適格者番号:131100016
 氏名:美綴 カナメ
 筋力 −C
 持久力−B
 知力 −C
 判断力−S
 分析力−C
 体力 −C
 協調性−A
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 27.313%
 ハーモニクス値 40.11
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−C
 格闘訓練−B
 特記:集中力に欠けるが、根性がある。












第参拾話



How easygoing you are!












 三月十六日(月)。
 いつも通り、三時間の授業が終わってから四時間目の実技授業に入る。
 ただ、ランクB適格者がこの時間帯、格闘の授業だったのに対し、ランクA適格者は射撃の時間帯となっている。ランクBは六班にも分かれていて専門の指導員がつくことができないこともあるのだが、ランクAは最前線で戦う兵士たちである。格闘などでは一人の適格者に対して何人もの指導員がついて行うこともある。
(やっぱり、ランクAとBじゃ全然違うんだな)
 与えられる情報や、受けられる指導の質。そうしたものがランクを追うごとに全く変わってきたのは分かっていたことだった。だが、今までは指導員が来たり来なかったりだったのが、必ず来るようになるのだ。当然手抜きはできない。
「あ、シンジくん」
 射撃練習場に来て、最初に声をかけてきたのはカナメだった。
 この女の子は自分と同い年なのだが、誰とでも分け隔てなく、屈託なく話す子だった。そして美人で、やけに大人っぽい。こんな可愛い子に仲良くされるのだから、シンジとしても意識せざるをえない。
「こ、こんにちは、美綴さん」
「カナメでいいよ。いよいよシンジくんのランクAデビューだね。今の心境は?」
「別に、いつもと変わらないよ。どこに来てもやることは同じだし」
 そう言うとカナメは笑って「そうだよね」と言った。
「私もさ、最初、ランクAに来たときは何が変わるんだろってすごいどきどきしてたんだけど、結局やることって変わらないんだよね。格闘と射撃。確かに受けてる指導はすごく質が高くなってるけど」
「結局は指導を受けてるあなたたちの問題、ということね」
 その二人の会話に入り込んできたのは、射撃教官のチーフ、作戦部長葛城ミサトだった。
「あ、おはようございます、葛城さん」
「おはよう、シンジくん、美綴さん。無駄話も結構だけど、他のみんなはもうだいたい準備ができてるんだけれど、二人はいつ準備をするつもりなの?」
 う、と二人は言葉に詰まって顔を見合す。そして一目散に準備に入った。
「ゴメンね、呼び止めちゃって」
 射撃用のライフルや弾、そしてヘッドセットを準備しながらカナメが言う。
「いや、僕こそゴメン。美綴さんはまだ僕が慣れてないと思って声をかけてくれたのに」
「カナメ」
 にこにこと笑顔でもう一度彼女が訂正する。
「……カナメさん」
「はい、よくできました」
 満点の笑顔で彼女は拳銃を持ち上げた。






 シンジは射撃ランクはまだDだが、それでもここ最近急速に力がついてきている。それは、ランクCまでだとほぼ放置状態にされるのだが、ランクBでミサトから直接アドバイスをもらえるようになったことが大きい。人間は普通、得意なものを人に教えるのは難しいものなのだが、ミサトについてはこれがあてはまらないらしい。さらにもともとの集中力の高さがそれに拍車をかけ、命中率がこの一ヶ月で確実にアップしていた。
 シンジもそれが実感として分かる。近いうちに射撃ランクCに上がることも可能だろうと考えている。
「目標をセンターに入れて、スイッチ」
 命中。
「目標をセンターに入れて、スイッチ」
 命中。
「目標をセンターに入れて、スイッチ」
「命中」
 後ろで声がした。気がついて振り返ると、そこには葛城ミサトが「はろー」と手を振っている。
「相変わらずの集中力ね、シンジくん」
「そんなことありません。今の葛城さんの声に気付きましたし」
「そ。三回目で、ね」
 ヘッドセットはしていても人の声は聞こえるようになっている。つまり、シンジの脳は標的に集中しすぎていて、外部からの音を完全に遮断していたのだ。
「シンジくんくらい集中するのは、この中では朱童くんくらいかしらね」
 言われてから、周りのメンバーを見渡す。
 カズマは拳銃を両手で握って、全く動かずに放っている。トウジは表情も見えるが苦戦しているのが分かる。コウキは余裕の笑顔。タクヤは真剣に学んでいる様子。レミは一生懸命。ヤヨイは──
(……?)
 何故か後ろに下がって、座布団を敷いてお茶を飲んでいる。
「えと、葛城さん。神楽さんは」
「え? ああ、あの子、目を離すとすぐにこれだから」
 ほらほら神楽さん、とミサトが彼女のもとに行く。ミサトから叱責を受けて、座布団返しをされると、ヤヨイは綺麗に転がった。
(……吉本?)
 やっぱり変わった人だな、と感想を持つ。そしてもう一度標的に向かう。その時だ。
「美綴さん!」
 ミサトの声に、全員の目が動く。
 見ると、カナメが右手を振って「イタタ」という顔をしていた。
「美綴のヤツ、またやりおったか」
 トウジがため息をついて言う。
「またって?」
「あいつ、とことん集中力ないからのう。遊び半分でやってるから手を痛めるんや」
「遊び半分?」
「おう。あいつの悪いトコやで。もうちっと本気出せば、射撃も格闘もすぐにランクアップするのにのう」
 トウジが真剣な表情で言う。
 確かにシンジも気になっていたことだった。一昨日のミーティングの際、この中でたった一人、使徒と戦うということに対して真剣さを感じられない者がいた。
 それがカナメだ。
 いったい何のつもりで適格者になったのか。ここにいる者たちは理由は違えど、絶対に使徒を倒さなければいけないという使命感が誰にも感じられる。彼女だけだ。何も感じないのは。
「あなたね、これは遊びじゃないのよ!」
「もうしわけありませんでした」
「あなたがしっかり訓練を受けないと、実戦で命を落とすのはあなた自身なのよ! 自覚を持ちなさい!」
「はい。すみませんでした」
 元気っ娘がしょぼんと落ち込んでいる。
「ほらっ! そこの二人も無駄話しない!」
 ミサトからの叱責に、シンジとトウジが肩を震わせ、すぐに射撃訓練に戻った。
 と、その時だ。
 射撃場に現れた一人の女性。
 シンジは気付かない。
 その女性が後ろに立って、彼を見ているということを。
「目標をセンターに入れて、スイッチ」
 外れた。
(やっぱり、いつもいつも当たるわけじゃないよなあ)
 拳銃を見ながらシンジは考える。どうすればもっと命中率が上がるだろうか。
 再びシンジが構える。そして引き金を引こうとした、そのとき。
「そのまま、待って」
 そっ、と彼の手に暖かい手が添えられた。
「え」
 隣にいたのは、アルビノの少女。
「綾波?」
「そう、そのまま。右腕をまっすぐにしたまま、左手の親指は十字を描くように……そう、これくらいがいいわ」
 レイの暖かい手が、直接シンジの姿勢を正していく。
「一度大きく息を吸って、そして二割くらい吐いたところでストップ」
 言われた通りにする。
「引き金をゆっくりと引いて。急ぐ必要はないから、ゆっくり」
 少しずつ、少しずつ引き金が引かれる。やがて、弾が発射された。
 見事に弾は、的の真ん中を撃ち抜いていた。
(真ん中)
 隣にいる綾波を見る。彼女は小さく微笑んだ。
「アドバイスありがとう、綾波」
「お礼は、葛城一尉に」
「葛城さんに?」
「ええ。一尉が指導するより、私が指導した方が碇くんのやる気が上がるって言うから、連れてこられたの」
 よく見ている教官だ。おそらくこの間、二人で出かけたことが知られているのだろう。
「そっか。後でお礼を言っておくよ」
「ええ。それじゃあ」
 レイはまたいつもの表情に戻ると射撃場を出ていく。
(僕のために来てくれたのか)
 チルドレンともなると、他にやることも多いだろう。単純な訓練だけではない。この本部にあるエヴァンゲリオン零号機のテストパイロットとして選ばれているのだ。
「綾波といえばな、センセ」
 再びトウジが話しかけてきた。
「四月になってから、いよいよ零号機の起動実験、やるらしいで」
 この時点で、既に本部にはエヴァンゲリオンの零号機と初号機が存在している。弐号機はドイツ。残りは建造中で、本部と各支部に納品されるのを待つ状態だ。
 今までレイは連動実験やシンクロ率・ハーモニクステストばかりを行ってきたが、とうとう実際に起動させる実験に移ることになるというのだ。
「そうなんだ」
「ああ。だからリツコはんとか、今その準備で大変らしいで」
「うん。あ、葛城さんが睨んでるから、このくらいにしとこうよ」
「そやな。葛城はんも怒るとおっかないからのう」
 そうしてシンジは再び的に集中した。
 その後、時間が終了するまで十回。シンジは的を一度も外さなかった。
 手に、レイのぬくもりが残っていた。






 五、六時間目のハーモニクステストが終わり、シンジは休憩所にやって来た。
 少し遠いところにある休憩所。ネルフ内部の各地に休憩所はあるが、このような辺鄙なところには誰もこない。シンジが身体を休めるときにはそうした場所をよく選ぶ。
 だが、その日だけは先客がいた。珍しいことだった。
 美綴カナメ。
 いつもの元気な様子がなく、落ち込んでいるようだった。昼のミサトからの叱責が原因か。
「あ、シンジくん」
 ぱっと顔を明るくして立ち上がる。
「こんなところまで休みに来たんだ」
「美綴さん──カナメさんも」
 また名字で呼ぼうとして睨まれ、言い直す。
「うん。この辺り、誰も来ないからゆっくり休めるしね」
「ごめん、邪魔しちゃって」
「ううん。シンジくんならいいよ。ほら、休も!」
 カナメは先に座って、隣の席をぱんぱんと叩いた。シンジは笑って、先にドリンクを二つ購入する。
「はい」
「わ、ありがとう」
 ホットコーヒー。シンジはミルクと砂糖を入れる方だ。カナメもどうやらそれが好みだったらしい。美味しい、と言う。
「なんだか、だらしないとこ見られちゃったね。これでもランクAでは先輩なのに」
 えへ、とカナメは苦笑する。
「そんなことないよ。カナメさんは僕のことも気遣ってくれたし。それに、得意や不得意なんて誰にだってあるから」
「ありがと。慰めてくれるんだ」
 だが、話せば話すほど、カナメの表情は沈んでいく。あの元気っ娘が、こんなにも落ち込むことがあるのかと、正直シンジは驚く。
「ねえ、シンジくんはどうして適格者になったの?」
「え?」
 唐突な質問だった。だが、カナメにとってそれは大事な質問であるというのは想像がついた。
「私、あの後呼び出されたんだけど、そのときミサトさんが言ってたの。シンジくんは適格者になりたくてなったんじゃない。他のランクAのみんなも、別に自分からなりたかった人なんかいない。私みたいに、気楽に考えている人なんかいないって。私、これでも本気で適格者、やってるつもりだったんだけど、違うのかな」
「僕は、父親の命令で適格者にされたんだ」
 どう答えていいのか分からなかったので、シンジは自分のことを話しだす。
「僕は適格者になりたくなかったし、今だってやめていいなら、やめる。だって、使徒と戦うってことは、自分の命がかかってるってことだよ。僕は死にたくないし、でも逃げることもできないから、僕はできる限り自分を鍛えようと思ってる」
「死にたくない?」
「うん。死にたくない。他のみんなも同じように思ってる。カナメさんは、どうして適格者になったの?」
「私?」
 尋ねられて答えるのに困った様子だったが、すぐに照れ笑いを浮かべて言った。
「お給料もらえるし、それに、世界を守る英雄っていうのがカッコよさそうだったから」
 そんな軽い気持ちで、適格者になったというのだ、この元気っ娘は。
 南アフリカ支部では、他に生きる道がないから適格者になったという子がたくさんいる。カオリやマキオのように、自分の家族が原因で入らなければならなくなった者もいる。
 だが、これが現実なのだろうか。
 英雄になりたい。カッコよさそう。
 それが適格者になる理由だというのなら、それは確かに──甘く見すぎている。シンジですらそう思える。
「私そんなに、甘いかな」
 答えづらい質問だった。それを認めるということは相手の現在を否定するということにつながる。
 だが、答えないということは相手の質問に肯定しているのと同じだ。そっか、とカナメが呟く。
「シンジくんは、私みたいに気楽に考えている子は、嫌い?」
「そ、そんなことないよ!」
 シンジは大声を上げた。
「そんなこと言うなら、みんなは絶対に使徒を倒そうって思ってるのに、僕は逃げることしか考えてなくて。世界を救おうだなんてそんなこと全く頭になくて。僕の方が全然、ずるくて、弱くて、卑怯で。叱られなきゃいけないのは本当は僕なんだ」
「そんなことないよ。シンジくんはがんばってる。私から見てもそう思う」
「そんなことないんだ。僕はただみんなのご機嫌を取って、みんなが不機嫌にならないようにしているだけなんだ。それでいいはずがないんだ。カナメさんみたいに、もっと世界のこととか考えなきゃダメなんだ」
「そっか」
 カナメはくすっと笑う。
「そうしたら私たち、お互いのいいところを学べばいいんだね」
 呆気に取られる。
 どうしてこの娘はこんなにも頭の切り替えが早いのだろうか。さっきまで思いつめていた表情はどこにもなく、シンジを見る顔はこんなにも輝いている。
「……うん、そうだね」
「でも、今のシンジくん、ちょっとカッコよかった」
「そんなことないよ。カナメさんだって、大人びてて、美人で、綺麗で、可愛いよ」
 シンジは本気で思っていたからそう言ったのだが、言われたカナメは顔を赤くして俯いた。
「……シンジくん、自分で何言ったか、分かってる?」
 言われて、シンジもまた顔を赤らめた。これではまるっきり、告白ではないか。
「ちっ、違うよ! その、誤解しないで!」
「分かってる。シンジくんが照れもしないで告白するなんて考えられないから」
 ふふ、とカナメは笑って、その後で「でも」と付け加えた。
「シンジくんは、彼女っているの?」
「い、いないよっ!」
「そっか。じゃ、私が立候補してもいいんだ」
「よくないよっ! 僕なんか相手にしちゃダメだよっ!」
「そうかな。シンジくん、顔もいいし、優しいし、それにお料理上手だし、旦那さんには文句ないと思うけどな」
 困る、という表情を顔一杯に見せると、カナメは「ごめんごめん」と謝る。
「でも私、本気になったときはシンジくんにきちんとそう言うから」
 そう言って、カナメはリサイクルボックスにコップを入れると、上機嫌で立ち去っていった。
 後に残されたシンジが小さく「勘弁してよ」と呟いていた。






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