碇シンジ パーソナル・データ
二〇〇一年六月六日生まれ
父:碇ゲンドウ
母:碇ユイ
兄弟姉妹:なし
第二新東京市で生まれ育つ。
ネルフには二〇一三年九月十三日に適格者として登録。
二〇一三年十二月十三日、ランクDに昇格。
二〇一四年六月十三日、ランクCに昇格。
二〇一五年二月十三日、ランクBに昇格。
「こいつは偶然だと思うか?」
四人の少年のうちの一人が言う。
「わざとこの月に合格してる、という可能性があるな」
「だとしたら、来月もそうだよ」
「ああ。誰かのシナリオ通りに進んでるっていうんなら、俺たちのいる意味がねえ」
四人たちの意見は一致した。
この碇シンジという親の七光り。これを認めるわけにはいかない、ということに。
第参話
優柔不断
十時十五分。ようやくミーティングが始まる直前になって、最後の四人がやってきた。
既にシンジとカオリの他、女の子が二人、男の子が一人到着していた。そして最後の四人は仲がいいのか、四人仲良く現れた。
「お前が碇シンジか」
その四人のうちの一人がからむように──実際からんでいるのだが、シンジに話しかけてきた。他の三人もシンジの椅子を囲むようにする。
最初から敵対意識を持つ相手に挨拶するもなにもない。シンジは座ったまま黙って男を見上げる。
「よくまあ、こんな成績でランクBまで来れたもんだよな。全く、親の七光りもここまできたらたいしたもんだぜ」
ははははは、と他の三人も笑う。実際そうなのだから仕方がない。自分はこのランクにいられるような高い成績を出していたわけではない。
「お前みたいに能力の低い奴が一緒にいると迷惑なんだよな」
「そうだな」
「邪魔だ」
「何とか言えよ」
──なるほど。これがカオリがさっき言っていた『やっかみ』という奴らしい。ただ、確かに自分のように成績が低いものが一緒にいるのが我慢ならないという理屈は分からないでもない。
どうすればいいのだろうか。
自分が出ていくのが一番早いが、それよりももう少し我慢していればネルフ幹部がやってくるだろう。それまで待っていればいい。
「おら、何とか言えよ」
「やめなさい」
凛とした声が響く。声の出所は、カオリだった。
「なんだよ、美坂。お前、こいつの肩を持つのかよ」
「くだらないイジメを目の前でされたくないだけよ。さっさと座りなさい。それとも四人一緒じゃないと座ることもできないの?」
「てめえ!」
その場で一触即発の雰囲気となる。四対一。カオリに勝ち目があるはずがない。それが分かったのか、男たちの方も本気にはならなかったようだ。
「ふん、全く、嫌われ者は嫌われ者同士くっつくってか。そりゃ、碇ゲンドウの息子様だもんな。玉の輿にはちょうどいいかもな」
ははははは、とまた笑いが起こる。
「待てよ」
シンジは立ち上がった。
「なんだよ」
「今の言葉を取り消せ。美坂さんに失礼だろ」
「うっせえな。てめえにそんな口きけるとでも思ってんのかよ」
「取り消せって言ってるんだ!」
「うるせえよ。何女の前だからっていきがってんだよ」
どん、と後ろからシンジが小突かれる。
瞬間、シンジはキレた。
理由もなく自分が不当に扱われるのは慣れっこだ。そんなことで一々怒ったりしていたら身がもたない。だが、自分に少しだけでも優しくしてくれたカオリが不当に辱められたのだ。しかも自分のせいで。
許せなかった。絶対に謝らせてやる。
そう思ったシンジは自分を小突いた男を強く殴りつけた。
「てめえっ!」
シンジが手を出したことで乱闘になる。
男二人がシンジの身体に組み付き、空いていた男がシンジを強く殴りつける。
さらにもう一撃──というところだった。
「やめなさい!」
カオリのものではない、大人の女性の声。
その迫力ある声に、誰もが動きを止めた。
葛城ミサト。ネルフ作戦部部長。自分たち適格者を指揮する最高責任者だ。
かつ、かつ、かつ、とヒールのある靴でミサトは無言で歩いてくる。
「何があったのか、事情を説明してもらおうかしら」
ミサトがミーティングルームの議長席に座ると、まだ立っていた少年たちに座るように指示した。
「碇の奴が殴りかかってきたんです」
「先にからんできたのはそっちだろ!」
「やめなさい!」
単なる言い合いになるのが馬鹿らしいと思ったのか、ミサトは強引に話を止めると「後で一人ずつ、この場にいる全員に状況を確認します」と言った。
「全く、適格者同士協力もできないのなら、もう一回ランクEからやり直してきた方がよさそうね。特に葛西君、瀬戸君、三輪君、山崎君」
「な、俺たちだけなんで」
「今まであなたたちが何回事件を起こしたと思ってるの? 最終通告を出してこれならランクBにこれ以上いてもらわなくても結構よ。あなたたちのかわりなんて、いくらでもいるもの。少なくとも下で二千人以上が待ってるわ。それが不満なら適格者なんて返上しなさい」
ぐ、と男たちは詰まる。
それに対してシンジは表情を変えなかった。
不満なら適格者をやめろって? もし自分がやめたいって言ったらやめさせてくれるのだろうか。だいたい自分は適格者試験など受けるつもりは全くなかったのに、勝手に血液検査をされて、勝手に適格者にさせられた。いわば強制だ。それでも自分から適格者を返上するなんていうことが可能なのだろうか。
「碇君も、ランクBに上がってそうそう問題なんか起こさないでね」
「はい」
すまして答える。別にこの女性と話すのは初めてではないが、シンジにとっては苦手な相手だった。
「ま、その話は後にするわ。それより碇君──ごめんなさい。どうしても碇君って言うと総司令思い出しちゃうから、シンジ君って呼んでもいい?」
シンジは無表情で「別にかまいませんけど」と答えた。
「ありがと。シンジ君、口の中切れてるんじゃない? ちょっと赤いけど」
確かにさっきから鉄の味が口の中に広がっている。はっきりいって気分が悪い。
「葛城さん。私が碇君を治療室に送ってきます」
カオリが立ち上がって言う。
「あら、そう? うーん、まあ、ミーティングといっても明日のことを話すのと自己紹介だけだからね。ま、明日の時でもかまわないけど。分かったわ、じゃあ美坂さん、お願いね」
「はい。行くわよ、碇君」
カオリは近づいてきてシンジを強引に立たせる。でも、と口ごたえしそうになったシンジを目で黙らせ、カオリは無理矢理その場からシンジを連れ出していった。
「やっぱり狙ってんじゃねえか」
ぼそっと呟いた男の声が二人の耳に届いた。
ミーティングルームを出た二人は同時に息をつく。そして思わず二人ともぷっと吹き出した。
「ごめん、美坂さん。僕のせいで変なことに巻き込んじゃって」
「別にあなたのせいじゃないわ。だいたい、あいつらいつもつるんでて嫌な感じなのよね。まあ、あいつらのボスだけは今回別班みたいだったけど、もしあいつも一緒だったら、今頃シンジ君は気を失っていたかもね」
おどされて肩を竦める。
「それから、ありがと」
美坂は素直な様子で言う。だが、責められるのは当然としても感謝されるようなことをした記憶がない。なんのこと、と素直に尋ねた。
「碇君、私のことかばってくれたでしょう」
「ああ、そのこと。別に当然のことだろ。それにもとはといえばからまれたのは僕なんだし」
「そうなんだけど、でも身体をはってまで守ってもらえるっていうのはなかなか嬉しいものよ」
「そうかな」
「ええ。一般の女子中学生ならね」
それは、カオリはそうではないという意味なのだろうか。
「どういう意味?」
「言葉通りよ」
またこのやり取り。それが面白くて、シンジはまた笑顔を見せた。
「さて、治療室に行くわよ。その傷治してあげる」
「あ、うん」
二人は並んで歩き出した。
そうしてからようやく痛みが置きだしたのか、ジンジンと殴られたところが痛む。
女の子を守るために喧嘩するなんて、いつ以来だろうか。
あれはずっと昔。まだレイと一緒に暮らしていた頃。
目の色が違うと、肌の色が違うと、髪の色が違うと苛められていたレイを守るために何度も喧嘩をした。そのたびにレイよりぼろぼろになった。
そのせいだろうか。自分が痛みに慣れ、そして女の子が苛められているのにはつい本気になってしまうのは。
「何を考えてるの?」
カオリは横にいるシンジの顔をのぞきこむようにしてみてくる。
「何も。ただ、ちょっと痛いなって思ってただけ」
「ふうん」
いやに意味ありげな頷きだった。
「なんだよ」
「なんでもないわよ。頷いただけ」
この女性は苦手だ、とようやく敗北を意識したシンジだった。
「で、実際のところはどうなの?」
リツコがディスプレイを見ながらミサトに話しかける。ランクBの二班で起こった喧嘩。それは思わぬ波紋を呼び起こしていた。
「無関係の他の子たちに聞いてみたけど、やっぱりあの四人の方が悪いわね。シンジ君が手を出さなければもっと簡単だったんだけど」
「手を出した理由は何なの?」
「それがね、女の子が悪口を言われたのをかばったんだって。かっこいいわよね〜」
それはおそらく、少年の中で『女の子は守るもの』という意識があったからなのだろう。子供時代のレイのことはリツコもよく知っている。苛められていたレイをシンジは弱いなりに何度も守ろうとしていた。
「処分はどうするつもり?」
「シンジ君は最初だから何もなし。でも、あの四人はこれが最初じゃないからね。大事にはならなかったから減給処分」
「妥当なところね。それにしても、あの四人が一緒の班っていうのも奇妙ね」
「でも佐々君だけ別班だからね。少し安心できるけど」
ランクBの六班に入っている佐々は、あの悪ガキたちのリーダー格だ。暴力的であの四人を従えては気に入らない人間にだれかれかまわず喧嘩を吹っかける。それこそランクA適格者が気に入らないということで集団で喧嘩を仕掛けたこともあった。まあ、その時は相手のランクA適格者の方が強すぎて返り討ちにあっているのだが。
「あの五人、どうせもうランクAに上がれる見込みはないんだから、切り捨ててもかまわないのよ」
大きな問題を起こす前に、という言外の意味がこもっていることにミサトも頷く。
「この間はたまたま相手が朱童君だったから良かったようなものの、あの五人の集団に絡まれて無事でいられる子は他にいないわよ」
「分かってる。常に監視もつけてるから大丈夫だとは思うんだけど」
だが、一度ついた火種はそう簡単に消えるというわけでもない。不穏な空気が適格者の中に流れていることを意識せずにはいられなかった。
ひときわ体格のいい男がベッドで寝転んでいる。
四人がその部屋のテーブルについて話し合っている。その会話の内容はほとんどが愚痴だった。
その愚痴を聞きながら、男は聞き覚えのある名前が出てきて身体を起こした。
「お前ら」
四人の男たちは姿勢を正した。
「なんですか、佐々さん」
佐々ユキオ。それがこの体格のいい男の名前だった。
「その碇シンジって奴、ランクCの時は何班だった?」
すぐに男たちが検索を始める。すぐに答は出た。
「最後は七班です」
「七班か」
佐々はそう呟くとベッドから降りた。
「まあ、しばらくの間は喧嘩とかはするな。今に一番いい方法で総司令の息子をいたぶるからよ」
「何か考えがあるんですか」
「まあな」
佐々は別にその碇シンジという男が何であろうとかまいはしなかった。
ただ、あの朱童カズマというランクA適格者にやられてから、不満だけが無限に高まっていく。
その不満をぶつける相手がいるのなら、それで十分なのだ。
「明日はランクB適格者は班ごとに別れてエヴァのシミュレーションがあるな。そこでまず奴の能力を見ろ。シンクロ率、ハーモニクス、いったいどれだけの数値をたたき出すのか、しっかりと確認しろ」
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