Lv.100

いつか、果たされる約束








 とはいえ、外務大臣にも付き合いというものがある。ルナとばかり話しているわけにはいかない。ただ、ルナを仲介すると話ができる相手が増えるというのもありがたいものだった。
 特にヤヨイは社交界にデビューするのが初めてということになる。最初にミドウが紹介したが、その後はルナの紹介で顔が広まったというのもある。ヘンリー王子は無論、フィット公ディアナ、ヘレン王女、ルポール宰相と、ルナが仲介となって要人に顔が知れ渡っていく。
「ありがとうございます、ルナさん」
 こういう場では資質を試される。相手から質問を受けてどう答えるか。その点ではヤヨイは充分合格点だった。無論、ミドウほどの才覚を期待されているわけではない。ミドウがいずれ後継者とするであろうヤヨイという人物がどれほどのものか、将来性があるのか、しっかりした人物か、いろいろなものを見られたのだ。
 そのときに知人がいる、いないの差は大きい。外交官の戦いの場は全てアウェーだ。全員が自分の敵であり、敵を巻き込んで味方を増やさなければならない。最初からその中に味方がいれば味方を増やしやすい。少なくとも今後、ヘンリーやヘレン、ディアナがヤヨイの敵に回るようなことは絶対にないといえよう。
「いいえ。ヤヨイさんもご立派でした。私でも考えつかないような農業政策など、傍で聞いていて感心したくらいです」
「ご謙遜を。ルナさんがジパングにいればすぐにでも思い立つことばかりです。私はただジパングに長いだけですから」
「そしてヘンリー王子との縁談の話というのは、本当なのですか?」
「それは……」
 ヤヨイが少し困ったような顔をする。
「光栄な話だとは思います。ですが、ジパングには決定的に人手が足りません。お父様は私を次の外務大臣にしようと考えておりますし」
「あまり現実味のある話というわけではないのですか」
「そうですね。ヘンリー王子はしっかりした方です。ゆっくり話をする機会があれば別なのでしょうけど」
 だが、こういう宴会はそうしたゆっくり話をする機会でもあるのだ。それならば、とルナは早速ヘンリーのところまでヤヨイを連れていく。うまくいくもいかないも、話をしてみなければ分からないことだ。
「いつの間にか、恋のキューピッド役ですの?」
 ディアナが笑って尋ねてくる。
「そんなつもりはありませんけど、でもヘンリー王子にヤヨイさんでしたらお似合いだと思います。問題はジパングの人手に関することだけですね」
「あなたはいろいろなことを考えすぎですわ」
「キューピッド役ということでしたら、実は私には他にその役を引き受けたい人がいるのです」
 ルナはにこにこと笑う。
「……試みに聞きますけれど、それはどなたですの」
「あなたです、ディアナ」
「私と、誰を?」
「もちろん、ディアナと、ヴァイスさん──」
「背筋が凍るからやめてくださいません? 天地がさかさまになってもあの無礼者と一緒になるなんてありえないことですわ」
 そうだろうか、とルナは首をかしげる。二人ともけっこうお互いを気にしている素振りを見せているのだが、そのことに気づいていないのだろうか。






 翌日。フィット家に滞在していたルナであったが、ルーラで戻ってきたアレスたちと無事に合流する。
「お帰りなさいませ。お待ちしていました、アレス様」
「ただいま。元気そうで良かったよ、ルナ」
「ありがとうございます。フレイさん、ヴァイスさんも──」
 と言いかけて目の色が変わる。ディアナが叫び声を上げた。
「あなた、その傷はどうしましたの!?」
 ディアナが駆け寄って、その傷を見る。
「気にすんなよ。ちょっとした名誉の負傷ってやつだ」
「これは電撃による火傷の痕ですね」
 すぐにルナが魔法を唱えて回復する。
「ああ、助かったぜ、ルナ。やっぱり持つべきものは回復魔法が使える賢者だなあ」
「それは私に対する嫌味ですの?」
「……私への挑戦でもある」
「フレイに対する挑戦なら僕が受けるけど」
「なんか一人増えてるんですけど!?」
 そういえば前にもこんなやり取りがあった。それを思い出してくすっと笑う。
「それで、オーブの方はどうでしたか?」
「結論から言うとなかったんだけどね」
 それからアレスは幽霊船で起こったことを説明した。
「なるほど。ブルーダイヤですか。別名、魔唱石」
「魔唱石?」
「はい。魔を封じ込めておく石です。突然座礁したという話でしたが、もしかしたらそのブルーダイヤのせいかもしれませんね」
「二百年も……随分長いこと、そのエリックさんは捕らわれていましたのね」
「感傷か?」
 ヴァイスが茶化す。だが、ディアナは口答えしようとしなかった。
「待たされたオリビアさんが可哀相ですわ。そのオリビア岬で、きちんと供養されればいいのですけれど」
「ま、メアリに任せておけば大丈夫だろ。あの姉ちゃんならしっかりやってくれるって」
 確かに海のことなら専門家に任せるのが一番だ。そして自分たちは魔王を倒す専門家だ。
 そのために、あと一手。最後のシルバーオーブさえ入手してしまえば。
「幽霊船も没。他に何か考えはあるかい?」
「オーブの記録が残っていたところといえば、あとはサマンオサくらいですけど」
「でも以前、ルナはサマンオサにも行ってみたんだよな?」
「はい。笛を吹きましたけど、そこにはありませんでした」
「じゃああとは」
「ネクロゴンドの神殿ですか。でも、ネクロゴンドだけは行く方法がありませんから」
「だからとりあえずサマンオサ、っていうことか?」
「はい。それに、少し気になることが」
 サマンオサが変わってきたという話。ダーマで聞いたその話をアレスたちにする。
「オーブとは関係なさそうだけどな」
「はい。ですから、この二日間でサマンオサに向かった魔法使いが、一度戻ってくるはずなんです。三人一組で各国に派遣されましたので、一人は必ず報告のために一度戻ることにしてあるので、サマンオサの様子などが聞けるはずです」
「とりあえず聞いてみてからってことか」
「そうだな。とりあえず闇雲に動いても仕方がない。手掛かりを探すだけでも違うし、それにオーブの伝承そのものは存在するはずだ」
 アレスが言うと一同が頷く。
「よし。それじゃ、早速向かうとするか。今から行けばダーマはもう夜だよな」
「そうですね。まだラーガ師にお会いできると思います」
「そうと決まれば、早速行こうぜ」
 四人が頷く。そして、ディアナを見つめる。
「ディアナ、お世話になりました」
「いろいろありがとう」
「……どうも」
「またな」
 四人から声をかけられて、ディアナが頷いて何か言葉を返そうとする。だが、それより先にルナが言った。
「あ、ちょっと待ってください」
「どうかしたか?」
「いえ、実はアレス様とフレイさんに会っていただきたい方がいるんです」
「僕に?」
「……誰?」
「王宮にいらっしゃる方なんです。すみませんが、ご足労願えますか?」
「おいおい、俺はどうすんだよ」
 ヴァイスが肩をすくめる。
「すみませんが、ヴァイスさんは少しこちらでお待ちください。二、三時間ほどで戻ってまいりますので。それではすみません。急いで行ってまいります」
 そうしてルナが半ば強引にアレスとフレイを連れて出ていく。
「あの子」
 出ていってからディアナは気づいた。やられた。まさか、こんな手でくるとは。
「珍しいな。あいつがあんなに積極的なのは」
「……何も知らないっていうのは幸せなことですわね」
 はあ、とディアナがため息をついた。
「何がだ?」
「あの子、私とあなたがいい仲になるんじゃないかって思ってるみたいですのよ」
 さらりと言う。まさかすぐにそういうことを言い出すとは、ルナも思うまい。
「は?」
「言った通りですわ。私はルナに、それだけは絶対にないから、と念を押したんですけれど」
「そりゃまた、どういう誤解だよ。俺とお前がそんな仲良さそうに見えるのか?」
「ぜんっぜん理解できませんわ」
「まったくだ」
 ヴァイスがやれやれ、と肩を落とす。
「じゃあ、王宮に行くってのも嘘か?」
「分かりませんわ。今王宮にはミドウ外務大臣と、ソウタさんのお姉さん、ヤヨイさんが来てらっしゃいますもの」
「だったら俺だってついていっていいじゃねえか。ったくルナめ、あとでしばいてやらないとな」
「私の分も頼みますわ。何だか疲れました」
「オーケー。五倍づけでやっつけてやる」
 ぱしん、と手を打ち合わせるヴァイスを見て、ディアナはふふっと笑った。
「ただ、ルナに感化されるわけではありませんけれど、あなたは最初に会ったときよりも意外にしっかりとした方だというのは分かりましたわ」
 ディアナがソファに腰掛けて言う。
「なんだよ、突然」
「思ったことを言ったまでですわ。私、あなたのことを誤解しておりました。あなたは仲間を思い、仲間のためにその命をかけられる高潔な人物です。最初にあなたを罵るようなことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
「なんだよ、その話なら随分前に終わったと思ってたぜ」
「ええ。ただ、もし私がそう思っているということを誤解されていたとしたら嫌だったので、改めて申し上げておきました」
「そっか。じゃ、俺も誤解のないように言っておかないといけねえな」
 ヴァイスはソファに腰かけるディアナの前にひざまずく。
「ヴァイスさん?」
「あなたは、素晴らしい姫君だ、ディアナ嬢」
「ちょっと、何を」
「まだ若いのに、自分の責任を投げ捨てることなく受け止めるその志、お父上がみまかられた後も泣き言を人に言わず、見せず、ただ前を向いて進まれる貴女は、まさにエジンベア貴族の鑑」
「やめてくださいませ。あなたにそんなことを言われると、背中がかゆいですわ」
「これは自分の本心です。もし自分が勇者様の仲間でなかったならば、貴女の騎士として、貴女を陰日向お守りし、そのお心が安んぜられるようはかってさしあげたい」
「ヴァイス、さん……」
 そしてヴァイスは顔を上げる。
 それは、彼女と同じ、高潔なアリアハン騎士の顔。
「ルナの申し上げるような、恋愛感情というものではございません。自分は貴女に、心から尊敬の念を抱いた。そして、貴女のような方にこそ幸せになっていただきたいと心から願う自分がおります。自分もアリアハン貴族にして、アリアハン騎士でした。ですが自分は国も、家もすべてを捨てた。自分のような半端者に、貴女のような存在は眩しく、そしてうらやましい限りでした。自分も国にいれば、貴女のような人物になれていただろうか。ですが、それはありえない。自分は国のために自分を捧げることも、家のために望まぬ結婚をすることもできない。自分は、自分のためにしか動けない。だからこそ、貴女には幸せになっていただきたい」
「ヴァイスさん」
 だが、ディアナは首を振った。
「いいえ、違います。たしかにヴァイスさんは国も、家も捨てたのかもしれません。でも、アレス様の同行者は誰にでもなれるわけではないし、生半可な覚悟ではできないことです。この地上で、誰がバラモス退治に行こうなどと考える者がおりましょうか? ヴァイスさんは国を守るより、家を守るより、世界を守ることを選ばれたのです。家や国の縛りで、ルナに協力ができない、世界を守る旅に参加できないのは私の方です。ヴァイスさん。あなたは自分を誇っていい。いえ、それができないのならかまいません。私、ディアナ=フィットは、あなたのような方を友人に持てたことを誇りに思います。それだけは忘れないでください」
 二人の視線が絡み合う。
 そして、同時に吹き出した。
「ははは、似合わねえことをしちまった」
「同感ですわ。あなたにも私にも似合わないことですわね」
 ヴァイスは立ち上がる。そしてディアナもまた。
「もっと俺たちらしく、シンプルでよかったんだよな」
「そうですわ。礼儀正しいヴァイスさんなんて、ヴァイスさんらしくありませんわ」
 そして二人は近づくと、そっと触れ合うキスをした。
「ルナの策略通りになっているのが不愉快ですわ」
「ま、しゃあねえな。お前さんはいい女だ」
「女として褒めてくださったのは初めてですわね」
「本気で口説けるかよ。ただでさえ最初の印象最悪だったってのに、仮に本気になったとして今後二度と会えるかどうかも分からねえんだからよ」
 そう。ヴァイスはあくまでもバラモス退治に行く勇者の同行者だ。もし勇者が危機に陥ったときは、身を挺して勇者を守らなければならない。
 それがヴァイスの役割なのだから。
「無事で、とは申し上げませんわ。仮にあなたが無事だというのに、アレス様の身にもしものことがあったら、私があなたの命を取ります」
「おっかねえ」
「ですが、アレス様もあなたも無事で帰ってこれたなら、そのときはあなたはここへ戻ってきなさい。お望み通り、私の騎士にして差し上げますわ」
「俺、家とか国とかのしがらみは勘弁してほしいぜ?」
「では、私一人と、しがらみと、どちらの方が重いかをご自分で判断なさい。少なくとも私はあなたがここに戻ってきたなら、全ての問題に対して立ち向かう覚悟はございましてよ?」
「ったく、いい女ってのはつくづく扱いに困るぜ」
 ヴァイスは苦笑した。
「だが、俺にはあんたみたいな女の方が性に合うのかもしれねえな」
「私はあなたとは合わないと思ってますわよ」
「おぅい」
「それでも、あなたに女として見ていただけたこと、他の誰から評価されるよりも嬉しかったですわ」
「素直に好きだって言えばいいだろ」
「あら、あなたが私を好きなんでしょう? 順番を間違えないでくださいませ」
「言ってろ」
「ふん」
 挑発的にお互い笑い合う。そして、ヴァイスは言った。
「戻ってこれたら、そのときはその言葉を言ってやるよ」
「私もあなたが戻ってきたときはその言葉を言ってさしあげますわ」






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