適格者番号:121100018
 氏名:神楽 ヤヨイ
 筋力 −C
 持久力−C
 知力 −S
 判断力−A
 分析力−A
 体力 −C
 協調性−E
 総合評価 −A
 最大シンクロ率 27.009%
 ハーモニクス値 63.84
 パルスパターン All Green
 シンクログラフ 正常

 補足
 射撃訓練−S
 格闘訓練−D
 特記:十二歳までの記憶が喪失している。












第参拾陸話



Her name is amnesia












 首相官邸を出た一行はネルフ実験場へと向かった。
 第二新東京から長野市松代へ。距離にして五十キロあるハイウェイをバスで一気に駆け抜ける。
 到着したのは午後十二時四七分。首相との会談が意外に長引いたことが、実験開始ぎりぎりになった原因だった。
 それはそうと、この松代での実験の内容がいかなるものであるか、適格者たちは知らない。
「何するつもりやろな」
 トウジが言うと、カナメやコウキらがああだこうだと推測をぶつけあう。だが、推測することにはそれほど大きな価値はない。
 自分たちが実験に参加するわけではない。見学するのだ。だとしたら自分たちは『何故』それを見なければならないのか。
(見学しなければならない理由、か)
 それもミサトやリツコたちは教えてくれないだろう。だったら何も考えず、見たものをそのまま受け入れればいい。
 もうすぐエヴァンゲリオンが支給される。自分たちはそれにのって、使徒と戦うのだ。そのために必要な情報を一つでも多く手に入れる。
「緊張してるのかい?」
 尋ねてきたのはタクヤだった。「うん、ちょっと」と答えると、タクヤは笑って「僕もだよ」と答えた。
「おっ、タクヤ、な〜にシンジにちょっかいかけてるんだ?」
 コウキがにやにやと笑って近づいてくる。
「さすが美少年キラー」
 ぼそり、と反対側で呟いたのはヤヨイ。さすがにその表現にはタクヤも笑顔が引きつった。
「人を面妖な表現でくくらないでほしいなあ」
「うーん、ヤヨイちゃんの言ってることは割と正しいかも」
 レミまでがそんなことを言う。やれやれ、と目を正面に向けると、鋭い視線で自分を見ていたのはカズマだった。
 お互い、言葉もなく見つめ合う──いや、睨み合う、というべきか。だが、すぐにカズマはふいっと体の向きをかえて、さっさと歩き出していった。
「さ、僕たちも行こう」
 タクヤが言うと、一同はカズマを先頭に松代の実験場へと足を踏み入れた。






 松代実験場の地下。そこにエヴァンゲリオン本体が格納されている。
 エヴァンゲリオン零号機、初号機は既にネルフ本部にある。ここにあるのは、ようやく日本本部へ支給されることになった、参号機から玖号機までだ。
「全員、集まったわね」
 リツコが集まった一同を見て話を始める。
「それではこれより実験を始めます。実験といっても今日はまだこのエヴァシリーズが正常に作動するかどうかの整備を行う、という程度のものよ。あなた方はそれをしっかりと自分の目で見ていてほしいの」
「理由は」
 鋭く聞いたのはカズマだ。
「これらはあなたたちの専属の機体となるのよ。その最初の整備に立ち会うのは当然、と私は考えるわ」
「自分で整備ができるようになることがか?」
「いいえ。あなたがたにこのエヴァを──そうね、表現が難しいけど、愛着を持ってもらうとか、好きになってもらうとか、そういう言い方をすればいいかしら」
 言っている意味が分からない。適格者たちは首をかしげる。
「あなたがたは命をかけてこの機体に乗り込むことになるのよ。いわば、自分の命をエヴァに預けるのと一緒。その預け先がどのようなものなのかを知ることは必要なことよ」
「了解した」
 それでカズマは引き下がった。もっともカズマ本人とて、早く自分の機体のことは知りたかっただろう。
「もう一つ質問、いいやろか」
「どうぞ」
「機体はどう見ても、全部で七つしかあらへんけど」
 そう。参号機から数えて、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖。七体しかない。
「ええ。今日の段階で自分の機体を見ることができない人がいる、ということね。まあ、それは理由はすぐにわかるわ。じゃあ、あなた方の専属の機体を発表します」
 エヴァはそれぞれがカラーリングされている。一目で見分けがつくように、ということだ。
「参号機、鈴原トウジくん」
「おっしゃ」
 参号機は黒。七体の中では最も凶暴そうな顔つきをしている。
「肆号機、館風レミさん」
「はいはいっ♪」
 肆号機は黄。一番ロボットらしい格好をしている。
「伍号機、野坂コウキくん」
「ラジャー」
 伍号機は白。目のところが見当たらない。もちろんカメラはついているのだろうが。
「陸号機、榎木タクヤくん」
「はい」
 陸号機は緑。腕が他の機体に比べて少し長いようだ。
「漆号機、朱童カズマくん」
「了解」
 漆号機は暗い赤。炎のような鬣が頭についている。
「捌号機、神楽ヤヨイさん」
「はい」
 捌号機は深い蒼。目が八つついている。
「玖号機、美綴カナメさん」
「はいっ!」
 玖号機はオレンジ。他の機体よりも一回り大きい。装甲が厚くなっているようだ。
「そして、ここにはありませんが、初号機、碇シンジくん」
「は、はい」
「初号機はネルフ本部にあるわ。ここで実験をするわけではないけれど。何故あなたが初号機か、分かるかしら」
「シンクロ率が高いからですか」
「そういうことよ。初号機は全てのエヴァのオリジナルになった機体。だからもっともシンクロ率の高い人間が乗るべきなのよ」
「綾波はどうするんですか?」
「彼女は既に専属の零号機があるわ」
 これで、適格者たちに全ての機体が振り分けられた。
 九体のエヴァと、九名の適格者。そして、世界には他にもまだランクA適格者がいる。総勢二四名。
「それでは、これより整備を行います。適格者はそれぞれ専属の機体の前へ。シンジくんは申し訳ないけど、上へ来てもらいます」
 上というのは、格納庫全てを見渡すことができるブースのことだ。分かりました、と答えると、適格者たちは各々動きはじめる。
 シンジはリツコと共にブースに上り、表示されたスクリーンの映像で七体のエヴァと適格者たちを見る。
「それにしても、案外みんな、平然としているのね」
 その様子を見ながらリツコがぼやく。事前の通知なしに自分の機体と初対面となったのだから、もう少し感動があってもいいと思ったのだろう。
「実は、昨日のうちから、もしかして自分たちの機体が見られるんじゃないかっていう話は出てたんです」
「あら、そう。やっぱり勘のいい子たちね。言い出したのは?」
「えっと、確か、カナメさんだったと思います」
「なるほど。判断力Sは伊達じゃないということね。まあこれについては判断力というより、直感力というべきかもしれないけど」
 そうしているうちにも、実験は早いところからどんどん進んでいく。実験といっても単なる整備であって、別に起動させるとかいうわけではない。
「一つ、質問なんですけど」
 見ながらシンジが尋ねた。
「何かしら」
「僕がここに来た理由って、何かあるんですか」
「理由?」
「僕は初号機の専属ですよね。だったら、僕は本部にいて初号機を見ていればいいと思ったんですけど」
「確かにそうね。でも、他の適格者のみんながここに来てるのに、一人でお留守番っていうのもつまらないでしょう?」
 別にそれでもいいけど、とはあえて言わなかった。それにコウキやカナメは自分と一緒に行くのを楽しみにしていた。それを否定するつもりはない。
「じゃあ、綾波が来ないのはどうしてなんですか。綾波だって一緒に出撃する仲間なのに」
「ただの適格者とチルドレンでは、やることが全然違うのよ」
 だがリツコはパネルに入力を続けながら答える。
「レイは今日も本部で実験その他の作業を続けてるのよ」
「……そうですか」
 なんとなく釈然としない。だが、それ以上追及しても仕方のないことだということも分かる。秘密があるなら教えてはくれないだろうし、説明するまでもないことなら聞いても仕方がない。
「この後は戸隠神社の参拝だったわね」
「は、はい」
「この整備実験が終わったらあなたたちはほとんど自由行動よ。たまには羽をのばしてらっしゃい」
 リツコの優しい言葉に素直に「はい」と答える。だが何となく、強引に話を打ち切られたという感じがする。
(ま、いいか)
 別に深く考えても仕方がないことだ。シンジはそのまま整備の状況を見つめていた。
 七人はまるで違う行動を取っている。レミやカナメなどは興味津々という感じで、あっちからこっちからエヴァを見ては、整備の人間にあれこれと尋ねている。カズマとコウキは作業をじっくりと見学するタイプ。トウジは見ているというより呆然としている感じだ。タクヤは適度に質問をしたり見学したりしている。
 そして、ヤヨイは──
(あ、また)
 座布団にお茶。しかもせんべいつき。いったいどこから取り出しているのか謎だ。そんな彼女を作業員は苦笑しながら見ている。
「リツコさん」
「なにかしら」
「僕も下に降りて見学してもいいですか?」
 リツコは少し考えたようだったが「いいわよ」と許可を出した。すぐにシンジはブースから出て七体のエヴァが並ぶ整備場に下りる。
 他のメンバーがどうしているのかも気になるのだが、ヤヨイは別格だった。
 あの様子は、まるで──
「神楽さん」
 その座布団の上に正座している彼女に話しかける。彼女はじっと見つめ返し、なに? と表情で尋ねてきた。
「いや、その……えっと」
 特別何をしに来たというわけでもない。ただ気になっただけのことだ。何を言えばいいのか分からず、シンジは言葉に詰まる。
「どうかしたのかしら?」
「あ、いや。ただ、神楽さんが、その」
「?」
「何かまるで、エヴァに興味がなさそうだったから、気になって」
 そう。ヤヨイの様子はまるで、目の前にあるものがまるで気になっていないような感じだ。たとえ目の前で行われているのが飛行機の整備だろうと自動車の整備だろうと、同じようにして見ているのではないだろうか。
「興味……そうね。確かに、ない、と言えばないわ」
 素直な返事にその先を続けることができない。
「碇くんは何月生まれ?」
「え?」
 突然話をふられて動揺する。
「六月六日生まれだけど」
「私は三月三日。十四歳」
「え、あ、うん」
「三ヶ月お姉さん」
 えへん、と胸を張る。何を主張したいのかが分からない。何を話せばいいんだろう、と悩む。
「碇くんは、何のためにエヴァに乗るの?」
「え?」
 また話が飛ぶ。この高速スライダー並の会話の変化にはついていけない。
「父さんが命令したから、かな。神楽さんは?」
「私は、自分を見つけるためにエヴァに乗る」
 自分を見つける、とは随分哲学的な話になった──と考えたが、本質は全然違った。
「……シンクロ実験のとき、私は自分のことを思い出しそうになる」
「え?」
「記憶喪失。小六の秋から」
 また、えへん、と胸を張る。いや、だから、胸を張る理由が分からない。
「記憶喪失!?」
「そう。エヴァに乗ればそれが思い出せるかもしれない。適格者になったのは偶然だけど、今の私にとってはシンクロ実験は記憶を探る手がかりになっている。だから、私はエヴァに乗る」
 少しだけ真剣な目つきになって、ヤヨイはエヴァを見た。
「碇くん」
「な、なに」
 今度はどんな球種で来るのか、もう想像もつかない。
「あなたはエヴァに乗ることで、この世界にどのような未来を奏でようとしているの?」
「え」
「私や他のみんながエヴァに乗っても、それほど高い性能を引き出せるわけじゃない。いうなれば、碇くんの盾にしかなれない。でも、碇くんはエヴァの性能をいくらでも引き出せる。碇くんはエヴァで何をしようとしているの?」
 そう言われても、何も思い浮かばない。世界を守るため、と言われてエヴァに乗っている。だが自分ができることなどたかが知れている。言われた通りに動き、使徒と呼ばれる敵を撃退する。それだけのことだ。
「未来を奏でるのはあなた自身」
 そして彼女は立ち上がり、シンジを見て──笑った。
「これからどうやって未来を切り拓いていくのかしら?」






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