Lv.99

ただ一つの願いを抱いて








 上の階に出て、さらに天井に向かってイオナズン。そうして外に出たところは既に甲板だった。
「こりゃあ……」
「ひどいな……」
 一面の霧に覆われた中、巨大な骸骨がそこで逃亡者を待ち構えていた。地獄の騎士とか、そういうレベルじゃない。身の丈はアレスやヴァイスの軽く二倍はある。六本の腕を持つ巨大な骸骨。
『ニガサヌ』
 その骸骨は口から焼け付く石を吐き出してきた。
「それに触ると体が動かなくなるぞ、気をつけろ!」
「分かってる!」
『宝ニ惑ワサレヤッテキタ愚カ者ドモヨ! オトナシク我ガ血肉トナレ!』
「骨しかない分際で何言ってやがる!」
 ヴァイスが槍で突進するが、骸骨の手が持つ剣に阻まれ、さらに別の剣がヴァイスに襲い掛かる。
「うおっ!」
「気をつけろ、剣が六本もあるから一本で防がれ、他の剣で反撃してくるぞ!」
「分かってるつもりだが、隙がねえな、こいつは!」
『ハハハハハ、所詮、宝ト聞ケバ飛ビツク程度ノ知能デ、コノ私ニ勝テルト思ッテイルノカ』
「……うるさい」
 フレイがメラゾーマで骸骨に攻撃する。だが、その火球すら骸骨の剣は軽く弾き飛ばしてしまう。
「魔法も通用しないのか」
『我ハ無敵! 我ガコレマデニ蓄エタ全テノ力、ドレホドカ見セテヤロウ!』
 骸骨は上の二本の腕が持つ剣を交差させる。そこに、電気エネルギーが蓄積される。
「まずい、避けろ!」
 その剣から電撃が放たれる。威力はベギラゴンに匹敵する。四人がなんとか回避するが、フレイをかばったヴァイスがダメージを受ける。
「ぐううううっ!」
「ヴァイス!」
「……ヴァイス」
「ちっ、ドジった! 何してる、反撃だ!」
 ヴァイスはすぐに立ち上がって槍に魔法を込める。
「ヤマタノオロチよりずっと強敵だな」
 アレスはヴァイスの無事を確認すると、魔法を唱え始めた。
『美味! 美味ヨノウ! 貴様ラノだめーじハ我ノ食糧ヨ!』
「黙ってろ、骨!」
 三人の意識がシンクロする。フレイがまず魔法を唱えた。
「イオナズン!」
 爆炎。その魔法にさしもの骸骨も動揺する。
『ヌウッ!?』
 そこへ、
「魔法槍、ベギラマ!」
 ヴァイスの魔法の力を伴った槍が、骸骨に突き刺さる。
『グッ、ガアアアアアアッ!』
 ヴァイスは槍を突き刺したまま距離を置く。そこへ──
「ベギラマ!」
 勇者の魔法が、落ちる。
 骸骨の体ではなく、骸骨に突き刺さった槍へ。
『バ、バ、バカナッ!?』
 その魔法エネルギーに耐え切れず、槍が、骸骨ごと、巨大な音を立てて爆発した。
「やったか?」
 煙が晴れる。そこに、まだ、骸骨の姿。
『キ、キ、キサマ、ラ』
「……もう、力は残っていない」
 フレイがとどめの一撃を放つ。
「ベギラゴン!」
 魔法の閃光は、今度こそ骸骨を消滅させた。






 霧が晴れ、一時的に避難していたメアリの船が近づいてくる。
 四人が船に移るとすぐに、主をなくした幽霊船が塵となって海に消えていく。
 幽霊船は消滅したのだ。そこにいた多くの死霊たちと共に。
「大変なお宝探しだったね」
 メアリがやれやれと言う。
「多分、借りを百倍くらいにして返したと思うぞ」
「ああ。お宝は手に入らなかったけど、幽霊船の謎が解けたっていうだけでも楽しかったよ。それに、変な約束まで引き受けちまったしね」
 メアリがロザリオを手に言う。
「そのロザリオ、ロマリアへ持っていくのか?」
 ヴァイスが尋ねるとメアリは「いや」と否定する。
「オリビアって言ってただろう、あのゴースト」
「エリックな」
「ああ。そのエリックがオリビアって言ってただろ。ところで、オリビア岬って知ってるかい?」
 いや、とアレスたちは首を振る。
「エイジャ大陸の北部にあるレテ川を上っていくと出てくる場所なんだけどね。オリビアっていう幽霊が、その先へ通行するのを止めるっていう、船乗りにとっては有名な場所があるんだ。もしかしたらって思うけど、オリビア岬はロマリアから徒歩で三十日くらいの距離だしね、オリビア岬の呪いは少なくともアタシが子供の頃にはとっくにあったわけで」
「エリックの恋人の幽霊がいるかもしれない、っていうことか?」
「まあ、もしかしたら、だけどね。でもロマリアにただ沈めるよりは、オリビア岬の幽霊に上げた方が何となくいいって思わないかい?」
 確かに、万が一ということもある。それでもし、岬の幽霊が当人だとしたら。それは立派な供養になるだろう。
「というわけで、アタシはこれからオリビア岬まで行くことにするよ。まあ、だいたい十五日くらいってところかな」
「そうか。世話になったな、メアリ」
「いいのさ。アタシらは海で過ごすのが楽しくてやってるんだからね。ま、アンタらもしっかりやんな。それと、嬢ちゃんによろしくね」
「ああ。伝えておくよ」
 そして、フレイのルーラが発動した。






 そうして三日間の船旅をアレスたちがしている間に、ルナは一足先にエジンベアに戻ってきていた。
 ディアナに聞いたところ、既にメアリから連絡が届いていて幽霊船へ向かったとのこと、帰りは三日後くらいになるということだった。
 ルナは実質二日ダーマに滞在したため、連絡通りなら明日にはアレスたちが戻ってくることになる。
「ヘンリー王子が、戻ってきたら王宮に顔を出してほしいとおっしゃってましたわよ」
「王子が?」
「ええ。何の話か分かりませんけど、どういたします?」
「無論、お会いします」
 というわけで、戻ってくるなりディアナはヘンリーに先触れの使者を出し、少し遅れてから馬車で出発する。
「ダーマは何か変わりがありまして?」
「いえ、ダーマ自体は大きく変わったことはありません。ソウの妹が体験留学に来ていたくらいでしょうか」
「ソウタさんの? 姉がいるっていうのは聞いてましたけど、妹もいらっしゃったの?」
「半分血のつながっている妹さんだそうです。勝気ですけど、かわいらしい方でした」
「まあ、私やあなたほどの力を持っているとは思いませんけれど」
「たった三日でホイミが使えるようになったそうですよ。将来有望です」
「努力は認めないでもないですわ」
 勝気という意味ではエミコとディアナはいい勝負かもしれない、とルナは苦笑する。
「トレイシー様の件で、こちらは何か動きがありましたか?」
「とりあえずテューダー公は責任を取るために蟄居、謹慎というところね。ただでさえ少なくなっている公爵家からまた一人脱落者が出て、もう王宮は上へ下への大騒ぎ」
「ディアナはまだ役割を与えられていないのですか?」
「代替わりしたばかりのフィット公では荷が重いと、要職からは遠ざけられてますわ。まあ、しばらくは領内のことで手一杯ですからありがたいとは思うんですけれど」
「でも、その分ヘンリー王子の仕事が多くなりそうですね」
「ええ。ウィリアムズ公領の仕事でトーマスさんもいなくなってしまいましたし、目の回る忙しさだと思いますわ」
 ただでさえトレイシーの件があったというのに、王子には休む暇すら与えられない。
「お可哀相ですね」
「それが上に立つ者の責任というものですわ。国王陛下が倒れ、公爵家から次々に脱落者が出て、いまや動ける公爵は三人、それにルポール宰相くらいしか国の仕事は行っておりませんわ」
 ジパングといい、エジンベアといい、どうやらいろいろな国で動きの激しい時期ということなのだろう。ポルトガやロマリアは大丈夫だろうか。イシスは。アリアハンは。
(サマンオサ──も、危険な動きがあるという話でしたね)
 サマンオサ出身のジュナが、国の治安がよくないと言っていた。何もなければ実地調査をしたいところだが。
(オーブ探索をかねて、調査した方がいいかもしれませんが)
 とりあえずダーマから各国へ三人ずつ魔法使いが飛ぶことになっている。まずはその報告を待った方がいいだろう。
 そうして二人が王宮に到着する。二人が案内されたのはガーデンではなく応接室だった。しばらく待ってから応接室にヘンリーがやってくる。
「ルナさん! ディアナ公!」
 ヘンリーは少しやつれた様子だった。それも仕方が無いのかもしれない。トレイシーを失い、トーマスすら近くにいない。この状況では心を許せる場所がない。
「ご連絡が遅れて申し訳ありませんでした、殿下」
「それはこちらの台詞だよ、ルナさん。トレイシーの件は各国に打診した」
「はい。ダーマからも重ねて協力を頼む旨、魔法使いが派遣されております」
「ありがとう。これは国の名誉にも関わる。できれば俺自身でトレイシーを捕まえに行きたいところだが」
「殿下はこの国を率いるという重要な役割がございます」
「そうなんだよな。ったく、王子でさえなけりゃやりたいことが山ほどあるってのに」
 だが国を捨てられるような王子ではない。それはトレイシーによって育まれた責任感。皮肉なものだが。
「ところで、殿下が私を呼ばれたということでしたが」
「ああ。改めて、トレイシーの件でな」
 王子は背筋を伸ばしてから、しっかりと頭を下げた。
「すまなかった。トレイシーのことに気づかなかったのは、全部俺の責任だ」
「殿下が頭を下げることではございません」
「いや。あいつの言うことを鵜呑みにして、検証すらしようとしなかった」
「当然です。トレイシー様は殿下にとって大切な方なのですから」
「だから油断した。俺がもっとしっかりしないと、この国を率いていけない。たとえ誰であっても心を許してはいけない。そう、トレイシー本人から教わっていたはずなのに」
「その教えは間違っていませんが、時と場合によります」
 ルナはしっかりと言う。
「疑心暗鬼に陥った国王は必ず国の害となります。疑いながら、信頼する。統治者にはその微妙なバランスが必要なのです」
「疑いながら、信頼する、か」
「トーマス様は非常に信頼できる方ですし、ここにいるディアナだって国のことを思う気持ちでは他の貴族の何倍、何十倍も持っている人物です。殿下はそうした忠臣をしっかりと持つことが必要です。たとえ苦言を呈されたとしても、それは国のためを思えばこそ。何でも『イエス』と答える臣下ほど信用ならないとお考えください。それは国王の機嫌を損ねないようにしているだけです。真の臣下は国王よりも国を思います。国のためを思う臣下を忠臣というのです」
「肝に銘じておくよ」
 ヘンリーがしっかりと頷く。
「やっぱり、あなたが妻になってくれれば一番なのにな、ルナさん」
「すみません。私はもう、この間の件で完全に勇者様に恋する乙女になってしまいましたから」
 苦笑して答える。自分で言うのが何だか恥ずかしい。
「でも、アレスさんはフレイさんを」
「はい。私にとってはフレイさんも大事な人ですから。二人が幸せであるのは私にとっても喜びですし、二人の傍にいられることが嬉しいです」
「もう無駄ですわよ、王子。この子はそれこそ物心ついたころからずっと勇者のことだけを恋してきたのですから、覚悟が決まった以上覆すことは無理です」
「そうみたいだね。やれやれ、パートナー探しも最初からやり直しか」
「いざとなれば私がおりますわ」
「国のために、好きでもない男と好きでもない女が手を取り合うのか」
「でなければポルトガのローザ王女を娶るしかありませんわね」
「いやあ、それがね。縁談に結びつくような話が今、来ているんだよ」
 ヘンリーは苦笑する。
「そうなのですか。どちらの方ですか?」
「今、ジパングの外務大臣が、自分の後継者として娘を連れてきていてね。なかなか器量のいい子なんだ。ルナさんに対して抱いたような強い愛情じゃないんだけど、家庭に入ってくれれば心の安らげる相手には──」
「や、ヤヨイさんですか!?」
 ルナは立ち上がった。もちろんその人物を知らないはずがない。つい最近までジパングにいたのだから。
「なんだ、知っているのかい、ルナ」
「知っているも何も、ディアナ、その方がソウのお姉さんです!」
「ソウタさんの!?」
 ディアナも驚く。さすがにそこまでは知らなかったか。
「というかミドウ様がこちらにいらっしゃっているのですか!?」
「え、ああ。ジパングでオロチ事件が解決したので、食糧援助を頼みにという内容だった。ジパングのミドウ殿のお願いとあれば断るわけにもいかないし、国の食糧を輸出しようということで話をまとめていたところだったんだが」
「お会いしてもよろしいですか?」
「知り合いなら、当然問題はないよ」
 ただちにルナはアレスに連れられて客間へと向かう。
「なんと、ルナ様」
「まあ、ルナさん!」
 突然の来訪ではあったが、ミドウとヤヨイは喜んで出迎えてくれた。
「ご無沙汰しております。お二人がエジンベアにいらっしゃっていると聞いて、いてもたってもいられなくなって押しかけてしまいました」
「大歓迎ですとも。ジパングはあなたのおかげで助かったのですから」
「ミドウ様が影でずっと支えてこられたおかげです」
「いいえ。ルナさんはイヨ様やソウタのことだって守ってくださった。本当に私たちの守り神といってもいいくらい」
「褒めすぎです。ミドウ様もヤヨイさんも、ジパングはこれからなんです。私からも王子に口ぞえいたしますので、どうぞソウをお願いします」
 まったく、先日はダーマでエミコ、今日はエジンベアでミドウにヤヨイと、ジパングの人物によく会うものだ。
 だが、考えてみれば食料援助は急ぎの仕事だ。オロチがいなくなった以上、ミドウがヤヨイを連れて全世界を飛び回るのはごく当然のことといえた。
「今日はミドウ大臣をねぎらうパーティを開く予定です」
 ヘンリーが笑顔で言った。
「積もる話もあるでしょう。今日はごゆるりとお話ください」






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