ある日、赤木リツコが自分の研究室まで戻ってくると、そこに例の少年がいた。
自分の扉の前でじっと黙って待っている。こんな夜中になるとは少年も思っていなかったに違いない。
「どうしたの、シンジ君。何か用?」
まさか、この間の話の続きだろうか。
だとすれば、全てを見透かすような少年の前で自分は真実を隠し通すことができるだろうか。
「今日は、ちょっとお願いがあってきました」
「お願い?」
「ええ」
少年はきょろきょろと辺りを見回す。場所が悪い、とでもいうのだろうか。
「入る?」
「いえ、ここでかまわないです。たいした話でもないですから」
そして、少年は言った。
「今からしばらくの間、僕をジオフロントに寝泊りさせてください」
第拾肆話
戦士の休息
葛城ミサトが自宅のノートPCで加持から受け取ったカプセルの中には、碇シンジに関するさまざまな情報が記録されていた。少なくともマルドゥックの報告書より具体的事例に富み、分析もしっかりと行われていた。
十四歳になるまでの行動パターンから照らし合わせた結果からのシミュレーション。少なくとも少年がこれほど不可思議な行動を取るとは思えない。
加持はこう結論づけている。
現在の少年を、過去の少年と同一視することはできない。まさに、第三新東京市に来てから彼はまぎれもなく変化したのだ、と。
その変化も起こりうるものではなく、別の要因が彼を強引に変化させたのだとしか考えられないと分析している。
彼に何があったのか。
さまざまな事実を知っているということから、おそらく少年はこの使徒やエヴァの本質の問題に何らかの形で触れてしまったのではないだろうかと加持は考えている。
(本質の問題か……)
確かに少年の言動を考えると、全てのことを知っているとしか思えない言動が多い。
前回の浅間山での戦いもそうだ。リツコが鋭い指示を出したものの、それは全て少年が事前に指示を与えていたからに他ならない。
この後の使徒についても、少年は全て知っているのだろうか。知っているような気がする。いや、知っているはずだ。知っていてあえてそれを隠している。
そうだ。アスカも言っていた。使徒が分離するということを少年が知っていた、と。
それを聞いたのはアスカが少年の家に行ったときだろうか。いや、それはない。あの家で話した内容は全て記録されている。
もっとも、新宅に移ってからはそうした記録ができなくなってしまったが。
と、そのとき。彼女の家の電話が鳴った。
こんな夜中に、と時計を見ると既に十二時。日が変わろうとしている。さすがにもうアスカも寝ているだろうと思ったが、リビングで受話器を取る音が聞こえた。どうやらこの時間でもまだ起きていたらしい。
「ミサト、リツコから電話よ」
「あんがと。もう遅いんだから、早く寝なさいよ」
「分かってるわよ」
アスカは表情を変えるでもなく、自分の部屋へと戻っていく。
そして受話器を受け取ったミサトはその電話の内容にまた戸惑うことになった。
いくつかの話をリツコと行い、通話を切る。
(……シンジ君が、ジオフロントで寝泊りしたい?)
今度はいったい何だというのだろうか。
リツコはその場でレイとの暮らしに飽きたのかと茶々を入れたという。だが少年は全く無表情で続けた。
『いいか悪いか、それだけ聞きたいんですけど』
友好的という感じではない。レイやアスカが近くにいなければ、これほど冷たくなれるのかというような様子だった。
『今日から?』
『別に明日からでもかまいませんけど』
『じゃ、そうしてもらえる? さすがにこの時間だと準備もできないわ』
リツコが少年と話したのが十一時半。それから少年は渋々帰宅したらしい。この時間だからおそらくはタクシーになるだろう。
もっとも、タクシーなど一生乗っても充分なくらいのお金を少年は持っているが。
(ジオフロントに……期間限定で寝泊りする)
この時期にジオフロントでやっていることなど、そう多くはない。
だとすれば使徒がらみだろうか。
それとも、何らかの情報活動か。
(リツコが機転きかせて明日からにしてくれたのは助かるわね)
明日から、諜報部を使って始終少年をマークしなければならない。
そして可能なら、何をしているのかを調べ上げる。
そうしなければならない。
(何を知っていて、何をしようとしているのか、見極めないと)
ミサトは少年の調査を本格的にする必要がある。そう感じていた。
「で、結局あなたも、ってこと?」
レイはこくりと頷いた。あの新居にレイは一人で帰ることをしぶった。つまり、少年がネルフで寝泊りするのなら、自分も一緒にいると言い出したのだ。
「……部屋は別々よ」
表情は変わらないものの、レイの様子から不満のエネルギーがほとばしっているのが分かる。新居に移ってから、レイは毎晩少年に抱きしめられて眠っていた。そうすると安心することができて、少しずつ人間になれるような感覚があった。
「綾波はそれでもいい?」
少年はそんな彼女の心境を思いやってか、判断を彼女に委ねた。
「…………はい」
かなり彼女の中では葛藤があったようだが、あまり迷惑をかけすぎるわけにもいかない、と判断した彼女は最後には頷いていた。
「それじゃ、僕の部屋はどこですか」
「案内するわ。マヤ、お願いね」
「はい。それじゃ、シンジくん、レイちゃん、行きましょうか」
マヤが先に立って歩いていく。その後を二人がついていった。
それを見送ったのは、リツコとミサトだ。
「今度はいったい、なんだっていうのかしらね」
リツコは疲れたようにコーヒーを飲んだ。ここのところ、ずっとあの少年に振り回されっぱなしだ。
「でも、使徒戦で頼りになるのは確かよね」
「問題は、あなたの指揮下に彼はいないということよ、ミサト」
「そんなの自分が一番よく分かってるわよ」
ミサトの胸中は複雑であった。使徒は撃退している。今度、昇進も検討されているらしい。
だが、その功績は全て自分のおかげではなく、少年が自分勝手に使徒を倒してくれているおかげだ。
前回の使徒戦も、結局全ての指示は少年が出していた。裏で全てを操っていたのは彼なのだ。
「次の使徒は、私の名誉にかけてでも殲滅してみせるわ」
「そう願うわね。こちらの作戦に問題がなければ彼だって協力するでしょう。少なくともあなたのヤシマ作戦に否定的ではなかったわ」
「そうね」
だが、それも少年からヒントを与えられたからできた作戦なのだ。
ミサトは鋭く舌打ちした。
「サードチルドレン、ジオフロント内部における活動報告、か」
三日後。ミサトはその報告に目を細めた。
まさにスパイ活動そのままの内容がそこには書かれていた。ただ問題は、その内容があまりに一貫性がありすぎるということだった。
少年はこの三日間、戦闘訓練以外の時間は全て、ネルフ内部の探索に費やされていた。
それも単純な探索ではない。彼の活動はネルフ入り口からエヴァが待機している第七ケイジまで、徒歩で移動するルートを考えているようだった。
少年もおそらく自分がマークされていることは分かっているのだろう。だが、あえてお互い何も言わずこの三日間を過ごしてきた。
何が目的だというのだろうか。
(入り口からケイジまで。普通にエレベーターを使えば、ほんの数分で移動できる)
実際には十分といったところだろうか。だが、これを徒歩で、それこそタラップや階段を使ってとなるとおそろしい時間がかかる。
そのルートは試算で一時間程度といったところか。
だが、少年はそれをもっと短い時間でたどりつくことができないか、と考えているようだった。
以前、ラミエルが生み出した縦穴。少年は三日のうち一日をそこで費やしていた。それも、話を聞くだにとんでもないことをしていた。
命綱をつけて、壁を降りていったのだ。それも本格的なロッククライミングの装備をしながらだ。この方法ならば、近代科学の力を使わなくても、独力で十分でケイジまでたどりつける。それに階段を使わなくてすむから体力的にも温存がきく。
確かに彼の財力ならばそんなものを手に入れるのはたやすいことだろう。だが、そこまでして急いで、それも徒歩でわざわざいかなければならない理由は何だというのか。
(意味不明、理解不能。いったい、何を考えているのかしら)
もはやミサトには彼のことが完全に分からなくなっていた。
単純に、彼に直接聞いてみる、という思考すら働いていなかったのだ。
それを簡単にやぶってしまったのは、やはり天才少女であった。
「シンジ、ちょっといい?」
学校でアスカが尋ねた。折りしも昼休み、レイと昼食をとっていたときのことだ。
「なんだい?」
「アンタ、最近ネルフで何をしているのかって、ミサトとリツコが嘆いてたわよ」
「最近? ああ、やっぱりバレてたんだ」
彼はネルフで寝泊りすることにはしていたが、実際にはほとんど睡眠時間は取っていなかった。その分、学校でたっぷりと睡眠していた。
五科目がほぼ満点を取っている彼にとって、学校での学習はたいした問題ではないのだ。
「ネルフのこと、探ってるんですって?」
「人聞きが悪いなあ。万が一に備えているって言ってほしいんだけど」
「どういう意味よ」
「たとえば、ネルフの電源が全部落とされたらアスカはどうする?」
「全部落とされたら?」
まずネルフに入ることができない。ネルフの装備は全てスーパーコンピュータ、MAGIによって管理されているからだ。電源がなければMAGIも働かない。従って、ネルフのシステムは完全にダウンする。
「どうしようもないわね」
「そのときのための保険だよ」
「どういうこと?」
「もしネルフの電源が全て落ちて、なおかつ使徒と戦わなければならない場合、僕たちは自分たちの力だけでケイジまでたどりつかなければいけないんだ」
「ふ〜ん。で、その件はそこの眠り姫も知ってるってわけ?」
レイはお弁当を少し食べた時点で安らかな眠りにいざなわれていた。今は少年の膝枕で幸せそうに眠っている。
「まあね。夜はつきあわせちゃってるし」
「へえ。仲のよろしいことで」
「正直、時間が足りなくてね。でも、昨日でようやく目処がついたんだ」
「目処?」
「ああ。入り口からケイジまで九分四十二秒。それが最短タイムだった」
「最短?」
「エレベータなんかを一切使わずに、自分の手足だけで入り口からケイジまで行く方法だよ」
「それは無理じゃないの?」
「でも、今朝実際にできたしね。いつ使徒が来てもケイジまでは行けることが分かった。もうネルフで寝泊りする必要もなくなったよ」
少年はレイの髪をなでながら言う。
「綾波にも無理させちゃったしね。今日はゆっくり休みたいところだな」
「それで使徒が来るのが今日だったりしたらどうするのよ」
「まさか」
少年は苦笑した。
だが、少年のその苦笑は放課後には消え去っていた。ネルフにかけた電話が通じないのだ。
ちょうど、中学校前を通りすぎていく市議選の選挙カーなどを見送り、少年は嘆息する。
「市議選は選挙活動期間、二週間だったっけ」
はあ、ともう一度少年はため息をついた。
「どうでもいいことで、何をため息ついてるのよ」
「いや、こっちの話。それよりも急ごう。昼に言ってた話、現実のことになるかもしれない」
「?」
「電話がつながらない。多分、もう電源は落とされてる」
「はあ!?」
「もう少しで夏休みか。それくらい、ゆっくりしたいなあ……」
そう言いながら、少年は通りかかったタクシーを拾う。
「綾波もアスカも早く乗って」
「どういうことよ」
「使徒が来る。その前にケイジまでたどりつかなきゃ」
「ちょっと、説明」
「いいから。時間がない」
レイが先に入り、アスカが続いて押し込められ、最後に少年が入る。
「ネルフ本部まで」
タクシーの運転手は「あいよ」と答えるとすぐに出発した。
「ちょっとシンジ、説明しなさいよ」
「アスカも綾波も、電話がつながらないだろう?」
「アンテナ三本、ばっちり立ってるわよ?」
「ネルフにだよ」
言われてアスカは携帯をかける。確かにつながらない。
「どうして?」
「電源が落とされた。多分、この間言ってた連中に」
「それって──」
少年は静かに、と人差し指を立てる。用心にこしたことはない。それこそ、このタクシーの運転手がゼーレのスパイである可能性だってあるのだ。
「アンタの見込みじゃ、使徒が来るって話よね」
ぎょっとしたように運転手が振り返る。
「どうだろうね。来ないかもしれない」
「どっちなのよ」
「用心に越したことはない、ってことさ」
何故だかタクシーのスピードが上がったような気がした。
そして、予定よりも早くネルフに到着する。素早く清算をすませたタクシーは『予約』と表示をあげたまま一目散に走り去っていく。
「聞かれてたみたいだね、今の話」
「それよりもシンジ、ドアが開かないんだけど」
カードリーダーが作動していない。電源が落ちているのだから当たり前のことだが。
「というわけで、近道を使おう」
「どこに行くのよ」
少年は非常用扉を開いた。
「縦穴」
さすがにその縦穴から下を覗き込んだときには、一瞬めまいを覚えた天才少女であった。
だが、何故だか既に命綱とロッククライミングの装備は三人分用意されており、何故だか慣れている感じの二人はてきぱきと準備を始めている。
「ほら、アスカもこれを上から羽織って」
ロープが通されているジャケットを手渡される。
「どうするのよ、これ」
「これで下までいくんだ。いいかい、こことここを持って」
手袋をつけさせられ、持つ金具を指示される。
「安全性は大丈夫だから。上体を斜めにかたむけて、壁に立つような感覚で。靴は滑り止め防止がされているけど、できるだけ足を曲げないで。滑り落ちそうになっても落下防止が自動的に働くから大丈夫だけど」
「いきなりやれって言われてできるかっ!」
「案外面白いもんだよ。綾波も気に入ってくれたみたいだし」
そう言っていると、レイはさっさと下に降りていった。
「ほらほら、急がないと遅れちゃうよ」
「あんた、これが終わったらみてないさいよ」
「無事に終わってからね」
「ああもう、最低!」
アスカは制服姿のまま、その縦穴を降りていった。
そして最後に少年も続く。
アスカは初めてやったにしては上手だった。
それこそレイは何度か足を滑らせて壁に激突していた。
「うまいもんだね」
アスカのところまで降りていって、少年は声をかける。
「この惣流・アスカ・ラングレー様に不可能の二文字はないっ!」
「顔がひきつってるよ」
「うっさいわね、黙ってなさいバカシンジ!」
言いながら、また下へと降りていく。
レイはもう、ケイジへの横穴にたどりついたようだ。
「最後はどうすればいいの?」
「あとは腕の力で体を支えながら、ロープに従って横穴に入ればいいよ」
「最後は肉体労働なわけね」
結局アスカは一度も壁に激突することなく、無事に縦穴を降りた。
「たいしたもんだね」
少年は心底感心していた。
選挙カーに乗った日向マコトが使徒襲来を告げて間もなく、少年たちは発令所に到着した。
「あなたたち? どうしてこんなに早く」
「シンジがとんでもない方法でここまで連れてきたのよ」
ミサトとリツコは目を見合わせる。
「まさか、縦穴を降りてきたの?」
「よく分かったわね。とんでもない重労働だったわよ」
少年は肩をすくめた。
(……この状況を予期していたというわけ)
リツコは冗談抜きに震えた。
彼はやはり、全てを知って行動している。そうでなければこの行動の整合性がとれない。
「父さんは、もうケイジですか?」
「ええ。手作業でエントリープラグを搬入しているわ」
「少し時間がかかりそうですね」
「そうね。その間に着替えてらっしゃい」
三人は更衣室へと向かう。
(いったい何者だというの、碇シンジくん)
だが、少年の背中は何も答えてはくれなかった。
劣化ウラン弾が使徒を貫き、戦いはあっけなくカタがつく。
そして、使徒殲滅の褒賞として、少年には五度目の十億円が振り込まれた。
「というわけで、碇シンジの行動には目にあまるものがあります」
リツコは司令室でゲンドウ、冬月に報告していた。
サンダルフォン戦、そしてマトリエル戦。いずれも少年は全てを予期して行動している。
「シンジのは予期というものではない」
ゲンドウは右手の人差し指でコツリと机を叩いた。
「あれは、未来を知っている」
「ふむ。そう考えるのが妥当だということは分かるが、碇」
冬月が口を挟むがゲンドウも当然確証を得ているわけではない。
「そう考えなければ辻褄が合わん。問題は、それを何故シンジが知っているのか、そしてシンジが何をしようとしているのか、だ」
「ダミープラグやS2の件も、何か知っているということかね」
「ああ。だから我々に警告してきたのだろう。ある意味、ゼーレより厄介だな」
「自白させますか」
リツコが無表情で空恐ろしいことを言う。
「かまわん。放っておけ」
「ですが」
「我々の計画にシンジは必要な存在だ。あれを壊すわけにはいかん」
(我々の? あなたの、の間違いでしょう)
リツコはそう思うが、反論はしない。
目の前の男に全てをささげた。もう後戻りはできないのだから。
「見張りは常につけておけ」
「ああ。だが、あのマンションの中は駄目だな。ブロックがかけられている。あれはMAGIでもどうにもならんよ」
「ならば、人を送れ」
「人?」
「なるほどな。スパイか」
冬月は頷く。
「では、私の方で人選をしておこう。それでいいかね、碇」
「ああ。任せる」
マンションに戻ってきた少年には浮かれた様子など微塵も感じられなかった。それよりもさらに大きな悩みに直面しているかのようだった。椅子に腰掛けたまま、身動ぎもしない。ただテーブルの中心だけをじっと見つめている。
何を考えているのだろうか。レイには分からない。
だが、この時期にいたってほとんど全ての人間が共通の認識をしたことがあった。
それは、碇シンジは未来を知っている、というもの。
特に今回のマトリエル戦が決め手となった。アスカはもっと早いうちから気づいていたようだったが、今回のシンジの行動は誰が見ても明らかにおかしい。
使徒襲来の直前に、徒歩で入り口からケイジまで急いで移動する方法を探す。
そして、実際にその数日後、電源が落とされ、使徒が現れた。
これは全て、未来を知っていて、その事態になったときに自分がどう動けばいいか、想定していたに違いない。
だから、レイには彼が今悩んでいることが、おおよそ予想がついていた。
きっと、それは次の使徒。
「碇君」
最近、ようやく入れられるようになったコーヒーを彼の前に置く。
「ああ、ありがとう綾波」
「今日は、夕食は私が作るから」
「そうかい? いや、僕が──」
「碇君は、ゆっくり考え事をしていて」
それが気遣いから言ってくれたということを少年も感じ取ったらしい。鮮やかな笑顔が「ありがとう」とたった一人の少女に向けられる。それだけでレイは幸福絶頂に陥ってしまう。
「……気にしないで」
自分はいつも少年に助けてもらっている。彼が辛いときこそ、少しでも彼の力になるべきだ。
少年が考える時間がほしいというのなら、その時間を自分が作る。
少年のかわりに戦わなければいけないのなら、命をかけて自分が戦う。
全ての覚悟は、もう随分前にできていた。
ぴんぽ〜ん
そのとき、家のチャイムが鳴った。
「ああ、いいよ綾波。僕が出る」
広いリビングから玄関まで移動する。
結局加持が用意したマンションは、なんと6LDKというあまりに必要なさすぎる大きさの物件だった。使わないで置かれている部屋が四つもある。もっとも、レイの部屋は単に道具が置いてあるにすぎず、レイはほとんどシンジと一緒にすごしていたので、現実的に五つの部屋が使用されていない状態だ。
「遅いっ!」
扉を開けたところに立っていたのは、かの天才少女。
「どうしたの、アスカ。こんな時間に」
「いいから入れなさいよ。ご飯あるんでしょ?」
「これから綾波が作るところだよ」
「なんでもいいから、とりあえず食べさせて」
なんなんだろう、このあつかましい客は。だが、それがアスカらしいところでもある。少年は思わず苦笑していた。
「いいよ。はい、スリッパ」
「客扱いしなくていいわよ。アタシも決めたから」
「何を?」
「あんたの家に引っ越すこと」
少年の顔が輝く。
「本当かい?」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ? いいわよ、上の許可はもらったから」
「ありがとう、アスカ」
「勘違いしないで」
ぴしっ、とアスカは人差し指を少年につきつける。
「アタシがここに来たのは、アンタから情報を手に入れるためよ」
「情報?」
「そう。使徒のね。アンタ、この先、どんな使徒が現れるのか、全部知ってるんでしょう。だったらアタシにも教えなさい。不公平よ」
「何が不公平だっていうんだよ」
「アンタは攻略法を知っている。でもアタシは知らない。それじゃあアンタの方が有利に決まってるじゃない! エヴァのエースパイロットは絶対に譲らないんですからね!」
この場合、問題として少年はエースの座など全く気にしていなかった。確かに少年の方が使徒を倒している数は多い。だが、実戦で動きがいいのはやはりアスカの方なのだ。
少年の方が圧倒的に訓練の数が少なさすぎる。それは致命的な欠陥なのだ。それをこの天才少女は分かっているのだろうか。
「いいよ。でも、使徒のことについてはある程度までしか教えられない」
「どうして?」
「決まってる。僕が命をかけなきゃいけない戦いが、必ずやってくるからさ。それを悟られるわけにはいかない。綾波にもアスカにも、止められたくないからね」
「命をかける?」
「まあね。こう見えても僕にもいろいろあるってことだよ」
「アンタにいろいろあるのは誰が見ても明らかよ」
アスカは、ふう、と一息ついた。
「それじゃあ早速、次の使徒について教えなさい」
翌日。
第壱中学校に、一人の転校生がやってきた。
「霧島マナです! よろしくお願いします!」
それを見た少年は、かなり顔をしかめていた。
拾伍
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