ランクB適格者

 二班

 130100018 葛西 ショウジ
 130100019 瀬戸 リュウタ
 130300002 三輪 コウスケ
 130400005 山崎 タイチ
 130400011 桐島 マキオ
 130400023 美坂 カオリ
 130700013 三上 エリ
 130900001 碇 シンジ
 131000020 園浦 ハルカ












第肆話



嚢中乃錐












 翌日、二月十五日。ランクB適格者たちはシミュレーションルームB室に集められ、そこでシンクロテストを行うこととなった。
 あくまでもこれは模擬体だ。ランクB適格者はそれこそ何十人もいるのだから、その全員をエヴァに乗せるわけにはいかない。エヴァの実験はそれだけで費用がかかるのだ。
 そのためエヴァと全く同じ感覚でシミュレーションができるように、模擬エントリープラグがこの部屋には常備されている。LCLがないこと以外は全てエヴァと同じつくりになっている。
 LCLを通すわけではないので、本来のシンクロ率とは誤差が生じる。それは高くなる者もいれば低くなる者もいるが、いずれにしてもそれが一%を上回るほどの誤差になるわけではない。出てきた数字がそのまま適格者のシンクロ率になる。
 適格者たちは番号順にそのエントリープラグに乗る。装置に座ると自動的にカプセルで覆いかぶさるような形となる。中の様子は一切見えない。
「何をすればいいの?」
 隣に立っているカオリにシンジが小声で尋ねる。
「まあ、基本的に座っていればいいだけよ。そうしたらシンクロ率が勝手に出てくるわ。ただ、シンクロ率は心が安定しているかどうかで変わってくるから、なるべくリラックスしてね」
 分かったような分からないような。
 他の適格者たちは最初に入っていった瀬戸リュウタの結果が気になるのだろうか、携帯端末でその結果を確認しようとしている。端末にはそうしたデータがすぐに入ってくるので便利といえば便利だが、自分のデータもそうして端末に入っているのかと思うと気分が悪い。
 他の適格者がどういう数字を出そうがシンジには関係のないことだった。そんな数字くらいで自分がどうか変わるというわけではないのだ。
 だいたい一人二分くらいで交代となり、最後から二番目にシンジが乗った。
 カプセルが閉じて、真っ暗な空間となった直後、回りのディスプレイが光った。
『これよりシンクロテストを開始いたします。背もたれに体を預け、リラックスしてください』
 言われた通りに体を預ける。どことなく眠りを誘う感覚だ。
『シンクロスタートします』
 ふうっ、と自分の体が浮き上がる感覚。
 同時に、体全体が重くなってしまったような感覚。
(なんだろう、この感じ)
 自分の体が自分のものでなくなってしまったような、そんな感覚だ。
『シンクロ率、出ます』
 シンジは自分の数字をディスプレイ上で確認する。まあこんなものか、とその数字を見て頷いた。






 一方、シミュレーションルームでは動揺が起こっていた。いや、動揺なんていうものではない。混乱、といった方が正しい。
「なんだよこの数字、壊れてるんじゃないのか!?」
 三輪が言う。確かに誰もがその数字を疑った。カオリですらその数字を見て愕然としたほどだ。
「この数字、本当なの?」
 シミュレーション担当のミサトがオペレーターの高橋シズカに尋ねる。
「間違いありません。信じられない……」
 操作しているシズカですらこの状態だ。
 だが、この事実は厳粛に受け止めなければならない。
 と、その時、シミュレーションルームの扉が開いた。
「あ」
 適格者たちが一斉に敬礼を行う。そこに現れたのは総司令、碇ゲンドウとそしてファーストチルドレン綾波レイだった。
「続けていい」
 ゲンドウがそう言って作業の止まったオペレーターに言う。シズカは頷いてただちにコンピューターを操作した。
「どうだ。調子は」
「はい。今、ご子息のシンジ君が素晴らしい成績を出したところです」
「見せてみろ」
 ゲンドウはそのままディスプレイを覗き込む。レイもそのまま後ろに続いた。
 ゲンドウはその数字を見てニヤリと笑い、レイは珍しく驚きという感情を見せた。

 シンクロ率──四一.三二九%。

(……碇君、私よりもシンクロ率が高い)
 これはあくまでもシミュレーションだ。本番となればこれより上がりも下がりもする。
 だが、シミュレーションだからといって変動するシンクロ率の幅はせいぜいが一%程度だ。つまり四〇%は切らないということになる。
「いかがですか、司令」
 だが、ゲンドウは何も言わず、数字だけを確認すると再びその部屋を出ていった。
 レイもその後に続き、ミーティングルームには平穏が戻ってくる。
「やっぱり総司令も人の親ね。自分の子を見に来るなんて」
 ミサトはそう言ったが、当然今の来訪がそれだけであるはずがない。
 わざわざシンジがこの時間に行うことを考えてベストのタイミングで現れ、そして『ゲンドウの思い通りのシンクロ率』が出ていることを確認して戻っていったのだ。
(これがシンジ君をランクBに上げた理由ってわけ? でも、この数字──いける)
 これだけのシンクロ率は綾波レイにすら出せない。現状でこれが可能なのはセカンドチルドレンとオーストラリアのランクA適格者、この二人のみ。
 サードチルドレン候補に、碇シンジは一躍名乗りを上げたことになったのだ。






 なんとなく肩がこった感じでシミュレーションプラグを降りると、全員の表情が強張っていることにシンジは気が付く。いったい何か変わったことでもあったのだろうか、とミサトの方を見た。
「あ、シンジ君。ちょうど今、総司令がいらっしゃってたわよ」
 それが原因か、とシンジは納得した。
「父さんが、ですか」
「うん。シンジ君の成績に満足そうだったわよ。そりゃそうよね。初めてでこれだけの数値なら未来が楽しみだわー」
 そうは言われても、たかだか四〇%程度の数字で何をこの先に期待するというのだろう。自分の定期試験の点数より低いのに。
 すれ違いに入っていく最後の女の子が、ほとんど顔をあわせないようにしていた。
 やっぱり自分が総司令の息子だっていうのが、父が自分を見に来たというのが、余計な壁を作っているのだろうか。
 ため息をついて、元の場所に戻った。
「たいしたものね」
 そのシンジに声をかけたのは無論、カオリであった。
「たいした?」
「そうよ。すごいシンクロ率じゃない」
「悪かったね、すごい数字で」
「悪くはないわよ。期待通り、いえ、期待以上ね」
 さすがにその言い分はシンジも少し頭にきた。いくら少しばかり仲がいいと言っても、そこまでけなすことはないではないか。
「そんなこと言わなくてもいいだろ。初めてなんだし、何が何だか分からなくてやってるんだ」
「だからじゃない。すごい数字だって……あ」
 なんとなく、会話がかみあっていないことにカオリは気付く。
「あなた、私がシンクロ率何%か、知ってる?」
「知らないよ。九〇%とかでもいってるの?」
「……本気、みたいね」
 はあ、とカオリはため息をついた。
「なるほど。私の言葉は皮肉と取られたわけだ」
「違うの?」
「違うわよ。私は言葉通りのことしか言わないの、知ってるでしょう。あなたの数字は凄すぎるのよ。ここにいる誰よりも成績は上なのよ」
 カオリは携帯端末で、今シミュレーションプラグに入っている園浦ハルカのシンクロ率をシンジに見せた。
 シンクロ率──九.八一九%。それが彼女の数字だった。
 目を瞬かせてもう一度その数字を見る。
「分かった? 自分の数字がどれだけ価値があるかが」
 何を見せられ、何を言われているのか、シンジにはまだ分からない。それに気付いたカオリは立て続けに言った。
「ついでに言うなら、私でシンクロ率は一〇.五三八%。この二班の中で今日一〇%を超えたのは私と碇君を合わせて四人。半分ね。碇君の次に一番高かったのは葛西君で十三%、その次が桐島君で十二%。それが事実よ」
 十%。その数字を超えるか超えないかという段階で伸び悩んでいる適格者たち。シンジはそれを、最初の一歩で四倍もの差をつけてしまったということだ。
 そんなことが簡単に信じられるはずもなく、かつがれているんじゃないかとシンジは考えた。だが、それならばシンジが出てきたときにみんなが硬直していたのも分かるし、何よりカオリがそんなことをする理由がない。
「本当に……?」
「疑うなら自分の端末を見ればいいじゃない」
 その通りだ。そのことに気付かなかったシンジは顔を赤くしてから、自分の端末でしっかり確かめる。
 自分の数字と、そして他の二班適格者の数字とが既に公示されている。これがもしも間違いか嘘だというのなら、それはこの数字を流したオペレーターの仕業ということになる。さすがにそれはありえない。
「理解できた?」
「うん。でも、どうして僕なんかが」
「さあ。でも、その表現はやめた方がいいんじゃないのかしらね」
 カオリは肩にかかる髪を払いながら言った。
「その表現?」
「僕なんか、って奴よ。少なくともあなたは世界で三番目に高いシンクロ率を出したんだから」
「三番目?」
「それも知らないの……って、知ってたら最初から話がかみあってるはずよね」
「ごめん」
「別に謝る必要はないわよ。チルドレンと適格者を合わせて一番シンクロ率が高いのは誰か知ってる?」
「綾波?」
 はあ、とカオリはため息をつく。
「一番はセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。ドイツ人。今もドイツ第三支部で働いているわ。それから二番はオーストラリア第九支部のランクA適格者。あなたは三番目」
「じゃあ、綾波は」
「綾波さんは一昨日のテストで最高記録三六%を出したばかりよ」
 何年もエヴァのテストパイロットをしているレイよりも成績がいい。その事実にシンジは驚愕する。
「嘘みたいだ、っていう顔ね」
「ごめん」
「別に責めてないわよ。でも、そんな数字だからこそみんながあなたのことを意識してるのよ」
 言われてみると、あの四人組も固まって自分の方をちらちらと見ていたし、もう一人の男の子や女の子もこちらの方を伺っている。
 そうこうしているうちに最後の子も終わって、それぞれテストが終了した。
「みんな、お疲れ様。今日はこれだけよ。あとは好きに訓練でもしててかまわないけど、前から言っている通り、シンクロ訓練だけは駄目よ。それじゃ、解散」
 言われて思い思いに散らばっていく。最後まで残っていたシンジがカオリに尋ねた。
「どうしてシンクロ訓練だけは駄目なの?」
「疲れるからよ。たった二分かもしれないけど、シンクロするっていうのはすごい体力を使うの。あまり感じてない?」
「うん、たしかに少しだるい感じはするけど」
「シンクロ率が高いせいかしらね。私なんかはくたくただけど」
「とてもそうは見えないよ」
「そう? まあ、そればかりが理由っていうわけでもないわよ。シンクロしすぎてると、危険なこともあるしね」
「危険?」
「ええ。なんでも、あまりに長い時間シンクロしてると、取り込まれて精神が戻ってこられなくなっちゃう、とか」
 ぞくり、とシンジは背筋が震えた。
「そんな」
「実際に事故も起こってるしね。まあ、一日にあまり長い時間シンクロはさせてくれないのよ」
 そんな物騒なものを普通に使ったりしていいのだろうか。もっとも、だからこそ厳重な管理の下にテストがされるのだろうが。
「あ、おっつかれさま、シンジ君、美坂さん」
 ミサトが残っていた二人に声をかけてきた。
「どう? 本部最高のシンクロ率をたたき出し、一躍時の人となった感想は」
「あまり実感がありません」
 素直にシンジは答えた。実感というよりも、何がなんだか分からないというのが正直なところだ。
「ま、そうよね。私たちも驚いてるから。あのレイよりも高い数値なんだものね。これでもう、ランクA最有力候補よね」
「葛城さん」
 シンジはその言葉は聞かず、ただ質問した。
「僕が成績が悪かったのにランクBまで上げられたのは、こういう成績になることを始めから分かってたからですか」
 率直に思ったことを尋ねる。だが、ミサトは首をかしげた。
「私も知らないのよ。確かにシンジ君はランクBどころか、ランクDだって危ない成績だものね。ただ、合否判定はスーパーコンピュータMAGIが行ってる。っていうことは、始めからこの成績になることがMAGIには分かってたのかもしれないわね」
「そうですか」
 シンジはもういいと言わんばかりに礼をすると「失礼します」と言って出ていく。
「それじゃ、私もあがります」
 カオリがそれに続く。二人が並んで歩いていくのを見て、ミサトがにんまりと笑った。
「あの二人、随分と仲がよさそうじゃない」
 そういうところで邪推するのはこの女性の悪い癖だろう。






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