適格者番号:130400023
氏名:美坂 カオリ
筋力 −C
持久力−C
知力 −S
判断力−B
分析力−B
体力 −C
協調性−E
総合評価 −B
最大シンクロ率 11.322%
ハーモニクス値 16.33
パルスパターン All Green
シンクログラフ 正常
補足
射撃訓練−C
格闘訓練−B
特記:シンクロ率、ハーモニクス値に不可解な変動あり。
第拾捌話
暗中飛躍
二月二四日(火)。
昼の休みを利用してシンジはまたセラの病室に来ていた。
他に訪れる者のいない病室。セラはそれほど友達がいなかっただろうか。確かに幼いながらにしっかりしすぎていて、同年代とは話があわないところがあったのかもしれない。ただ、シンジが見ている限りでは、誰とでも会話をしているように見えていたのだが。
深い付き合いになれていたかどうかというのは、こういうときに改めて分かるものなのかもしれない。
「セラ」
声をかける。彼女はまた震えていた。表情を完全になくし、空ろに視線を彷徨わせながら、それでも恐怖に体が反応している。
(くそっ!)
目の前で、何もできなかった自分。
助けて。
シンジ。
助けて。
泣きながら訴えられた彼女の言葉を忘れることなどできそうにない。
あと理性の切れた極限状況の中、彼女の声だけが鮮明に残っている。次第に嗚咽に、すすり泣きに変わっていったかわいそうなセラ。
「ちくしょう……」
彼はベッドの上に投げ出されていたセラの右手に、そっと触れる。
彼女の体が大きく反応した。痙攣するかのように震え、その瞳から自然に涙が零れている。
(セラ)
自分も涙目になりながら、強く彼女の手を握った。
「大丈夫。もうここには、セラを傷つける奴はいないから」
だが、震えはおさまらなかった。
彼女の回復にはまだしばらくかかることを認識せざるをえなかった。
一方食堂ではランクA適格者のトウジが、ランクB適格者のケンスケと食事をしていた。
幼なじみでもあるこの二人はよく一緒にいることが多い。たいがいはケンスケがランクAの情報を引き出そうと躍起になるのだが、この日は違った。
「ケンスケ。例のセラって子の件、お前は詳しいんやろ」
「え、ああ。先月は一緒の班だったし、だいたいの話は聞いてるけど」
「詳しい話、教えてくれんか」
真剣な表情だった。これは本気で怒っているようだった。
「多分、トウジが知っていることまでしか教えられないぜ。俺だって回りから話を聞いた結果だからな。シンジに聞くのが一番じゃないのか?」
「阿呆。当の本人にンなこと聞けるかい」
トウジは腕を組んで自信満々に言った。
「佐々がやったっちゅうのは本当か?」
「実行犯の四人は佐々の手下だからな。関係はあっただろうけど、全部憶測さ」
「でもそのせいでいたいけな女の子を一人、辛い目に合わせたっちゅうことやろ」
ぎり、と強く歯をかみしめる。
こういう男なのだ。鈴原トウジという男は。普段はいい加減に見えて、悪に対しては絶対に容赦しない。だからこそケンスケも友人づきあいを続けられるのだが。
「ランクAの中でも奴の問題はかなり大きくなっとる。前にカズマの奴が佐々に喧嘩ふっかけられとるしのう」
その武勇伝は有名だ。逆に佐々グループを返り討ちにしたという。格闘ランクSというのはさすがに伊達ではない。
「ランクAのメンバー全員で直々に粛清でもするっていうのか?」
「そんなことはせえへん。じゃが、もしも佐々がランクA昇格となったら、一丸となって抵抗するのは間違いないやろ。特に朱童の奴が本気で怒っとるからのう」
そこで会話が止まった二人はそれから黙々と食事を続けた。
いずれにしても、今回の騒動は大きな影響を与える。これまで関係があった人間も、なかった人間も含めて。
「さてと、午後からの訓練も気合入れなアカン」
「訓練っていったって、トウジはもうランクAだろ」
「アホう。ランクAになったっちゅうことは、使徒と戦うのはワシらや。少しでもシンクロ率が高くないと殺されるわい。ワシなんて、全部の基準にぎりぎりひっかかっとるだけや」
ランクAともなると、こうも考え方が変わるものなのか。
ケンスケは自分も絶対一回でランクAに入ってみせる、と気合が入った。
二月二五日(水)。
セラはまだ口をきかない。
二月二六日(木)。
セラはまだ口をきかない。
二月二七日(金)。
セラはまだ口をきかない。
二月二八日(土)。
セラはまだ口をきかない。
シンジのシンクロ率は、四五.一〇八%。また上がった。
三月一日(日)。
セラはまだ口をきかない。
「シンジの奴、見るたびにやつれていくな」
その日、真道カスミは野坂コウキの部屋へ来ていた。
「仕方がないだろう。例の子、まだ意識を戻さないらしいからな」
コウキもそれほど元気のある様子ではなかった。シンジが落ち込んでいるのに元気でいられる人間は同期には存在しない。もっとも、ダイチだけはいつもと変わらずクールだったが。
「ま、それはそうと、お前から依頼のあった件、調べがついたぜ」
そう言ってカスミはフロッピーディスクを放る。セカンドインパクト後、さまざまな記録媒体が出てきたものの、結局この媒体だけはなくならない。それだけ全世界で普及しているということだった。
「そうか。どうだった?」
「見りゃ分かる。といっても、シンジにとっちゃあんまりありがたい内容じゃないけどな」
コウキはコンピュータを立ち上げ、ディスクを差し込む。そしてAドライブを起動させる。
そこにはdocファイルが一つだけ、ぽつんと存在していた。
タイトルは──『美坂カオリの調査結果』となっていた。
「見てもいいんだな?」
「お前以外の誰に見せるんだよ」
違いない、と呟いてコウキはダブルクリックした。
「言っておくけど、まだ調査は途中だぜ」
「ああ」
美坂 カオリ
Age:15
Birthday:3/1
「今日が誕生日か」
「ま、偶然って奴だろ」
カスミの言葉に、さらに次の行に目を移す。
家族構成〜父、母、妹(死去)
四行目を見た時に、コウキの目はそこから先に進まなくなった。
妹、死去。
それに関係することが、この先のレポートに書かれている気がした。
その予感は、全く外れていなかった。
二〇一三年二月。妹、美坂シオリ、死去。
二〇一三年三月。適格者試験に合格。
二〇一三年四月。適格者として登録。
「妹の死が、ネルフに入るきっかけとなったのか」
「ああ。それも、かなり根は深そうだぜ」
カスミの言葉を受けて、さらにコウキは読み進める。
父はネルフ勤務の管理職員。美坂シオリは幼い頃より病弱だったが、二〇一三年一月、発作を起こしネルフ病院に入院。二月一日、治療の成果なく、誕生日に死去と公式記録にあり。
ただし、ネルフ病院の履歴には美坂シオリに関する一切のデータは存在せず。
「……どういうことだ?」
「分からねえ。これは直接父かカオリ本人に聞いてみるのが一番じゃないか」
「ただ、妹の死があいつの行動に結びついているのは間違いないということか」
「ああ。でないと行動が不自然なことだらけだからな」
適格者番号130400023
二〇一三年一〇月、ランクDに昇格。
二〇一三年一二月、ランクCに昇格。
「てことは、俺たちが適格者になったときには、カオリ嬢もランクEだったってことか」
「ああ。俺たちの中ではコウキがずっと出世頭だったけど、お前がランクCになったのが一四年の一月だから、美坂の方が一ヶ月早いってとこだな」
その時のことを思い返す。同期メンバーの中で、最初にカオリから接触があったのはコウキだった。
ランクCに上がってすぐのミーティングで声をかけられた。思えば、あの時から彼女の行動はどこかおかしかった。
「野坂、コウキ君?」
早くに到着したミーティングルームでカオリが尋ねてくる。ああ、とコウキが頷く。
「あんたは?」
「私は美坂カオリ。よろしく」
ツンとすました表情だったが、相手がじっと自分を見つめてくるので一体何なのかと思った。
「野坂君って、一三年九月組よね」
顔をしかめた。何を聞かれようとしているのかがつかみきれなかった。
「それがどうかしたか?」
「いいえ。一三年九月組はたった八人だけど、先月のときにもう全員がランクDだったから驚いたのよ」
「それだけじゃなさそうだけどな」
「ええ。あの有名人がいるところだから、興味があって」
もちろん誰のことかは分かっている。碇シンジ。総司令碇ゲンドウの息子だ。
「興味本位であいつに近づくなよ。気にしてるんだから」
「興味本位……には違いないけど、少し違うかもしれないわね」
じゃあ何だよ、と尋ねる。すると無表情で答えた。
「まだ一度も話したことはないけれど、一目惚れ」
しばらくの沈黙の後に、さらに尋ねる。
「あんたが?」
「おかしい?」
亀が逆立ちするくらいおかしそうに見えたが、それは黙っておく。
「だから、碇君ってどういう人なのか、教えてもらえたらなと思って」
それから、二人の友人としての関係は始まった。
いや、友人というべきだろうか。コウキは常にカオリを警戒していたし、カオリも自分のことは特別気にしているという風ではなかった。あくまでもシンジの情報を収集するための一つの手段のように思っているのだろう。
問題は、何故カオリがシンジに近づこうとしているのかということだ。
「カオリ嬢は今、シンジに近いところにいる。あいつがシンジに牙を向くようなら容赦はしないが……何を考えてるんだかな」
コウキがカオリにこだわる理由は、彼女が『わざと』ランクBにとどまり、ランクAに行こうとしないということだ。それはすなわち、彼女はシンクロ率をある程度操ることができるということを意味している。
それを知ったのは本当に偶然だった。ランクAに上がってから、ランクB適格者のシンクロ率をざっと見ていったときに、たまたま美坂カオリの一回目のシンクロ率がそこにあった。
シンクロ率、八.八八四%。それ自体は普通の数値だ。だが、そこで以前のことを思い出したコウキはその詳細データを呼び出した。
すると、シンクロ直後の計測数値──本部では『何らかのミス』と定義されたようだったが、そこにあった数値は実に三八.九一一%と、自分よりはるかに上の数値が一瞬、出ていたのだ。
何故、それほどの数値が出たのか。ただのミスなどではない。何かがそこに隠れている。
「この妹の死因、突き止められるか」
「死因って、ネルフ病院の公式発表じゃ不満か?」
「お前自身が不満に見えるが、違うのか」
違いない、とカスミは肩をすくめた。
「ま、それが俺の『仕事』だからな。やれるだけのことはやってみるさ。ただ、あまり期待はしないでくれ。この件、あちこちでプロテクトがかかっていて、これだけ入手するのも困難だったんだからな」
コンピューターのことならネルフのオペレーターと同程度の技量を持つ男は、かなり控えめな表現を使っていた。それはコウキにも分かった。
「分かった。ただ、シンジがランクAに行く前に、佐々なり桐島なりが動くだろうから、その前に不安要素は取り除いておきたい。なるべく早めに頼む」
「らじゃ。水曜日までは待ってくれ」
だが、彼らとは別のところで物語は動く。
カフェのテーブル席で表情を出さず心の中だけで笑っていた桐島マキオが、突然の来訪を受ける。
「驚いたな。あなたから僕に声をかけてくれるなんて」
ファーストチルドレン、綾波レイ。
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