碇シンジ。第一回シンクロテスト結果。
最大シンクロ率 四一.三二九%。
最低シンクロ率 四〇.五一一%。
最大誤差 〇.八一八%。
「バケモンみてえなデータだな」
佐々ユキオはそのデータを見ながらつまらなさそうに鼻を鳴らした。
自分たちがどれほど苦心しても上がらないシンクロ率。上げるためのコツなどない。ただ才能だけが勝敗を決める世界で、自分たちにその数字を上回ることは不可能だと思えた。
佐々はこれでもランクAに近い存在として周囲から見られている。とはいえ、それでもシンクロ率十五%程度だ。これが二十%を超えなければランクAに上がることはできない。
それはエヴァンゲリオンの起動最低数値。それが達成できないものにエヴァンゲリオンを支給することはできない。当然のことだ。ただでさえ少ないエヴァを素質のない者に渡すことはできない。
「ど、どうするんですか、佐々さん」
取り巻きの一人が言うが、さすがにこれだけの数字を出されたのではどうにもならない。二十%前後の相手ならば強引に引きずりおろすことができても、世界でも三番目、このネルフ本部では最も高い数字を出されたのではランクAはまさに当確というべきだ。
「どうもしねえよ。ただまあ、目につく存在だってことに変わりはねえさ」
その言葉で、取り巻きたち四人の行動方針は確定した。
碇シンジを、簡単にランクAには、させない。
第伍話
雲合霧集
部屋では何もすることがない。ただ音楽を聴いたり、勉強の課題などを終わらせたり、時間が余ればチェロを弾いたりと、いつもの休日をゆっくりと過ごしていたが、夜になっていっせいに大量のメールが届いた。それまでランクB二班内でしか確認できなかったシンクロ率データが公開されたためだ。
[from Kensuke Aida]
件名:やるな!
やったな、碇。まさかこんなすごい数字だとは思わなかったよ。
俺だって回りよりずっと良かったんだけどな。
俺も早くお前に追いつくようにがんばるよ。
班は分かれたけど、お互いランクAに行けるようにがんばろうな。
[from Touji Suzuhara]
件名:おめっとさん
トウジや。やるやないか、シンジ。こんなにあっさりとワシの数値上回られたらかなわんわ〜。ランクAに上がったのはワシの方が早かったけど、こりゃあっさり抜かれそうやな。来月には一緒にランクAでやれそうやな。ケンスケは……もうちょいがんばらんとあかんな(笑)。ま、ワシら三人でまた一緒につるめるの、楽しみにしとるで!
まず最初に届いていたのが、小学校の頃から『三バカトリオ』と呼ばれていた相田ケンスケ、鈴原トウジだった。
ケンスケは今回ランクBに上がり、Bの四班に配属されている。ランクBに昇格したメンバーが全部で九人いたが、四班には昇格者が二人いる。ケンスケのことだから、身近にライバルがいると楽しいだろう。
三人の中で最初に適格者となったのはケンスケだった。トウジが次で、最後にシンジだ。
そのトウジは本部でも七人しかいないランクA適格者に既に決まっている。昨年の十一月のことだった。つまり、今後トウジにはエヴァンゲリオンが支給されるということだ。
「二人とも、僕のこと気にかけてくれてたんだ」
やはり、こういうつながりは嬉しい。近くに友人がいると思えるからこそ、辛い時でもがんばってやっていける。
それからずらりと並んだメールを次々に読破していく。
[from Daichi Fuwa]
件名:早急に回答を求む。
数値を見た。
いったいどうやってシンクロ率を上げている?
あの数値は尋常ではない。
シンクロとは精神が安定した状態で、
コアと呼ばれるものと意思を交すということだが、
お前はその技術を身につけているのか。
だとしたらいつどこで身につけた。
理解できん。
早急に回答を求む。
[from Jin Kurata]
件名 すごいな!
こんばんは、倉田ジンです。
やったな、シンジ。数値見たよ。
俺たちの代ではお前が最後にランクBになったけど、最後に一番すごいシンクロ率をたたき出したな! 俺も負けないぜ。
先にランクAになったコウキがヤキモキするかもな。でも、あいつのことだから素直に喜ぶかな?
そういや最近会ってないよな。今度またコモモがみんなを集めるみたいだから、そのときにゆっくり話をしような。
それじゃ、また。
p.s.俺もようやく今日、シンクロ率が十五%にいったよ。あと一月で五%は辛いけど、がんばるからな。一緒にランクAになろうな!
[from Kouki Nosaka]
件名:祝辞に変えて。
鬼っ! 悪魔っ!(笑)
どもー。愛と勇気の配達人、野坂っす。
やったな、シンジ! ヤッタナ(^0^)∠※PAN!
こん〜な数値出しやがって、お前は潔く最前線へゆくがよい! ゆくがよい!
ま、俺も最前線だから、きっちりバックアップすっからな。
じゃ、三月にランクAで待ってるぜ。
[from Komomo Sakurai]
件名:負けないぜ!
やるなシンジ。数値見てびっくりしたぜ。
私もシンクロ率高いといいんだけどな o(TヘTo) くぅ
何かコツとかってあるのか? 何回説明聞いても変わらないんだよな。
もしよかったら教えてくれよな。
あ、それから今月また同期会やるからな。絶対来いよ!
[from Kasumi Shindou]
件名:(無題)
ま、他のヤツからもメールは行ってると思うけどな、一応祝辞ってことで。
ランクBへようこそ。そして、本部一のシンクロ率、やったな。
俺たち八人、全員そろってランクAってわけにはいかないだろうけど、野坂とお前と、二人はまず確定かな。
俺もシンクロ率はいいんだけどな。ハーモニクスがダメダメでって、シンジはまだだったな。期待してるぜ。
じゃ、またな。
[from Yoshino Somei]
件名:愛しのシンちゃんへ♪
Hello! やったわね。ま、主役は最後に来るってヤツ?
Bランク以上じゃシンクロ率がすべてだからね。
でも気をつけなよ。高すぎるシンクロ率はやっかみを受けることにもなるから。
私とかにね(妖笑)。
じゃね〜。
[from En Kojo]
件名:本日のテスト結果を見て
こんばんは。古城エンです。
数値を見ました。凄い数字だね。でも、初めてだから
まだ実感がないかもしれないね。
僕もシンジ君までではないけれど、数字が上がってい
ます。お互い、Aランクにいけるといいね。
それじゃあ、今日はこの辺りで。
追伸 今度また一緒に演奏しようね。
一気に読み終えたシンジは首をかしげた。今日は返信を打つのに大変そうだと思いながら。
それにしても、まさか同期生の全員からメールが来るとは思わなかった。
二〇一三年九月組は、他の月と比べて圧倒的に人数が少なく、シンジを含めても八人のみ。
普通なら二十人前後、多い月では四十人を超える適格者が毎月新しく入ってくるのに対し、この一三年九月は特別に少ない月だった。他に人数が二桁を切った月はない。十五人すらまず切ることはないだろう。
そのせいもあってか、この一三年九月組は、他の月の適格者たちよりも『同期生』という意識が強い。
他者との関係を断っているといってもいいシンジが、協調性の評価がEではなくてDになっているのは、この同期生の集まりがほぼ毎月のようにあることが理由になっているのは間違いない。
元気娘の桜井コモモが必ず口火となり、月日時間と場所が指定されたメールが毎月必ず来る。シンジはあまり乗り気というわけではなかったが、必ず顔を出すようにしていた。あのメンバーはいい人たちばかりで気が楽だというのもある。
いい人ばかりだからこそ、こうしてみんながみんな、メールを送ってくれるのだろう。
友人がほとんどいないシンジにとって、これほどありがたいものはない。
また、この八人のもう一つの共通点、というか特徴。それは、シンジを最後に全員がランクB以上の適格者だということだ。
ランクAとランクBは本部内でも総勢七〇名強。全体で七〇〇名を数えるわけだから、ざっと一割、十人に一人しかランクB以上になることはできない。それなのに、この一三年九月組は八人全員がランクB以上なのだ。
回りが優秀だと、一人遅れているシンジは非常に心苦しいところがあった。だからコモモが毎回主催している同期会とかもあまり出るのがためらわれていたのだが、今回は胸を張って出ることができそうだ。
「きちんと返事書かないとな」
と思っていると、またメールが一通届いた。
「セラ」
送り主の名を見て驚く。今までセラが自分にメールを送ってくれたことなど一度もなかっただろう。
[from Sera Ninomiya]
件名:シンクロ率
こうしてメールをするのは初めてで、なんだか緊張する。
こんばんは、シンジ。シンクロ率、凄かったな。
シンジは絶対、何かをしてくれる人だと思っていた。
自分のことではないのに、何故だか、嬉しい。
不思議なもので、一昨日までは毎日会えたのに、
昨日から会えないとなると、寂しく感じる。
またシンジに会いたいな。
もしよかったら、返事をくれると嬉しい。
それじゃあ、また。
(セラか)
二ノ宮セラ。自分より一つ年下の女の子。自分が適格者となった二ヶ月後に適格者となり、自分がランクCに上がった一ヶ月後にCランクに上がってきた。
さすがに七百人も適格者が本部の中にいると、いったい誰がいつ入ってきたのかなんて分からない。それどころか、親しいごく何人か以外は顔も名前も知らない人がほとんどだ。
セラも実際そうだった。先月の班変えの時に初めて一緒の班になった。そこで初めて知った。
彼女は最初から厳しく、そして優しかった。自分よりも頭一つは小さかったし、実際年齢も一つ下だったのに、それでも彼はどことなく自分の『姉』のような気がしていた。それだけしっかりしていたし、セラもまたよく自分の面倒というか、様子を心配してくれていた。
知っている相手、気の合う相手がいるというのは、非常にいいことだ。十人前後しかいない班の中で孤立すると辛くなる一方だ。そうした経験は何度もあった。今回も、誰も知らないところに放り出された。それも悪意の満ちた場所の中に。美坂がいなければ、今頃自分はどうしていただろう。
「ありがとう、セラ。メール、嬉しかったよ」
一人ずつメールを返信しようとした。その時だ。
さらにまた一通、メールが来た。
「誰……」
その表示を見て、動きが止まった。
[from Rei Ayanami]
件名:(無題)
件名も本文もないメールだった。
だが、そのメールの意図するところは正確に伝わってきた。
レイは自分に伝えたい気持ちがあって、でもそれをメールというものを使った場合、うまく言葉が出てこなかったのだろう。
たとえ何も書いてなくても、心は伝わる。
あの、他人に対して何も考えることのないレイが、自分のことを思って、メールを書こうとしてくれた。
「ありがとう、綾波」
このメールが、今日の一番嬉しい出来事となった。
いったいどうやって返信を書こうか。彼女の気が休まるような文を書きたい。
だが、分かっているはずだ。彼女が何も書かなくても自分に気持ちを伝えることができたのと同じように、自分も言葉で伝えたいことを説明する必要はない。彼女に伝わるように手紙を送ることが大事だ。
[from Shinji Ikari]
件名:ありがとう
メール、ありがとう。
綾波からメールをもらえて、こんなに嬉しいことはないよ。
まだシンクロ率が良かったなんて、実感がわいてこないんだけどね。
みんなが僕にたくさんメールをくれて、それでようやく実感してきた。
どれだけみんながシンクロ率を上げるのに苦労しているのかも、
今日、やっと分かった。
だから、少し申し訳ない気分かな。何もしなくてもシンクロ率が高いなんて。
もっと、やる気があって能力の高い人はいるのにね。
そしてさらに書きかけてから、シンジは文章を削除した。
レイにメールであれこれ語りかけてもあまり意味はない。それよりも、自分の素直な気持ちを伝えればそれで十分だ。
[from Shinji Ikari]
件名:ありがとう
綾波のメール、すごい嬉しかった。
ありがとう。
たった二行。
それだけでも、伝わる時は十分伝わる。それでいい。
「明日から、また大変だな……」
寝る前に一通り返信だけは打たなければならない。ひとりずつ、シンジは丁寧にメールを打ち込んでいった。
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