適格者番号:130900005
 氏名:野坂 コウキ
 筋力 −A
 持久力−B
 知力 −D
 判断力−B
 分析力−C
 体力 −S
 協調性−C
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 29.342%
 ハーモニクス値 41.55
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−A
 格闘訓練−A
 特記:過去のデータ抹消。












第参拾伍話



I don't know who you are












 三月二十一日(土)。

 午前七時五十分。シンジはもちろん予定時間の三十分前には到着していた。結局シンジは無難にネルフの制服を着ていくことにした。念のため、私服の着替えも持ってきてはいる。
 そして一人ずつ集まってくる適格者たちと挨拶をかわしていく。予想通り、最初に来たのはネルフの制服を着たタクヤで「おはよう、早いね」と笑顔で挨拶してきた。
 さらにはプリント柄の青シャツとジーンズというコウキ(ひどく似合わない)、上下黒ジャージのトウジがやってくる。カズマは赤いシャツの上に黒いジャケットを着ていて、それが異常なまでに様になっている。
 それから女性陣。レミは七分袖の白地で青いチェックのガラのシャツに白ジーンズ、カナメはグレーとパープルのタータンチェックパンツにオレンジ基調の半袖カットソー。
「今日は随分と綺麗な格好だね」
 タクヤが笑顔でカナメに言う。ありがとう、と笑顔で答えたカナメはくるりと振り返ってシンジを見る。
「シンジくん、どう、似合う?」
 天真爛漫な彼女の笑顔と服装に、シンジは顔を赤らめて「うん、似合ってるよ」とだけ答えた。カナメはそれだけでさらに喜ぶ。
「で、あとはヤヨイだけか」
 コウキが言うと、そういえばとカナメが手を打つ。
「ヤヨイさん、万全の旅支度をするとかって言ってたけど」
「万全の?」
 どういう意味なのか分からなかったシンジだが、やがて当の本人が現れる。
 ネルフの制服を着た神楽ヤヨイは、その背に巨大な風呂敷を負い、汗だくになってこっちに向かっている。
「荷物が重いんなら、キャスター付きのキャリーバッグにすりゃいいのに」
 鋭い突っ込みを入れるコウキだったが、それよりも『どすん』と音がして地面に落ちる風呂敷の中身が問題だ。
「何が入っているんですか?」
 シンジが聞くとヤヨイが風呂敷の包みを解く。
「お弁当、お菓子、おつまみ、飲み物、トランプ、そして……」
 ヤヨイがむんずと捕まえてシンジに見せたのは。
「冷凍ミカン!」
 四個入り。
「冷凍ミカン!!」
 ずいっ、と見せ付けるように出してくる冷凍ミカンに、シンジが一歩退く。
「神楽」
 カズマがその肩に手を置いた。
「よくやった。万全の旅支度だ」
 するとヤヨイはその汗をぬぐって、ふっ、と決めポーズを取る。
「碇」
 そしてカズマがシンジに耳打ちした。
「神楽の奇行を気にするな。相手の行動を肯定すれば問題はない」
 結局、付き合いが長くて扱いが慣れているということのようだった。
「おっ、みんな集まってるわね。感心感心」
 そうしてやってきたのはミサト、リツコの三十台直前ペアと、いつもの武藤ヨウ教官だ。
「あなたたち、修学旅行じゃないんだから、ハメを外しすぎないようにね」
 リツコの言葉に「はーい」と口をそろえる一同。本当に分かっているのはタクヤくらいのものだろう。リツコは頭痛がした。
「じゃ、バスが来てるからさっさと乗り込みな。荷物は……って、随分でかい荷物だなオイ」
 ヨウが言うとヤヨイがまた冷凍ミカンを見せつける。
「ネルフの売店ってのはいろいろ売ってるもんだな」
 そういう方向性で考えられる思考形態の持ち主も凄いと思うシンジだった。






 バスで移動し、ネルフ特別急行の列車に乗り換える。
 大人たちと子供たちとで車両を別にしたのは、少しくらい羽目を外しても大目に見るということなのだろうか。広い列車の中、八人はボックス席を二つ横に取って、わいわいと騒ぎながら移動する。
 窓側を陣取ったのはヤヨイとその向かいにカズマ。全員強制で始まったババ抜きのカードを持って、ヤヨイの持ってきた冷凍ミカンを食べている。ちなみに弁当はバスの中で全員が食べ終わっていた。ヤヨイも同様に冷凍ミカンを食べているのだが、氷点下の食べ物が苦手らしく、二、三粒食べては頭をおさえている。何のために用意したのか分からないが、むしろその感覚を楽しんでいるのだろう。
 ヤヨイの隣にはタクヤ、その向かいにレミ。レミは暇があればカズマに話しかけている。タクヤは全員が暇にしたりしていないか気を配っているようだ。
 通路を挟んでレミの隣にトウジ、タクヤの隣にカナメ。カナメは窓の外の景色を見てはシンジに話しかけて楽しんでいる。トウジは少し眠たいらしく、手からカードが零れ落ちそうだ。
 そしてカナメの隣にシンジ、そしてその向かいにコウキが座っていた。
 もちろんコウキもカナメもシンジの近くがいいと主張したからこういう座席配置になったのだが、正直美人のカナメが隣だと落ち着かない。
「ほれ、シンジ」
 コウキがカードを構える。自分に引かせようということなのか、中央の一枚がわずかに飛び出ている。あれがジョーカーだとすれば、他は安全ということだが。
 シンジはそのカードを回避して隣のカードを引いた。見事にジョーカーだった。それを見たコウキが笑う。分かりやすい奴、と思われたのだろう。
(コウキはどうして僕の考えてることが分かるんだろう)
 何かと自分のことをかまってくるコウキだが、どうして自分と関係を持ちたがるのかが分からない。カナメのように『好きになってるのかも』くらいのことを言われれば理由も分かるが、コウキからみて自分は友人にしたいと思えるような人間だろうか。そうは思えない。
 結局、その後カナメはシンジからババを引くことなく、ゲームはシンジの負けで終了した。






 第二新東京市。旧称、長野県松本市。
 全世界の主要都市がダメージを受けた二千年代最初の十年のうちに、日本は首都が完全移転した。ニューヨークやロンドンなどの主要都市は、使徒戦において打撃を受けていたり海面上昇によって都市そのものが機能しなくなっていた。主要先進国の中でいち早く復興が終わったこの第二新東京に国際連合の本部も移転することとなった。事実上、世界政治の中心地となっている。
 ただそのかわり、政治の中心としての機能だけが重要視され、それ以外の機能、すなわち経済とか文化とかそういったものについては旧来より残っているものを除き、発展することはなかった。現代の世界政治と、そして古来の日本文化が同居する都市、松本。
 松本は二千年代初頭の混乱の中で、被害が重くも軽くもない、丁度中間だった。その適度な被害が復興に相応しかったというのは実に皮肉がきいている。
 松本駅の周囲の土地は松本東区とされ、全て超高層ビルが並ぶ。もともと線路が南北に伸びており、駅の東側が大きく開けた土地柄だった。二十世紀には駅前は商店街となっていたが、現在ではそれらは全て再開発され、政府機関がずらりとそろっている。第二国会議事堂をはじめ、議員庁舎、首相官邸、中央省庁、最高裁判所といった感じだ。これらのほとんどは駅南東部の地域に集中している。
 駅のすぐ東側は総合ターミナルビルとなっている。松本駅とターミナルビルを中心として地下鉄が八方向に伸びる。またその地下鉄は、中心である松本駅から距離二十キロメートルの地点で環状線が走る。遠距離の移動は地下鉄、近距離の移動は地上というすみわけがされているのだ。
 地下鉄のさらに地下にはリニアモーターカーが敷かれており、ここから南南西に向かって約十キロ、そこに新松本空港が作られている。旧空港が破壊されたため、首都移転にあたって空港対面の山形村や朝日村が第二新東京市に合併された。当然、各国の要人も集まるため、ジェット機の離陸も可能となった、総合空港となっており、日夜ひっきりなしに飛行機が行きかう。
 一方、松本駅より北東部のエリアは世界各国の大使館、そして国連本部が並ぶ。国連本部の辺りは本郷街(ほんごうがい)と呼ばれている。文化遺産である松本城や旧開地学校などはそのまま残され、大使館街の中に日本風の観光建築物がたたずんでいる。
 長野自動車道は戦後の混乱で破壊されたが、完全に復旧されている。この高速道路を北東に五十キロ走れば旧長野市松代だ。ここにはネルフの実験施設がある。
 また、駅西側はそれまで未開発地区であったが、首都機能を移転するにあたってデパートや専門店が並ぶ商店街となった。また、さらにその西側、山の麓には第二東京大学も正式に移転され、若者たちもこの第二新東京に集まるようになった。
 大町区、安曇野区、塩尻区は副都心として機能するようになり、伊那市、飯田市は郊外のベッドタウンとして発展し、マンションが林立した。
 世界各国の人口が三分の一まで減少したというのに、この旧松本市は人口二十万人から一気に人口三百万人の大都市へと変貌したのだ。無論、近郊のベッドタウンまで考えれば、どれほどの人口移動があったのかはかりしれない。この首都移転による再開発事業により、日本の経済が一時的に回復したことをもって『遷都景気』などと呼ばれている。



 シンジたちは特別急行を下りると、まず三キロ先の首相官邸までタクシーで移動することになった。タクシーといっても民間のものではない。ネルフが用意した、黒のプレジデントである。もちろんネルフの力の及ぶ第三新東京のように自由に行動できるわけではない。ガードマンが一人の適格者につき二名が配備される。すなわち、後部座席に三人が座り、左右をガードマンが固めるという状況だ。
 まさにVIP待遇だが、窮屈なことこの上ない。
「万が一狙撃されるようなことがあったら、まずかがんでください」
 シンジの右隣に座った屈強そうなガードマンが簡単に指示する。
「まあ、基本的に我々があなたに覆いかぶさりますから、問題ありませんが」
 そこまでランクA適格者というのはテロの危険に晒されているものなのだろうか、とシンジは混乱を隠せない。たかが三キロ、歩いたところで問題はないのに。
 だが、結論を言えばそれは自分の命に対する責任感の欠如でもあった。世界を救うことができる可能性を持った少年少女たち。ガードマンに代わりはいくらでもいるが、ランクA適格者に代わりはいないのだ。そしてエヴァンゲリオンが操縦できる少年少女たちがいなければ、世界を救うことはできないのだ。
 わずか十分足らずで、タクシーは首相官邸に入っていった。
(あれ、第二実験場の見学じゃなかったっけ)
 もちろんシンジはスケジュールを丁寧に読み込んでいたわけではない。確かに目的はネルフ支部の見学が一番だが、松代までランクA八人全員が行くのだから、途中の第二新東京で首相に表敬訪問するのは義務のようなものだ。改めて確認するまでもないが、ネルフは国連の公式機関である。
 八人が整列し、葛城ミサトと武藤ヨウを先頭に官邸に入る。リツコは先に支部へと向かった。
「よく来た、諸君」
 ズボンにワイシャツの上を外した格好で現れたのは、白髪が半分くらい混じった壮年の男性だった。
 日本国内閣総理大臣、御剣レイジ。検事の職を八年務めてから政界入りし、衆議院で毎回当選しながら確実に地盤を固めていった『真面目』首相である。御年五三歳。
 普段は滅多に笑うことがないことで有名な御剣首相だが、この十三歳から十五歳までの少年少女たちを前に、珍しくその顔をほころばせていた。首相の方から握手を求め、一人ずつかわしていく。無数のフラッシュがその光景を納めた。
 こんなところでも何だから、と首相官邸の中にある会議室のようなところに通された。相手が一人か二人であれば別の場所もあるのだろうが、何しろミサトとヨウも入れればネルフ側だけで十人もいるのだ。適当な場所がなかったという事情もあった。
「それにしても、忙しいところをわざわざ訪ねてもらってありがとう。君たちは世界の平和を担う大切な存在だ。言うなれば、君たちは世界二十億人という人の命をその小さな肩に背負っていることになる」
 立場上、上座にいる御剣首相がそれぞれの顔を見ながら話す。
「エヴァンゲリオンのシステム上、我々大人では君たちの代わりに戦場に出ることすらできない。私はこの国を代表するものとして、世界の指導者の一人として、そして一個人としてお願い申し上げる。どうか、この世界を救ってほしい」
 そうして首相が八人に向かって頭を下げた。無論、一国の首相がこのような態度を取ることはありえない。会議室というマスコミがシャットアウトされている場所だからこそできることだ。
「ありがとうございます。僕たちは僕たちにできることを、そして世界を救うための最善の努力をこれからも続けます」
 代表してタクヤが答えた。さすがにこういう場面は慣れているというのか、よく腰が引けずに話すことができる。シンジでは到底無理だっただろう。
「久しぶりだね、カズマ君。元気で何よりだ」
 カズマが答礼する。カズマはランクAになったのも早かったので、以前に首相がネルフを表敬訪問したときに綾波レイと共に二人で首相と対面していた。
「それに……」
 首相のネルフ訪問は二〇一四年の一月。その頃、ランクAになっていたのはカズマだけで、首相と面識があるのも彼だけのはずだった。
「久しぶりだな、コウキ」
 御剣首相は直々にコウキを指名した。それも、その態度から察するにかなりよく知っているという様子だった。コウキはぽりぽりと頬をかいている。
「首相もおかわりないみたいですね」
「まあ、私は元気なのが取り得だからな」
「どんなに元気でも、テロや暗殺の前では無力です。気をつけてくださいよ」
 コウキもどこか親しい口調だった。そのやり取りに周りのメンバーが驚く。
「それから……碇、シンジ君か」
 報告は入っているのだろう。自分が、ネルフ総司令碇ゲンドウの子であるということが。
「君の数値については定期的に見させてもらっているよ。よくがんばっているそうだね」
「いえ」
 一言だけで首を振った。さすがに内閣総理大臣を目の前に普通では話せない。
「君はこれから先、色々な問題を抱えるだろうが……」
 御剣は周りの適格者たちを見渡して言う。
「何かあったら仲間と相談して解決していくことだ。世界の運命は君にかかっている」
「は、はい」
「私はいつでも君の味方だ。使徒と戦うのに日本の応援が必要ならいつでも頼ってくれ。私にできることならば何でもしよう」
 真剣な表情だった。それは政治家としての顔だ。つまり、世界を救うためならどんなことでも協力する、と言っているのだ。
「あ、ありがとうございます」
 シンジは深く頭を下げた。自分が何を言われているのか分からない。夢の中にいるようだった。






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