適格者番号:120800004
氏名:館風 レミ
筋力 −B
持久力−B
知力 −B
判断力−B
分析力−B
体力 −B
協調性−A
総合評価 −A
最大シンクロ率 28.555%
ハーモニクス値 37.51
パルスパターン All Green
シンクログラフ 正常
補足
射撃訓練−B
格闘訓練−B
特記:アメリカからの帰国子女。努力家で真面目。
第参拾参話
Don't look back!
三月十九日(木)。
いつもの訓練が終わり、シンジがシャワールームから出てくると、休憩所で何人かのランクA適格者たちが騒いでいた。
そのメンバーを確認すると、まずテーブルについて向かい合って座っているのがカナメとレミ。そしてその周りで立ってテーブルを覗き込んでいるのがコウキ、タクヤ、トウジだ。
「お、シンジ、来たな」
コウキがこっちに来い、と呼びかける。また何を今度はたくらんでいるのだろうと警戒しながら近づいていく。
「どうしたの」
「いや、レミがちょうど占いやってたから、順番にやってもらってたんだ。お前もやってもらえ」
するとレミが座った状態でにこっと笑顔を向けてくる。そういえば最初の顔合わせのときに、今度占いをしてあげるとか言っていた。
「あ、でも」
「レミちゃんの占いは、すごい当たるんだよ!」
カナメが力説する。絶対にやってもらった方がいい、と。
言われてテーブルの上を見てみると、絵札が四枚、三角形の頂点の位置とその中央部分に、全て縦に置かれている。
「タロットカードなんだ」
「ん、ボクのは普通のタロットじゃないけど」
「普通のじゃない?」
「うん。これはギリシャ・タロット。ま、普通には流通してないから特注品だけどね」
たとえば、とカナメの説明をする。
「カナメちゃんから見て、上に天、左に海、右に冥府、そして中央に大地。この場所にそれぞれカードを置く。この四箇所のカードの配置によって、自分の運命が決定される。今カナメちゃんが占ったのは、恋愛占い。まず、カナメちゃん自身は大地だから、ここにあるカードが一番重要。カナメちゃんはアルテミスの正位置だから、恋愛をあまりすることはないけど、もし思い込んだら一途。ただ、願いはかなわない場合が多いから、他の三箇所のカードでうまく自分を優位にしないといけない。で、天がヘパイストスの正位置、海がディオニュソスの逆位置、冥府がハデスの正位置。あまりいい配置じゃないけど、可能性はある」
「どういうふうに?」
「まず冥府。ハデスっていうのは自分の妻を娶るために、相手を誘拐したことがあるっていうこと。それも冥府=未来だから、今好きな人と結ばれるためには、略奪愛もやむをえないっていうところかな」
「りゃ、略奪ぅ〜!?」
カナメが頓狂な声を上げる。トウジが「いや〜んな感じ!」と茶化す。
「天=現在にヘパイストスがいるから、今は好きな人に対する気持ちを高めているところ。海=過去にはディオニュソスの逆位置があるから、ちゃんとした恋愛は今までしたことがない、つまりこれからの恋愛がいわば初恋っていうことかな」
それを聞いていてシンジは冷や汗ものだ。カナメは三日前に自分に本気になってもいいかと尋ねてきたばかりではないか。
(僕のことじゃないよね、まさか)
できるだけカナメと目を合わせないようにする。カナメは美人だ。こんな結果を見せられて意識しないはずがない。
「じゃ、次はシンジくんのば〜ん♪」
ささ、どうぞどうぞとカナメが席を譲る。その間にレミはカードを全て伏せて、かき混ぜている。
「何の占いをしようか。やっぱり恋愛? それとも仕事?」
「総合的に、っていうのはできないのかな」
「それだと具体的な話ができないからなあ」
「……もう何でもいいよ」
「じゃ、恋愛っていうことで♪ それじゃあシンジくん、今までのことを思い返してください」
「思い返す?」
「そう。過去にあったこと。そして現在誰を思っているのか。そして将来、自分と結ばれたい人は誰なのか。どんな家庭を築きたいのか。ありとあらゆることを」
言われてシンジは目を伏せる。過去、といっても自分には女性と親しくしたことなどない。しいていえばレイと仲が良かったくらいか。ただ、ここ最近はやけに女性と親しいことが多い。カオリやセラのこともそうだったし、同期のコモモとかも可愛いと思う。それにカナメからは告白未満の行動をされたばかりだ。
ただ、自分が誰を好きかとなると分からない。運命の出会いなんていうものがあるなら、自分はそれをしたことはない。誰かを恋焦がれるということもない。
将来は? では自分の将来はどうあるのだろう。考えたこともない。現状から逃れたいということばかりで、将来のことを考えても何も浮かばない。
「いいかな?」
レミは全てのカードを切り終えて、テーブルに並べる。
「名前を言ってください」
「碇シンジです」
「ではシンジ、あなたを示すカードを大地に置いてください。あ、向きは好きな方向に変えていいから」
シンジは一番中央のカードを取って、真ん中に置く。
「では、天を示すカードを一枚置いてください」
左から一枚。
「では、海を示すカードを一枚置いてください」
右から一枚。
「では、冥府を示すカードを一枚置いてください」
また中央から一枚。特別向きを変えたりはしない。
「では、開示します」
まず大地。ここにはアポロンの逆位置が来た。レミはそれを見て顔をしかめる。
さらに海。こちらにはアテナの正位置。そして天。こちらにはアフロディテの逆位置。そして冥府。ここにはクロノスの正位置。またレミが顔をしかめる。
「な、何」
「うーん、さすがシンジくん。こんな不可思議な配置が存在するなんてねえ」
レミは苦笑した。詳しく説明しろよ、とコウキから横槍が入る。
「まずシンジくん自身がアポロンの逆位置。アポロンは誰からも好かれる太陽王。でもこれが逆位置に来てるっていうことは考え方が二つ。一つは誰からも好かれていない。でもシンジくんを見ているとそれは当てはまらないと思うんだよね。ボクたちだってシンジくんのこと好きだし。特にコウキくんなんかはベタぼれだし」
「余計なことはいいから説明説明」
「あ、うん。で、もう一つの考え方なんだけど、シンジくんのことが好きな人は、単純にシンジくん自身が好きな人もいれば、そうでない人もいるっていうこと」
「そうでない?」
「たとえば、シンジくんがシンクロ率が高いから将来ネルフで地位が高くなるだろうから今のうちに取り入っておこう、とか。要するにシンジくんが好きっていう理由じゃなく近づいてくる人が中にはいるよってことかな」
「随分意味深だな。いったい誰がって疑いたくなるぜ」
「それから海=過去。ここがアテナの正位置っていうことは、今まで誰とも心を開いて接したことがないっていうこと。つまり、まだ初恋すらしていない。で、天=現在はアフロディテの逆位置。現在シンジくんのことを好きな人はたくさんいるっていうこと」
「お、やるなシンジ、モテモテじゃねえか」
「からかわないでよ。で、最後は?」
「うん」
レミは少し困って答えた。
「クロノスの正位置。これは、未来は決まっていないっていうことの暗示」
「決まっていない?」
「そう。まだ出会っていない誰かのことを好きになるのかもしれない。今までに出会った人の中から仲良くなるのかもしれない。また、誰のことも好きにならずに、一生一人なのかもしれない。あと……」
すごい言いにくそうにしているレミに対し、タクヤが声を殺し気味に言った。
「誰かと付き合えるようになるまで、僕たちが生きられるかどうか分からないっていうことだね」
未来が決まっていないということは、未来がないということと同じだ。つまり、この使徒戦で死ぬ可能性がある、ということだ。
「いっそ、健康運とかにしたらもっとはっきりするんだろうけど、残念ながらこの占い、一人に対して一ヶ月に一度しかやっちゃいけないんだ」
何回もやったらご利益ないでしょ、とレミが付け足す。
「うん、でもありがとう、レミさん。なんだか、少し心が軽くなった」
未来が決まっていないということは、自分次第でいくらでも変えられるということだ。
「どーいたしまして♪ でも、自信持っていいと思うよ。逆位置とはいえ、自分がアポロンだっていうことは、みんなから愛されていることには違いないんだから。ボクだってシンジくんのこと、大好きだしねっ♪」
「あ、ありがとう」
「なに照れてるんや、センセ」
トウジから小突かれる。照れてないよ、と反論するも、赤くなった顔では説得力を持たなかった。
「それに、ボク、思うんだ」
レミは笑って言った。
「運命は、変えられるんだって。だから、未来が決まってないっていうのは、いいことだよ♪」
そうして全員が解散していったが、レミとシンジだけは何となくその場に残っていた。
シンジがドリンクを購入してレミに手渡す。いつかの反対になった。ありがとう、とレミが答える。
「少し気になったことがあるんだけど」
「なに?」
「レミさんが適格者になったのって、占いが理由だったりする?」
それは何となく思ったことだったが、レミは驚いて目を丸くした。
「鋭いなあ。でもでもね、適格者になったら幸せになれるとかあったわけじゃないからね? ないからね?」
別に二度繰り返す必要はない。分かったよ、とシンジは苦笑して答える。
「実はボクね、好きな人がいるんだ」
レミは自分のことを話し始めた。いきなりな告白に、さすがに慌てる。
「周りのみんなも知ってることだし、ボクも隠してないから心配しなくていーよ」
「あ、うん」
「ボクが帰国子女だっていうのは、知ってた?」
尋ねられて首を振る。もちろん他人に関心のないシンジが知るはずもない。
「小二から小五までアメリカのネバダにいたんだ」
「ネバダっていうと……」
「そ。ネルフのアメリカ第二支部があるところ。そこに、ボクと同じように、ギリシャから留学してきてた双子の兄妹がいて、そのお兄ちゃんの方に好きになったの。小五の春に告白されて、付き合ったっていうのかどうかは微妙だけど、でもお互い好きだった。妹とも仲良くなって、ずっと三人でいられたらなあって思ってた。でも、最初の適格者適性試験が行われたとき、留学生たちは全員適性試験を受ける流れになっちゃってて、ボクもその二人も、試験に合格しちゃったんだ」
当然三人でアメリカの第二支部へ行くことになると考えた。そのときだ。
はじめて、彼の恋愛運を占ったのは。
「ボクはそれよりも前からギリシャ・タロットをやってて、的中率はすごい高かった。今でも高いけど。でも、彼に対してはやるつもりはなかった。だって、ボクとの未来が分かっちゃうってことだから」
それでも、この適格者になる前に二人は試しに行った。
「恋愛運を占って、大地にあったのはシンジくんと同じ、アポロンの逆位置。適格者の最初の世代で私たちに群がる人は多かったから、これは納得がいった。そして海=過去にはポセイドンの逆位置。本来、海を治めるのはポセイドンだから、それが逆位置になったっていうことは、本来あるべき形ではないということ。つまり、過去に付き合った女性は全くいないっていうこと。ボクを除いてね。そして天にはヘラの逆位置。ヘラは嫉妬深い神様だけど、逆位置だから現在素敵な恋愛をしているっていうこと。ここまで全部、逆位置だった。そして最後、冥府=未来におかれたカードはオルフェウスのカードだった」
「オルフェウス?」
「そう。死んだ妻を求めて冥府に旅立ち、ハデスの赦しを得て妻を連れて地上へ戻ろうとした男性。でもその願いはかなわなかった。後ろを振り返ったオルフェウスは、愛する妻が塩の柱になるのを見届けるしかなかった。だから、オルフェウスの正位置は『苦難の果ての喪失』。でも逆位置だったら『苦難の果ての祝福』になる」
「どっち……だったの?」
レミは笑った。
「苦難っていうのはこの適格者になること、使徒と戦うことだよね。だから、この戦いを乗り切ることができれば、ボクと彼はまた一緒になることができるっていうこと」
つまり、逆位置だったということだ。シンジはほっとした。
「そのためにわざわざ、日本に来たの?」
「うん。困難を克服するんだったら、お互い離れた方がいいと思って。で、彼とはお互いランクAになって再会しようって約束したんだー♪」
「へえ。それじゃ、もう再会できたんだ」
「ううん、まだ。彼の方がネバダで先にランクAになって、新しく設立されたギリシャ第十二支部に移ったんだけど、ボクの方が遅かったし、あまりに遠いから結局うやむやになってる。でもお互いこうしてランクAになってるっていうのは分かってるけどね」
「メールとかで連絡は」
「してないよ。ランクAになることが苦難でも困難でもない。ボクたちは使徒を倒してから再会するんだから♪」
「そっか」
シンジは安心したように彼女を見た。今のレミは輝いている。
「レミさんは、強いね」
「レミでいーよ。ボク背が低いから、さんとかってつけられるのほとんどないから」
「分かった。これからもよろしく、レミ。そして、全部が終わってまた彼と再会できる日を僕も祈らせてもらうよ」
「ありがとー♪ だからシンジくんって好きだよっ」
今度は照れることなく「ありがとう」と返事をすることができた。そして、じゃあまた明日、とシンジはその場を立ち去る。
彼がいなくなってから、レミはタロットを片付ける。
そのとき、一枚のカードが目についた。
「オルフェウスの、正位置、か」
レミは笑顔を失くして、じっとそのカードを見つめていた。
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