適格者番号:121000032
 氏名:朱童 カズマ
 筋力 −A
 持久力−A
 知力 −B
 判断力−A
 分析力−B
 体力 −A
 協調性−E
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 30.146%
 ハーモニクス値 41.33
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−S
 格闘訓練−S
 特記:全てにおいて優秀だが、精神的にもろいところがある。












第参拾壱話



He is a double-edged sword












 三月十七日(火)。

 ランクA適格者となってもやることが変わらないのは昨日と同じだ。
 ただ、班のメンバーと会うときに、ランクBまでの時のぎすぎすした感覚でなくなったのはシンジにとってはありがたいことだった。
 そして当然のようにこのランクA適格者たちの格闘技術を指導するのは武藤ヨウ教官だった。
「じゃ、二人ペア組めよ。できるだけ戦闘ランクが同じもの同士でな。カナメとタクヤ、トウジとレミ、それからシンジと──」
「碇とは俺がやる」
 ヨウが言いかけたのを遮ったのは、ランクA適格者の中でも唯一『格闘ランクS』の称号を持っている、朱童カズマだった。
 ランクが同じどころではない。最強と最弱。ポーカーでいうならロイヤルストレートフラッシュと二のワンペアの勝負だ。
「カズマの奴、相変わらず機嫌悪いなあ」
 シンジの隣にいたコウキがぼやくように言った。
「どういうこと?」
「いやな、この間佐々の件で、格下の奴にやられたもんだから、それ以来カズマちゃんの機嫌が悪くって悪くって」
「……お前が身代わりになるか、野坂?」
 小さな身長で、カズマは睨みつけてくる。
「あ、それからな、シンジ。カズマに身長の話はご法度だぞ。本気でぶち殺されるから──」
 コウキがそこまで言うと、近くにあった椅子がカズマの手で宙を飛び、コウキの顔面を直撃した。
「分かってるなら、余計な口をきくな」
 とはいえ、現状でカズマは158cm。シンジは156cmなので、自分よりは背が高い。
 まあ、どちらも172cmのコウキにしてみれば低いのだろうが。
「やるぞ、碇」
 拳と相手自身を守るためのグローブを装着し、カズマが戦闘態勢を取る。
(……って、僕が?)
 冗談ではない。
 格闘ランクSということは、相手はあの古城エンだとか桐島マキオだとかと同じレベルだということだ。勝てるとか勝てないとかではない。瞬殺される。
「どうして僕と?」
「決まっている。この中ではお前が一番シンクロ率が高い。お前を鍛えればそれだけ全員の生き残る確率が高くなる」
 カズマはいらいらしたように言う。なるほど、これでも一応自分を仲間として見てくれているらしい。いつもしかめっつらで怒っているように見えるが、案外中身は優しいのかも。
「行くぞ」
 だが、その格闘ランクSは容赦の『よ』の字もなかった。いきなり最初の一撃で、シンジは宙を舞った。






「いたたた……」
 三十秒ほど気を失っていたようだったが、バケツで水をかけられるとシンジは目覚めた。目の前では呆れたようなカズマの表情。
「ガードくらいしろ。それくらいできるだろ」
「ゆ、油断してたんだよ。次はちゃんとやる」
「言っておくが、使徒戦ではそんなことは通用しない。油断してやられたら、二度目はない。死ぬだけだ」
「分かってる」
「分かってる?」
 その言葉がさらに逆鱗に触れたのか、カズマはずかずかと近づいてきてシンジの胸倉を掴み上げた。
「ふざけたことを言うな! 今のが実戦だったらお前は死んでるんだよ!」
 しん、と訓練場が静まり返る。
「な……」
「お前が守りたいと思っているものも、お前自身の命もそこで消える。お前はそれでいいのか? お前は死にたいのか!」
「そんな、そんなこと、あるはずないだろ!」
 シンジはその手を払いのける。
「だいたい、朱童くんになんでそこまで言われないといけないんだよ!」
 珍しくシンジは食って掛かった。格闘ランクSという、最も敵に回してはいけない男に向かって。
「碇」
 冷え切った目が、シンジを射抜く。
「どうやら、言葉じゃ分からないみたいだな」
 ふっ、と身体が沈む。
 直後、カズマの身体はシンジの懐まで入り込んでいて、グローブのついた右手でシンジの右頬を打った。
「ぐっ」
 今度はガードとはいかないまでもスウェーしてダメージを最小限に抑えた。だが、カズマの連続攻撃は厳しく、続く左足のハイキックを側頭部に受ける。
「がはっ!」
 そうして床に倒れる。倒れたシンジの胸倉を掴んで、カズマは引きずり起こした。
「ふざけるな」
「ふざけてなんか、ない」
「お前は力があるんだ。お前が望む望まないに関わらずな。地球の人間全部なんて考える必要はねえ。自分の大切な、守りたい人間のことだけを考えればいい。お前には守りたい奴がいるのか? それとも、お前には守りたいと思う奴はいないのか?」
「しゅ、朱童くんが、何を言いたいのか、分からないよ」
「お前の油断で、自分の守りたいものが奪われたらどうするんだって言ってるんだ!」
「そんなこと言われたって、僕は朱童くんみたいに強くなんかないんだ!」
 カッとなったカズマは右手でシンジを殴りつけて、床に叩きつける。
「こんな腐った奴に、俺は、自分の大切なものを預けたくはない」
 明らかに、カズマは感情的になっていた。いつもの彼らしくはない。シンジは床に叩きつけられた衝撃で再び意識を失っていたが、その様相にさすがに周りのメンバーも不安になる。
「朱童くん」
 リーダー格のタクヤが彼の背中から肩に手を置いた。落ち着かせようと思ったのだ。
 だが。
「うわああああああああああああっ!」
 その瞬間、カズマはそれを払いのけて、タクヤを突き飛ばしていた。
 タクヤは別にダメージを受けたわけではないが、驚いてカズマを見つめる。
「俺に触るな」
 カズマは両腕で自分の体を抱きしめると、がくがくと震えた。そして、そのままの体勢で訓練場を飛び出していった。






「しっかし、なんやったんやろな、今のは」
 さすがの展開に全員が一時訓練を中止していた。ヨウにすれば「ほっとけ」の一言なのだが、こう見えてもランクA適格者たちの結束はそれなりに強い。
 シンジが目を覚まさないので、カナメが喜んで膝枕をしてあげていた。役得だなこいつ、とコウキがからかうように言う。もしもカナメが本気でシンジのことが好きだったならこういう行動は取らないだろう。『気に入っている』段階だから照れることなく行えるのだ。それを分かっていてコウキも周りのメンバーもからかう言葉を投げかけている。
 ちなみにヤヨイはどこから持ち出すのか、また座布団を敷いて湯のみで茶など飲んでいる。
「ま、考えていても仕方のないことではあるがな。カズマのアレは今に始まったことじゃねえし」
 コウキが言うと、ランクA新参のカナメやトウジが驚く。
「レミちゃんも知ってるの?」
 カナメが座ったまま尋ねると、レミは小さく頷く。
「うん。あの発作、一回だけ見たことがある。私たちがランクAになったばかりのときだよ。普段から冷静に見えてたカズマくんが、あんな風に感情をむき出しにして、回りの人間を拒絶して……ちょっと怖かった」
 もう一人の元気っ娘、レミですら怖いといわせる朱童カズマの変容ぶり。
「ま、理由なんぞ聞いてもあいつが素直に言うとは思えないしな」
 コウキがまとめると、そうだよねとタクヤも頷く。
「僕としては朱童くんに心を開いてもらえるのが一番いいと思ってるけど」
「世の中はみんなお前みたいにいい子ばっかりじゃねえんだよ」
 む、とタクヤが膨れる。まあまあ、とカナメが仲裁に入った。
「光には影がつきまとうのが運命」
 ぼそり、と呟いた言葉に全員が声の主を確認する。
「孤独の影は光の登場によってかき消される。では、光とは何? 光はこの世界に何をもたらすというの?」
 その声の主は神楽ヤヨイ。普段から不思議な発言で周りを惑わす不思議少女なのだが、こうして真剣に哲学的なことを言うと、誰もがその内容を考え込まざるをえなくなる。
「目を覚ましたようね」
 ヤヨイが話を振ると、カナメの膝の上で、シンジがゆっくりと目を覚ました。
「お、そうみたいだな。大丈夫か、シンジ」
 コウキが上から尋ねる。
「あ、うん。大丈夫……ここは」
「うん。まだ訓練場。シンジくん、倒れちゃったから」
 他のメンバーよりも、カナメの顔だけが近くにある。その理由を考えたとき、自分の今の状況が分かった。
「わあああああっ!」
 慌てて飛び起きる。膝枕をしていたカナメが驚いてシンジを見る。そして、くすくすと笑った。
「お前なあ、女の子に膝枕してもらってその態度はないんじゃないのか」
 コウキが叱責するが「だって!」とシンジはその次の言葉が出てこず、周りからの失笑を買う。
「私が好きでやったことだから、シンジくんは気にしないで」
 カナメがにっこりと笑って言う。だが、さすがにそこまでのことをされると、先日のこともあってか、正面からカナメのことを見ることができない。
「朱童くんは」
 シンジの方から先に尋ねる。自分の周りにいる適格者は六人。一人足りない。もちろん足りないのは、先ほど自分を気絶させた朱童カズマ本人だけだ。
「さっき出てったぜ。血相変えてな」
「血相? どうして」
「さあな。本人に聞かないと分からねえよ」
 周りの人間に分からないものがシンジに分かるはずがない。確かに前から見ていた朱童カズマという人物は、いつもすましていながらも、他人のことを無視することができないでいるようなところがあった。
 最初にカズマとであったのは、ランクA・B適格者合同で行われる戦術シミュレーションのときだ。初めて対戦した相手で、カズマが自分の方を見てきて、そして『敵意』を感じた。
(朱童くんは、僕のことが嫌いなのかな)
 だとしても嫌われる理由が分からない。前のマキオや佐々のように、もしかすると自分の知らないところでまた何かの事件に関わっていたりするのだろうか。
 悶々とした感情を抱えながら、その日の格闘訓練は終了を迎えていた。






 カズマは一人、地上に出ていた。
 全身汗だくで、息が切れている。こんな彼の姿を見ることができる者はそう多くない。
 何故だろうか。だいたい半年に一度はこうした発作が出る。発作の理由は毎回違うが、それでも根幹にあるものは同じだ。
 守れなかったこと。守りたいものを守れなかった、一つの悲劇。それが自分を苛んでいる。
「どうしたの」
 涼やかな声が彼の背にかかる。
 聞きなれた声。この女性とは何度も話した。
 綾波レイ。
「お前か」
 カズマは呼吸を整えて背筋を伸ばした。
「また?」
 静かな声で尋ねてくる。また発作を起こしたのか、という意味の質問であることはすぐに分かった。
「ああ。お前にはいつも格好悪いトコばかり見せてるな」
 レイは何も言わずに、そのままの表情でカズマを見る。
 ランクA適格者としての期間が最も長いカズマは、レイの相手を務めることが多い。レイはチルドレンとしての職務があるので多いわけではないが、それでも射撃訓練や格闘訓練を欠かすわけにはいかない。その場合、強く、適格者ランクも高いカズマが相手に選ばれるのは当然の成り行きだった。
「それでも、俺は、お前を守りたい」
 拳を握り締める。相手の顔を見ることはできない。相手は自分のことを望んでいるわけではないのだから。
「私は身代わりじゃないわ」
「俺だって分かってる」
 カズマは首を振る。どうしてもこの女性の前では、冷静でいられなくなる。
「それでも俺は、お前を守り抜くことで、かなえられなかった俺の願いをかなえたいんだ」
「なら、そうすればいいわ」
 言い残して、レイは立ち去っていく。
(分かっている)
 この感情は恋でも何でもない。自分が綾波レイにこだわっているのはただ一つ。
 あの顔。そして口調、立ち振る舞い。そうした全てが。
(姉さん)
 自分の目の前で死んだ、守れなかった姉に、瓜二つだということ。






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