適格者番号:130400011
 氏名:桐島 マキオ
 筋力 −C
 持久力−C
 知力 −B
 判断力−B
 分析力−A
 体力 −C
 協調性−E
 総合評価 −B
 最大シンクロ率 13.521%
 ハーモニクス値 28.66
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−B
 格闘訓練−S
 特記:戦闘中は周りが見えなくなるので注意が必要。












第漆話



外柔内剛












 三時間の学習が終わり、移動の時間となる。
 あれだけカオリから説明を受けていたシンジではあるが、それでもまだ実感として自分の立場を分かっていなかった。だがそれは、あっけなく、その最初から崩れることになる。
 扉を開けると、そこには例の四人組が待ち構えていた。明らかに敵対ムードだ。
「あらあら、最初からこれだと先が思いやられるわね」
 後ろから出てきたカオリが冷たい声で言う。その様子に四人組は明らかに怯んでいた。
「ここで何やってたんだよ、美坂」
「あなたに言うことじゃないでしょう、葛西君? だいたい、そんなに私と碇君が愛の言葉を交わしているのを聞きたがってどうするの」
「なっ」
 うろたえたのはシンジの方だった。慌ててカオリを見るが、その様子に彼女の方がため息をつく。
「冗談よ。碇君がうろたえてどうするの」
「じょ、冗談にしても限度があるよ」
「あのね、碇君。今あなたが相手にするのは私じゃなくて、あっち」
 カオリが指をさす。その突然始まった夫婦漫才に、四人組が完全に怒っていた。
「いい度胸じゃねえか」
 三輪が指を鳴らす。が、シンジはそれを見てため息をついた。
「どうしてそんなことするんだよ」
 怯んでいるのを悟られないように虚勢を張る。
「それこそてめえには関係ねえよ。目障りなんだよ」
 それを聞いてカオリが苦笑した。
「何がおかしいんだよ美坂っ!」
「これ以上おかしいことなんてないわよ。だって、碇君にからんでる理由なんて、あなたがたのボスの佐々君がそうしようとしてるからでしょ? 仲間意識か従属意識か知らないけど、あなたがたの情けなさがおかしいのよ」
 逆にカオリの方がしっかりとしている。その言葉に四人がまた動揺するが、山崎が怒鳴った。
「ふざけんな! これ以上邪魔するならお前も一緒にフクロにするぞ、美坂!」
「その程度の恫喝に反応すると思うの? ほら、他にもギャラリーが増えてきたわよ。こんなところでそんなことを言ったら、あなたがたのやったことだって一発で丸分かりじゃない」
 見ると、確かに廊下の影でこちらを見ている者が増えてきた。と、そのギャラリーの向こうから一人の男が歩いて近づいてくる。
「勇ましいじゃねえか、カオリ嬢」
 気さくな感じで話しかけてきたのは、シンジと同期の野坂コウキであった。
「野坂君」
「いよぅ、シンジ。なんだか因縁つけられてるみてえだな」
 ちらり、とコウキは四人組を見る。そしてはっきりと言った。
「いいか、俺のシンジに何かあってみろ。お前らまとめて二度と朝日を拝めなくしてやるぜ」
 言われた四人組の誰かが「行くぞ」と言ったのにあわせて、ぞろぞろとその場を退散する。
「助かったわ、野坂君」
「なーに、プリンセスを助けるのはナイトの役目さ」
「誰よ、プリンセスって」
「決まってるだろ。なあ、我らがプリンセス?」
 と、コウキはシンジにウインクをしてくる。
「僕がプリンセスって、冗談きついよ、コウキ」
 ようやく、シンジも安心して微笑みを浮かべる。
「なあに、色白でか弱い相手はみんなプリンセスだって。シンジもその範疇だしな。カオリ嬢もそう思うだろ?」
「否定はしないわ」
「ひどいよ、二人とも」
 というか、そこでふと気付く。
「仲良かったんだ、二人とも」
 そう。カオリは友人などいないと言ったにも関わらず、野坂とはかなり親密な感じがする。一方の野坂もカオリのことを『嬢』とつけて呼ぶくらい、二人は以前からの知り合いだという感じだ。
「ま、カオリ嬢とはもう一年以上の付き合いだからな」
 一年ということは、このネルフに入った後からだ。
「同じ班で、なんとなく気が合ったのよ」
「気が合うっていうか、それより──」
「野坂君。あなたも朝日が見たいならそれ以上は何も言わないことね」
 カオリは笑顔で、目だけが笑っていなかった。コウキは肩をすくめる。
「おっかねえ。ま、一応言っておくよ、カオリ嬢。おめっとさん」
「言葉だけいただいておくわ」
 何の話をしているのかシンジには分からない。だが、かなり色々なことを話し合っているということだけは伝わってきた。
「話は戻るがシンジ、気をつけろよ。別に佐々たちだけじゃねえ。いろんなヤツラがお前のことを気に入らないって思ってる。お前が気をつけてないと、俺たちだけじゃいくらカバーしてもしきれねえからな」
「カバーって」
「何かあったら同期に頼れよな。今回の件でヤバそうなヤツラはだいたい目星をつけてある。ダイチもエンもジンもカスミも、それにヨシノやコモモだってお前のことを心配してる。ま、できる限りお前を守ってやることはできるけど、お前がのんきにしてたら意味ねえからな」 「うん。気をつける」
 コウキが真剣に自分に忠告するなど、かつて一度もないことだ。それだけ自分の身が今は危険だということなのだろう。ようやく実感に近いものがこみ上げてきていた。
「カオリ嬢。ま、ランクBの中だと大変だと思うが、シンジをよろしくな」
「まるで兄みたいね。いえ、碇君の母親みたい」
「そうかもな」
 てへっ、とコウキが笑う。
「俺はシンジを愛してるからな」
「……だから、そういう表現やめてよ、コウキ」
 だが、そうしたやり取りで和ませてくれるのがコウキのキャラクターなのだろう。
「んじゃ、俺はもう行くからよ。シンジ、来月にはお前はランクAなんだからな、その辺り考えろよ」
「分かった」
「じゃあな」
 そうしてコウキが立ち去っていく。そしてようやく緊張の糸がほぐれてきた。
「結局助けられちゃったか」
 少しカオリは不満気味だった。
「まさかコウキも来てくれるなんて思わなかった」
「碇君は友達がいないんじゃなかったの?」
「コウキとは、単に同期なだけだよ。それを言うなら、美坂さんだってコウキと仲がいいじゃないか」
「私の場合は仲がいいというよりも、ライバルね」
「ライバル?」
 意味が分からないと聞きなおそうとしたが、カオリはただ首を振った。
「いきましょ。早くしないと遅刻するわよ」
「あ、うん」
 結局はぐらかされたまま、二人は足早にトレーニングルームへと向かった。






 格闘訓練は、二人一組になって行われる。
 四人組がそれぞれ二名ずつ、葛西と瀬戸、三輪と山崎という形でペアになり、女子の三上と園浦がそれぞれ組を作る。カオリはネルフのコーチと組み、シンジは残った最後の一人と組となった。
「よろしく」
 色白で小さな男の子が声をかけてくる。
「あ、うん。えっと」
 そういえば最初の日の挨拶に自分はいなかった。自分と同班のメンバーの名前も覚えてはいない。
「僕は桐島マキオ」
「あ、僕は碇シンジ」
「うん。今注目の人物だからね。知ってるよ」
 少し優しげな表情を浮かべてくる。その様子にシンジはほっと一安心した。この最後の一人がどういう人物かはまだ分からないが、決して敵対意識を持っているわけではないようだった。
「最初に言っておくけど、僕、手加減はしないから」
 マキオは笑顔で言う。どのような訓練でも手を抜くことはないから注意しろ、という意味だ。
「分かった。僕は格闘訓練、苦手なんだけど」
「うん、それも知ってる。ランクCの時の成績も見せてもらった。だから稽古をつけてあげるよ」
「お願いします」
「別に畏まらなくてもいいよ。同い年なんだし、気楽にいこうよ」
 ぽん、と肩を叩かれる。それでようやく力が抜けた。
「うん、分かった」



「おい」
 四人組の一人、瀬戸が組手の相手である葛西に声をかける。
「あいつ、マキオとやるみたいだぜ」
「ちぇっ。オレらでボコりたかったんだけどな。ま、いいだろ。オレもマキオとはやりたくねえよ」
 格闘ランクS。総合ランクSが本部にたった七人しかいないように、ランクSというのは滅多なことでつくものではない。実際、格闘ランクSがついているのはたったの四人だけ。その一人が桐島マキオだ。
 しかも彼の場合は、問題が一つある。
「ま、オレらの代わりにボコってくれるんならいーんじゃねーの?」
「だな」
 それで瀬戸と葛西は自分たちの訓練に集中した。



 そうして組み手が始まる。
 だが、マキオは本当に手加減がなかった。いや、容赦がなかった。
 最初の一撃が鋭くシンジの胸を突く。格闘ランクDのシンジは回避も防御もできず、ただその攻撃を受ける──痛い。
(桐島くん、目が)
 完全に座っている。ただ、目の前の敵を殲滅するためだけのバーサーカー。
 戦うこと以外を忘れた、戦うためだけの狂戦士。
 しかも外見が色白で小さいだけに、その差はあまりにアンバランスだった。
「はあああああっ!」
 マキオの足が振りぬかれる。その動きすらシンジには見えない。
 高く上がった足が、シンジの側頭を打った。
 視界がぶれて、目に何も映らなくなる。
(え? 何?)
 混乱は一気に増す。何も見えないのに、打撃だけが自分の胸を、肩を、腹を打つ。さらには足を絡められて前のめりに倒れる。その自分の背にマキオが載った。マキオの手が自分の頭を掴んで持ち上げる。そのまま──
「そこまでよ、桐島くん」
 女性の声がして、動きが止まった。
「……葛城一尉」
 マキオの声がさらに続く。どうやら、ストップがかかったらしい。
 まだ目はよく見えない。ただ体中が痛みを訴えている。
「立てる、シンジくん?」
「だ、大丈夫……です」
 徐々に視界が戻ってくる。上半身だけその場に起こす。そしてようやく落ち着いてくる。もう大丈夫、という意識が自分を落ち着かせる。
「桐島くん。何度も言うけど、これは稽古なのよ。格闘になった途端に相手を殺そうとするのはやめなさい」
 ──殺、す?
「すみません」
「これでもう五回目よ。今度やったら適格者を剥奪します」
「分かりました」
「もう戻りなさい。ハーモニクステストはちゃんと出るのよ」
「はい」
 そう言って、マキオは素直にトレーニングルームを出ていく。
「大丈夫、シンジくん」
「はい。でも、今のは」
「うん。桐島くんはね、ちょっと精神に問題を抱えてて、肉弾戦になると凶暴になっちゃうのよね。毎回こんなことが起こるわけじゃないんだけど、たまにああなっちゃうのよ」
 手加減ができないと言ったのはそういうことか、とシンジは納得する。それにしても、体中が痛い。的確に急所を突いてきて、一撃がすべて重かった。最初の一撃から、自分はもう完全にノックアウトされていたようなものだ。
 それに、あの目。
 完全に座った目の向こうにある、かすかな感情。



 あれは、殺意だ。
 自分を半ば意図的に、殺そうとしていたのだ。



「まだ体は動かせる?」
「え、あ、はい」
 痛みはあるが、動けないほどではない。
「じゃあ美坂さんと組手をしてもらえるかな。言っておくけど、シンジくんよりは強いから、女の子だからって手加減しようと思っても逆にやられるから気をつけてね」
「はい」
 素直に頷いて、ネルフのコーチと組手をしているカオリのところへ向かった。そこでコーチも組手を止める。
「あら、碇くん。大変だったわね、桐島くんとは」
 流れる汗をそのままに彼女はさらりと言ってのけた。
「桐島くんのこと、知ってるの?」
「当たり前よ。私も桐島くんも、結構ランクBが長いから、何度か一緒になったことあるわよ」
「突然人が変わるようになるのも?」
「ええ。少なくとも私の前ではこれが三回目」
 桐島マキオは危険人物。そうしたイメージはどうやらランクBの中では定着されているものらしい。
「ま、気をつけなさいね。彼の格闘センスは本物だから」
「思い知ったよ」
 シンジは頭をさすりながら言う。
「でも、それだけ攻撃を受けて無事だったのは奇跡ね。格闘ランクは高くないはずなのに」
「そうだね。少しは手加減してくれたのかな」
 少なくとも自分は何の力も出せていない。いや、出したところでかなう相手ではないことは分かっているのだが。
「それじゃ、組手しましょうか。言っておくけど私の方が強いから、手加減はしなくていいわよ」
 ミサトと同じことを言う。シンジはため息をついた。






 桐島マキオは、全く変わらぬ表情のまま舌打ちをした。
 手加減をしたのは事実だ。本気でやれば、最初の一撃でネルフの幹部が止めに入ってくるのは疑いようがなかった。
 自分が本気を出したのはたった一瞬。足を絡めて転ばせ、馬乗りになったあの一瞬だ。そう。あのまま彼の頭を地面に思い切り当てて『壊す』つもりだった。だが、葛城ミサトに見破られた。
「伊達に作戦部長じゃないってことか」
 そう。桐島マキオは、碇シンジを『殺す』つもりだった。
 訓練中の事故ということであれば何も問題はない。いや、問題は多くあっても、結果は『仕方がない』ですまされる。それに以前から血の気が多く、周りを見失うことが多い自分のことだ。『またやったのか』という目で見られるだけですむ。少なくとも自分が彼をどう思っているかということは取りざたされない。
(僕より下等な人間が、僕より評価が高いって?)
 その、誰よりも勝る強い嫉妬心。
(認めない。絶対に──碇、シンジ)
 昏い感情を表に出さないように、彼は全力を注いでいた。






次へ

もどる