Lv.98
いつまでも消えない願いを
たしかにその船は幽霊船と呼ぶにふさわしかった。船体のいたるところが破損している。よく床底に穴が開かないものだと思わせるくらいに。張った帆も穴だらけ。これでどうやって動いているというのだろう。
「随分旧型の船だね。バランスも悪い」
「さすが海賊。見ただけで分かるのか」
「とりあえず、笛を吹いてみようか」
アレスが言って山彦の笛を取り出す。だが、山彦は戻ってこない。
「残念。違ったか」
「ま、ここが違うって分かっただけでも充分だろ。じゃ、戻るか?」
「待ちな」
メアリがにやにや笑って幽霊船を見る。
「あの中には大きな宝玉があるっていう噂だ。もしかしたらアンタたちが聞いたオーブってのは、それが伝わったものかもしれないね」
「宝玉か。確かに」
「で、そんなお宝があって、誰の所有物でもないのに海賊であるアタシがほったらかしにするのもどうかと思うわけさ」
「つまり、宝玉を取りに行くのに協力しろと?」
「話が早いね。というより、アンタたちを幽霊船まで連れてきてやった本当の理由はそっちだったりするんだけどね」
中には何がいるか分からない。モンスターの巣窟になっている可能性もあるし、危険も大きい。だからこそ用心棒を必要としていた。メアリにこそアレスたちの申し出は渡りに船だったのだ。
「ま、いいんじゃねえか? 長くなるこたねえだろうし、ここまでメアリには借りっぱなしなんだ。少しは返さねえと割りにあわねえよ」
「……アレスに任せる」
ヴァイスとフレイから反対の声はない。たしかに一方的に協力をもちかけておいて、こちらがいざとなったら協力しないというのは人の道に反する。
「分かりました。では、ご一緒しましょう」
「ありがたい。とりあえず海賊からはアタシ一人で行く。アンタたちに一緒に行ってもらうよ」
「分かりました」
そうして接舷し、四人が幽霊船に乗り込む。
「嫌な雰囲気だ」
「……何か出そう」
ヴァイスとフレイが感想を述べる。人の姿はもちろんなく、完全に廃船と化している。それなのに意思を持って動いているのはどういう理由か。
「とりあえず舵を見てみたいところだな」
「そうだね。かたっぱしから船を調べていってもいいけど、これだけデカイ船だと滅入るね。荷物を保管している場所とかあればいいんだけど」
そうして四人で船の中に入り、手当たり次第に扉を開けては船室を確認していく。
「やっぱり人はいねえなあ」
「ああ。それにしても、この雰囲気、本当に気分が悪いな」
アレスがあたりを見回す。誰もいないはずなのに、多くの人間から注目を受けているような感じ。
「奥に行ってみるよ」
「ああ」
そうしてさらに部屋を調べながら進んでいく。
「……アレス」
すると、部屋の一室から廊下に顔を出したフレイがアレスを呼ぶ。
「どうした」
「……ちょっと来て」
フレイの呼び声でアレスをはじめ、メアリもヴァイスもその部屋に入る。
「日記か?」
「一般客のものだね。どれ」
メアリがぼろぼろになったノートを覗き込む。
「こりゃ、また」
「どうした?」
「日付さ。すごいことになってる」
アレスが日記の最初のページを見た。そこに年月日が書かれている。
「……二百年前!?」
「それだけ長くこの幽霊船があるってことだね。ちょうどエジンベアの勃興期。当時の世界リーダーはポルトガよりも前、まだロマリアの頃だよ」
広い大西洋に出ていく船は当時まだなかった。旧型の船で、地中海交易に強いロマリアが世界の中心だった。
「これは歴史的な史料になるかもしれないね」
メアリはそれを丁寧に布でくるんで荷物袋に入れる。思わぬお宝だった。
「お前さん、そういうことにも興味あるのな」
「アタシ自身に興味はないよ。ただ、古い時代の史料ってのは日記レベルでもなかなか手に入らないのが常さ。ヘンリーに譲ってやればいい値がつくかもね」
「しっかりしてんな」
そうしてさらに奥へ。
「船長室みたいだな」
「航海日誌はないかい?」
いろいろと探してみたものの、どこにも資料らしきものはない。
「ま、そんなもんだよな。二百年も前の史料が残ってるってのが偶然すぎるんだ」
「じゃ、操舵室に行ってみようか。すぐ近くのはずだよ」
さらに移動。操舵室はそのすぐ奥だった。
舵は当然、全く動いていない。というより、
「壊れているね、これは」
「舵が壊れているのに動くんですか?」
「帆があれば勝手に動くけどね。方向が決められないだけで。地中海くらいの狭い海なら、当時の航海技術でも一週間もあればどこかの岸にたどりつくだろうさ」
「じゃあ、飢えたりするようなことは」
「誓ってないね。それこそ、何かの理由で動けなくなったとかない限り」
「……アレス」
またフレイが呼びかける。
「どうした」
「……これ」
フレイが近くにあった物置から青い宝玉を持ってくる。
「これだ!」
メアリが近づく。そしてフレイの確認を取って手にする。
「すごい。材質が分からないよ。いったい何が──」
そのとき、船がぐらりと揺れた。
「何だ?」
「気配が、濃く」
操舵室の扉が勝手に開く。
そこから現れたのは、無数の亡者。あの骸骨はスカルゴンか。どくどくゾンビにホロゴースト、地獄の騎士。ありとあらゆる死霊たちがなだれ込むように襲い掛かってくる。
(ナカマ)
(ホウギョクヲトリニキタボウケンシャ)
(オレタチノナカマ、ナカマ)
「こいつは」
死霊たちの呼び声にヴァイスが顔を引きつらせる。
「どうやらこの宝玉に目を奪われてやってきた冒険者たちってところか」
「で、宝玉を手にした瞬間、亡者が現実になって襲い掛かり、新しい仲間の誕生ってわけだ」
「ふん。こんなところで死ぬわけにはいかないね!」
メアリが宝玉を持ったまま、右手でサーベルを抜く。
「こういうときの用心棒だ。頼むよ、アンタたち!」
「もちろん僕らだって死ぬつもりはないからね」
アレスが剣を抜く。そして、
「ベギラゴン!」
火の魔法はまずいと思ったか、フレイが電撃の魔法で死霊たちを消し去る。
(オオオ)
(ナカマ、ナカマ)
(ヤメロ、ニドモコロサナイデクレ)
「だったら俺たちの前に現れるんじゃねえよ!」
ヴァイスが魔法槍を一閃。滅びる死霊たち。
「突っ切るぞ!」
アレスとメアリが先頭で進み、フレイを真ん中に、そしてヴァイスが後方を守りながら進む。
次々に現れる死霊たち。出口までの廊下が完全に死霊で満たされている。
「いったい二百年間で何人の冒険者が来てるっていうんだい!」
「それに、こんなことが何の理由もなく生じるはずがない。元凶があるはずだ」
「倒す気かい? すぐに逃げればすむこと──」
「多分、ここの主は簡単に僕たちを帰してくれるつもりはないと思うよ」
倒しても倒しても前に進むことができない。フレイの放つイオラで穴をあけ、そこに飛び込み、さらに敵を倒す。その繰り返し。
「ああもう、数が多すぎるぜ!」
「……正しい物量作戦」
「冷静に言ってる場合かよ!」
後ろはヴァイスが一人で支えている。倒しても倒しても現れる敵に、完全に押しつぶされそうになる。
(こっちだ)
と、そこに何か声が聞こえた。
「誰だ!」
(早くしろ。そこの扉だ)
ほんの数メートル先に扉が見える。だが、その間も死霊たちでふさがれている。
「扉ごと吹き飛ばさないように気をつけないとな」
アレスが魔法を唱える。
「イオラ!」
死霊たちを吹き飛ばし、中央突破を計る。
「みんな、こっちだ!」
アレスに続いてその部屋の中に入り、扉を閉める。
すると、死霊たちは部屋の中に入ってくる様子はなく、ひとまず落ち着きを取り戻した。
「とりあえず、休憩していいってことか」
「……疲れた」
「さすがに、この量はきついな」
たったこれだけの距離で、四人で片付けた死霊は百を超えているだろう。
「この宝玉が冒険者をおびき寄せる罠か」
(そうです。あなたたちもその罠にかかったということですね)
そこに、アレスたちを呼んだ声が聞こえる。
「誰だ」
すると、その部屋の中に青白い光と共に、一人の男の姿が現れた。
(僕はエリック。この船の下士官でした)
「この船ってことは、もう二百年前の?」
(そんなに時間が過ぎていましたか。私たちは密命を受けて、地中海を航海していたものです)
「密命? どこの国の?」
(二百年も経てば、もう問題ないでしょう。私たちはロマリア海軍のものでした。新興国ポルトガが勢力を拡大するのを阻むために、ポルトガ領内に工作員としてもぐりこむ予定でした)
「なるほどね。当時のことだから何があってもおかしいことはないだろうけど」
(我々は追い風に乗って順調にロマリアへ向かっていました。ですがある日、突然舵がきかなくなり、しかも座礁して完全に船が動かなくなりました。食糧が減っていき、ボートで逃げ出す者もいました)
「それが何で幽霊船なんかに」
(……中の一人が、呪ったのです。この航海を)
「呪った?」
(こんなところで無意味に死にたくない。死ぬくらいなら、魔となっても生き延びたいと)
「魔となっても」
(そして、彼は僕たちクルーの命を捧げ、魔を降臨させました。そして意思ある船、幽霊船となったのです)
「はた迷惑な奴だね」
(あの混乱の中では、他にも同じことをした者が出たことでしょう。僕だって、さらに時間が経てば同じことをしたかもしれません。そして彼はやがて、近隣の船に噂をばらまくようにしました。幽霊船には宝玉がある、と。それがあなたの持っているブルーダイヤです)
「こいつ、ダイヤなのかい? こんなきれいな青色が出るものなのか」
(はい。もちろん魔法的に合成されたもので、天然のものではありません。ですが科学的組成は同じです。カラーダイヤは希少ですから、価値としては莫大です。そのブルーダイヤに触れた瞬間、この船の『食糧捕獲システム』のスイッチが入り、死霊たちが現れて冒険者を食い殺してしまいます。食い殺された冒険者は新たな死霊となって、システムの一部となるのです)
「迷惑きわまりないね」
(ダイヤは諦めてください。それを持ち出せば、幽霊船の主も一緒についていくことになります)
「やれやれ。せっかくのお宝なんだけど、そんなヤバいものを持ち歩くわけにはいかないね」
メアリはあっさりとブルーダイヤを投げ捨てた。
「だが、それで諦めるような『彼』ではないんだろう?」
(はい。おそらく『彼』は甲板にいるはずです。この船から逃げ出そうとする者たちにとっての門番です。この部屋は僕が守っているので死霊たちも入ってくることはできませんが、この部屋から一歩でも出ればまた死霊たちが襲い掛かってきます)
「じゃあ、どうやって甲板まで出ればいいんだい」
(この部屋の天井に穴をあけて、そこから脱出すればいいのです。ここの二つ上のブロックが甲板ですから)
なるほど。確かに旧型の船ならイオナズンを使えば一撃で壊せるだろう。
「で、アンタはどうしてアタシたちを助けてくれるっていうんだい?」
(僕も『彼』に生かされ続けているのに飽きました。そろそろ神の下に行きたいのです)
確かに二百年もここに閉じ込められ、ただ時間を潰すくらいならいっそ消滅したいというのは分かる。
(そして、あなたたちなら僕の願いを聞いてくれるかもしれないと思って)
「願い?」
(はい。僕はロマリアに婚約者がいました。もし可能なら──)
自動的に机の引き出しが開く。
(そこにあるロザリオを、故郷の土に埋めていただけたなら。もう僕のことを覚えている人なんていないでしょうけど、せめて彼女がいた土地で眠りたい)
「アンタにとって、それが現世に執着する理由ってわけか」
(お願いできますか)
「ま、それくらいならね。ロマリアなんてここからなら船で一日か二日だ。アタシが届けてやるよ。乗りかかった船だ」
(ありがとうございます)
「ちなみに、アンタの彼女は何ていうんだい?」
(オリビア、といいました)
「オリビア?」
(はい。ありふれた名前かもしれませんね)
「いや、そんなことはないけど……」
メアリはそれを聞いて少し考える。
(何か?)
「いや。とにかくこれを故郷に届けてやればいいんだね?」
(はい。お願いします)
「分かった。じゃ、商談成立だ。アンタら、やっていいよ」
メアリに言われて、アレスが頷く。
「フレイ、いいかい」
「……問題なし」
そしてフレイは天井に向かって魔法を放つ。
「イオナズン!」
その天井に穴が開いた。
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