アメリカ合衆国

 二〇一四年人口:二億七一三九万人(世界第二位)
 インパクト前人口増加率:九二.一%(世界第三位)
 首都:ニュー・ワシントン
 大統領:ニコラス・J・ベネット












第肆拾話



No one knows












 三月二二日(日)。
 アメリカ合衆国首都ニュー・ワシントン。ホワイトハウス。

「プレジデント」
 大統領補佐官が夕食中のベネット大統領のもとに現れる。
「どうした、ターナー」
「例の、CIAに任せていた件、失敗した様子です」
「CIAというと、何の話だったかな」
「ネルフ本部の新しいランクA適格者の件です」
「ああ」
 食事の手を止めずに頷く。
「失敗したというのは?」
「護衛に妨害されたと」
「ネルフ保安部が?」
「ノー。かつてアメリカ軍に在籍していたヨウ・ムトー軍曹が現在護衛を行っております」
「ヨウ・ムトー? 知らない名前だが」
「陸軍では知らぬものはいないほどの傭兵です。十八歳にして軍の教官役を行っております」
「それは優秀だな。いつごろの話だ?」
「三年前です。二〇一二年四月に退役しネルフ本部に入りました。その後アメリカ第一支部に出向。陸軍とはその後も個人的な関係が続いていたようです」
「情報の漏洩が?」
「可能性はありますが、今回のCIAの動きはきわめて限られた人間にしか知らせておりませんので、単なる偶然かと」
「なるほど」
 ナイフとフォークを置いたベネット大統領はナフキンで口を拭う。
「それから、ロシアのランクA適格者が日本へ来ています。ロシアはターゲットの取り込みを画策している様子」
「あの国はそうだろうな」
「我々の方針は変えませんか」
「ああ、変えないよ。合衆国の軍隊が使徒ごときに破れるとは思わない。確かに十五年前は遅れをとったかもしれないけれど、この十五年で我が軍も力を増した」
「イエス」
「世界のリーダーはこのアメリカだ。日本ごときが出てくる隙などないよ」
「イエス。バット」
 しかし、と補佐官が続ける。
「エヴァンゲリオンの保有数が多いのが日本であるのも事実です」
「分かっている。だが、エヴァンゲリオンが実際にどれほどの戦力だというのだ? ネルフは実験不足と証してその情報をいまだに出してはこないだろう。なんだったかな、その、A.T.フィールド?」
「イエス。通常兵器では破れないとのことです」
「試してもみないうちからよく分かるものだ。我々の熱量兵器をもってすれば必ず可能となる」
「イエス」
「そのためにも日本には『切り札』を捨ててもらわなければいけない。ターゲットは必ずしとめろ」
「イエス。CIAにその旨を通達します」
「ああ──そうだ、前に失敗したアレを使ってみてもかまわないよ」
「と申しますと」
「CIAの下部組織、AOC」
 その言葉には補佐官も顔をしかめる。
「プレジデント。それは」
「何。失敗したのは前大統領のときだろう。私は何も思ってはいないよ。ただ、今度は確実にターゲットをしとめてくれることを願う」
「分かりました。CIA長官にその旨、伝達します」
「ああ。吉報を待つよ。少なくとも六月には」
「イエス」
 そして補佐官が出ていく。一人になったベネット大統領は微笑を浮かべる。
「さて、レイジ。君は次にどういう手を打ってくるかな」






 三月二三日(月)。

 たとえイリヤスフィールが来日していようと、毎日のカリキュラムが変わるわけではない。
 三時間の授業を受けたあとは射撃訓練。ただ、イリヤスフィールもその場に現れて「おにいちゃーん!」と元気良く抱きついてくる。タックルをしてくる、とも言う。
「ねーねー、今日は一緒にお昼ご飯食べていいんでしょー?」
 もちろん言われて断れる性格ではない。言われるままに頷くが、すぐ背後で膨れ上がる殺気。
「あら、ごめんなさいねイリヤちゃん。今日はシンジくん、私と予定があるんだ」
 カナメが強引にシンジの腕に抱きついてくる。そんな様子を見てイリヤは悪魔っ娘の笑みを浮かべる。
「ヤキモチ?」
 カナメの表情が引きつる。周囲で見ていた観客から「おおっ」と声が上がる。
「すご〜い♪ 直球ストレートですよ、解説の野坂さん」
「ど真ん中ですね。でもこの球速では打てませんよ」
 他人事だと思って好き勝手言いたい放題だ。二人の間に立たされている自分の身にもなってほしい。
「ほらほら、そこまでにして、射撃訓練始めるわよー」
 ぱんぱん、と手を叩いて号令をかけたのは教官のミサトだ。
「イリヤもやるんですか?」
「今日は見学だけ。何しろイリヤちゃんってば、射撃の腕前はねえ」
 むー、とイリヤがミサトを睨む。どうやら見た目どおり、体を使うのは苦手なようだ。
「じゃ、さっさと準備して始めてちょうだい」
 言われてライフルの準備に入る。
 射撃訓練の基本はライフルと拳銃の二種類を行う。これはエヴァンゲリオン用に準備されている兵器に即したものを使うということだ。
 実際のエヴァ用兵器は連射が可能になっているものもあり、生身で打つものとは異なる。それでも実際に銃を撃つ練習をしておかなければ、本番でもうまく撃つことはできない。
(何だか、緊張するなあ)
 すぐ後ろに美少女がいるというだけでいつもの集中力が乱されるのではないか、とシンジは考える。
 だが、その考えは杞憂に終わった。
 この数週間、シンジは一つ殻を破っていた。
 目に入ればまた違うのだろうが、後ろにいるだけの少女に気を取られることはない。
 ライフルを構えた瞬間、全ての雑念が消える。
 そして、標的だけが、目に入った。
「スイッチ」

 見事に、真ん中を射抜いた。






 ネルフ総司令室には意外な客がやってきていた。
 さすがの冬月コウゾウもこの人物相手にはたじろがざるを得ない。それもそうだろう。このネルフ総司令と互角に渡り合えるのは、日本広しといえどもこの人物だけだ。
「アメリカが動く」
「問題ない」
「ないわけないだろう。狙われているのはお前の息子だぞ」
 やってきていたのは、日本国内閣総理大臣、御剣レイジ。
 机の上で手を組むゲンドウに対し、椅子に座って腕を組むレイジ。
 無言の間にもさまざまな怨念が飛び交っているようで、冬月は本気で怖い。
「そのために護衛を雇っている。この後増員もする」
「シンジ君を失えば、日本にとってもお前にとっても致命的になるのだぞ」
「分かっている。アメリカの動きは抑える。どのみち使徒が来れば嫌でも分かる。アレに通常兵器はきかんよ」
「来る前にカタをつけるのがアメリカのやり方だ。いざとなったらどんな方法でも使う」
「分かっている。お前がその生きた実証だからな」
 二人の間に緊張が走る。
「アメリカは同じことをしてくる可能性がある」
「その辺りはこちらの方が詳しい。任せてもらおう」
「どのみち、シンジ君でなければ世界は救えない。アメリカが障害になるのならアメリカを潰す」
 サングラスの奥でゲンドウの目が光る。
「理想主義は封印か?」
「コウキを手放したときからそんなものは捨てたよ。今は私の手を汚してもシンジ君だけは守ってみせる」
「多数を救うために少数を切り捨てるか。お前も政治家になったものだ」
「ならざるを得ない。だが、私の選択は誰もが認めてくれるだろう。この場合、世界の敵はアメリカだ」
「同感だな」
 ここにネルフ総司令と日本の内閣総理大臣は意見の一致をみた。
「アメリカの人口増加率は世界三位。その理由が分かるか?」
 レイジが唐突に質問をぶつける。
「一位、二位の南アフリカ、ギリシャはネルフ支部ができたために人口増加率が百%をついに上回った。もともと人口が減っていなかったことも原因だがな。だが、アメリカはセカンドインパクトで一億人を減らしている」
「それなのにアメリカは現状で既にインパクト以前の人口に戻りつつある」
「それは移民が原因だ。貧しい国からの人口流入が激しい。おかげでアメリカ内部は既得権をめぐる争いが絶えん」
「そうだ。そこをつけば国内に火をつけるのは容易い」
「なるほど」
 アメリカ国内に火をつけさせることによって、外に手を回させないということだ。
「では、私も援護射撃をしよう」
 ゲンドウの言葉にレイジが驚いたような顔をする。
「お前がか?」
「要するにアメリカの動きを封じればいいのだろう。効果的な方法がある」
「あまり、無関係の人間を巻き込むなよ」
「善処はしよう」
「お前の善処などアテにならんが、期待させてもらう」
 そう言ってレイジは立ち上がった。
「御剣」
 その総理大臣に声をかける。
「中国に気をつけろ。仕掛けてくる可能性があるぞ」
「なに?」
 レイジは顔をしかめた。
「何故だ? それに何故お前にそれが分かる」
「ネルフ支部が南京にあるのを忘れたのか?」
「いや。その筋か、なるほど。中国は六カ国強襲以来、そうした世界政治とは無縁かと思っていたが」
「甘いな。中国にかわって国連常任理事国となった日本を憎まないわけがない。釘はさしておくに限る」
「発言権を失うのが怖ければ、他国の侵略などしなければ良かったのだ」
「全くだな。お前も工作がバレないようにするんだな」
 ふっ、と鼻で笑ってレイジは総司令室を出ていった。
 その緊張感あふれる場から解放され、冬月はようやく息をついた。
「それにしても、随分と不穏な会話だったが、アメリカで内乱が起きるのか?」
「少し知恵のある奴なら誰でもできる」
 話はそこまでとばかりに打ち切る。
「剣崎を呼べ」
 そして、素早く決断を下した。






 昼休み。結局ランクAが全員集まっての和やかな昼食会となった。
 さすがにランクAが八人、それに噂の美少女、ロシアのイリヤスフィールも一緒だということで、食堂は大きなどよめきが起こっていた。さすがに周りから注目されての食事は勘弁してほしいところだった。
「お兄ちゃんは何食べるの?」
「えっと、ランチセット」
「じゃ、私も同じのにしよーっと」
 イリヤとシンジがベタベタしているとすぐ近くにいるカナメが苛々する。奇妙な三角関係になっている状況を周りが楽しそうに見ている中で、カズマとヤヨイは黙々と食事を始めていた。
「イリヤちゃん、箸使うの上手だねー♪」
 レミが言うと「ありがとう」と嬉しそうに笑って答える。
「そういえばイリヤさんは、射撃訓練の前までは何してたんですか?」
 タクヤが笑顔で尋ねる。
「えーとね、ファーストチルドレンに会ってた」
「綾波に?」
 その言葉にシンジが反応する。
「うん。最初の適格者には敬意を表さないと。それに、お兄ちゃんのことでも色々お話したかったし」
「……変なこと話してたりしないよね」
 綾波との間には過去色々なことがある。それこそ家族同然で暮らしていたのだ。良いことも悪いことも全て知られている。
「お兄ちゃんの色々な面が分かって嬉しかったよ」
 にっこりと笑う小悪魔。その笑顔に胃が痛くなる。
「そういえば、シンジくんって綾波さんのことになると途端に態度変わるよねー」
 もう一人の小悪魔、レミが『お前の秘密を知っている』といわんばかりの笑顔だった。
「もしかしてシンジくん、綾波さんが好きだったりするの?」
 カナメの背後に『ショック』と字が浮き出ている。
「……やっぱり貧乳属性」
 ぼそりと危険なことを呟くのはもちろんヤヨイ。
「あかん、あかんでセンセ。女の胸はあるにこしたことはあらへん!」
 突然主張するトウジ。冷ややかな目で見る女性陣。
「サイテー」
「見損なったわ」
「……株大暴落」
「下向きに高騰と言ってあげるよ」
 女性陣三人に続いてタクヤまでが冷たい目だった。
「なっ、何言うてんねん。オナゴの好みなんか、男ならみんな同じやろ! なあコウキ!」
「俺に振るな。好きになったら相手の外見なんか関係ないだろ」
「同意見」
「野坂にしてはまともなことを言っているな」
「ごめんトウジ。僕もコウキに賛成」
 と、コウキにタクヤ、カズマにシンジと男性陣も全てトウジの敵に回る。なんでやーっ、と頭を抱えるトウジ。
(……考えてみれば、この会話って筒抜けなんだよな)
 ランクA適格者が何と品のない会話をしているんだろう。全てはトウジのせいだが。






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