった」
「フレイさん。フレイさん……」
 そのまま振り返ってフレイに抱きつく。
「アレスもフレイも、今までにないくらい本気モードだったんだぜ」
 部屋の外からヴァイスが声をかけてくる。
「ヴァイスさん」
「ま、早く服来てくれ。出ないと中に入れねえ」
「あ」
 自分が裸だったことを完全に忘れていた。アレスと目が合って、アレスも真っ赤になって反対を向く。
「すすすすすすすみませんっ!」
「……これ、着替え」
 万が一を考えてくれていたのか、フレイが着替えを取り出してくれたので、急いでその服を着なおす。
 再び賢者の服を身にまとって、ようやくルナが落ち着きを取り戻した。
「アレス様、フレイさん、ヴァイスさん」
 三人を前にして、ルナが深く頭を下げた。
「ありがとうございました。心から、お礼申し上げます」
「なに、仲間を助けるのは当然だよ」
「……ルナが無事ならそれでいい」
「つーか、ぎりぎりになっちまってこっちこそ悪かったな」
「いえ。私の油断が招いたことですから。それにしても、こんなに早く到着できたのはどうしてですか」
「ああ。協力者がいてくれてな」
 ヴァイスが振り返ると、そこに二人の姿。
「ヘンリー殿下! それにメアリさん!」
「無事だったみたいだな、ルナさん。よかった。本当によかった」
「アンタの貞操が危ないっていうからね。全力で来たんだよ」
「では、アレス様たちはメアリさんの船で?」
「ああ。でもアジトを見つけるのに時間がかかってね。とにかく沿岸でひたすら山彦の笛を吹いて、ブランカが持ち去ったオーブの反応を探したんだ」
「なるほど、宝物庫にあったエジンベアのオーブですね」
 少しの情報ですぐに状況を把握する。このあたりはさすがに賢者というべきか。
「ブランカの正体はわかりましたか?」
 ルナが尋ねると誰も答えない。つまり、それは全く分かっていないということか。
「ルナは分かったのか?」
「はい。私を捕まえたのもブランカですから。王子殿下、心して聞いてください」
「俺?」
「はい。ブランカは、トレイシー様です」
 ヘンリーの表情が徐々に変わる。
「まさか、だろ」
「私を捕らえたのはトレイシー様ですし、トレイシー様がどうしてブランカとなったのか、全ての理由を本人から伺いました」
「……あれが原因なのか? 黒い船の海賊団に襲われたときの、あれが──」
「正確には違います」
 ルナは首を振った。
「トレイシー様を襲ったのは同僚の、それもウィリアムズ公の命令を受けた騎士団だったのです」
 そうしてルナがトレイシーから聞いた内容をかいつまんで説明していく。ヘンリーは頭を抱えている。あのトレイシーがそんなことをするわけがない、と思いたいのだろう。だが、ルナはトレイシー本人から聞いたのだ。間違いのないことだ。
「トレイシー様は部下たちの前でも白髪の姿をしていました。ここまで来る途中に、トレイシー様の姿かブランカの姿はありませんでしたか?」
「今のところどちらも見当たらないようだ」
「逃げられたのかもしれません。トレイシー様はもうエジンベアに戻るつもりはない、世界に復讐するだけだと言っていましたから」
 このアジトが見つかることは前提だったのだろう。そして邪魔になったブランカ海賊団をエジンベア海軍に押し付けた。
「たいした姉ちゃんじゃねえか」
「はい。これほど手際よく捕まえられたのが悔しいほどに」
「というわけでヘンリー王子、あんたの教育係のせいでうちのルナが危ない目にあったんだ。これは貸しにしておくぜ」
「一生をかけて償う」
 言って、ヘンリーはがっくりとうなだれた。
「まさかトレイシーが、そんな……」
「トレイシー様は、ヘンリー殿下のことを愛してらっしゃいました」
 ルナが言うと、ヘンリーが片手で顔を覆った。
「だからこそ、私が憎かったのだと思います」
「すまない、ルナさん。俺は、あなたに、償えないほどひどいことをしてしまった」
「いいえ。ヘンリー殿下の気持ちは仕方のないことですから。それに、もうこれでブランカ海賊団が現れることはないでしょう。ブランカ本人──トレイシー様を捕まえることはできませんでしたが」
「エジンベアの誇りにかけて捕まえてみせる。この世界のどこへ逃げてもな」
 ヘンリーが言うとメアリが肩をすくめた。
「ま、しめっぽい話はそれくらいにしようか。まずは持っていかれた財宝を積みなおして、エジンベアに帰るところから始めようじゃないか」
「財宝──」
 そこでオーブと、それから奪われたお守りのことを思い出す。
「財宝のところへ案内してください」
「ああ。こっちに全部集めてあるよ」
 地下に収められた宝物庫から、既に広間の方までメアリの部下たちによって財宝は運ばれていた。
 まずすぐ目についたのが、握り拳よりも小さい赤い宝玉。
「レッドオーブ!」
「これで五個目だな」
「それに──」
 古びた布で作られたお守り。
「良かった」
 ルナがそれを手に取って、もう一度首から下げる。
「ああ、ルナがいつもしているお守りだね」
「はい。昔、賢者を目指すときにいただいたものなんです。さっきの首輪をつけられたときに奪われてしまって」
「何にせよ、これで元通りってことだね」
 メアリの言葉に一同が頷く。
「さて、それじゃあ船で戻るかい? それともアンタたちはルーラとかで一足先に戻るかい?」
 ルナが少し考えてから、ヘンリーにキメラの翼を渡した。
「王子は先にお戻りください」
「ルナさん?」
「国の要人があまり長いこと留守にしてはいけません。私たちはメアリさんに送ってもらって、後からゆっくりエジンベアに戻らせていただきます」
「でも、ルーラで戻れるんだろ?」
「戻れます。ただ……もう少し、気持ちを落ち着けたいと思いますので」
 先ほどの恐怖はすぐにぬぐわれるというわけではない。
 今はまだ流れのままに行動しているが、少しすればまた恐怖が勝ってくるだろう。
 だから、完全に気持ちを落ち着けるために、今は時間がほしかった。
「分かった。じゃあ、俺は先に戻ってる。メアリ、ルナさんたちを頼む」
「ああ。残念だったね王子。姫様のナイトになれなくて」
 ヘンリーは顔を一瞬しかめたが、首を振った。
 確かにルナのこともあったが、今はヘンリーにこそ時間は必要だったかもしれない。何しろ、トレイシーが首謀者だったというのだから、それがこれからどのように処理されていくのか、難しくなる。
 いずれにしてもやることは山積みだ。ヘンリーは遠慮なくキメラの翼を使った。
「さ、戻ろうか」
 メアリに勧められて、アレスたちは船に乗り込んだ。






 こうして、ブランカ騒動は一旦幕を下ろすこととなった。






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